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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
51/71

11 セシリア・ロートス

※前の部の後半部分、付け加えました。よろしくお願いいたします。(4/11)

 自分の縁談が「前向きに検討」になっている事だったり。

 自分の侍女と友達(仮)の仲が悪いのに同居せざるおえない状況だったり。

 一度死んだ人が生き返る、奇跡のような話だったり。

 およそ自分の手に負えない事ばかりが続く中、私はまた一つ別の問題と接触していた。


「お久しぶりですカレン様。いえ、この姿では初めましてでしょうか」

 そう切り出したのは飾り気のないロング丈のドレスに桃色の長髪を垂らした大人の女性。高身長で高圧的……な第一印象。自分に自信があるからこその、堂々とした存在感(仮定)。勝ち気そうな若草色の瞳は、今ゆったりとしたカーブを描いている。

 我が兄上の婚約者、セシリア・ロートス。


 応接室横の小部屋へ一人拉致された私は、彼女とローテーブルを挟み対峙していた。

 彼女の姿を真正面からまじまじと見て、更に挨拶を交わした私の感想はこれである。

「すごい違和感」

「うん。褒め言葉として受け取っておくわね」


 友人扱いには友人扱いを。ため口にはため口を。母上が亡くなってからこの方そんな人間に囲まれて学び育ったから、現私は貴族らしくないと言われる娘になったのかもしれない。と頭の隅で直感する。

 今まで男性として接してこなかった相手が豹変していても、私の中の彼(女)の扱いは変わらない。

 彼(女)は兄上に傾倒する変わり者である。ただし、人を選ぶセンスはあると思う。それは認める。

「それで、旅帰りでへとへとの上に、情報の嵐にもまれて半死半生の身に一体何のご用でしょうか」

「弱っている割に口は動くのね」

「幼い頃にセシリア様からは“何を言っても許される券”をいただきましたので。心が大変軽いのでございます」

 正しくは“何でも相談に乗るよ券”である。

 もっと言えば、幼い少女(カレン)をスパイに仕立て上げ、気になる子(ニコライ)の情報を得る、周到で狡猾な契約書である。

 無論、被害に遭ったのは兄上だ。己の知らぬ所で妹から愚痴という名の家族情報の売買が行われていたのだから。

 全てを仕組んだセシル少年もといセシリア様は、涼しい顔で「そんな恐ろしい契約を交わした覚えはないけれど」とぼやいた。


「それで、簡単な挨拶は終えたわけですけれど、この度の拉……いえお呼び出しは、何か別の意図がおありで?」

「そうね、用件は残念ながら今の一瞬で終わってしまったわ」

 セシリアはそう言うなり足を組み腕を組んだ。スカートであることを全く意識していない構図、控えめに言って淑女らしくないポーズに私が目を瞬かせると、彼女は慌てて姿勢を正した。

「嫌ね、何年も男性として暮らすと変な癖が付くわ」

「兄上や父上も男性ですけど、そのような格好は見たことありませんが」

 遠回しに性を言い訳にするなと私が言えば、セシリアは「すみません」と冗談半分に頭を下げた。

「がさつというか。大雑把な人に囲まれて育ったせいかしらね。……だからこそ、私にとって、ストレリチア家の方々は目標だったわけだけど」

「目標?」

「私の家は代々その血を引く男子が当主の地位を継ぐの。おかげで弟ができるまで女として生まれ男として育てられたわ。

カレンちゃんは、幼いながらも立派な“お嬢様”だったから、将来女の子として暮らす時の予習として。ニコライは純粋に強いし礼儀もできているし、当時は男子としての憧れが強かったかな。


――――まぁ、結果はごらんの通りです。自分の家族の方が影響が強かったようだわ」

「……しかも私の方は“幼い頃”限定なのでしょうね」

 私の自嘲混じりの呟きに、セシリアは否定も肯定もせず苦笑するだけであった。


 ……けれど、私への贈り物には彼女の趣味だとすれば、本人が身につけたかった物もあったのではなかろうか。出来る範囲で夢を見ていたのではなかろうか。やり方はどうあれ、

 賄賂とか思っていてごめんなさい。と私は心の内で彼女に懺悔した。


「ちなみに勘違いしないように付け加えておくと。カレンちゃんへの贈り物は全てニコライ君への賄賂です。変な同情はしなくていいわよ」


 ――前言撤回ですわ。

 かつて下心に気づけないほど純粋だった私は、好意でもらったのだと信じていたのよ。この策士め。


「そもそも。どうしてセシリア様は兄上にそんなご執心なのですか」

 妹としては、兄上はもっと穏やかな生活を送れそうな人と結婚してほしい。

 そんな本音は隠して、私はセシリアに至極真面目そうな顔をして向き合った。

「……正直ね、恋をしている自覚はなかったの。一緒にいたシノノメと比べて、何か違うなと思うくらいだった」

 私の視線を真っ向から受けとめた彼女は、同様に真面目そうな顔を作って、昔を懐かしむように訥々と語り始めた。

「カレンちゃんも知っている通り、昔は男の子として他家の屋敷に訪れていたわ。あの頃の友人は男子が多かったから、女の子らしい遊びはできなかったのね」

 そう言って思い出したように小さな笑みを零す。若草色の目を輝かせて、頬をバラ色に染めて、口元に手を当ててふふふと。

 女性というより、少女然としたその仕草に、私は不覚にもかわいいと思ってしまった。

「でもニコライは……言い方悪いけど、私を下として見ていたの。……妹と似てるって意味よ。所謂庇護対象ね。

しかもあの人過保護なきらいがあるから、私が怪我する度に大慌て。

シノノメとは一緒に剣の稽古をしていたけれど、私といるときは庭の散策や読書をして過ごしていたわ」

「そうだったような、そうじゃなかったような」

 判然としない記憶の中を探り、やがて自分はその場に同席していなかったのではないかという結論にたどり着く。

 私がセシルと話す時は決まって今のように一対一だった。そしてセシルと兄上が一緒に遊んでいる時は、いつだって蚊帳の外だった。

 私の頬が不自然にふくらんだのを認めたセシリアはこれ以上昔語りをするのは愚策と踏み、小さく息を吐いた。

「もしかしたら、私が女だと最初から分かっていたのかもしれない。でも、当時の私にとっては、その扱いこそが嬉しかったのよ――だから、つきまとった」

「――自覚あったのね」

 呆れを隠そうともしない私に向かって、セシリアは無言で片手を伸ばした。中空に浮かんだ手の平が、握手を求めるように開かれる。

 彼女の意図が読めなくて彼女を見返すと、恋する少女の笑みが、いきなり強かな悪女の面に切り替わった。


「というわけで、お兄さんをください」

「断る」


 むしろ今の流れでよく言えたな。

 もちろん、自分の一存では撤回できる内容ではないし、自然とまとまってしまいそうな流れではあるけれど。

 私が握手の手を突き返し、はっきりきっぱり答えると、セシリアはとても楽しそうに笑うのだった。


「やっぱり兄妹、“かわいい”わね」



ここまでお読み下さりありがとうございます。


説明や過去話ばかりでご迷惑をおかけしています。そろそろ、終わるかと……。

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