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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
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0(:3 )~ _(’、3)_ヽ)_ ぎりぎり日曜だった…

 白銀の鱗に緋色の瞳を宿した一頭の竜。

 彼の体格は、先代新竜が神殿を埋めるほどの巨体だったのに比べれば小柄で、

 その背に大人五人は乗れそうな程度には大きい。

 細く短い四肢と、それに反比例して広く厳然とした双翼は、彼が地上よりも天空にこそ活きる者であることを示していた。


 私はこの竜を見たことがある。かつてウィルと呼ばれた人間が成り代わったものだ。

 彼は確かに今代の神竜で、ランタナ国のお客様。

 意味も無くざわつき始めた胸の内を押し隠して、私は一礼を取った。

 対して銀の竜は私の姿を認めると、長い首を伸ばし私の頭部を鼻先で軽く小突く。

 彼なりの挨拶なのか図りかねてぽかんとしていれば、彼は喉をくつくつと鳴らした。


 言葉こそないが、これは分かる、笑われていると。


 憮然とした私と、そんな私を下からのぞき込む態勢を取る竜の間を、醒めるような風が通り抜けた。


「呼ばれたから来てみれば、これは何をしているんだ?」


 睨み合いの続く私達の下へ、兄上とクロエが合流。彼らは私達のやり取りと、館の玄関口から怖々と顔を覗かせているソニアを一瞥した後、神竜に向き直って一礼した。

「ようこそいらっしゃいました。私はこのストレリチア伯の息子ニコライ・ストレリチアと申します」

 神初めの儀の場にはいなかったけれど、兄上も大体の察しは付いたのだろう。それは彼をランタナ国の客と認識した上での挨拶だ。竜という生物を目の前にしても振る舞いは淡々としているところも流石。

 と、私が自分のぐだぐだ感を棚に上げて感心しきっていると、彼らは途端に困った顔を作った。

「それでは中に……いえその前に、何とお呼びすれば?」

 なるほど、兄上も彼が誰かまでの確証はないらしい。しかも、「中に」と言ってから彼が屋敷に入れるサイズではないと気づいたようだ。案内しようとした手が静かに下ろされている。

 ……ふっ、ここは私が出なければいけないようね。

 私は一度咳払いを挟んで、背後で縮こまっているソニア含め、神竜様を二人に紹介しようとして手を向けた。

「こちらは今代神竜様の…………あれ?」

 が、言ってから、私も彼の名前を知らないことを知った。


 えも言われぬ沈黙が流れる中、取り繕った笑みを浮かべることしか私にはできない。

 伸ばしたままの手の先でご紹介に与れませんでした神竜様が喉を鳴らした。

 怒っているのかと思ったけれど、どうにもそんな様子でもない。

 彼はうーうーと音を鳴らし首を捻り、それを何度か繰り返した後私を見据えて口を開いた。


「ワァしおあァエは、いぃう゛」

「…………。え、と、ですね」


 何かを話していることは充分に伝わってきた。

 ――だからこそ、何を言っているか、分からないのが悔しいという現実。


 彼自身も状況を理解しているようで、再び首を捻り喉を鳴らす。その挙動が声を出す準備運動だったと悟った私は、全神経を神竜に注ぎ言葉を待ち、再度開かれた口の微妙な変化まで捉えようと隅々まで目を光らせた。


「なァエは、いィくフイぃほ」

「なぁえは……なまえは? いぃふいほ?」


 もしやこの方、名乗ってくれているのでは。流れからしても、なんかいい線いっている気がする。でも……、うーーーーん。肝心の名前は何か違う気がする。


「あの、申し訳ないのですが、もう一度お名前を伺ってもよろし――」

「やだ」


 なんでそれだけ話せるの。しかも断り方が嫌だって、子供か?! ……いや生まれたての子だったわ! 云々と、思わず表に出そうになった言葉たちを一気に飲み込んで息を吐いた。

 それでも現状を打開しないともてなしも何も先に進めない。私達が総じてどうしたものかと考える間に、件の神竜様は翼を畳み首と尾を内側へと曲げて寝る態勢を整えた。

 ずばり、不貞寝である。

 朝早くに訪問して、名乗ることを放棄(これに関しては私にも至らない点があったとは思う)、からの庭先で不貞寝。


 ……ちょっとあなた。あまりにも、自由すぎじゃありません?


 唖然としてその様を眺める私の背後で、兄上たちは各々に動き始めたようだった。

「とにかく、かけるものを取ってくるか」

「毛布集めてきますね」

「手伝いましょう」

「……何で皆そんなに冷静なの?」

「あぁ、カレンはそのままその神竜様を見ていてくれ」

「えっ」

 ……な、なんですって?

「誰かが傍にいないとだめだろう」

「それは、分かりますけど。私、怒らせた張本人ですよ」

 さっきのやり取りを見ていれば分かるでしょう。と、

 私は真面目に答えているつもりだったのに、何故か兄上は「それは、どうだろうな」と、確かに私を見て不敵に笑ったのであった。


 え、待ってみんな、本当に行くの、え……。



 かくして、取り残された一人と一頭は、次第に温かくなる日の下並んで座り、空を見上げる運びとなった。


 思っていた以上に、毛布部隊は戻ってこないし、特別やることもない。加えて、現在ふれ合えるほど至近距離にいるのは、時折神竜様が弱った子犬のような鳴き声を発していたからでもあり、私も一人突っ立っているのは寒かったことが原因でもあった。

 暫く閉じたままだった口がまた開かれる気配を感じ、私は隣り合う神竜をぼんやりと見やった。

「ぃつボゥいたか」

「いつぼう?」

「す、すぃ……し……つぼう?」

「し、つぼう。失望ってこと? していないわ。そもそも理由がないし……」

「そゥか」

 言葉と違って神竜様の挙動は正直だ。私が失望を否定すると彼は全身の力を抜き、何よりその目元口元が嬉しそうに綻ぶのである。ゆっくりと頭を撫でれば気持ちよさそうに目を閉じた。

「うあく、あなせあい」

「もう一回、おねがい」

「うまく、はぁへぁい」

「うまく、はなせあい。……上手く話せないのは、慣れてないからだよ」

「そおか」

 少しずつ聞き取りも慣れてきた気がする。

 そして話が通じる度に彼の笑顔があからさまになっていくのも分かってきた。彼は聞き取りは完璧で、本当は話したいけれど現段階では上手く話せない。それが悲しい。思うにそんなところだろう。


 ……いよいよ、名前が聞き取れなかったのが悔しくなってきた。


「あの、もう一回名乗ってもら――」

「いやだ」

「おねがいします」

「いやだ」

「後生だから」

「いやだ」

「私、あなたの名前をちゃんと呼びたいの」


「…………。

 

 …………いぃく」

「――いく!」

 さっきより短いけど絶対名前だ。私がほぼ脊椎反射で答えた単語を、彼は首を横に振って否定した。けれど、不貞寝することもない模様、彼は首を伸ばして私にしっかりと向き直った。

「ぎぃく」

「ぎーく?」

「ずぃく」

「ずぃ……じ、とか?」

「ぢ?」

「じ」

「じ?」

「合ってる、合ってる」

「じぃく、ジーク」

「ジーク、それがあなたの名前?」


 私が確認のために問いかけた時、彼はまた笑みを浮かべたような気がする。

 けれどようやく戻って来た毛布部隊に囲まれてしまい、

 その姿を確認することまではできなかった。


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