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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
46/71

主人公、未だ家に帰れず。

次回辺りに帰宅……できたらいいな。

 馬車は完全に足を止めてしまっている。

 御者と少女の雰囲気から自分たちに危害は及ばないと感じ取りつつも、私の心は平静ではなかった。

 聞こえてきた「助けてください!」の声に突き動かされて、扉を開けようとした私は現在サミに拘束されている。数少ないお淑やかさをかなぐり捨てて暴れ回っても彼女はびくともしなかった。

「なんで止めるのよ!」

「今のお嬢様は何も聞かずに安請け合いしそうだからです、私が出てまいります」

 しかし、私が大人しくその場に立っていても彼女は私の元から離れようとせず、

 むしろ窓を閉めカーテンを閉め、外部の音も光も遮断した。


 ……これは出る気ないよな?


 いよいよ一人でもめ事の対処に当たっている御者が可哀相になってくる。

「……そもそも。数分前に干渉しないのが良いと言っていた人間が、助けに応じるとは考えにくいのよ」

 一旦落ち着きを取り戻した頭でひねり出した答案を呟き、再び扉へ手を伸ばせば、その何倍ものスピードで捕まえられた。

「あなた、ただ外と関わりたくないだけでしょ!」

「よく、おわかり、で!」

「だーから、私が、出るって言っているのよ!」

「この領地だけは、遠慮して下さい!」

 立ち上がれる高さもない車内で若干前屈みの姿勢での攻防。どう考えても外に聞こえる程の声量で騒ぐ私達の姿に、アマが生暖かい視線を送ってくる。

「相変わらず仲がよろしいこと」

 そのままオホホと口を押さえて笑いそうな声音だ。

 私達から不躾な視線を送られても彼女は、けれどそれを全く意に介さない。加えて片手を翻して窓の外に向けて指をさした。

 私とサミが揃ってアマと扉側へ視線を行ったり来たりさせると、それを見た彼女が漏らす含み笑いがこの客車内にやけに響いた。


「……あれ?」


 アマの発する音はとても小さいのに、聞こえる。この状況、違和感がある。

 私が一人考え始め、アマは笑いを引っ込め、加えてサミは無言の無表情。三人が口を閉じれば客車は確かに無音に包まれた。

「待って、外の音がしない」


 私が違和感の原因を口にすると、その問いに答えるように、扉がノックされた。

「もし、」

 再び扉に手をかける前に、向こう側から響いてきたのはくぐもった少女のようなか細い声。どうやら御者の方が折れたようだ。

 サミが私を手で下がらせて慎重にカーテンを開き外を見る。彼女は無表情を崩して声の主を訝しげに見つめた後、窓ではなく扉を開いた。


 私とアマも見つめる中扉の先にいたのは、黒と白のメイド服を身に纏った、線の細い十代前半と思わしき少女だった。

 透き通る白い肌に桜色の頬、彼女の瞳は宝石のようにきらめく菫色をしており、同色の髪は肩に触れるぎりぎりの長さで揃えられている。

 私達の視線を一身に受けた彼女は、緊張のせいか長い睫毛ごと必要以上に瞬き、唇はぷるぷると震わせて、膝前で重ねた両手はひっきりなしに組み替えていた。


 自分とそう違わない年齢のはずなのに、

 なんだろう、この庇護欲をそそる小動物感。


「わ、私を、ストレリチア領へ連れて行ってくれませんか!」


 そんな少女の、か弱い声、必死の訴え、しかも懇願するように見上げる視線に当てられ、舞い上がった私は気づけば宣誓するように手を挙げていた。


「ええ、もちろ――」

「だから、話を聞けと言っているでしょう!」


 そしてすぐさまサミに口を塞がれた。



 蒼い空白い雲、晴れ渡る明るい車外とは対照的に、客車内は重く暗い。

 私とサミ、アマと少女の組み合わせで向かい合い座る私達は、座席ごとに対称的な空気を醸し出していた。

 重いのはもちろん私側。先程私がうっかり肯定を口にしたばかりに、隣に座るサミからの視線はすごく冷たく居心地が悪かった。

 対するお二方はにこにこ笑顔のお花畑空間を作っている。

 ……いいなぁ、私もそっち側へ行きたい。

 ちなみに――今はストレリチアへと向かっているが――御者やサミの判断で、いつ状況が変わってもいいように、馬はゆっくり進行である。


「それで、」

 サミが低い声音で切り出すと花畑空間は霧散し、車内の空気は一様に緊張感に包まれた。問われた少女は全身で跳ね上がり、表情にも怯えがまざまざと表われていた。

「あなたの目的はなんですか」

「え、えと、ですからストレリチア領に……」

「何故、ストレリチアへ行くのですか?」

 取り調べのような言い方に、少女のみならず私まで震え上がる。いつもは真面目や冷静よりも適当が当てはまる人物のくせに! と不満は口にせず頬だけ膨らませたら、視線は少女に向けられたままなのに人差し指で突かれた。

 アマは私達のやり取りを眺めて和んでいる様子だったが、少女は俯いて一生懸命答えを探しているようで、大丈夫かと問うのも躊躇われる程だった。

「あの、その」

「うん」

 十二分に間を置いてたどたどしく紡がれる言葉に、私がやや大げさに相づちを打てば、ようやく小さな頭が前を向いた。


「私は、ストレリチア伯爵様への文と、言伝を」

 ……え、父上宛?


 紡がれた答えに私が首を傾げれば、サミは警戒どころか彼女を獲物と見なしたように剣呑さを孕んだ瞳をスッと細める。

 少女が慌ててこれですと差し出した文には確かにストレリチアの宛名、そして送り主にイキシア、この地の領主の名が記されていた。

「……ストレリチアとイキシアの交流は、あまり聞きませんが」

 手紙の両面を確かめながらもサミは依然として詰問口調であったが、少女も引かない覚悟を決めたのか正面の侍女と真っ向から相対している。

「い、イキシアがそもそも排他的ですからストレリチアに限ったことではございません。他の周辺の領主様方にも同様のものが送られているはずです。

……この馬車は、ストレリチアに向かっていると伺いました、ですから私が」

 途中からどこか思い詰めたように表情を曇らせて、震える手を祈るように組んだ少女。

 しかし、その姿はどこか敬虔な修道女の姿を彷彿とさせ、

 震えながらもこちらを見返す姿はどこかの誰かと重なって見えた。


 ……だからかな。

 私は「サミ、この子はそんなに警戒するような子じゃないと思うんだけど」と言いかけたし、

 サミは「そんな顔しないでください」と呟いてから大仰な溜息を吐いて追求の手を止めた。


「目的は分かりました、何故この馬車の行き先を知っていたのかも知りたいところですが、ここは一応主の判断を信じることにいたしましょう」

「あ、ありがとうございます」

 ついにサミが妥協して少女の強ばった表情は緩む。遠回しに責任は私が持っていると言われた気もするが、仕方ない。取り敢えずの折り合いがついたと見て、私もほっと胸をなで下ろした。

 それから御者の男性に歩を速めるよう伝えようとしたところで、またもやサミに止められる。

「ですが、これだけは答えて下さい」

 ――なんだ、まだ続きがあったのね。


 座席に戻されまたもやふくれっ面を作った私は耳だけサミに傾けた。


 そして、視線を少女に向けておいた目は、

 サミの言葉で僅かに動揺した少女の姿を確かに捉えた。


「あなたの名もイキシアの名を持つのではありませんか?」



次回の更新は四月入ってからになると思います( ̄Д ̄;;→詳細は活動報告に書こうと思います

大分中途半端な箇所で切ってしまっていますね、申し訳ありません。

※国の名前、領の名前、新キャラの名前など、ごたごたしてきたのでまとめたものをこれ以降か、二章始めに追加しようかと思っております。ご了承ください。


ともあれ、ここまでお読み下さり、ありがとうございました!

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