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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
53/71

13

本文中、前話からこっそり二週間経ってます。

 ストレリチアの朝は早い。

 起きるのは六時が基本、早ければ五時から活動を開始する者もいる。大半は使用人たちが食事の支度やら何やらで動いているわけだが、

 剣の稽古、花の育成、歌の練習など、己の趣味に没頭する質の領主一家がそれに混じることも多いのである。

 かくいう私も屋敷の隅の部屋を借りて時折発声練習を行っていて、今日も今日とて新曲会得に励む――予定であった。

 軽い室内着で廊下を歩き掃除する使用人の方々に挨拶をして、楽譜を取りに向かった書斎で、私は足を止める。


 誰もいないと思っていた書斎で、誰かが鼻歌を歌っているのだ。

 私は音を立てないよう扉を開けて、細い隙間から声の主を探った。


「降り注ぐ雨は 天の恵み

雪解け水は 春の訪れ」


 使用人と同種のエプロンを着けて、本棚の埃を一掃するのは一人の少女。

 彼女は歌のリズムに合わせてはたきを振るい、肩までに切りそろえられた菫色の髪は歌と共に揺れていた。

 我が家に暫く滞在すると決まって以来、ソニアは毎日使用人の手伝いをしている。ご厄介になるのだからと彼女自身からの申し出であれば、拒否することは難しい。

 お嬢様然とした風貌で少し心配はしていたものの、あれから二週間経った今でも意気揚々と励めるのであれば、心配の必要もなかったようだ。


「さぁ 種を蒔け

 老爺も 若者も 君も 私も

 さぁ 花よ咲け

 春も 夏も 秋も 冬も越えて」


 ソニアは誰もいないと油断しきっているのか、声を弾ませ段々と声量も上げる。流石の私もこの場に足を踏み入れる事はしない。静かに扉を閉めて退散しよう。そう思い、行動に移した瞬間、

 くるり一回転したソニアと、うっかり目が合った。




 ……。

 お互いかける言葉がとっさに思い浮かばず、珍妙な沈黙が流れる。

 私は取り敢えず書斎に入り、扉を閉めた。向かい合えば、ソニアがぎこちない笑みを浮かべたので、お揃いの顔を返す。

 最初はその気でなかったとしても、その気であったとしても、のぞき見していた事実は揺るがない。私は頭を垂れて謝罪を述べた。

「すみませんでした」

「いえ、こちらこそ。場もわきまえずあんなお見苦しいものを見せてしまい……」

 ソニアは赤面して両手で顔を覆う。思い出し話すことも恥ずかしいようで、最後の方はむにゃむにゃと言葉を誤魔化してしまい、少々聞き取り辛かった。

 ……なんと言うか、罪悪感が増し増しですわ。

「あの、恥ずかしがる必要なんてないよ。上手かったし。……あれは故郷の歌なの?」

「は、はい。豊穣祈願の祭りで歌うんです。

お揃いの衣を羽織って、踊って、一年に一回だけだけど、賑やかで楽しいんです!」

 振った話題が良かったのか。彼女は息を吹き返したように生き生きとし出した。

 菫色の瞳は太陽光を乱反射させてきらきらと光り、頬はバラ色。ぴょこぴょこと飛び跳ねながら祭りの内容を語るソニアはとても可愛らしい。

 私が同じ動きをしてもこうはならないだろうなと、悟った面で暫くその様子を眺めていると、


 何が起こったのか彼女は途端に動きを止めて沈鬱な空気を纏った。

「今年も、開かれるはずだったんです」

「……」

 どうやら現実に戻って来てしまったらしい。怯えこそないが、両腕で自分の身を抱きしめる動作は出会った当初の彼女だ。

 細い肩にそっと手を置いて、どう声をかけるべきか考えあぐねる。

 と、その時だった。


「――あんのくそ野郎、×××さえいなければ!」



 …………ん? 


 ………………んん?


 くそ野郎は分かる。使ったら後々サミに厳しい説教を食らう類の単語だ。でも×××って何だろう?


 あまり聞き慣れない単語が飛び出して、私は首を四十五度に捻った。

 ……多分、私が知らないだけで、サミとかに聞けば分かるんで、しょう。うん。

 私は「そうなんだ、大変だったね」と我ながら適当すぎる相槌を彼女に返したが、ソニアは何を聞くよりも早く顔面蒼白になって明らかに動揺していた。

「あの、今のは、今のはなかったことに!」

 ――どうやら聞き直すことはタブーらしい。

 その事を理解した私は「う、うん。私は何も聞いていないから」と言い、取り敢えず身振り手振りで彼女に落ち着くよう促した。ソニアも深呼吸をして興奮を鎮めている模様。


 ……それにしても、野郎って、真面目に取れば男性を罵る意味合いを持つんだけど、

 ソニアと接点のある関係と言えば、監禁していたらしい男……、


「て、いやいや、何考えてるの」

「?」

「気にしないで、こっちの話だから」


 私はある程度の落ち着きを取り戻したソニアを確認してから、本来の目的を達するべく書棚に向かった。適当な楽譜を一冊抜き取り、ではまた後で、と彼女に手を振る。


「後で……、今日何かありましたっけ」

「ランタナの方がいらっしゃるらしいわ。ソニアにも同席してほしいみたい」

「……アマさんのお仲間ですか?」

「多分ね」

 確信はないが恐らく生き返り事件の調査だろう。私と同様の推測に至ったソニアは真剣な眼差しで分かりましたと言い、思案顔ではたきを握り直した。


 ――が、いきなり開かれた扉に驚き、変な方向へと投げ飛ばす。

 今日はどうも落ち着く暇のない日らしい。とこの時私は悟ってしまった。


「カレン様、ソニア様もここにおられましたか」


 扉を開けた使用人は額に薄らと汗をかいて息を切らせている。緊急事態を全身で表わしている彼は私達を見て安堵を浮かべた後、また何をどう言うべきか今から考え始めたようだった。

「何事ですか」

「それが、ランタナからの、お客様だと思われるのですが、その……」

「こんな朝早くからですか」

 彼がもたらした報告に思わず溜息が漏れる。

 自分が常識を語れる人間ではないことは重々承知しているけれど、

 流石に早すぎではなかろうか。


 誰だ、フラックスか、それともアルマスか。


 自分の中での非常識枠を並べ、更に彼らなら正装じゃなくてもいいだろうと決めつけ、向かった先には、


 銀色の竜が鎮座していた。


明日は更新できないかと……(><)

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