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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
33/71

ex、祭りの後、ep.B

※フラックス視点です。

「今までありがとうお疲れ様。アマ、フラックス」


 それは儀式に向かう直前のこと。

 エルドラ様が眠る神殿の中で、客人との会話を終えた神子が他ならぬ俺たちに向けて礼を述べた。


 ……て、いやいやアマはともかく、何故俺もなんだ。あんたの従者らしい振る舞いをした覚えは一度もないんだが!


「突然なんなんっすか」

 訝かしむ俺に構わず、神子殿は相変わらずのマイペースさで欠伸なんかして、気が抜けるったらない。

「だって、二人とも神子の監視役なんてやりたくなかったでしょう。――特にフラックスは」

 ……おいおいそれを自分で言うのか。と、言いたくなる自分の口を塞ぐ。

 とはいえ、図星をつかれたのも事実。俺は返答に困った。

「……そう言われても。あんたには前例があるから、嫌でも誰かが務めなきゃならないっしょ。その役に打って付けだったのが俺たちだった訳で」

「そうだね」

「そうだねって、あんた……」

 呆れかえる俺にアマは憤怒の視線を寄越している。当の神子殿が平然として彼女を手で制しているため彼女の鉄拳までは飛んでこないよう。

 されどこのままエルドラ様の御前で険悪なムードを垂れ流す訳にもいかず、神子様が不気味な笑みを浮かべたのに乗じて、俺も愛想笑いを向けた。


 まあ、健闘むなしく、次の言葉で俺の変顔じみた笑みは硬直する羽目になるのだが。


「だから、もう眷属やめていいのではないでしょうか?」

 と。


 ちなみに俺の口から出た言葉は「――――は?」である。


「み、神子様?」

 流石のアマも誰の味方をしていいのか分からないらしい。俺たちは双子らしく面白い位に揃って眉根を寄せた。

「二人はエルドラ様の眷属。その契約は僕たちの代で切れても別段おかしくはないのでしょう?」

「それは、違いないのですが」

「いやいや主のいない眷属とか、笑えない冗談はやめてほしいっすわ」

 俺が冗談めかして答えて、更に殺気を篭めた視線を寄越しても、相手は動じず含み笑いを浮かべるだけである。


 立場上神子の方が遙かに上、リストラを敢行する権限を持つのも相手のみ。

 下手を打てない状況だが、まぁ、今代の神子は比較的大人しい性格だし、常識の通じる相手ではある。腹立たしいが一種の信頼の置ける人物だ、最悪な流れにはならないだろう。

 加えてアマはどちらかと言えば神子に肩入れする傾向があるから、どちらに転んでも反旗を翻すことはないと見た。

 結論、火に油を注ぐ事態にはならない。


 突如として緊張を孕んだ静寂に包まれる神殿の真ん中。

 俺たちの不躾な視線を真っ向から受け止めるその神子の口が、おもむろに開かれた。


「要するに、ですね。


仕える主を、自分たちで決めていってほしいのです」


 俺は大量の空気を吸い込み、相手にも伝わるよう大げさな身振りと共に吐き出した。


「…………あんたは、また、とんでもないことを言うな」

「お言葉ですが神子様。私達は神竜様から生まれ仕える身。創造主様のお側から離れることは、生まれ持った命に反します」

 俺もアマも、文字通り開いた口が塞がらない。果たしてこの神子は状況が見えているのだろうか。

 彼女が言った通り、俺たちは神竜の手で作り出された命である。それも、自分の傍に置くことを前提にして生み出されたのだ。

 しかし、俺たちが二人がかりでその離れられない理由を、懇切丁寧に説いても、彼は首を横に振り続けた。

「それは理解しているつもりです――。

それでも私は、あなた方に今一度選んでいただきたいと思いますし、

一度、命とは関係ない目で私達を見て、仕えるか否か判断して欲しいのです」

 言い方こそ丁寧で下手だが――反論の余地がない分――これは地位を利用した命令である。しかも彼が持つ神竜の血筋特有の気迫は頑として拒否を許さないと暗示する。

 発言に否定箇所が見当たらないこともあり、ここは一旦俺たちが折れた。


「あなた方にこれ以上無理強いはしたくないのです。後のことは任せろとは言い切れないのは苦しいところなのですが、いざとなった時の当てはあります」

「無理強いだと感じたことはありません」

「こればかりは俺も同感だ」

 これでも一応眷属、雰囲気に押し負けてただ首を縦に振るだけの存在ではない。

 俺たちは今度ははっきりと無理を否定する。

 神子殿はしばし瞠目した後、ゆるゆるとその顔を無防備に綻ばせた。


「ちなみに、勘違いされたまま行かれちゃ困るんで言っときますが、

俺たちはあんたたち神子や神竜の傍仕えができることを誇りに思っているんっすよ。

すぐ傍でその葛藤する姿を見てきて、何も思わないはずはないでしょう」

 追い打ちとばかりに俺は発言を追加する。

 ――あんたが懸命に立ち向かっているのも知っている。

 とまあ、そこまで言うのは何故だか躊躇われて、俺は誤魔化すように両の手を上げて伸びをした。

 ついでに気が抜けるような欠伸もセットでご提供。

 神子の緊張は更に緩んでいつも通りの笑みが浮かんでいた。


「だからまあ、あんたがそう言うなら、付き合ってやりますよ。答えは出ているも同然だけど」

「私も同感です。さあ神子様、今の内に私共に命令を」


 俺たち二人掛かりで説得された形になってしまったウィル様は、嫌な顔一つしないどころかうれし泣きを始めてしまう。

「ありがとう、二人とも」と。

 もう隠す気も無いのだろう、完全に涙声だ。


 それから一息吐くと同時に、凜とした佇まいに切り替えた神子様は

 俺たちに向けて容赦なく、ふてぶてしく笑って命を下すのである。


 そう。俺とアマ、別々に。


***


***


 地上に戻った俺を、眩い日差しと多種多様な花々が出迎えた。

 積もりに積もっていた雪は溶け、名残の水滴が日を浴び、花と共にそよ風に揺れている。

 温かくて頬を撫でていく風の感触に、うららかな春の到来を感じた。

 毎年訪れるものよりも、この日この瞬間が一番晴れやかで綺麗である。


 けれど、この光景の裏側はきっと見通せないほど深く暗い。


 式を終え奇跡を果たした神子は、今大穴の中で眠りについた。

 神竜にその座を譲った人の子は、二度とこの光景を拝むことができない。その事実を悲しいと感じることは何度もあったが……、

 今に限って、俺たちに感傷に浸る時間はない。


 “彼ら”が残した命を遂行するべく俺は歩き出した。アマもこっそり任に付いていることだろう。


 ――俺はウィルヘルム様の。

 ――アマはエルドラ様の。


 俺たちは互いの任務内容を知らないままだが、今この時互いに互いの命で動いていることは確か。そして相反する命を帯びているのも確かだった。

 自然と足も早くなるものだろう。


 俺が向かうのは未だ大穴の前で立ち止まる少女とその侍女の下。


「……ですが、私達は故国に帰らなければなりません」

「それなら時間いっぱいまでここにいたい」


 風に乗って聞こえてきた話の流れは都合が良く、俺は躊躇なく割り込むことにした。

「それは、よくないなぁ」

 二人の内一人はあからさまに嫌悪を表に出しているが、ここはあえて気にしないふりをする。

 迅速に、正確に事を運ぶ。結果は俺たちを作った神様方にお任せして。

 そのために俺は今日もネコを被って任務遂行。



 あの人曰く、俺は真面目な人間なんで。


※一章メインはここまでになります。おまけは引き続きのんびりと。

※二章からやっと異類婚姻譚あたりのタグ回収ができる……かなぁ。


ともあれ、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!


興味がおありでしたら、次回からもよろしくお願いいたします。

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