ex、ランタナ三兄弟
※一応、ランタナ側第一王子、レーヴァテイン視点
俺たちの国はちょっと不思議で、王様が二人いる。
これを話すと実の弟のアルマスなんかは、
「この国は王と“神竜様”がいるんです。兄さん、もしや馬鹿なんですか」とか言う。
ほんとに、可愛げが無い。
俺が庇護の間でふて寝して、ついでにそんな愚痴を漏らすと、もう一人の義弟はいつも一生懸命俺を励ましてくれた。
「人の王様が王様で、竜の王様が神竜様だって習いました。だからレーヴァは間違っていません」
わたわたと落ち着かない様子ながらも力強く頷いてくれる。
この義弟は俺たちとは違う特別な地位を与えられていて、その証拠に生まれた頃からエルドラ様と同じ銀色をその身に宿していた。
彼は庇護の間からあまり出られないのに、俺たちよりかずっと博識だ。
「俺もウィルみたいに頭が良かったら、あいつをぎゃふんと言わせられるのに」
いつも上手い切り返しができない、と俺が文句を垂れれば、ウィルは困ったように笑う。
まだ十にも満たないと言うのに、俺が苦手な類の表情。俺の侍従と似た表情筋の使い方は、時折俺を困惑させた。今日も俺の眉は「ハ」の字を形作る。
そして今回のように、この義弟は稀に訳の分からない発言をする。
「頭がよくなっても知る必要のないことを知るのはよくないと思わなくもない」
「ど、どういう意味だ?」
部分的に重複する単語をこうも早口でまくし立てられれば、俺の眉間に皺ばかり。
「……知らない方がいいこともある、という意味です」
「知らないから、弟に馬鹿呼ばわりされているんだが、それとは違うのか」
辛うじて分かるような、けれど分からないような……。
混乱を残す俺を置いて、ウィルは座る姿勢を崩しソファーに横になった。そのまま寝そうな雰囲気に嫌な予感がする。
「すみません。唐突に眠くなりました」
「えぇー」
とは言え、無理に起こして聞かせる話も俺にはないから、いいけどさ。
――この頃のウィルは端から見ればマイペース。会話の途中で寝るのなんて日常茶飯事だった。
が、事実は熱が出たから「寝る」といい。胸が苦しいから「寝る」といい。涙が出そうになるから(布団に隠れるため)「寝る」と発言していた。彼なりの処世術というものだろう。
ちなみに全てアルマスからのたれ込みである。
全部信用するつもりもさらさらないが、俺はウィルのおでこに手を当てて、安定した呼吸を確認して、
遠慮がちに伸びた小さな手が、自分の耳元を塞いでいる事まできちんと確認した。
辺りに騒がしさを感じるものなど……俺ぐらいしかいないはずだが。
「それならソファーじゃなくてベッドで寝ろよ、俺は構わないから」
肩を叩き、上の階に上がれとジェスチャーで示すと、ウィルはその小さな頭で頷き立ち上がった。懸命にごまかし笑いを作ろうとするのを、頬を抓って阻止する。
まったく――。
片や、暴言ばかりで呆れを隠しもしない弟。
片や、遠慮ばかりで辛さを隠すばかりの義弟。
「多分、足して割ったら丁度いいのだろうな」
俺の発言に対して、珍しくウィルが眉を「ハ」の字にして首を傾げていた。
庇護の間は俺たちの城とは全然違っていて、のんびりまったりな空気が流れている。この頃の空気感を俺は結構気に入っていた。
ウィルの体調が悪化しない限りは、より上の階でウィルの両親がよく楽しそうに話し合っている声が聞こえたり、ウィル自身は赤髪の双子と日がな飲み物やハーブの研究をしていた。俺もここで紅茶を飲み、うっかり夕方まで寝こけてしまった日もあった。
それで、大目玉食らうところまでがセットだった。
平和でぼけぼけした面だけ見ていた、だからこそ、ウィルに刻限があるとは知りもしなかったと今では思う。
あの日ウィルの家族が姿を消して、
直後、アルマスに変化が襲っても、
俺はただ、誰もいない庇護の間を見守ることしかできなかった。
***
「兄さん、本気?」
「俺たちがやらなくて、誰がやる」
行方不明になっていたウィルが帰って来て、面会謝絶の状態が過ぎ幾ばくか。俺は剣の稽古の時間を返上して、アルマスは自分の研究(具体的に言われてもよく分からなかった)の時間を返上して、恐ろしいほど静まった庇護の間の裏にいた。
何のためか、
ずばり、侵入するためである。
赤髪ツインズの姿が見えないのが気がかりではあるが、ここまで来た以上引き返す気はない。朝方の日差しがやけに身に染みた。
「庇護の間の外周は見た目に違わず“樹”だ。木登りができるなら、いける」
「どうりで何も持っていないわけだ」
近頃夜更かしばかりしているアルマスは眠そうで胡乱げな目を軽く擦った。俺は両手に何も持っておらず、こいつは湾曲した剣とロープの両端に付けたものを、俺の前でぷらぷらと下げていた。
「むしろアルマスが持っているそれはなんだ」
「かぎ爪ロープ、知らない? これを壁に刺して登っていくの」
「お前は、日頃どんな研究をしているんだ」
……まあアルマスにもやる気があるなら、細かいことはいいだろう。
気を取り直し、俺たちがそれぞれの構えに入った。
――が、俺たちの挑戦は、
音もなく背後に現われたツインズ弟にあっけなく捕まる運びとなった。
同じような体格のくせに、片手に一人ずつ、軽々と連行された。
・
・
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後日、同じ時間に、同じ場所で、同じような姿をした俺たちがいた。違うのは彼らの身体の各所に見える包帯ぐらいか。
「――さあ、行ってみよう。すぐに行こう」
「めげないなぁ」
「お前もだろ」
俺たちは前回の経験を生かし言葉少なに、そそくさと木登りを始めた。ここの赤色巡回警備兵は真面目且つ気まぐれな性格で、今もすでに気づかれていたようだったが、つまみ出す気配は今のところない。
俺たちも無意味に刺激しないよう、黙々と登ることに徹した。インドア派のアルマスが慣れた様子で登るのは少し意外、けれども体力は想定内の少なさだ。
一部枝のように突き出た部分で休憩を取りながらだが、俺たちは順当に四階の窓へ到達した。さてこれからどうするか。
下から不躾な視線を感じるがそれは今はいい。俺たちは互いに顔を見合わせ頷いた。
「閉まっているな」
「まあ、予想の範囲内だね」
窓を叩いてみるが、中からの反応はない。カーテンも閉めきられていて俺たちは内側を覗くこともできなかった。
「反応がないな。中にいると思ったんだが」
「……恐らく、居留守でしょう」
「何故だ」
「少しは考えてよ。誰が面会謝絶にしたのか」
俺は一旦考えるふりをする。来る前にこの展開を想定してはいたが、あまり当たっていてほしくなかった、というのが本音だ。
強制送還された時、ウィルは憔悴しきっていた。俺から見た義弟は感情がごっそり抜け落ちた鉄面皮。実の親に発たれ、自分も死に瀕した。それなのに、泣き言も、恨み言も言わず、待っていた現状に堪え忍んでいる。その分厚い壁は外からの接触も拒んでいた。
「――だからこそ一人にしちゃいけないだろう。双子の奴らは怒り狂ったエルドラの言いなりだ。今のあいつには、中立じゃなくて本物の身内が必要だ」
「はぁー……分かったよ」
俺の熱き答えにわざとらしい溜息を吐いたアルマスは、窓の縁に手を掛け、俺にかぎ爪ロープを手渡した。懸垂の要領でぷらぷらとぶら下がっているが、この状態もそう長くは維持できないだろう。
俺は窓の枠より上部にかぎ爪をめり込ませ、窓が正面にくる位置までロープを伝って降りてきた。窓を蹴り、軽い助走を何度か繰り返す。
「おーい、ウィル、今から窓割るから近くにいたら離れておけ」
内側で物音がして、静まったのを確認してから俺は大きく蹴り上がる。
これぞ一番危険はあるが、早くて原始的な方法、すなわち蹴破り。
そろそろアルマスも限界が近そうだから、一発で決めたい。俺が溜めた息を吐き、全身が衝撃に耐えるため一斉に強ばった。
ぐわっと空気を切って急襲する主の視界に、カーテンの隙間から飛び出した細い手が飛び込む。
それがもたもたと窓の近くで何かを探っている。
「おい、どけどけどけえええ!」
俺の必死な叫びと共に、
しかし、身体はあっけなく部屋へ侵入した。
内側で人とぶつかることもなく、内向きに開かれた窓は割れなかった。
痛みも床に打ち付けられた時の衝撃だけ。受け身に失敗した俺は無様に絨毯の上を転がってその勢いを落とした。
足下をふらつかせたまま、ロープを窓の外に垂らしアルマスも招き入れる。
窓の傍で小さく蹲って衝突を免れた家主は、光の差さないその場所で「なんで」と呻いた。
「兄弟みたいなもんだからな。とりわけ、俺は長男だから、国の規範となり、弟の面倒も見ないと」
「僕は血縁なんていりません」
格好付くかなと思って放った言葉は、ばっさりと切られた。
「ま、まあ。ウィルがどう思おうとこっちは身内だと思っているって話さ」
取り繕うように言う俺の後に続く人物はいない。やれやれとでも言いたげな弟二人に挟まれ、あまり好きじゃない種類の沈黙が流れる。
「「……」」
アルマスとウィルは互いにちらりと視線を交わすだけで、会話も発生しない。なんかむず痒い心地に苛立ちが増した。もういい、早く用事を済ませてしまおう。
「で、いつまでだ」
「……何がですか」
急かす物言いに押し殺せなかった不機嫌な声が返される。
「いつまで我慢するつもりだ。誰にも言わず、こんな騒ぎを起こして、まだ隠すのか」
ウィルはぐっと息を詰めて何事かを飲み込んだ。正直こいつを責めるような問いかけはしたくなかったが、今までに見ないウィルの動揺が、俺の言を正当だと告げている気がした。
「閉じこもりたい気持ちは分かる。でも俺たちとの接触を避けている理由は、別にあるだろう」
「兄さんにしてはまともな指摘だ」
――おい、アルマス。聞こえているからな。
にらみ合う俺たちの間に、ふと小さな溜め息が混ざり込む。見ればウィルが俺を真っ直ぐに見上げて不敵な笑みを浮かべていた。
「なんで、バレるかな」
「お兄さんだからな。ウィルも呼んでいいんだぞ。……アルマスは一度も呼んでくれなかったが」
「レーヴァに関しては、自分より下として見てたからね」
「お前本当にひどいな」
俺たちの掛け合いに更に緊張がほぐれたのか、呆れたのか、ウィルはわざとらしく肩を落とした。
「僕は、分からなくなってしまったんです」
唐突にウィルの語りが始まり、俺たちはにらみ合うのを止めて、揃って義弟の方を向いた。
「どうして自分は神子の役なのか、どうして他の人ではダメなのか。
今あることを当然として受け入れようとしながら、時折、この場にいる全員を道連れにしてでも辞めようとする、自分がよく分からない」
何故、自分のことが分からなくなっているのかまでは、明確に答えられないから置いておいて。
「そりゃ抱え込み過ぎているからだろう」
俺の答えにウィルは瞠目した。
「そうだな、例えば俺たちの親父は大切で尊敬できる父親だ。けれど時折、俺たちにひどい修行をさせる時があるし、その直後は俺だってあの野郎、今晩寝首掻いてやるから覚悟しろよ、とか思ってる」
「それとこれとは違うでしょ」とのアルマスの叱責をあえて無視して、俺はウィルの肩を掴んだ。見た目以上に細くて骨張っていて一層不安が募る。部屋に置かれた食器には昨日の分であろう夕飯が丸々残っていた。
やっぱりこのまま放っておくのはまずいだろう。俺は普段脳筋と称される頭を活性化させて言葉を捻出する。
「つまり俺が何を言いたかったかと言うと。
……ああ、その、なんだ、
ウィルは生まれながらにして神子だろ。逃げたくなったのも、受け入れようとするのも、道連れを望むのも、感情が混ざって混乱しているのも、
お前が思い描く自分の人物像とは違うかもしれないけど、全部まとめて人間だろ」
「……僕は帰ってきたときアルマスが全部背負えばいいのにって思ってた。儀式上の穴から転落したら楽になるのかなとか思ってた。でも、これも?」
弱々しく紡がれる自白に、口元が引きつりそうになり、自分で自分をひっぱたいた。
「お、おう……。アルマスはともかく、後者は実現しないでよかった」
「ともかくとはどういう意味だ」
俺の後頭部をアルマスが突き、俺の額が俯いたウィルの頭頂部に直撃した。義弟は思っていた以上に石頭だったようで、自分の軽くさすりながら俺を見ている。
なんでだ、俺だけ重傷なんて。
じくじく痛む前後の頭を抑え息を吐くと、力なく、しかし確かな笑顔のウィルになった。
「――ふふ、いつもと立場が逆ですね」
「どういう意味だ」
「僕が励まされてしまった、ということです。それに、僕にも学ぶことはまだまだありそうです」
俺の悶々とした思いを差し置いて、ウィルが感慨深げに呟いた。
「僕は、神子だけど、神子じゃない。それでいいのですね」
「――有り体に言えば家族」
「――――もっと言えば三兄弟」
俺が目の前に握り拳を差し出すと、ウィルは同様に拳を握り俺のを打ち返し、アルマスも横から参加する。
「「ここに家族の誓い、結ばれたり」」
※この時点のウィルは第三の地位ではなかったけど、長男からみて弟扱いではあったので、義弟の表記にしています。




