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※前話(19)本文を一部訂正、一部追加しました。
※「腔胴」は造語です。
※ジークはちょっとずつ話せるようになっているようです。
眠りから覚めた私を出迎えたのは、何でかな、一面白銀の世界であった。
実家の自室できちんと眠りについたまでの記憶はある。肩まで掛けられた布団の心地よい感触もある。風は吹きこまないし、窓も閉まっているのでしょう。ちゃんと密閉された部屋の中に今なお私はいる。
けれど、開いた眼が映したのは、部屋の調度品や窓の外の景色ではなく、突き刺すような白。
一体何が起きているのか目を凝らして見ようにも、その反射された日光がまぶしくて再び目を閉じる羽目になった。
来る仮面舞踏会に先駆けて、日々ダンスの修行に耐え抜いた身体は、鉛のごとき重量(本人比)になっている。
危険もないようだし、早起きは諦めて、今日はこのまま惰性に身を任せて二度寝に興じようかな、そう考えた矢先、私の背筋を長い長い吐息が伝った。
次いで硬く仄かな温もりをもったモノが、ゆっくりと私にすり寄せられる。
甘えているような、それでいて何かを探るような動き。
その気配の近さに、流石に危機感を覚えた身体は跳ね起きて、何も見ぬまま枕を引っ張り背後にたたき落とした。
***
私の枕攻撃を食らって乱れた銀髪の神竜殿は人型になり、ぷぅぷぅと寝息に近い呼吸音を響かせながら、半分私にもたれかかるようにして廊下を歩いていた。
私の頭頂部に顔を乗せ、両肩に両腕を乗せて、半ば引きずられるような姿を我が家の使用人に晒しながらも、彼はそれを止めることはない。
一方神竜殿を一度寝所から叩き出した私は、侍女たちにしっかり身支度を整えられたものの、部屋を出てすぐにのしかかられ、しかも結われた髪は台無しにされた事もあり、不服を露わにしながらずんどこ進んでいた。
前触れもなくジークが立ち止まり、私をも掴んで足止めする。拘束が弛んだとみて再び歩き出せば、また止められる。体格差もあって、主導権がとれない。
「ちょっと、流石に歩きづらいんだけど」
「……ココがいちばんオチツク」
「あなたがよくても、私はよくない。先へ進めない」
「……じゃあ、テをツナグ」
どうやら意地でも離れることはしたくないらしい。しぶしぶ手を差し出すと嬉々としてそれを取り、上下に振った。
数日前、私に番宣告をしたジークは、舞踏会までの間をこの屋敷で過ごすと(ほぼ一方的)に決めてから常に隣にいる。本当にすぐ傍。驚くほどの近さに美男子がいる環境は、最初こそ気が気では無かったが、今では気が置けない距離感で接っする事ができるようになった。
故に、遠慮はしないある種の図太さが身についた。
「にしても、今朝のはいただけないわ。嫁入り前の淑女の寝室に侵入なんて言語道断。分かっています?」
私が先を急げば、手を引かれたジークも同じペースでついて来る。けれど私が憤慨を示している理由が分からず眉をハの字にしていた。
「コノマエハ、ヘヤノなかでネロとイッタ」
「だって、あれは――あなたが屋根の上や植物園で寝ているから」
「デモきのうはチャンとなかでネタ」
「玄関は寝るところじゃないわ?!」
ここ数日間。どうも人型のまま寝ることができないジークは寝る場所も制限されてしまうようで、彼が気を利かせて寝る場所を選べばもれなく屋外、又は大きめの共用スペースになっていた。気持ちよさそうに寝ているジークを起こすのは悪いと、しばらく正面玄関が封鎖になったのは記憶に新しい。
叫ばれて分かりやすく落ち込んだ彼は、自分より年上の成りをして、年下である事実をまざまざと感じさせる。ウィルとは違う、ジークはまだこの地に生まれて一年、いや一ヶ月も経っていない竜の子。
そして彼自身、威厳云々はこの際置いておいて、実質人の言うことを聞いてしまう素直さがある子なのではなかろうかと私は思っていた。
「私、部屋を用意していたと思うのだけど」
「……でも、あのバショガいちばんオチツイタ」
そして頑固さも兼ね備えているのではなかろうかと思うのであった。
用意した部屋なら私室より広いし、必要以上にとぐろを巻く必要もなかったのだけれど、やっぱり人間基準で話を進めてはいけないようね。
私が苦笑いを浮かべながら歩くすぐ隣で、私達が向かう先を確認したジークは、ふと首を傾げた。
「キョウはダンスノれんしゅうじゃナイノカ?」
「ダンスの練習も他の準備も今日まで嫌というほどしたから、今日は歌を歌いたいの。ただの日課ね」
それに舞踏会の予定は今日の夜。その時に嫌というほど踊るのが目に見えているのだから、朝の自由時間は好きなことをして気を紛らわせたいのだ。
そして、そんな私の答えに「ソウカ、ソレナラバそばできいていてイイか? ひさしぶりにキキタイ」と、ジークはその純粋な眼を限界まで開き、顔を綻ばせた。
――基本。間近で無邪気な笑顔を向けられて、嫌だとは言うのは難しい。
加えて私、ことジークの頼み事であるとなると、それを無下にできないようで、期待で輝く瞳の力に屈し、いとも簡単に了承の意を返した。
裏で誰かが言っていた。カレンはジークのお母さんか、と。
こういう所になまじ思い当たる節があるから、否定もできない。
唯一サミには母子の関係というより同格の友人ではないかと大笑いされたが。
一方、私の心境なんて知らないだろうジーク氏は、私の歌発言に触発されてか、男子特有の低い音で鼻歌を歌い始めた。目的地へ進めば進むほどすれ違う使用人の人数が減り、完全にいなくなる頃には興に乗っていた彼は、その調子のまま一人ステップを踏んでくるりと一回転をして見せる。
この子も中々マイペースだなと思いつつ、その姿に既視感を覚えれば、鼻歌も知っているものだったと遅れて気づく。
テンポも音程も少々外れているが、それは確かに「神初めの儀」の舞と歌だった。
「覚えているのね」
「こちらガワニキタトキニはじめておぼえたモノだった」
立ち止まって振り返り――彼にしては珍しい――ふと儚げな笑みを零す。その立ち姿はかつてここを訪れたウィルの姿と重なって見え、私は恐らく蓬けた顔でそれを眺めていた。
「ホカニモおどることはデキル」
「……例えば?」
「わるつとか」
「え?! なんと都合のいいこと」
私は参加の話が持ち上がってこの方、ずっと教官の足を踏みならしながら習得に励んでいたというのに。(いやもっと前から習得しておけよという話でもあるけれど)
ジークは私の訓練の途中経過を知っている。けれど私は彼が訓練していた姿を一度も拝んだことはなかった。本当、いつ習得したというのか。なんか、ずるい。
私が悔しさ半分、胡乱げな目を向けると、何故か彼は申し訳なさそうに、視線を避けた。
「ウィルガ、おしえてくれる」
「ウィルが? どうやって……」
「いけにえのイミヲシラナイノカ? うぃるはマダしんえんのセカイデいきている。ツナガリをツウジテ、イマナラまだはなすことがデキルし、そもそも身体ガおぼえてイル」
「生け贄の、意味?」
近頃――実はこっそり練習した甲斐もあって――ジークの言葉は片言ではあるが、間違いはない。今になって、生け贄の意味を問う流れになろうとは思ってもいなかったが、これに関しては聞き間違いも聞き逃す理由もないだろう。
私が努めて厳しい口調で問いかけると、彼は少し間を置いてから、静かに告げた。
「いけにえはアドナイシンの“腔胴”にオチルとイウこと。この世界での“居場所”はうしなわれるが、ヒトのいう“心”のブブンガしょうめつスルまでにはジカンがかかる。
――そのあいだの“苦痛”にタエキレナクナッタモノもいたらしいが、くわしくはシラナイ。オシエテくれない」
長い長い発言でも、ジークは一切笑わない。更に、彼はたどたどしくもそれらを言い終えると、まるで彼自身も“苦痛”に苛まれているかのように、その口を硬く引き結んだ。どう見てもそれ以上の質問は憚られる様子で、私も自然と口を閉じる。
“腔胴”とは何、“苦痛”はどれほどか。理解できそうで、でももう一歩の所で届かないと、これほどもどかしい事もないだろう。
けれど、巧妙に聞き出す術を持たない私は、会話の内容を変えることしか出来なかった。
最終目的地であった書斎までたどり着く頃には、二人はまた手を繋ぎ歩いていた。
互いに視線を交わし、話そうとして、でも出てくる言葉はどうにもぎこちない。
それを見ていた――書斎の内側にいた――二人は揃って顔を見合わせ、わざと大きな音を出して扉を開けた。
「ごきげんよう、カレン様、ジーク様」
「いつもの仲の良さはどこいったのよ。ほら笑って笑って。――せっかく二人のための衣装も準備したのに、そんな暗い顔してたら煌びやかなドレスも台無しだわ」
先の挨拶がソニア、そして続くジョワユーズ王妃は扉を率先して開け放ったと見たら次には私達の前につかつかと歩み寄り、両手に抱えた衣装をそれぞれの胸元に押しつけた。
「せっかくの舞踏会なんですもの。気合い入れて行きましょう」
彼女の謎の迫力に揃って気圧された私達は、合図もなしに顔を見合わせ、
何も言わずないまでも、揃って衣装を両手で抱えた。




