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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
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 ただいま皆。

 ただいま我が家。


 長い旅路の果て、馬車から降り立つ私達を懐かしい庭園の草花が出迎えた。

 溜まりに溜まった息を思い切り吐きだして、迷路花壇を脇に控えた白い我が屋敷を見上げる。

 一直線に続く石畳の先にある、その無駄に大きい扉を今すぐ開けて「ただいま」を叫びたい心持ちではあったが、――慣れない姿勢で惰眠を貪っていたせいか、私の身体の節々は痛みを発していて、その願望は叶わなかった。

 凝り固まった部位をほぐし、よぼよぼと歩く姿には、この地を統べる伯爵令嬢としての威厳は欠片もない。

 欠伸をして少し冷たい外気を吸い込むと、仄かな花の香りが身体に染みた。


 ところで。

 実家に帰るだけの私とサミが、降りた当初から安堵と倦怠感を混ぜた調子なのは当然だが、

 客人その一のアマも泰然とした態度というのは流石と言うべきなのか。

 彼女が背中を押すソニア女史が緊張で全身を強ばらせてしまっていることもあり、客人同士で丁度釣り合っているようにも思えた。


 使用人の方々に扉を開けてもらい、広いエントランスの赤い絨毯を踏む。何の変哲もない屋敷内部、毎日のように顔を合わせていた人々、私にとっての”いつも”に、ようやく帰ってきた感じがした。

 加えて出迎えに並んだ人の中に兄上の姿を認め、知らず口元が緩む。


「ただいま戻りました」

「無事に帰って来られたようでなにより。――想定していた人数の倍になっているのが面白いな」

「それはその色々あったと言うより、これからあると言うか……。お父上はいつも通り書斎かしら」

「応接室だ。今すぐ用事を済ませてやりたいところだが、丁度来客対応していてな。長旅で疲れているところ申し訳ないが、隣の部屋で少し待っていてもらいたい。

――一刻を争うという事なら今行って話を付けてくる」

 ここに来て再び事態の急停止。 

 けれど、若干疲れを滲んだ笑みを浮かべているニコライ兄上に私は元より反発する者はいない。ソニアもその硬直は解けないものの小さい声で「それで構いません」と答えている、気がするので大丈夫だろう。

 結果、挨拶もほどほどにして、私達は応接室横の小部屋へと入った。


 そこは現在使用されていないはずの場所だが、調度品は新しくなり、掃除もしっかりと行き届いている。

 ふかふかのソファに座った私とサミ、そしてアマが我が物顔でくつろぎ始める一方、ソニアだけは縮こまり微動だにしなかった。自身に託された手紙を皺が出来る程強く握りしめ、それを一心不乱に見つめている。くつろいでもいいのだと言ってあげたいが、どうにも発言すること自体が憚られる雰囲気だ。


 彼女の緊張をどうほぐそうかと悩んでいるところを、ふと爽やかな香りが横切って、それは瞬く間に部屋全体に充満した。

 四人が囲む小さなローテーブルの上に、香りの元たるハーブティーのカップが並べられている。使用人に使用人が給仕している光景に違和感を覚えつつ、黙々と作業する兄上の従者クロエに視線を送れば、彼の目はそれが兄上の命令であることを示唆した。


「前の客人は、あとどれくらいかかりそうですか?」

 手持ち無沙汰な私は同じく手持ち無沙汰に見える兄上に問いかけ、ティーと一緒に並べられたシロップを混ぜてから口に含んだ。

「簡単な挨拶だけだろうから、もうすぐ終わる。カレンにも後で会ってもらうから、そのつもりでいてくれ」

 

 ……ううん。突然の出会いより、会うと予告されると緊張してしまうのは何故でしょうね。


 カップを手に持ったまま硬直した私を一瞥し、兄上は小さく笑った。

「緊張の必要はないさ。相手は一応あの“セシル”だからな」

「セシル? ……あぁ、ええと」

 下の名前が出てこないけれど、過去兄上の友人の中にそんな人物がいた記憶がある。

 確か、兄上、シノノメとよく三人で出かけたりしていた仲だった。桃色の髪の若草色の瞳を持つ男の子、だった気がする。常に誰かと一緒、というか兄上の背後に付くイメージが強いせいかセシルの印象は希薄だ。

 なので、彼単体の記憶をやや強引に引っ張り出す。

 そうすると我が家にも何回か足を運び、会う度にかわいらしい髪飾りや少女向けの本をプレゼントしてくれた記憶が鮮明に甦った。


 それ則ち、兄上大好き人間からの贈り物記録(わいろメモリアル)、とも言える。


「カレン、顔、顔」

 兄上に指摘されて我に返れば、ハーブティーに映り込んだ苦みとしょっぱさが入り交じった自分の顔が目に入った。更に正面から忍び笑いが聞こえ、見てみれば硬直していたはずのソニアが、手紙を強く握りしめ笑いを堪えるために震えている。

「……別に緊張がほぐれたならいいけども」

 私は不服を浮かべた赤金色の少女ごとハーブティーを飲み干した。



 兄上が言っていた通り、先客の挨拶は早々に終わり、私達は部屋を後にした。

 廊下区間はただ隣接する応接室へ移るだけの、短い距離で、短い時間しかいない。だからこそ完璧に油断していた。また新しい人物の姿を記憶する羽目になるなんて、誰が思うだろう。

 帰るまでが遠足だと言ったのはどこのどいつだ。帰っても安心なんてできないじゃない!


 しかもほんのわずかな邂逅だったというのに、彼女はこちらを認識して確かに微笑みかけていた。私は蓬けた顔でそれを見返したのみである。


 それは桃色髪の人物だった。しかも記憶の中のセシルが成長するとあんな顔つきになるのかと想像できるほどに似ている人物。

 しかし、私は声を掛けることを躊躇い、記憶に留める選択をした。

 何故なら、その人物の体格は、物腰は、どう見てもご令嬢だったからだ。


 飾り気のないロング丈のドレスに桃色の長髪を靡かせて颯爽と歩く大人の女性。

 ソニア女史のような可憐な美少女像とは違い、高身長で高圧的。けれど決して居丈高という意味ではない。自分に自信があるからこそ作れる、威風堂々とした存在感だ。


「セシルにはご姉妹がいたのね」

 観察一辺倒で何もアクションを起こせなかった私は、ただ彼女が去った後でぽつりと呟いた。

「? ああそうか。カレンには言っていなかったが、あれがセシル――もといセシリアだ」

「――はい?」

 突然背後からもたらされた情報に、一瞬頭が真っ白になった。

 セシルが、セシリア? セシルは女性だったの? しかもセシリアって確か兄上のお相手と同じ名前ではなかったかしら? 確かに女性名にしたらそうなるかもしれないけど、なんで? 何がどうなっている?

 立ち止まり振り返ったが、発言者の兄上は話を続けることもなく、ただ私の背を強引に押してそのまま応接室の前に立たせた。


「あとで本人から詳しく聞けばいい。今はこのお二方の用件を先に済ませる、そうだろう?」


「う……それはまぁ、そうなのだけど」


 別れのない出会い再会の連続により、

 この時点で私の頭は限界を迎えていた。


※ルビ修正しました(投稿日同日)

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