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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
50/71

10(番外編:ミツキとサラサ)

※サミ視点

過去話

サミ(サラサ、暗部)とミツキ(まだ”まっさら”の時代)の昔話です。

分かりにくかったらごめんなさい。


※前部との関係性を持たせるため、後半部分を追記しました。(4/11)


 最近、うっとうしい奴につきまとわれている。


 平民の出のそいつは、私の屋敷の塀をよじ登って、“私”に会いに来る。

 手入れもしないザンバラの黒い髪、汚れが目立つ着物、自分で着付けているせいかいつも帯が曲がっている。

 そして何より、真正面から私を見る黒い瞳。

 私はどうにもあれが苦手だった。


 噂をすればなんとやらで、今日も奴は中庭で私を待ち構えていた。

 手引きしているのかと思うほど、こいつは他人の敷地内にやすやすと入ってくる。

「おーい」

「……」

「おーい。サクラー」

「……っ」

 昔の名を呼ばれてつい肩が跳ねる。けれどここで答えてればあいつは調子に乗って無駄話を始めることだろう。

 ――彼と私は別世界の人間。そう思い込むことで平静を得る。

 しかし黒いザンバラ髪の男の子は、こちらがどれだけ無視を決め込んでも、構わず話しかけてくるのであった。


「おーい。……おーい、レイ、ハナ、ギン、グラン、アメリア」

「やめなさい!」

 お天道様の下で私の“呼び名”を次々明かされてしまえば流石の私も叫んでしまう。しかもどうして最新のものまで知っているのか。

 彼の出自は貧しい意味での日陰に位置するのであって、決して私達の位置する暗部までには至らないはずだ。

 そんな私の心中を知ってか知らずか、ミツキ・シノノメ少年は、満面の笑みを寄越してきた。

「お、やっとこっち向いた。」

「人の名前をむやみに連呼しないでちょうだい」

「でも、全部あんたの名前じゃないんだろう」

「……そういう問題じゃなくて」

 あなたが羅列したのは全部裏の仕事で使っているものなの。


 ――などと、表世界に生きる人間には、口が裂けても言えない私は、その言いたい気持ちをぐっと堪えて、代わりに彼の頭を軽く叩いた。

 何故知ってしまったのかは気になるが、下手に情報を与えるものでもない。


 二人の間に見えないそんな境界線を引く傍らで、

 ……同じ年頃の少年。家業がなければ、あるいは友達にはなれていたのだろうか。などと何度となく思いつつ。


「それで、今日は何をしたら帰ってくれるのよ」

「帰る前提だし」

「……今すぐ家宅侵入罪で突き出してもいいのよ」

「いや、ごめん、それだけは勘弁」

 軽口を真面目に返し、ミツキは手を合わせおがむように頭を下げる。彼はフットワークも軽ければ、その立ち居振る舞いも軽かった。

 別段それに恨みつらみ云々を募らせている私ではない。こういった手合いは無関心・他人行儀を貫けば諦めると分かっているから相手にするのは楽なのだ。むしろ、

 日々の鍛錬と水仕事で荒れた手が。


 ――誰も殺めたことのない“まっさら”な手が。この頃の私の癇に障った。


 自分に向けられたそれに耐えきれなくなった私は、片手で思い切り払い落とす。

 風のない庭の木々の下、ばちん、と甲高い音が響いた。


「――あ、ごめ「お前すぐに手が出るのな。弟と一緒だ」


 謝ろうとしたが、すぐさま声を重ねられる。

 ミツキは叩かれて赤くなった手をさすっている。しかも爪が当たっていたようで腫れた赤の上に赤の線が引かれていた。

 けれど、痛みや私への言及はなく、この話はもう終わりとばかりににっかりと笑いかけてくるのみである。

 正直言って、どうすれば正解なのか、この時の私には判らなかった。

 分かるのはとても苛立たしいという感想だけ。


「それにしても、お前いつも一人なのな」

「は?」

 いきなりの話題転換に、つい私から間抜けな声が出たのは仕様がないと思う。それなのに何が面白かったのか、ミツキは大仰に私を見て笑った。

「屋敷っつうのは人が一杯いるんだろ? 俺の家は鍛冶場も含めてこれより小さくて五人兄弟が入ってる。ならここには――少なくとも、十五人はいるだろ」

「つまり、何が言いたいの」

「毎日辛気くさい顔で読書するより、皆で飯食った方が嫌なこと考えなくて済むぞ」

「余計なお世話よ」

 今度はしっかりと加減して振り上げた手を、しかし三度目はないとミツキは両手で受け留めた。

 彼は笑いを引っ込めて、珍しく笑みのない表情で私を見る。一番苦手なあの目で見つめられ、私は視線を横に避けた。


「さっきから叩いてばっかだが、手は誰かを傷つけるためにあるんじゃないぞ」

 相手を茶化す言動ばかりしていた人間と同じとは考えられない程、低く、底冷えさせる冷淡さを装った声音。私は動揺を悟れられぬよう留められたままの手を静かに引いた。


「……で。あなたそんな事を言いに来た訳?」

「……いんや。ただ誰かと飯食って、どうでもいいこと話して、頭空っぽにしたい気分なんだよ」

 ミツキが私に背を向けて伸びをして。表情は見えないがいつもの様子に戻ったと感じた私は密かに胸をなで下ろした。ただ、彼の言が示すのはそこまで穏当でもない。

 つかず離れずの距離でこのまま何も話さないのも気まずいので、適当と思われる話題を振った。


「あんたは傷つけるためではないと言ったけれど。手は、何のためにあるのだと思うの?」

 ――そして言っておいてしまったと思った。


 どうにも世間話は苦手な私は、真面目な問いしかできないらしい。

 ミツキは振り返りはしたものの、苦笑を浮かべ、深く考えこむ素振りを見せた。

「俺は、守りたい、かな」

「守りたい……願望なのね」

「守れなかったからな。俺はとうとう壊しちまったんだ、大切な家族を」

 ――守れなかった? でも、彼の家族は仲が良くて、五体満足、息災だ。

 意味が分からないと顔をしかめて見せると、彼は顔だけ笑って、まっさらな手を強く握りしめ慄かせていた。


「なぁ。次に会う時くらいは、本当の名前教えてくれよな」

「さっきから、脈絡も読めないし、意味が分からないわ、あなた」

「あはは。まぁすぐに分かるさ」

「…………はぁ?」

 なんでこんな奴につきまとわれているんだろ、私。


 明らかな呆れ顔を見せても彼は動じず笑うのみ。答えを問うても彼は笑って誤魔化しはぐらかす。


 それ以降本当に無駄話に興じてから帰って行ったミツキが、何の為に私達のいる屋敷まで来たのかは、結局人伝に知った。


 その日、屋敷の主から受けた新たな命令。

 サクヤ・シノノメ暗殺の命。


 同行者は、サクヤの息子、ミツキ・シノノメ。

 そして依頼者もミツキ・シノノメその人だったのである。


***


あれから何年の月日が経って、ストレリチアに渡った私が、

暁の土地を離れた私が、

再びイキシアとの接点を持とうとは、思ってもみなかった。


もしも。

もしも、菫色の少女が、

暁の侵略を企てた前イキシア家の娘リナリア嬢だったとしたら、

ミツキが実父を手に掛ける要因を作った者の一人だとしたら、


彼が、あなたを許しても、

私が、あなたを許さないでしょう。


応接室から出た菫色の少女が、ふと私を振り返った。何かを言いかけて、すぐに止めてしまう。中途半端な言葉でごまかされる前に、私は淡々とした口調で彼女に話しかけた。

「疑ってしまい申し訳ありませんでした、”ソニア”様」


ソニアと呼ばれた少女は、何も返さず頭を下げ、

私の前から立ち去っていった。

遅くなり申し訳ありません。

明日中にもう何本か上げられたらと思っています、よろしくお願いいたします(*^^*)

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