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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
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 始めから夢と言い切るのもどうかと思うけど、

 その晩不思議な夢を見た。


 白い花畑の中に私はいて、向かいの赤い花畑の中に霧状の人影がある。

 蒼く澄んだ空の下で、小川のせせらぎが聞こえるほど静かで、ささやかな花の香りが漂うそんな一場面。

 私とその人影は赤い一本の線で結ばれていて、

 その人は私に向かってさようならと手を振っていた。


 夢の中の私は「嫌だ」と言って人影に手を伸ばすけれど、

 見えない壁に遮られて“彼”に触れることはできない。


 それを何度も繰り返す様を見た“彼”はやがて私にこう言った。

『もういいよ。もう充分。君は自分の居場所に帰るんだ』


 現実世界への目覚めは近く、白くぼやけてゆく視界で、繋がれた赤い糸だけが鮮明に映る。

 夢と現の実感が入り交じり始め、焦った私が硝子のような壁を力一杯叩けば、それはあっけなく砕け散った。けれど白い人影は触れる間もなく空間に霧散する。

 触れることのできない赤い線だけが、ただ先へ先へと続いていた。


 ……ねぇ、


 一人立ち尽くしている私は、ここにいない誰かに問いかける。


 ……この糸を辿れば、また君に会えますか?


 胸の前で両手を重ね、その心の奥に降り積もったものを、その余韻を噛みしめるように、ゆっくりと目をつむっては一つ深呼吸を置いた。

 開いてしまえばきっとこの夢は終わってしまう。

 

 それを理解しつつも、私は瞼の裏に映る景色ごと押し上げてしっかりと両の目を開いた。本当の世界へと戻れば、視覚は朝焼けの蒼い光に染まるベッドを映す。

 私はどこか寂しくて、どこか(かな)しい心地から温もりを求めて、静かに毛布を抱きしめた。そして時計と小さな呼吸の音が響く部屋の片隅で、優しいふかふかとした感触に包まれながら、

 再び眠りに落ちるのだった。


***


 フィクス王国に入り、ストレリチア領まではあと半分といった所。

 山を下り、都市を抜け、田園地帯と移り変わる車窓の風景をぼんやりと眺めながら、私は水筒のお茶を飲んだ。定期的に町へ降りて休憩を摂ってはいるものの、どうにも力が出なかった。

 序盤ではしゃいだせいなのか、あんな夢を見たせいなのか。できれば前者であってほしい。

 後悔で得られるものはないと思うから。


 物憂げな私に動揺するのはアマだけで、サミは依然として無表情を保っている。しかし両方共が気晴らしにと窓を開け、道中で買ったサンドイッチを渡してくれたりと連携を取っている姿を見れば、どちらもに気を遣わせていることは明らかだった。

 好意を無下にできず、あまりお腹は空いていないくせに自らサンドイッチをもらい、一口頬張っては時間をかけて咀嚼する。しっとりとしたパンにレタス、厚切りベーコン、分厚いトマト、そして濃厚なチーズが挟まれて、中々迫力があるそれは、割とベーシックな組み合わせだが、塩こしょうの加減も丁度よい。

 普通に美味しい、文句も付けられない。

 けれど私の心はざわつくばかりで上向きにならなかった。


 悪寒を含む、もやもやとした雑念をまとめてサンドイッチに包んで飲み込むと、少し肌寒い外気が車内を通り過ぎていく。ランタナと違い現在のフィクスは冬の季節。一番寒い時期を越えてこれから春を迎える頃合いなのである。

「今は、どの辺りかしら」

「王都を南下して直ぐですから、今はイキシア領を横断しているところですね。休憩をとる目的ならば、あまりお薦めはしません」

「なんで?」

「都市近郊には珍しくここの住人には控えめな方が多く、一言で言えば秘密主義。もっと言えば他国、他領の干渉を拒む傾向があります。許可は事前に取ってありますから、そのまま通過するのが互いにとっても良いのです」

「ふぅん……?」

 サミの言い聞かせるような口ぶりを不可解と感じるが、今に限って指摘する元気が沸かない。

サミもそれ以上の説明を要らないと判断していたようで、私達の会話は長くは続かず、結局黙々とサンドイッチを平らげた私は、膝の上に置いたハンカチにくずと落としてから、それを折り畳んだ。


 低地を走る軽やかな馬の足音に合わせて揺れる客車に身を預けながら、思いを馳せるのは、

 短時間の邂逅で別れてしまったシノノメと、その仕事について、

 また駐屯地都市でフィクス側の御者に私達を引き渡し、一人帰って行ったフラックスについて、


 そして今現在の手持ち無沙汰な己の状況のこと。

 忙しない彼らと比較してのんべんだらりとした現状につい苦笑が漏れた。


「申し訳ないほど、何もやることがないわ」

「それなら私も気が楽でいいんですけどね、こういう発言をした後は大体……」

「大体何か起きますわ」

「え……」

 連携の取れた彼女らの、意味深長な発言を半ば疑いながらも「じゃあやっぱり今のなしで」と口を開いた


 ――が、

 彼女らの予見通り、そして私を嘲笑うかのように、

 順調だった馬車は急停車して、客車が大きく跳ねた。


 反動で壁にぶつけた箇所を擦り、周囲の無言の圧力もあえて知らないふりをする。


 後悔はしている、でもしょうがないじゃない。私もトラブルを招きたくて言った訳ではないもの!

 そう、言い訳は脳内だけで行い、私は前方の壁とそのまた先にあるものを睨んだ。


 トラブルは馬車の前方で起きたようで、開かれたままの窓から御者と言い合う少女の声が急停車した頃から聞こえている。


 まさに帰るまでがなんとやら。

 私達の道中はこれから忙しくなるようだ。幾分か緊張感が漂い始めた車内で、一人深呼吸をして気合いを入れ直し、

「どうやら、ただでは帰れないようですね」

との侍女の言葉に私は深く頷き同意を示した。



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