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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
32/71

ex、神初めの儀 華の舞(side?)

歌の部分が四重になって更に読みにくくなってしまった感が否めない。

読み飛ばしてもいいかもいれない、かもしれない(・ω・;)

 諦めの多い人生だった。

 ――これは二十にも満たない僕が、己の過去を振り返り、分析と直感で出した結論である。


 死にゆく運命を拒絶した自分は、かつて自分を納得させるため、又周囲との折り合いを付けるためと、何度も自分に言い聞かせその感情の芽を摘んできた。

 曰く、人はいつか死を迎える、その予定が早まっただけであると。

 曰く、いずれ退く身なれば、生きる者の足枷にならぬように、静かに消えゆくべきであると。

 曰く、いずれ断たれる縁であるならば、結ぶ意味すら持たないと。

 そうして生き、言葉が生み出したこの感情こそが(うれ)いの種であるとある日気づく。


 だからあの日、私は彼らと手を繋ぎ縁を結んだ。


 それまでの、神子としてこの国に立っていた形ばかりの私は、常に誰かに寄り添うように存在していた。それが勤めだと思い込むための所行だと考えていた。

 けれど外国へ出た私に神子の肩書きはなく、仮面を着けないからこそ、“僕”はその手を握られて気づいたのだ。

 本当に誰かの傍にいたかったのは、僕だったのかもしれないと。

 冷え逝くこの身を、温めてほしかったのかもしれないと……。



 冷たい切っ先は僕の身体を貫くと、じわりじわり溶けて染み込んでくる。

 僕から熱を奪うそれは、無邪気に温もりを欲しているとも取れた。

 ……彼も、同じなんだ。

 そう考えれば痛みが軽くなる気がした。


 僕が赤い地の底へ、硝子越しの君が蒼の世界へと、僕らの立場は反転する。

 鈍く重たい身体は、深海へと沈んでいくような不安定な感覚に襲われ、

 錆び付き軋む機械の人形のように、僕は自身を構成していた光の砂を傷口から流し中空へ霧散させた。ゆらゆらと空の波間に浮かぶ蒼の幻想風景にぎこちない笑みを浮かべ涙をこぼす。

 硝子の戸をすり抜け堕ちていく事実と心許ない浮遊感を噛みしめながら、遠く届かない距離にある地上へと手を伸ばす。

 映り込んだ人影の表情は読み取れない、向こうからも見えないかもしれない。

 それでも、諦めたくはない。


 枯れ果て潰された声は響きを持たない。けれど、僕は銀色の青年へと微笑みかけた。

 繋がれた片割れとの糸に触れ、その地に生まれ生きるモノへ問いかけるために、音のない声を放つ。


『私があなたの枷となるのなら、私のことは忘れてください。

 けれどもしも、私があなたの標となれたのなら、路行くあなたの中で共に歩み生きたい。


 その場所に立つあなたは今何を思いますか。

 私は何かを残すことができましたか、

 私は吹き抜ける風のように、跡もなくただ過ぎ逝く者だったのでしょうか、


 ――あなたの中に、私はいますか』


***


 蒼い舞台の中央に立つ人間の胸元に、一輪の眩く光る花が咲く。

 その根は彼の心臓を囲み、外へ延びる枝葉はその全身を包み込んだ。


 薄くおぼろげな世界が、目覚め開けた“わたし”の眼に映る。取り込んだ空気に味はなく、霧状の水を含んだ冷たさがあった。

 周囲の伸びやかな声が、悲痛な声が、辺りの空気を震わせる。

 “わたし”はゆっくりと息を吐く。

 発声器官は使い方が違うのか、“わたし”は声を上手く作れない。

 だから鏡越しの人物がそうしていたように、ただ祈るように、皆の歌声に耳を傾けた。


 端的に感想を述べれば、ノイズが酷い。

 歌声がばらばらの様相を奏でている。


 それなのに、“わたし”の心はひどく穏やかだった。


「深雪に芽吹く万華の奇跡

      切望の丘に咲く弔いの徒花となろう」

『深層に朽ち逝く大木の空

      悲哀の下に今弔いの口づけを交わそう』

 「――悲しみたどり着いた楽園に、

       尊き希望のその名を刻め」


 より感情豊かな歌声を辿り、その出所となる少女を振り返る。

 彼女はこれ以上ない微笑みを浮かべてこちらを見ており、記憶の片隅に置かれたその面影は、どうしてか“わたし”をかき乱す。


 神初めの儀、二部。歌劇、あるいは華の舞……そう人は呼ぶ。

 その源流はこの地に継がれた契約の誓いを真似た替え歌。人と神の二重奏で掛け合いで、その者と未来を誓い合うもの。

 かつてこの国に深い根を張るアドナイと、ある一人の人間が歌ったものだった。

 歴史をなぞるように、騎士の衣を身に纏う者の声に、裏側の世界からの歌声が重なる。

 そしてそれらを追従し輪唱を奏でる少女の歌詞が“わたし”を温かく包み込んでいる。

 “わたし”は、ウィルの中にある知識を引っ張り出しながら、その光景を眺め響く歌声に耳を傾けた。


「『銀燭に照らされた鎖、繋がれた神の御子よ

      生まれ落ちた証が烙印だと名付けられても

             呪われた祝福に錆び付いた楔を打て」』

 「――私が共にその傷を背負いましょう。

       どうか君の優しき鼓動が絶えぬよう」


 途端に身体中に激痛が走り、“わたし”は咲き誇る花園の中心で蹲る形を取った。

 されど、痛みに堪えているのは“わたし”ではない、深淵に沈む半身が痛みに膝を折り、未完成な身体が同調して彼の姿を象っただけだ。

 硝子越しに見える人物は、人の身では辛かろうそれを、むせび泣くこともなく、堪え忍んでいる。その姿を真似て根を張った心臓部を掴み口を開くと、凜とした空間を叩き割る咆哮が、意思を告げるように響き渡った。


 取り囲む面々が胸の前で手を組み、負けじと克明に響く音を奏でる。

 共鳴する騒音に、何故だろう、やはりとても心地が良いと感じた。

 “わたし”の腕は鱗のような花片に覆われ、やがて獣の四肢を形作る。


「古に住まう異形の住人、深淵の縁に埋めたその心臓に

      その歪んだ胸腔に己の剣を突き立てる日が来るのなら」

『運命を背負う現世の旅人、墓標の下に隠したその御心に

      その空いた胸腔が誰かの愛で満たされる日が来るのなら』

 「――その手が赤く染まる運命を迎えたのなら」


「死の淵まで追いかけ、その翼を手折る」

『地の果てまで追いかけ、その喉頸手折る』

 「――死の淵まで迎えに行く、君の震えた手を取るため」


 騎士は竜へ、竜は騎士へ、客人の少女は旅立つ友人へ。

 各々の歌声は、作りかけの聴覚器官によく響く。

 彼らの熱が半身と共有したままの心に電波し歌声と更に共鳴して、高鳴った心臓がどくどくと脈を打った。


「君の雁首を落とす瞬間とき我らは自由を手にする」

『君の運命うんめい終える瞬間とき我らは自由を羽ばたける』

 「――願わくばその背に猛き翼を」 


「我らは君の種を摘む狩人となる」

『我らの種は地に沈みゆく光となれり』

 「――願わくばその光に真の自由を」


 やがて歌詞は呪いとも取れる願望へと移る。

 その段々と強くなるテンポと語調に血が騒ぐ。願う歌声に応じるように、体中に蔓延る根が皮膚の壁を突き抜け、“わたし”の背からその手を虚空へと伸ばした。

 しんしんと降り注ぐ光の粒を浴びて根は蔓へ、蔓は枝へと、幾重にも枝分かれを繰り返した先、その葉は巨大な翼を形作る。

 一度雄々しく羽ばたけば、光の粒も水しぶきも、地面に咲きほこる花も舞台に舞い上がった。

 形容しがたい開放感に身を震わせて、一層太い血線で繋がった人間に語りかける。


 ――見えているか。半身。


「我らの絆はとうに潰えた」

『我らを結ぶのは冷戦の名残』

 「――それならば、今新たに結びましょう」


「朽ちた絆は互いを求めた愚か事」

『何故我らの絆をこそ愚かと称する』

 「――されど、共存の糸を解く術を私は求めない」


 ――聞こえているか。もう一人の“わたし”。


「かつてこの手に触れた、蒼き瞳に揺れた雫、

        秘めた切なる想いに剣を捧げた」

『かつてこの心に触れた、蒼き瞳に燃ゆる光、

        その猛き調べに刹那を望んだ』

  「――断ち切れぬは文の裏に宿る、忘れ得ぬ君の面影」


「お前はどこにいる」

『あなたは私を置いて消えゆくのに』

 「――私はいつでもここにいる」


 縁の糸を辿り、寄越された言葉の信号につい笑いを漏らしてしまった。

 ――“わたし”はここにいる。

 この舞台を交錯する問いかけに半身も歌を合わせたようである。


「お前は何を見る」

『私は追憶に中にあなたを見ている』

 「――私は君と共に未来を見る」

  ――“わたし”は深淵の底で未来を見ている。

 

 しかしながら、言葉を作れない状態は中々に歯がゆく、表の“わたし”は地団駄を踏んだ。

 どこを見渡しても、この舞台上で悲壮に暮れているものはいない。喜歌劇の主役がその一幕に加われないとは、どういうことか。

 怒りに身を震わせば、身体に蔓延る根が呼応して激しく脈を打った。


「巡る刻の記憶。神の御心を抱く者よ

     もしも願い継がれる日が来るのなら」

『巡る刻の楽園。神の幻想を抱く者よ。

     もしも想い果たせる日が来るのなら』

 「――どうか、その手に希望の鍵を持って」


「その身に託した哀しみの連鎖が

          断たれ朽ちる夢を見たい」

『その身に受けた呪い果てたぬくもりが

         満ちて愛される夢を見たい』

 「――どうか、その錆びた深淵の枷を外して」

   ――望まれた命は、開かれた両翼で天を駆けてゆける


 “わたし”の身体に銀の花が一斉に咲き乱れ、その一片一片が鱗と化し、身を縛るようにまとわりついていた蔓は解かれた。ついに“わたし”は一頭の竜として完成する。


 ――声が出せる。

 “わたし”は感情の向くままに、あまねく響くように高らかに咆哮を上げた。

 とても、気持ちがいい。

 けれど、どうしてか、竜となった今でもそれは言葉の形をなさない。

 喉を掻きむしり、地団駄を踏む。うーうーとしか形にならないそれに苛立ちを隠せない。


 笑い声が聞こえた気がして、その先を見れば一頭の竜が目にとまった。

 かの者、エルドラはこちら側ですでに眠りについている。

 よい夢をみているのか、目元は優しげに綻んでおり、“わたし”がふとエルドラにすり寄ると、空の風景が脳裏に広がった。


 蒼く澄む大空、雲一つない太陽の照るその下を、翼のない身で飛び回る大きな大きな老竜。授かった翼で懸命に羽ばたいてその真横に着くと、エルドラは“わたし”の姿を鼻で笑った。

『そこまで小さいのなら、飛ぶのは容易いだろうな』

 ――その声はどうやったら出せる?

『今のお前は赤子も同然。時間が経てばいずれ話せるようになる』

 ――今聞こえている半身の声を、皆に届けたい。

『翼を得た上に、物事の道理までも踏み越えるのか』

 エルドラは盛大に笑い言い捨てると、長い首を振り着いて来いと指図した。

 広い空の更に上を目指すエルドラの背を、“わたし”が追う。


 一回転、

 先代を追い、宙返りする眼下に見えたのは地表に立つ人物に繋がる細い糸。



 ――急降下すれば蒼い空は夢のように消えて、白昼夢から戻った“わたし”を舞台が出迎えた。


 果たして“わたし”が着地するその正面には、我が半身のために歌い続けていた少女がいる。

エルドラに向けたように頬をすり寄せてみる。気づくのは彼女は驚くことに“わたし”と同じ緋色の瞳を宿し、“わたし”と同じ血の香りがすること。

 深淵に沈んだ半身と同調して、“わたし”の目は懐かしむように細められた。

 半身の人間ウィルは、どうも“わたし”と似ているらしい。


 自由の利かぬ身ながら、何かを伝えようともがく気配に、情けよりも同情よりも先にどこか親しみを感じ始めていた。

 彼が眠りにつき浮上できないほど深くへと堕ちる前にもう一度だけでもいい。機会を与えることはできないだろうか。

 “わたし”と半身と少女、互いに結ばれ合い巡り会うための糸は繋がったまま。

 ……それならば、“わたし”と同様に半身の声を彼女に届かせることは可能ではなかろうか。


 見つめ合い零れそうになる涙を慌てて拭う彼女の頭部を、そんなに悲観するものでもないと“わたし”が軽く小突き、その糸を更に太く頑強にした。

 “わたし”が舞台に戻れば彼女は歌を口ずさむ。

 待っていたとばかりに、半身ウィルは叫ぶように声を上げた。


「君のために祈る」

『どうか未来を嘆かないで』

 繋がれたままの糸を震わせて、ウィルの声を彼女へと届ける。少女の動揺が見ないでも伝わってきた。なるほど、これはこれで面白い。


 “わたし”は中央の特等席で彼らの音を楽しむと決め、舞台に座り込む。

 誰の声も聞き逃さないよう、全てを土深く深淵へと届けようと、全感覚を澄ませた。


「私は、君の傀儡」

『私は、君の羅針』

「私は、君の添え木」

『――私は、その手に救われた』


「君は、命を統べる神」

『君は、命託した番』

「君は、地上に芽吹く万華の軌跡」

『――君の向かう先に華が咲く』


「全ては、悠久の誓い果たすため」

『全ては、巡る命の再生の刻を掴むため』

「全ては、君の誓いを支えるため」

『――全ての祈りは悲しむ者の下に咲く』


「蒼き光の空に手を伸ばす」

『赤き永久の縁をたぐり寄せる』

「永久に輝かんとする君の名の標に」

『――あまねく照らす光さす』


「『続く苦しみの果て、

     過ちが許されるのなら」』

「『続く苦しみの果て、

     過ちが許されるのなら」』


「生け贄の神子に」

『歯車抱く御子に』

「――誇り高き人の子に」

『――誇り高き神の子に』



 今、大いなる祈りを捧げよう――――。



 この場に立ち会う全員が声を合わせ、伸びやかな音と共に天を仰ぐ。


 余韻の最中、地面を這う植物は一斉に花開き、一面咲き誇ったのはランタナの花。

 この国には咲かない、けれど国の名を冠する花。


 赤、黄色、紫、白、瞬く間に色を変え、その花弁は舞い踊る。


 その中心で一頭の竜は猛り、眠りにつく先代の王を見送った。

 深淵の底で一人の青年は笑み、天へと登る親の姿を見送った。


 この先に何があるのか、いよいよ未来は判らない。

 けれど、未来を行く“わたしたち”が、今この瞬間を忘れることは永久にないだろう。


 眠りにつこうとする霞んだ視界の端で

 もう一人の自分が、こちらを見て微笑んでいる気がした。



ここまでお読みくださりありがとうございます!

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