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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
29/71

29 祭りの後 ep.A

 地上に戻った私達を、眩い日差しと多種多様な花々が出迎えた。

 積もりに積もっていた雪は溶け、名残の水滴が日を浴び、花と共にそよ風に揺れている。

 やけにふかふかとした毛並みの小動物は草を食み、馬と羊の中間のような生物はのんべんだらりと日向ぼっこに興じていた。

 温かくて頬を撫でていく風の感触に、うららかな春の到来を感じた。


 しかしながら、式を終えたウィルは、未だ大穴の中で眠っている。

 理由は竜の魂を身体に定着させる期間が必要とか、何とか。あまり理解しているわけではないけれど、彼の身体にとって大切な、冬眠のようなものだと認識している。

 ……春が来たのに、冬眠。

 振り返ればぽっかりと空いた暗い穴。地上の光は彼とエルドラが眠る奥底まで届くのだろうか。


 騎士たちはやるべき事があると告げて――一部駄々をこねた人がいたようだが――振り返らずに行き、今の私の傍にはサミしかいない。

「ウィルの傍に誰もいないのは、寂しいと思う」

 口を突いて出た言葉に思案を寄せて、サミは淡々とした返事を寄越した。

「ですが、私達は故国に帰らなければなりません」

「それなら時間いっぱいまでここにいたい」

「それは、よくないなぁ」

 やけに軽い口調が間に割って入ってきたので、私達は声の主を振り返った。

 鮮烈な赤い髪に金の瞳、低い声の主はリネンの弟。彼を視界に入れたサミは、わざとらしく舌打ちをした。

 ほんと、この二人の間になにがあったというのか。

「あなたという人は、本当、空気を読めない阿呆ですね」

 春の陽気にそぐわない、侮蔑の表情を隠しもしないサミに、フラックスは道化師みたくわざとらしい笑い声を上げた。

「そんな邪険にしないで聞いて下さいよ。これはウィルヘルム様からの勅命でもあるんです」

「あなたが言うとその勅命とやらも、どうも信用に欠けてしまいますね。お可哀想に」

「サ、サミ……」

 のどかな花畑を背景にして繰り広げられる険悪なムード。私は――ほぼ一方通行だが――いがみ合う二人の間に割り込み、落ち着くよう手で促した。

「そ、その勅命とは、どんなことでしょうか」

「ああ、簡単な話です。あなたたちが安全に故国に帰れるよう手ほどきをしてほしいと」

「はぁ? あなたに教えていただかなくとも、帰るための手配は済ませておりますが」

「ちょっと、サミ」

 努めて真面目に制止の声をかけると、サミは私にのみ小さく謝りその口をつぐんだ。

 フラックスはつまらなそうに口を曲げるけれど、それも続く発言の時には直し、むしろ騎士にありがちな真面目一辺倒の事務的な言い方に改めた。

「儀式の後こそ、この地は危険なんです」

「どういうことですか?」


「祝福の祈りは命を育む力。それが土地全体に注がれるんです。臭いに群がる“人ならざる者”にとっては一時的に格好のえさ場になる。神竜様が眠っている今じゃ加護も正しく発揮されない。


――これぞ、後の祭り」


「なにその祭り、全然楽しくないわ」

 苛々を募らせる背後のサミに内心びくびくしながら、私は呆れた声を返した。フラックスは髪を無雑作に掻き上げて、得意げに笑む。よく見るとつり目でキツイ印象だけれども、これはこれで評判は良さそうな顔立ち。

 けれど、してやったりと声に出てもおかしくないその顔が私を見つめて苛っとした。

「だから、俺たちが頼まれたんす。……まあその前に、神子様からの贈り物を届けますか」

 フラックスがひらひらと手招く。神殿での一件もありどうにも信用できないその背中から一定の距離を保ちながら、私達は付いていった。

「ではでは、庇護の間までごあんなーい」


 サミじゃないけど、やっぱり何か苛々する。


***


 彼に連れられ、着いたのは庇護の間のいつもの二階。

私達の部屋だったからと、フラックスはサミに追い出されたけれど、それ以前に彼らが居着いていたのでは……。と頭の隅で思う。


 数刻前まで居座っていた場所に、贈り物を設置する暇などなかったのではと、疑問を感じたが、どっこい私達はテーブルの上に知らない手紙を見つけた。

 王家の紋章が書かれた白い便箋の中には、二枚の羊皮紙。

 差し出し名はウィルヘルム・ランタナ、宛名は私とサミ。日付は昨日になっている。


 驚き言葉が出せないまま、サミに促されて備え付けの椅子に座り、

 一呼吸を置いてやっと、私は三つ折りになったそれを慎重に開いた。


『拝啓、厳しい寒さが続いております。

 又、この度カレン様におきましては、やわらかな春風に心華やぐ季節を迎えられました事を、

 深くお喜び申し上げます。


 儀式を終えた今、私の声を届ける事は容易ではなく、

 あなたが何を思い感じたのかを、この耳で聞くことも叶わないでしょう。

 その為、今宵筆を執る決意をいたました。


 今この手紙を読む頃のあなたには、待ち受ける未来へ選択の自由が約束されています。

 降り注ぐ陽光を浴び、雪が溶け花開いた草原の先に、鉄の囲いはありません。


 あなた方が持ちうる自由と呼ばれるものを、私はついぞ得られませんでした。

 けれど、それをただ諦観するつもりもありません。それを、知っておいていただきたい。


 私は、

 一つ一つ積み重ねたものが、無力だと思いません。

 一つ一つ積み重ねた言葉には、その人だけが持つ力がある。


 それならば、強がりで吐いた言葉も、いずれ姿を変えて目の前に現われる。

 そう信じているのです。


 竜へと変わる私は、あなたの目にどう映りましたか。

 手向けの花は、あなたにどんな言葉を残しましたか。


 悲劇、不幸、因果、それとも魂の救済か。私が過去に抱いたその全てが幻であればいい。

 私は明日、泣くことを止めます。祈ることも止めます。

 人の手は自分で組むものではなく、誰かと結ぶためのものだと思えたから。


 手紙はいつでも自由です。

 私が神子としての勤めを終え、国の繁栄と安泰を宣言した裏側で、

 大切な友人を思っている本心の言の葉をいくら並べても許される。

 限度はありますが、畏まる必要もなければ、多少素を曝しても許される。


 もしもまた、私と言葉を交わしてくれるのなら、

 残る一年を、“輝かしい未来(ストレリチア)”と共に生きてゆきたい。


 それではまた、いつか交わす未来を信じて。

 私の背を支えたあなたに、路を指し示す標となれたと信じて。


 敬具』


 ひとひらの花片が部屋に迷い込んで、手紙にそっと添えられた。

 私はその薄桃色の花びらを一枚目の羊皮紙と共にそっと便箋にしまい込む。

「もう一枚はサミ宛てのようね」

「私にでございますか。律儀な方ですね」

「本当ね」


 開かれた窓の先には、彼が叶えた晴れ渡る青空が広がっている。


 この手紙の裏に、涙に暮れた震える少年の面影はない。

 私がおもむろに溜息を吐くと、優しい風が私の頭を撫でた。


 この先に何があるのか。


 割とすぐに現われる、その変化の兆しの足音も今はない。


 そんな合間に猶予う小さなお話。


元々ここまでのプロットだったのに、

ここで、FIN. にはならず。何で? そしてこんなオチでいいのか、おい、私。


ともあれ、

読んで下さった皆様、ここまでお付き合い頂きどうもありがとうございました!


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