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※自己紹回※
気づいたら、一週間空いていました。遅くなってしまい、すみません;
純黒を宿した青年が騎士の群れの間をかき分けやってくる。
アカツキ国の特徴を余すところなく継いだ彼は、貴族間で一目置かれる程の秀才、彼ら曰く文武両道の人間として認められている。かといって、憧れを抱く者はそう多くない。
そんな、五人兄弟の長兄で、御年二十になるシノノメ氏は、私の第二のお兄ちゃん的存在、
――ではなく。
どちらかと言えばお友達のような関係である。
互いにとって異国の土地であるランタナの国内で久しぶりに顔を合わせた後、彼は片手を挙げるだけの簡単な挨拶をした。もちろん私も同様にやり返す。
互いにラフな態度こそ、私達にとっての基本形。
これは元々彼が他人を家柄ではなく個人基準に見る性分のため、年功序列だろうが、相手の地位が高かろうが、己の基準で振る舞いを変えていて、
逆に私が淑女の礼をとれば、あからさまに怪しむように目を据えて睨んでくるのである。
「これはこれは、ミツキ・シノノメ様。ごきげんよう」
「様付けはやめろ。お前に言われると鳥肌が立つ」
大柄で逞しい身体をわざと縮ませては両腕を擦る姿に、私もすかさず握り拳を叩き付ける。シノノメは痛い痛いと口では繰り返すが――実際私の力など取るに足らないものなのだろう――体格差から見てもその差は明白だし、何度叩いても彼が止めようとはしないことも、その証拠だった。
常時無礼講状態の私達。遡れば兄上経由で知り合った仲だったが、知らない人からすれば兄上より親しいと見えるらしい。ちなみに、私があまりに消極的だった理由もあり、公の場で会ったことはない。
まぁだからこそ、この関係が続いているとも言えるのだが。
それはさておき、私と彼のやり取りを見ていた双子は、いつの間にやら大分後方に下がって相談事を始めていた。
「ミツキ・シノノメ……それにあのお召し物は……」
躊躇いがちな小さな声にふと振り返れば、赤髪の双子はこちらを見て困ったように首を傾げている。
借りてきた猫よろしく大人しくなってしまった二人に――特にフラックスの振る舞いに対しては違和感が残った。
シノノメから私とサミを挟んでその更に後ろに立ち、よくよく見ていれば、彼らは企むでもなく、警戒して距離を置いているのでもなく、どうやらミツキ・シノノメという人物を注意深く観察している様である。
「……シノノメを知らない、ということかしら? でも隣国だし、辺鄙な位置にある私達の領土まで名が知れ渡っているし」
「…………お嬢様、そもそも暁の国とランタナは直接的な接点はありませんよ」
「……あ」
呟いた言葉をサミが拾い――少し気になる間があったが――ご丁寧に訂正をくれたことで、双子の挙動にやっと合点がいった。
理由の一つ目に、国々の関係性や地図の配置が、私とサミの“フィクス王国”を挟んで、対称の位置にあること。地理、物理的に距離があるという点だ。
二つ目は、シノノメ個人が基本“フィクス王国”に駐在していることにより、直接ランタナとの接点はないという点。
更に言えば双子も神子側の人だし、エルドラ様は外へ出ないタイプの神竜様だったことから、彼ら自身も積極的に外と関わる立ち居位置ではなかったという点がある。
故に双子とシノノメの接点はなくてもおかしくはない。
――さて。どちらからどう説明しようか。
思い至ったまではよいものの、それから先はただ悶々としただけで、結論は一向に出ない。その間に、私の様子を訝しげに窺っていたシノノメが、ふと背後で畏まっている双子を発見した。彼は念の為私を一瞥したのち、仲介もいらないとばかりに、自ら名乗りを上げた。
「お初にお目にかかります。私は暁国の公使、ミツキ・シノノメと申します」
彼らは互いに歩み寄り、私とサミの前で確かに握手を交わす。
……どうやら私は、要らなかったみたい。
「……ご丁寧にありがとうございます。私共はランタナ国の神竜様にお仕えしております、アマ。隣は弟のフラックスと申します」
「はじめまして、お目にかかれて光栄です」
「アマとフラックスか。こちらこそ」
会話には私が口を挟む間もない。話す人物の方へ首を向けて、ひたすら会話の流れを追えば、首を痛めるからと、サミに両手を使って止められた。
ともかくも。難なく互いに名乗り終えて、これで少しは二国間交流が弾むだろう。
――そう思ったのだけれど、その予想に反して彼らの距離は特別縮みもしなかった。
おかげで「あれ?」と間抜けな声がつい口から漏れ出てしまったわ。
手を伸ばせば届く至近距離で、引き続き相手の様子を窺う双子。特に、何かを言いたいけれど言い出せない様子のアマによって事態は沈黙してしまったようだった。
私達五人が囲む一帯が大きな岩石みたいに、この大通りの流れをせき止めてしまっている。通行人たちに申し訳ないので、私は取り敢えず全員を道の脇へと誘導した。
移動する間シノノメもどうして良いか分からず頭を掻いて思考をまとめているようであった。
「あ、あの、私達馬車を乗り換えて帰らないといけないんですけど」
私が沈黙に耐えかねておずおずと切り出すと、一斉に視線が集まり反射で肩が跳ねた。
「いや私変なこと言っていないとおも、い、ますよ?」
「……お嬢に同感っす」
「……」
同情たっぷりにフラックスは答えを寄越すけれど、アマには何か迷いがあるようで無言を貫く。流石のサミも心配そうな表情になって彼女を見つめていた。
アマが落ち込んだり、弱った雰囲気ならば協力を惜しまないのだけれども。終始観察の姿勢を貫いている彼女にはどうすることが適切なのかが分からない、私は素直に困っていた。
仕方が無いので(予想でしかないが)原因であろうシノノメを引き合いに出してみる。
「シノノメに聞きたいことがあるなら、何でも聞いて大丈夫だよ」
「……シノノメ様は基本的に何を言っても許してくださいますよ。むしろ褒められる方が苦手な奇特な方です」
「おい」
私達の言い方に呆れるシノノメはこの際放っておいて、アマの様子を覗けば、しぶしぶといった小さく頷いている。よしよし。
それから弟にも背中を押された彼女は、やがて意を決したように切り出した。
「失礼を承知で、一つお伺いしてもよろしでしょうか」
「構わない、が、内容によっては断る」
「いや答えなよ」
条件反射で私がシノノメを軽く小突けば、アマの鋭い視線が私に刺さった。
「――カレン様とはどのような間柄なのでしょうか」
……、
…………?
「え、なんで私?」
「当たり前じゃないですか」
突然自分の話題になるとは考えていなくて、目を瞬かせてアマを見やる。シノノメも意図が読めないとばかりに頭を掻いているが、アマは至って真剣な眼差しだ。
「突如として現われた、気の置けない間柄の異性、これはもしやもしやもあるかもしれません」
「いやないな」
「いやないわ」
今の一言で、アマを除いた一帯の空気が軟化した、気がした。
アマはどうやら真面目な顔して乙女思考を爆走させていたらしい。私とシノノメ、双方に揃って否定されては、途端にがっくりと肩を落とす。
……縁談を持ってきている人物がその反応はどうなのよ。とツッコミたくなる程に彼女の反応は顕著だ。
「……そうだな、俺からすれば、こいつは友人の妹で。本人とも友人としての関係で互いに承諾している」
「なるほど。それならば安心しました」
安心したと言うアマは穏やかに微笑む。が、彼女はサミと同族だから感情を隠すのが上手い女性だ。きっと本心は違う意見を述べている、だって外面とは関係なく鳥肌が立っているもの。にっこり笑顔の彼女から獲物を睨む獣に近い気配を感じるもの。
彼女に獲物認定されているシノノメも察しが悪い人間じゃない。頭を掻き、少し悩む素振りを見せてから
「? そうか、よかったな?」
とだけ答えて早々に話題を切り上げた。
「……で、本題に戻るが、どうしてこんな戦線基地にお前がいるんだ。あの過保護なニコライが許すとは思えないんだが」
無事色恋云々の流れから解放されたシノノメは、恐らくずっと気になっていたであろう事柄を溜息交じりに問うてきた。彼の全身を漂うオーラに疲れがにじみ出ている。
「過保護かしら」
「過保護だろう、どう見ても」
軽口を交わしながら、彼の言う戦線基地、そして上空を飛び去っていく飛行部隊を確認して、私は現状を思い出す。
確かに、護衛がいるとは言え、ほぼ手ぶらの少女が鎧の群れの中にいることは、違和感を覚える事なのだろう。儀式云々を具体的に説明して良いのか判断の付かない私は、取り敢えず曖昧に答えを紡いだ。
「ランタナ国の神子様に客人として招かれていたんです。その帰り道で」
「この騒ぎに巻き込まれたのか?」
「ええと、」
彼にしては珍しく呆れも混ぜない心配しているかのような声で返され、それにより、私はつい口をつぐんでしまう。
……いいえ。自分が儀式までの滞在を望んだ結果です。なんて返答をこの場で口にできるわけがなく、黙りこんだ私をシノノメがどう思ったのかは想像に難くなかった。
「……まぁ、無事ならいい。いいか? 気をつけて、大人しく、言うことを聞いて帰れよ」
やけに保護者っぽい台詞を吐き、この場を離れようとシノノメは薙刀を背負い直す。彼の視線はすでに私達から上空と町中の騎士に移っていた。
その様が余りにも熱心だった為「シノノメは? まさかシノノメも飛んで薙刀振り回すの?」と半分本気、半分冗談で訊ねれば人差し指でデコを弾かれる。
アマの視線が途端に尖り怪しくぎらついた為、私達は互いに一歩距離を置き、何もしてないと誤魔化すように諸手を開き振った。
「そんなわけあるか。俺は理由があってここにいるんだ。仕事だ仕事」
「シノノメの、仕事?」
「言っても分からないだろうから、教えない。……もっと言えば、面倒くさい」
おいこら、馬鹿にしてんのか。してんだな。
鳩尾めがけて手刀を繰り出せば、初めて彼を仕留めることができた。
***
「――烏が禁断の園に鉛の種を植えた」
別れ際、青年が同色の侍女に向けて小さく囁く。聞き手の女性は僅かに顔を伏せた。
「私はもう、暁の者ではございませんが」
「王国に戻るから言っている。ランタナの騎士を傍に置くなら多少はましかも知れないが」
そう言い捨てて少し離れた場所にいる双子を認めた彼は、溜息の後女性の肩を軽く叩き、立ち去っていく。
「気をつけろよ、サラサ」
「……私はサミです」
「――そうだったな」
言葉を交わす彼らは、再び向かい合うことはせず、
己の場所へと歩み始めた。
お読み下さり、ありがとうございます(^ワ^)




