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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
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22 仮面舞闘会(sideAー1)

やっと、舞踏会に、入……らない!

 舞踏会に参加するために、目一杯のおめかしをする。

 精美な意匠を凝らしたマスクも着ける。

 アマの巧みな隠蔽技術により、腰の短剣もリボンで覆い隠された。

「貴族以上」の制限の為、同行者にはストレリチアの人間がいない。出発間際になり途端に心細くなった私は、サミの姿を探し求め人伝に部屋を巡り、その結果兄上の部屋へと辿り着いた。


 他の使用人情報によると、サミ、ニコライ、クロエの三人は、今晩から数日間屋敷を空けるため、その準備をしているという事らしい。

 人が舞踏会の件で一杯一杯になっている裏側で密か事を済ませようとしていた魂胆が丸見えで、

 だからこそ、今現在、部屋に入ることは躊躇われた。

「……どうしよう」

 誰に宛てるでもない問いが零れる。来客対応と見送りの用意を進めている間、私室前の廊下付近は、流石に人がいない。おかげで静かな廊下と兄上の部屋とを隔てる一枚の壁から、先程からくぐもった声が途切れ途切れに聞こえていた。


「…………どうしよう」

 部屋に入らなくても、このまま盗み聞き出来そうだわ。

 好奇心と良識の狭間で揺れ動く優柔な心は、――誰も見ていないことの安心感から――やがて悪戯心へと変わり、気づけば片耳を扉に押し当てていた。

 サミに知れたらお説教直行の奇妙な姿勢でにやけ顔。罪悪感はあるけれど、そもそもストレリチア側の相談事なら私だって聞く権利はあるはずと思い返し、じっと扉にへばりつく。


「――ノメが――で――」

「シノノメ、かしら」

 声の主は男性……恐らく兄上だろうと当たりを付ける。シノノメを敬称なしで呼んでいるし。

そう言えば、ランタナでばったり遭遇して以降、シノノメとは会っていないなぁ。と頭の端で思いつつ次の言葉を待つ。

 けれど、くぐもり、聞き取り辛い声が立て続き、中々思うようにいかない。出発の時間もあるし、そろそろジークたちの下へ戻ろうかと思ったそのタイミング。


「シノノメが――――で、行方不明になったそうだ」

「ユクエフメイ?」

 その単語だけは、はっきりと聞き取れた。


***


 夕闇に灯るランプの間を二台の黒い馬車がゆっくりと歩いて行く。どんな気の利かせ方か、先の客車にはジョワユーズ様が、後の客車には私とジークが乗っている。屋敷を出てから、天気が崩れ始め、開けたままだった窓から雨音と湿った空気が流れ込んできた。


 家を出る前に、噂なんて聞いてしまったのが、いけなかったんだ。

 胸の内がざわついて仕方がない。

 身体の中にとげとげしたものがずっと滞留している感じ。落ち着かなくて、むず痒い。


 内に篭もったもやもやとした感触を溜息と共に吐き出し、窓を一旦閉めて馬車の座席に背中を押しつけた。小一時間調子を戻せない私の様子を、隣からジークが気遣わしげに見つめている。

 いつもと真逆の色合いで、見慣れた銀髪も今日はリボンで一つに結ばれる、そんな彼の装いも地味に落ち着かなかったりする。

「ダイジョウブ?」

「うん、大丈夫」

 そう言って、空元気で作った笑みを浮かべてみる。我ながら、見え透いた嘘だと思いつつ。


「……」

 ジークは無意識に考え込む動作を挟んでから、ポケットに手を入れて丁寧に折りたたまれたハンカチを取り出して私に差し出してきた。

 受け取ると、その受け取った手をジークの手が挟む。静かな客車の中で彼が小さく力強く息を吸って吐き出す音が響いた。

「血脈ノ祝詞、奏デルハ生命ノ息吹」

 小さく告げられた声に呼応して、手の中のハンカチ、もといその内側にあるものが輝きを放つ。次いでそこから何本かの芽が出て茎が伸び、私達の手の上を交差するようにカーブを描いて、葉を茂らせた後、白い花を咲かせた。十秒にも満たないつかの間の奇跡だ。

「……祝福の祈りね」

「そう」

 それは小規模だけれど儀式で見たものと同じもの。不思議な光に包まれた花は仄かな力強さを感じさせる。

私がぼうっとそれを眺める前で、ジークはそれらを遠慮無く手折り、輪っかにしたそれを丸々ハンカチで畳むように包むと、わざわざ髪のリボンを解き結わえた。首から提げられるように必要な空間も作る。

 最後のまとめ方は少々大雑把ではあったが、即興で贈り物を作り上げる芸当に驚きを隠せない。

 香りは弱めでも、心を持ち上げてくれるような不思議な力を持つ、小さなサシェ。


「これをヤル。みこノ、オマモリ」

「神子の、お守り……」

 花の香りと彼の言の葉が鼻腔と脳をくすぐり、ふわり記憶が甦った。

 神子の少年と出会った当初の光景と彼の抱いていた花束。自分の身を隠すためだと言っていた白いホワイトセージの花。

 それが今、サシェの、自分の手の中にある。


 ……“神子を守る”花を“神”竜から贈られるというのも、何だかおかしな話だ。

 逆を言えば、私がそこまで弱っているように見えたのだろう。気遣いにほっとして、自然な笑いが零れた。


「本当に大丈夫だよ。私は平気」

「……」


 言っていることは嘘じゃない。“私は”平気。そして私以外がきっと平気じゃない。

 なんとなく、勘だけど。


 私の胸に再び不安の波が押し寄せ、表情にまで顕われたそれを正確にくみ取ったジークは、端正な顔を歪めて呻り、訥々と言葉を零した。

「へいきジャナイのは、ミテイテわかる。なやみがアルならキク」

「……うん、そうですよね」

 それに、そういう意味の番宣言だったもんね。

 何より。どんな理由があれ、目の前で隠されるのは、誰だって嫌だ。

 じっと見つめたままの彼の視線を笑みではぐらかす事は止めて、努めて冷静に、私も彼を見返した。


「私、家を出る前にこっそり兄上とサミとクロエの会話を聞いてきたの」

「……ぬすみギキ」

「ええ、盗み聞き。悪い例だから、真似しちゃだめよ。それでね……」

 あまり舞踏会に関係ないことで、彼を困らせてもいけない。心に巣くった謎の感情は伏せておいて、事実だけを淡々と述べることにする。

「シノノメが行方不明になったんだって」

「シノノメ……」

「あ、ジークは知らないよね。

本名ミツキ・シノノメって言ってね、兄上の友人で、サミやクロエと同郷の、アカツキ国の公使なの。

いつも薙刀担いで目立つし、目撃情報に事欠かない奴だから、行方不明になるって不思議だなぁと」

「――――しってる」

 知っているという事実より、ジークが低く呻くように口にしたことに驚き、一瞬怯んだ。

「え? ああ、そうなの?」

「……うぃるがシッテル。そのシノノメは、“葬送の剣”のギジュツしゃのいえガラだと」

「……葬送の剣の技術者?」

 そ、それは、聞いたことない。

 ジークがウィルの知識を引っ張り出し、どうにか言葉にしようと四苦八苦している最中、客車の中に眩い人工光が差し込む。

 二人揃って外に目を向けると舞踏会への参加者が、豪奢な劇場に次々入っていく様子が見えた。


 人の群れにぐんぐん近付き、雨に降られないようぎりぎりの場所まで来たと思えば、馬車が止まり御者から到着の声がかかる。

 お話はここまでのようだ。仮面を被り合図もなしに揃って深呼吸をした。


 ジークに手を引かれ地面に降り立てば、言い難い寒気で身体が震える。思わず彼の手を強く握れば、相手の力も少し強くなった。ジークは馬車を降りた位置で振り向く。


 ――そして、気付いてしまう。


「もどるカ? いまならマダまにあう」

 社交の場が苦手なこと(前科持ち)と、実家の不安への配慮と、恐らくどちらも含めての問いかけだったのだろうが、私は迷いなく首を横に振った。


 不安はある。たくさん、呆れるほどある。

 けれど、現実として起きていることは一つもない。

 私の目に映るのはただ、一人の同族が土壇場でなけなしの強がりを見せている事実。

 微動だにしない毅然とした振る舞いに見せかけて、視線は周囲の所作振る舞いを確認するので忙しない、人間社会にある意味溶け込めている神竜様。


 彼に悪いと思いつつ、私は思い切り笑ってしまった。

「自分は戻れない立場で、しかも緊張で手も震えているのに、何言ってんの」


 迷うよりも、まず、自分のやるべきことから。

 同士はすぐ傍にいるのだし。


 そうして私は、戦場へ、一歩踏み出した。


お読みくださりありがとうございます!

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