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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第二章 不可視の旅団
42/71

 私の目の前に用意されているのは一頭の馬車。

 騎士軍団は鳥の一行が連れてきた大きな鎧鳥に各々跨がり、一斉に天空へと舞い上がった。更に天馬の別動部隊と上空で交差し、四方八方へと散る。


「我が国の特徴とも言える、飛行部隊です」

「ひこう、ぶたい」

 ……そういえば、さっきアルマス殿下も言っていたっけ。


 惚けた緊張感のない声で反芻して、私は清々しい青空とそこに浮かぶ白の軍を見上げた。

 翼のついた生物を器用に繰り、一団となって青空を颯爽と駆ける彼らの姿は確かに見応えがある。甲高い笛の音を合図にして散っては集合を繰り返して、その息の合ったパフォーマンスに、


 ――戦前でなければ、はしゃいでいたことを確信する。


 山の上層部には背の高い木がない、それ故に、分厚い翼を伸ばして地表のすれすれを滑るように飛ぶことも出来るようだ。予行練習なのか、私達から少し離れた草原地帯を一組ずつゆるやかに滑空しては去って行く。


「間もなく出立いたしますので、お座りになってください」

「あ、はい」

 アマに声を掛けられて我に返る。見惚れて足が止まっていたようだ。

 私とサミ、アマの三人は共に客車に乗り込み、御者台にフラックスが座った。

「一体、これからどうするの」

「端的に申しますと、異形の”モノ”たちの大群のど真ん中を突っ切って下山いたします。

相手方は円系に壁の薄い包囲網を展開しているので、一点突破の方が簡単に破れるのです」

「ええと……そうなのね」

「分かってらっしゃいますか?」

「――微妙なラインだわ」

 内容は理解できるけれど、戦場の知識は脳内に入っていないから適切なのかの判断が付かない、そんな感じよ。


 客車の扉を閉めると、その外側から嘶き声が響き渡り、車を吹き飛ばす暴風を伴って騎士の群が連なり飛び去っていった。

 彼らが向かう先に何があるのか気になって、客者の窓を開けようとしたらアマとサミに肩を掴まれ止められる。

「見るくらいいいじゃない。アルマス殿下だってお薦めしてくれたのだし」

「それならば窓を開けずにお願いいたします」

「むぅ」

 仏頂面の私の前がサミにホールドされている姿を認めたアマは、しっかりと客車の扉と窓がしまっているかを確認する。

 そして不謹慎ともとれる私達の会話を聞き流し、フラックスの方の壁を叩いて合図を出した。

 馬車がゆっくりと前進し始めれば、私達も黙って車窓に視線を向けた。


「先程のような強風で何度か揺れますので、カレン様におかれましては、身体をぶつけないよう毛布の上に座っていてくださいませ」

「強風以上に注意すべきことはたくさんありそうだけど……」

 訝かしむ私を見てアマは首を傾げ、何事か口の中で呟いた後、合点がいったとばかりに微笑んだ。

「ご安心ください。次期番候補には指一本触れさせやしません」

「いやいや、私だけの話じゃなくて」

「現時点におきましては、カレン様の身の安全が最優先でございますから」

「でも、」

 ――相手の姿は全く見えないけれど。武器を持たなければ敵わない相手に油断はできないでしょ。

 そう続けようとしたが、先にアマが発した答えに思わず口をつぐんだ。


「そもそも。この程度で斃れる者に、国家の騎士を名乗る資格はありません。

……信用に関わりますから、ね?」


 彼女は相変わらずにこにことしているが、その姿に私は背筋が凍る思いがした。

 普段愛想がいい分、冷めた発言の後味が悪い。


 窓の外には蒼い空と高さのない高山植物が後ろへと流れていく様が見える。

 その合間合間に滑空して馬車と併走する騎士が現われ、また上空へと姿を消した。

 彼らを見つめていたサミの視線は突如として険しくなる。

「カレン様はあまり外を眺めない方がよろしいかと思われます」

「なんで?」

「なんでも、です」

「……」

 ……やめてよ。

 …………そう言われると、見たくなるじゃない。


 丁度良く侍女達との会話も途切れてしまい、一人思案に耽るお嬢様が背徳感と好奇心を競わせた結果、


 彼女はちらりちらりと、窓の外を盗み見た。


 金属製の窓枠に囲まれた車窓にうつるのは、無辺に広がる澄み切った青空。

 悠々と駆ける一対の騎士が一人、また一人眼前を横切っていく。


 ある二羽の鳥は客車を挟むように飛び、左右対称の姿で窓に映る。それはやがて併走から外向きに旋回して、後方へと消えた。

 天馬の女性騎士は代わる代わる上空から飛来しては前方へと突き進むように滑走していく。そして速度をぐんと上げてはいなくなった。

 宙を一回転。華麗に翻り、速度を上げて見せつけるように目の前を掠めるように飛ぶものや、客車へと重心を傾けて周囲をぐるりと迂回する者もいる。


 ――けれど、それ以外は何も起きず、

 どうにもサミが危惧するようなものも見当たらなかった。


 段々闘いと言うより、本当にパフォーマンスを見せられている気になってくる。

 唯一、気になるとすれば彼らが急降下をすると花弁が舞う点だろうか。

 ……でも城内にもたくさん舞い散って綺麗だったし、むしろわざわざ散らすなと叫びたい位で、隠すことではないと思う。

 うん、少なくとも私はそう思う。


 青を背景に舞い散るのは白い羽の反射光と赤い花弁。

 他に見逃しているものがないか注意深く見つめてみたけれど、噂の異形の”モノ”っていうのも見えないし、

 ……むしろ、何かちょっと息苦しいから、窓開けていいですか。



 けれど私がサミに悟られないよう、恐る恐る窓へ手を伸ばしたと同時、馬車の客者が大きく跳ねた。

 異常があったのはどうやらフラックスのいる前方の方角。馬の嘶きがとどろき、地震のごとく客車はまるごと左右に揺れる。

 私はと言えば、切羽詰まった声音に思わず耳を塞ぎ、目をつむる有様で、気づいたときにはバランスを崩してサミの方へ倒れ込んでいた。

 きちんと抱き留められた証に人肌の感触に包まれる。瞼を透かして見えていた太陽の光が瞬間的に遮られた。


「大丈夫ですか」

「だ、大丈夫」


 何度か瞬き首を傾けて見上げれば、相変わらずの無表情のサミと目が合う。

「あまり不用意に動かない方がよろしいかと」

「――ばれていたか」

「当然です」

 何も言い返せない私は、ふくれっ面のままで彼女から視線だけを背けた。


 車内大地震の後、その原因だろう青年は御者台と客車を繋ぐ小窓を開いた。なお、飄々とした雰囲気に焦りは一切見えない。


「そろそろ壁を突破するんで、左右の車窓を見ることをお薦め」

「例のど真ん中を突っ切るって言うやつね。――ところでフラックスは何でそんな余裕なのよ」

「俺は何も考えず走ればいいだけっすから。まぁ騙されたと思って横を見ていて下さいよ」


 ……横、ねぇ。

 見れば左右一列に騎士が並び併走していた。馬車を先頭に据え、羽を開いた鳥のような陣形が敷かれている。

 フラックスから発せられる甲高い笛の音を合図に、そのまま騎士群は前進していく。

 その先を窓越しに見据えれば、黒い一群が、確かに壁と言っても過言ではない程に密集し、蠢いていた。

 更に近づいていけば黒い霧状の生き物が並び、こちらに向かっていると分かる。彼らの目らしき小粒の光は吸い寄せられるように馬車へと集まった。


 対するのは、速度も緩めず突っ切る気満々の騎士。

 私達が見守る中、騎士側の最前列が速度を上げて、その陣形の前線部が鏃状に尖り馬車を覆い隠す壁になると同時に、それは起きた。


 互いの戦線は交わり、黒の獣が飛びかかってくる。地上すれすれを滑走していた最前列は先に相手方の着地地点を見切り、縦方向へ揃って一回転をして、黒い壁からの攻撃を躱しそのまま離脱した。


 代わりばんこで、彼らが作った隙間に滑り込むのは、上空から飛来する剣を構えた部隊。

 攻撃を躱された黒い獣軍が態勢を整える前に、彼らはその霧状の胴体を切りつけ、そのまま払い飛ばすような勢いで持って突撃。全身を弾丸と化し突破口を開いては、再び上空へと飛び去っていく。


 流れを絶やさないように、今度は離脱していた部隊が上空から再来。勢いをつけた槍部隊は、剣部隊が開いた口を目がけて飛び込み、鏃方の陣形を強引に敷いた。

 槍で黒い部隊を振り払い、牽制。そのまま範囲を左右に押し広げて、馬車が通る道を確保する。実に見事な連携だった。


「すごい……」


 一連の流れを興奮しながら見つめる私の目の前で、

 壁になっていた騎士が上空へ捌ける。

 ――馬車は未だ包囲網を突破していないというのに。


 左右から黒い獣が迫ってくる事実に身を強ばらせれば、サミが私を庇うように覆い被さってきた。


 ……けれども想定していた衝撃は訪れない。


 薄らと窓の外を盗み見れると、その黒い霧状の獣に向かって、トドメとばかりに”上下”から切りつけた騎士の姿があった。


 ――いや、いやいやいや。

 上空からの攻撃はともかく、下方はおかしい。

 いや上空からの群も下方へ消えたこともおかしい。

 下方ってあれだよ? 地面だよ。

 あんたらどこから飛んできてどこへ消えたのよ。


 唖然とする私とサミの前で、アマはしたり顔で胸を張った。


「面白いでしょう。とある国の陣形名からとって、立体式魚鱗陣と呼んでいます」



※お恥ずかしながら、陣形名誤りのため訂正(3/14)

鶴翼→魚鱗

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