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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
58/71

18

※ジークの台詞が続きます。大変読みづらいこと請け負いなので、オール全角カタカナ表記にしています。

 レーヴァテインを伸したジーク氏がその後何をしたかと言えば、

 重い一撃で意識を失った成人男性一名をソファへと丁重に運び、横たえ、そして呼吸、脈拍を何故か確認して、ほっと息を撫で下ろしていた。

 苦悶に歪んでいた形相も落ち着き、横たわる彼の顔面に昼下がりの陽光が差し掛かり、窓硝子越しに聞こえる鳥のさえずりも相まって、それはそれは心地よいお昼寝の光景にも見えなくもない。


 葬送の剣まで回収して、一通りの作業を済ませると、ジークは私を手招きして、そのまま玄関をも出て迷路花壇まで歩いて行く。まるで答えを知っているかのように躊躇なく歩く姿を不思議に思いながらも付いていくと、ある行き止まりの一角に出た。

 丸く白いテーブルを囲む椅子の一つに、これまた当然のように座る。対面の椅子に促されて座れば、既視感が襲った。

「ココデナイタ」

「ないた、泣いたか。うん、あったね」

 正しく言えば、泣いたのはウィルだけであったが。


 ジークには、当時の記憶があるのだろうか。開花前の生け垣をぐるりと見渡して、薄らと微笑んで見せた。

「ウィルノキオクニ、ココハアル。ココデハナシスル」

「……そっか」

 君はウィルの“転生”だから、知っているのか。じんわりと疼き出した胸を押さえて苦笑を漏らす。それにしてもお話しとは何だろう。

 暫く大人しくして待ってみると、ジークは何を思ったか無言で席を立ち、いきなり竜の姿を取った。テーブルの周囲をぐるりと囲むように伸ばされた巨体で、小休憩スペースが埋まってしまう。

「……ココハ、モウヒトツノ“イバショ”ダカラ、キテミタカッタ」

 着席したまま硬直した私の頭部を鼻先が小突く。

「ナツカシイニオイガスル」

「……これ、そういう意味だったのね」

 寄せられた頭部を撫でると銀の竜はくぅと甘えるような声で鳴いた。愛玩動物のような所作でありながら、そこはかとない愁いの感情をも内包している。

 泰然自若とした先代エルドラとは真逆で、どこか頼りなさげに揺れる緋色の瞳が、私の興味を惹いた。


 こんなにも大きくて、力もあって、地位も最上級のものを与えられていて、それなのに何故彼は私の目の前にいるのだろう。何故、レーヴァテインやフラックスみたいな“身内”の近くに行かないのだろう。


 そして、

「何故、あなたは、他の人の前では話さないの?」

 私がつい口にした言葉に、ジークは態度を一変させて苦しそうな呻き声を放った。首をもたげて、答えを探しあぐねる様子をじっと見つめていると、本当に人間みたいな仕草だと思ってしまう。

「コワスキガシタカラ」

「壊す?」

 余りにも低く小さな声を辛うじて聞き取り、返すとジークの首は上下を往復した。

「ヒトノスガタノトキハトクニオモウ。オナジ“ガイケン”デイルト、ウィルガキズイテキタモノヲ、コワシテシマッテイルノデハナイカト」

「えと……」

 ……ダメだ、言葉は聞き取れても自分の理解力がなさすぎて、大切な部分がくみ取れていない気がする。


 人型になったジークはウィルとそっくりだ、でもそれが何故、ウィルの築いてきたものを壊すという流れに繋がるというのか。

 迷路状になった思考の中で完全なる迷子となった私が知恵熱を出す寸前で、彼はまた唐突に人の姿に戻り、

 私のおでこに自身のおでこをくっつけた。


「――?!?!」

「コレハ、オモイナヤンデイルトキ?」

 肩に両手を置いてじっとして、物語に出てくるような端正な顔はもう目と鼻の先で。火照った私の熱を奪う、ひんやりとした肌の感触が、押しつけられすぐに離れた。

 この距離感は、よく分からないけれどまずい。竜の時は耐えられたのに!

 激しく脈打つ心臓の辺りを押さえて、浅い呼吸を繰り返す。私から人一人分もない場所で彼は屈託のない笑顔を零した。

「キミハワカリヤスイ」

「うぅ、悪い?!」

 半ばやけくそで叫ぶように言い捨てる私とは対照的に、ジークは落ち着き払った様子で首を横に振る。 それから、片手を私たちの間に差し出してみせた。


「ワルイコトジャナイ。ヒトノココロハムズカシイカラ、リカイデキルトホットスル。

アカイセンハ、ミエル?」

「え、赤い線?」

 彼が差し出した手の指先と、私の指先に結ばれた一線。ぼんやりと浮かび上がったそれに声を上げると、彼は破顔した。

「ココカラ、タクサンノカンジョウガナガレテクル」

「つまり筒抜けってこと?」

「ゼンブジャナイ。……デモヒツヨウナラ、コノケンナラキレル」

 ジークは少し寂しさを混ぜた微笑で、先程回収した葬送の剣を私に手渡す。流されるままに受け取って、鞘から抜くと、妖しくきらめく剣が歪んだ私の顔を映した。


「ウィルハ、タクサンノモノヲ、ワタシニノコシタ。カゾクモ、トモダチモ、イバショモ。タイセツナ“ツナガリ”モ。ワタシハ、ソノオモイニ、ムクイタイ」

 顔を見なくても分かる。彼の真摯な声色に乗せられた感情は、私の胸を締め付ける。静かに剣を鞘に収めてジークを見上げ、続く言葉を待った。

「キラナイノカ? ヒトハ、ココロヲミラレルノハ、ヘイキナノカ?」

「うーん、全部知られるわけじゃないし、私これでも、自分に素直に生きることをモットーにしているから、軽傷で済むだろうし」

「ソウナノカ」

 私の答えを聞いたジーク安堵の息を漏らして、再び破顔した。それから伸ばしていた手と私の手を絡めて優しく握った。


「テガミ、フタリデヨンダ。キョウ、ホントウハ、ソノハナシヲシタカッタ」

「手紙……って、二週間前に送った?」

 手の力が少し強くなる。再び鼓動が激しくなって、ジークの表情を直視し辛くなって、つい視線を逸らせば、またおでこを突かれ強制的に向き合う形になった。

「アノヒ、カレニツバサガアレバ、キットアイニイッテイタ。デモ、ムリダッタ。カレノコウカイヲ、ホカナラヌワタシハ、シッテイル」

 間近で緋色の瞳が互いの顔を映す。

「ダカラ、ワタシハ、スグソバデ、イッショニタチドマッテ、ナヤムモノデイヨウトオモウ。

……ソウイウ、“ツガイ”ノアリカタデイヨウト、オモッテル」

 ジークはそう言い切った後、みるみる内に顔を赤く染めて、手を放し距離も離した。

「…………」


 待って。

 ちょっと待って。

 私、今、何言われた?


 思考を邪魔する鼓動の音がやけにうるさくて、身体は熱くて真っ赤になっていて、それはきっと目の前の男の子も同じで。二人は相手の視界から隠れようと、同じタイミングで同じように両手で顔を覆った。


「ダカラ、」

「へ、へい!」

「ブトウカイノコトモ、ツライナラニゲテイイ。キョウリョク、スル」

「へ、へい?」

 何とも抜けた返しになってしまったと後悔しながら両手を外して、相手の様子を覗き見ると、緊張で顔を強ばらせた――でも未だ頬が染まった――銀髪美青年がおずおずと口を動かしていた。

「ゴメン、キイテタ」

 蓬けた顔のまま硬直した私に何を感じ取ったのか、彼は謝罪を口にする。そこでようやく、私の心は平静を取り戻し始めた。


 つまり何だ。ジークは、私がレーヴァテインと舞踏会参加、拒否の話をしていた所から聞いていた。参加したくないなら、それに助力する。あと、立ち聞きしてごめん、といったことだろうか。

 再稼働する私の脳みそが紡がれた言葉を咀嚼し、急ぎ結論だけを作り出した。


「逃げないよ」


 ジークが何も言わず私を見る。

 驚きもせず、嫌な顔もせず、彼はただ発言のその先を私に促していた。

「だって、元より自分が招いたことなんだし、自分の馬鹿さ加減に呆れはするけど、逃げる気は毛頭無かったし、何より……」

 出かかった言葉を一旦飲み込んで、この言葉でいいのかを再確認する。彼に筒抜けの状況で、躊躇して考え込むのは逆効果かもしれないけれど……。

 ちらり見たジークは真面目な表情のまま、器用に頬を赤く染めた。


 ――やっぱり、通じていらっしゃる。ならいいわ、言語化してやるわよ!

 自分の顔周りが熱くなる感覚に苛まれながらも、私は彼の両肩に手を置いて、面と向かって……やっぱり恥ずかしくなったので、しっかり目をつむって、はっきり言い募った。


「今私のすぐ傍には、心強い、あの、なんかそういう相手がいるんで!」


 形容しがたい、およそ理解もままならない感情に襲われながら、

 私達は揃ってまた両手で顔を覆い、互いからその心情を隠した。


***


 迷路花壇の一休憩スペースでその光景を観察していた黒い影が、

 静かに歩き去っていく。

 その手には銀色に光る刃物が握られていた。


bkmありがとうござます!

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