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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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 ウィルヘルム・ランタナ殿、

 正式にはウィルヘルム・オルガ・グァルネリウス・クスィラ・フォン・ランタナ卿は、大陸を横断した最北端にある、ランタナ国の第三王子。齢は現在十五だそう。

 ただ国の事情から敬称は殿下ではなく、神子、らしい。外国の歴史や文化にさほど興味がなかった事を、今回初めて後悔していた。どんな地位なのか測りかねる。


「サミ、出会った時に教えてよ」

「私はあの日カレン様の傍に控えておりましたから、お顔からは判断が付かなかったのです、それに」

「それに?」

「――いえ。何でもありません」


 道中改めて自己紹介祭りが開催された後、私達は赤や橙色の石畳でできた大きな道の脇を塊となって移動していた。兄上は私の買い物が気になって迎えに来ただけらしく、当然のように同行している。

 私とサミを挟んで、背後にはウィル殿の従者二人。サミはどうにも背後の二人が気になっている様子。一方先を行く兄上と案内を受けるウィル殿は、会話に興じている。童心に返りつつある十九の兄上と落ち着き払った十五の神子様は、ある意味で同格なのではと思ってしまう位の気安さで話していた。


「各領地から花が集まるだけでなく、歌や演劇も我が領の強みで」

「なるほど、花ではなく華の都というわけですね」

「どちらも花じゃないかしら」

 私が口を挟むと微笑みと苦笑する男性二人が振り返る。

「カレン、そういう意味ではなくてだな……」

「華やか、という意味です。私の拙い発音で伝わりにくかったのでしょう」

 数分前の緊張感が嘘のように、穏やかな時間が流れている。サミが背後に気を配ってばかりなのが気がかりだが、進言がないのなら不用意に聞けない。前を行くウィル殿が進行方向の建物に気付き「あれ」と口にした。

「……向かっているのは、伯爵邸という認識でお間違いないですか」

「……ええ。敷地内に作っている最中なので」

「ご挨拶に伺った時、そのような施設は見受けられなかったのですが……」

「…………まあ、小規模ですから」

「……?」

 植物園の詳細を尋ねられ、段々と勢いを失っていく兄上の背中を見ながら、私もウィル殿同様首を傾げていた。けれども気まずい沈黙が下りる暇も無く、私達は伯爵邸の前に着いた。


 繊細な装飾が施された門をくぐり、慌てて出迎えた執事に兄上が言伝を頼んでいる。アポ無しだったことを思い出し、心の底から彼らに謝罪の念を送った。

 庭師が手入れした迷路状の花壇を抜け、館の真後ろへぐるりと迂回した先にそれはある。

 日差しの下、館より一回り小さい硝子張りの建物を中央に据えて、周囲には香りの強いハーブ園が広がっている。

 ウィル一行が自然と前に踏み出しその景観を見渡した。彼は従者に花束を預けて、地面に咲くハーブの花に鼻を近づけて少し驚いたように目を瞬かせた。

 一方兄上は研究施設(仮)のお披露目に緊張している様子で、彼らの背後に立ってじっと反応を伺っていた。

「兄上、説明をしないと」

「そうだが、そうなんだが……」

 兄上は私だけに聞こえるように、囁くように問うてきた。

「私は海外の種や苗を取り寄せて、ここを作った。木はともかく、まだ芽しか出ていないものは、証明する術が、あまりにも……」

 証明って……。今まで評価ばかりされてきたせいか、ここへきて情緒不安定に陥っているようだ。配色は暖色なのに「冷たい」印象を与えるいつもの兄上は跡形もない。身内からすればどちらもいつも通りのニコライ・ストレリチアなのだが。


 私は兄上の背後に回りその背を力いっぱい押した。

「そのまま話せばいいのよ」

 これは勘だけど、ウィル殿は証拠不十分で問い詰める人間ではないと思う。と、言葉足らずな私の説得で兄上はようやく彼の下に向かった。

 頑張れ、同士を獲得するのだ。


 緊張で笑顔が若干引き攣っている兄上に連れられて、ウィル殿一行は中央の硝子張りの温室に足を踏み入れた。

 中に入れば色とりどりの花々がお出迎え……ではなく、

 この取り組みを始めてからの古株の大木と、点在する花、分けられた花壇の土からひょっこり芽が出ている程度のお迎え。

 ウィル殿は新芽が顔を出しているのみの花壇の前にしゃがみ、小さな葉にそっと触れた。

「冬支度の時期でも、芽は出るのですね。心なしか室内の温度も高い」

 顔を綻ばせ否定的な態度を一切見せないことに、取り敢えず私は安堵した。

 それから兄上が他国から種を取り寄せたこと、近年上昇した花の需要の為に年中咲かせられるようにすること、品種も増やしたいこと、品種改良もできれば着手したいということ等々を、いつの間にスピーチの練習をしたのかと思いたくなる速さで、熟々と述べ、

展望混じりのその説明にウィル殿はしっかりと相槌を返していた。


 そしてあまりにも好意的に受け止められていたせいか、ついには

「……私の一族は、父の代までは武によって成り立っていました。しかし、私はとてもではないが、他国と積極的に事を構えたくはない」と。

 恐らく兄上は本心まで明かしてしまった。


 ひとしきり言い終えた兄上とウィル殿の間には凜とした緊張感に満ちた沈黙が漂った。

 私は、やりすぎだと。兄上は、しまったと。サミは私達の事を、気を許した途端に阿呆になる兄妹という認識に改めたと。各々感じている事は言わずとも知れた。

 穏やかな笑みを浮かべ聞く一辺倒だったウィル殿は、態度を一転して眉間に皺を寄せ考え込む素振りを見せている。

「……国の意向、領の意向、それらは一領主の意見のみで変わるものではありません」

「承知いたしております」


 お互いに真摯な面持ちで言葉を交わした後、ウィル殿は植物園の最奥に佇む大木の下に立ちその細くて儚げな手で幹に触れて、次いで額を付けて静かに物憂げな溜息を吐いた。

「……しかし。ストレリチアの若君が、自身とは関係のないある国に手向けの花を贈った事は異国の民である私の耳にも届いています。その土地で、枯れてしまったはずの品種を揃えていたとも。

……そしてそれは、一度ではなく、何度も何度も、そこに犠牲者がいたと知ればどこであっても」

 何かを確認したかのように小さく頷いてから更に間を置いて、振り返り微笑を浮かべたウィル殿は、硝子を突き抜けて降り注ぐ日差しも相まって幻想的な雰囲気を漂わせている。よくよく見れば額に薄らと汗をかいていた。

「……心配しなくても大丈夫です。ここにいる子達は立派に花を咲かせてくれるでしょう」

「分かるの?」

「私はランタナ国が誇る命の神子なので」


 額の汗を拭い兄上の下に戻って来たウィルはニコライ兄上の名を呼んで、その手を力強く握った。

「ストレリチア領に根付き、芽吹く命はどこよりも強く温かい。ですから、私はこの土地に来ようと思うに至ったのです。

 ご自分が作り上げたものに自信を持って下さい。今は目に見えなくても、その種は、その根は地中で確かに息づいて、これからきっとあなたを助けてくれます」

 その言葉はきっと兄上の本心を受けてのエールだった。

 本心には誠意を。私も兄上も、きっとサミも、彼が「神の子」と呼ばれる所以が分かったような気がして、

 兄上が消え入りそうな声で「ありがとう」と述べる姿に、傍にいただけの私でも泣きそうになった。


 私達が感動の涙に打ち震えることを予想していなかったのか、涙を堪える兄妹の姿にウィル殿は目を瞬かせた後、わざとらしい高めの声を上げた。

「そ、そうだ。これも何かの縁ですし、私が“命の祝福”の祈りを――」

「神子様! それはいけません」

 “命の祝福”と彼が言葉にした瞬間、無干渉を貫いていた従者たちが一斉にウィル殿の背後で、たどたどしい説教もといお願いを始めた。

 多分従者の二人は本気で止めようとしているのだろうが、ウィル殿はそれに「何で、減るものでもないでしょう」と繰り返すばかり。遊びに来た我が子の友だちを相手にする親のような構図に、話しの内容は分からないが思わず私は笑ってしまう。つられて兄上も少しだけ笑った。


 ほのぼのとした空気に切り替わり、唯一その場から離れていたサミが一言断りを入れてから輪に加わった。

「カレン様、お茶の準備が整いましたがいかがなさいますか。――ニコライ様も、主様より執務室へ来て欲しいとのご通達が」

 言われて気付いたが今は午後三時。一同は自然とサミの申し出を受け入れ、兄上は一度館へ戻り、私とウィル殿は我が家が誇る庭園でお茶をする運びとなった。

 サミがお茶を淹れ、ウィルの従者は威圧しないよう少し離れた所で彼を見守っている。兄上が戻るまでどんな会話をすればいいのかと頭を捻る中、当然の事実に気付く。



 ……いや、ちょっと待って。この場でウィル殿と同席するのって私だけ?


 緊張を感じた瞬間、頭が真っ白になった。


ご閲覧ありがとうございますm(_ _)m

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