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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
56/71

16

「誰もが知っている事だが、人は生き還らない」


 ランタナ国第一王子、レーヴァテインはおもむろに口を開いてそう切り出した。そこにはかつてランタナで見た、弟に蹴り飛ばされる残念な姿は跡形もない。

 父親が王座にふっかりと腰を下ろした不動の王ならば、その存在感をそのままに、野性味を増し身軽にしたのがこの子孫だ。インドアっぽいアルマス第二王子とは真逆のイメージ。

 彼はずかずかと踏入ると、硬直したままのジークの頭を乱暴に撫でくり回した。

 一見気の置けない仲のやり取りに見えなくもないが、二人の間には確かな緊張感が漂っていた。

「――だが、“転生”はある」

「……」

 重苦しく響く“転生”の言葉。それは恐らく「神初めの儀」でウィルがジークへと成り代わった事象を指すのだろう。儀式の実体を知る一部の人から順にジークへと視線が集まれば、彼の更に表情が固まり、口をつぐんでしまう。レーヴァテインはその額を中指で弾いた。

「しゃんとしろ」

「……っ」

 静かに、けれど優しい声音で諭す赤の騎士に、ジークは口を開きすぐにまた閉じてしまった。


「つまり、イキシアでは、その“転生”とやらが起きていると?」

 兄上がふと口にした疑問に、レーヴァテインは向き直り、しっかりと首を縦に振った。

「そうだ」

「もっと具体的な説としては、神初めの儀式場と同じ役割を持つ場所が、例のイキシアに現われた可能性が高いって事っすね」

 自然な流れでフラックスも会話に参加する。こちらも口調こそいつも通りの軽さだが真面目な顔つきで真面目な内容を話していた。

「そんな場所があるとは聞いたことがないが……」

「あり得ないことではない。過去このフィクスの地にも同様の役割を持つ”神域”はあった。

現在はその機能を失っているはずだが、その確認もしていない上、現状では稼働している線が濃厚だ」


 ――ええと、ええと。

 周囲を置いて、盛り上がってしまっている三人の話を聞きながら、ついて行けていない私は一人首を回し、頭をこねくり回す。

 「つまり、ランタナで見た“転生”が、イキシアで、似たような儀式場で起きているということ? ウィルやジークは許されるのに、今の状況はまずいの?」

「……ジーク?」

 ……ん? 今、殺気を感じた気がするわ。

「そうですね。まず、フィクス王国には神竜様のような深淵と縁を持つ神様はおりません。

管理者のいない無法地帯に関所は存在しない。詰まるところ、そのような土地で深淵に繋がる”門”が開けば本来生きていくはずだった者が追われることになる――」

 かくして私の問いに答えたのは、アマ。ジークも何か言おうとして止め、今度は頬を膨らませて分かりやすくふて腐れていた。

 そして彼女が言いかけた言葉を継いだのは弟のフラックスである。

「その結果、居場所を失った者……、そうっすね、帰り際に見たあの黒い”モノ”たちが、地上に湧き放題になるって感じっすわ」

「つまり、元死者の転生者が増えて、本来生きていた人が黒い靄のような生き物になる」

「そうですね」

「そっすね」


 ……。

 …………結論、私の知っている現実から逸脱しすぎて、いまいちぴんとこないわ。


 そもそも、自然現象なのか人為的なものなのか、そこから分からない。実質的な被害は言葉だけでは理解できないじゃない。

「何故、そんなことが起きるの」

「理由は知らない。俺たちランタナ側にはその権限もない。

断言できるのは、“転生”が事実であった際、現状打破のために“騎士の国”の我らが動く必要があるということだ。二国間に交わされた条約の中にある“特権”のせいでな。

……だから、今回俺たちはフィクスへの干渉は極力せず、“転生者”への対処を重点的に担う」

「……そう、ですか」


 レーヴァテインはそこで一息入れてぐるりと周囲を見回した。

 私と視線を交わす時間が他より長かったのは気のせいだろうか。ジークもこちらをちらちらと見ていて、わたし、とても、落ち着かない。


「本題に戻すぞ。

俺たちの任は“転生”者を本来の居場所に帰し、原因となった門を閉じる。

そして、フィクス側には今回の原因の究明と再発防止を頼みたい。

さっきも言った通り、俺たちは“転生”関係には手を出せるが、フィクス国内での事情までの干渉は許されないからだ」

「了解した、といいたい所だが、事態への取っ掛かりが見えない」

 言いたいことは分かったが、では具体的にどうしろと言うのか。と。

 私も思ったし、兄上も同じ事を考えていたようだ。揃ってレーヴァテインに向き直れば、彼が答える訳でなくその隣に引っ付いていたフラックスが、菫色の少女を視線で示唆した。

「事情知っている人ならいるっしょ。その話を持ってきた本人が」


 さっきから話題の展開以上に視線がぐるぐる回る。突如水を向けられたソニアは全員の視線を浴びて、肩をびくんと振るわせた。ちょっと涙目にもなっている。


「ええと。あの、わ、私が知っているのは、死者の名をかたる人間がイキシアにはいるという事。そしてそれを望む人もいるという事です。

……目が覚めてから屋敷にいたので、それを目の当たりにしたわけではなく、原因は分かりません、その、すみません」

 みるみる萎縮していく少女の姿に罪悪感が湧いてしまう。だが、赤髪の男はむしろ好奇な目つきで彼女を見据えた。

「ちなみに、屋敷の前の記憶では、どこにいたんすか」

「……そんじょそこらにいる村娘でした。それこそ、領主様や、他国の王族の方々と真逆の世界を生きるような」

「……、ふーん。それが今や領主自ら匿うほどの重役に。数奇な運命を辿るヒロインっすね」

 少しばかり嘲笑を臭わせた言い方に、ソニアの顔色が見る見る内に青ざめる。どんなに真面目面をしていても、こいつは野放しにしてはいけない。

 状況を見れば、彼女は被害者でしょうに。

「そんな言い方――」と、私が立ち上がり、フラックスに一言申し立てようとしたところ、それを凌駕する勢いで立ち上がった人物がいた。


 同じ赤い髪に金の瞳を持つ彼の双子の姉である。

 彼女はにっこり笑顔のまま弟に詰め寄り、同じ高さにある顎をくいと持ち上げた。

「フラックス、いい加減にしなさい」

 有無言わせない窘める声音が、普段苦言を申さない姉から出たとなり、流石のフラックスもたじろぎ一歩引く。彼女から未だ無言の圧力を受ける彼は、大きな溜息を挟んでから、話を切り替えた。

 姉のご機嫌を伺いながら発言するところに、姉弟の力関係を垣間見た気がした。

「でも、これでちょっとは進展したんじゃないっすか? 俺たちには解決策以前に知らないことだらけ。なら、情報を集めるところから始めないといけない」

「――それなら丁度いい。実は我が母君が、近日行われる舞踏会に出席なさる」

「舞踏会?」


 フラックスからまたレーヴァテインへ。発言者が変わる度に移り変わる視界に、真面目面から不敵な笑みを浮かべる金髪の若獅子が映る。

 

「もちろん情報収集のためだ。

“ジーク”も一緒に行く、フィクス代表として、そこの伯爵令嬢が参加するといい」



「…………はい?」


 彼は私と視線が合ったと見るや否や、その笑みをより一層深いものにした。悪人面だと言えなくもないそれに、悪寒が走ったのは仕方がないだろう。

 そして、参加を決められてしまった私を引き留める者は、誰もいなかった。


やっと事態が動きます、やっと……(o´・ω・)

ここまでお読み下さり、ありがとうございます!


一部レーヴァテインの台詞を訂正しました。(6/28)

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