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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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28 神初めの儀 華の舞(sideA)

あと三話なんて、嘘だったんや・・・

歌詞の部分はわざとずらしていたりするのですが、かえって見辛くなっていたらすみません。


 かつて花を愛し、歌を愛した女性がいた。

 彼女は最期まで夫を支え、家族を慈しみ、その土地に生きる人の安寧を願った。

 あらん限りの贅を尽くし、華やかな街に幸せを託した。

 武の出自が多い領内では異端と見られていたのも事実、けれど、彼女の死後誰もその代わりを果たすことは叶わなかった。


 私が憧れた母上は、そんな女性だった。


 父は土地を開拓して治め。

 母は都市に歌劇を広めた。

 兄は花に祈りを託した。


 ……だから。

 私ができることなんて、今この場で歌うことだけだけれど、

 それが君の支えとなるのなら、死力を尽くして歌い上げましょうか。

 祈りなんて、ガラじゃないから、あらん限りの声を、君にちゃんと聞こえるように。


 ウィルの胸元に一輪の光の花が咲く。

 延びる枝葉は彼の身体を優しく包み込んだ。


 伸びやかな声が、悲痛な声が、辺りの空気を震わせる。私は大きく息を吸い、つとめて明るい声音を描いた。



 深雪に芽吹く万華の奇跡

  切望の丘に咲く弔いの徒花となろう

 「――悲しみたどり着いた楽園に、

        尊き希望のその名を刻め」


 ウィルが瞠目して、私を振り返る。

 他の観客に目もくれない様に、私はこれ異常ない微笑みを浮かべた。


 銀燭に照らされた鎖、繋がれた神の御子よ

  生まれ落ちた証が烙印だと名付けられても

   呪われた祝福に錆び付いた楔を打て

  「――私が共にその傷を背負いましょう。

         どうか君の優しき鼓動が絶えぬよう」


 神子の袂の内に隠した細い腕が、鱗のような花片に覆われ、やがて獣の四肢を形作る。

 彼は咲き誇る花園の中心で激痛を堪えるようにただ蹲り、むせび泣くこともない。

 凜とした空間を叩き割るその咆哮は変化を告げるように響き渡った。


 私は胸の前で手を組み、負けじと克明に響くソプラノを奏でる。


 古に住まう異形の住人、深淵の縁に埋めたその心臓に

  その歪んだ胸腔に己の剣を突き立てる日が来るのなら

  「――その手が赤く染まる運命を迎えたのなら」


 死の淵まで追いかけ、その翼を手折る

  「――死の淵まで迎えに行く、君の震えた手を取るため」


 君の雁首を落とす瞬間とき我らは自由を手にする

  「――願わくばその背に猛き翼を」 

  我らは君の種を摘む狩人となる

   「――願わくばその光に真の自由を」


 願い祈る歌声に応じるように、彼の華奢な背から二本の蔓が虚空へと手を伸ばした。

 しんしんと降り注ぐ光の粒を浴びて、蔓は枝へと、幾重にも枝分かれを繰り返した先、その葉は巨大な翼を形作る。

 一度雄々しく羽ばたけば、光の粒も水しぶきも、地面に咲きほこる花も舞台に舞い上がる。


「きれい」

 ほうと息を吐くと、背後のサミも同意を示した。誰も何も言わないけれど、皆思うことは同じだったのかもしれない。

 歌の続きは、その詞に反して、どこか安堵の音が混じっていた。


 我らの絆はとうに潰えた

 「――それならば、今新たに結びましょう」

  朽ちた絆は互いを求めた愚か事

   「――されど、共存の糸を解く術を私は求めない」


 輪を乱す掛け合いに、僅かな笑い声が聞こえる。


 かつてこの手に触れた、蒼き瞳に揺れた雫、

  秘めた切なる想いに剣を捧げた

   「――断ち切れぬは文の裏に宿る、忘れ得ぬ君の面影」


 お前はどこにいる

 「――私はいつでもここにいる」

  お前は何を見る

   「――私は君と共に未来を見る」


 巡る刻の記憶。神の御心を抱く者よ

  もしも願い継がれる日が来るのなら

   「――どうか、その手に希望の鍵を持って」


 その身に託した哀しみの連鎖が

  断たれ朽ちる夢を見たい

   「――どうか、その錆びた深淵の枷を外して」


 銀の花を一斉にその身に咲かせ、完成した一頭の竜は再び咆哮を上げた。

 先と異なり、それは伸びやかに、歌に合わせた豊かな響きで、どうしてか私の心臓は高鳴り、涙がこぼれた。

 ウィルの頭部はついに銀で埋め尽くされ、

 言葉を発せないことに腹を立てた“彼”は、喉を掻きむしり、地団駄を踏む。うーうーと未だ啼く彼は、温かさを求めるように眠るエルドラにすり寄った。


 白銀の鎧を纏った竜が、空を舞い翻り、私の目の前へと着地する。エルドラに向けたように啼き、こわごわと頬をすり寄せる彼の双眸は、驚くことに私と同じ緋色。

 開かれた優しい瞳が、懐かしむように細められた。


 銀の鎧の裏に、確かにウィルがいる。

 苦しそうに泣く面影はない、ただ何かを伝えようと必死に喉を鳴らしている。

 見つめ合い、零れそうになる涙を慌てて拭うと、私の頭部を彼が軽く小突いた。


 舞台に戻る彼を呼ぶことはせず、私は歌を口ずさむ。

 待っていたとばかりに、騎士の面々も口を開いた。


「君のために祈る」

『どうか未来を嘆かないで』

 脳裏に聞き覚えのある声が響き、心臓が跳ねた。


 私は、君の傀儡

「私は、君の添え木」

『私は、その手に救われた』


 君は、命を統べる神

「君は、地上に芽吹く万華の軌跡」

『君の向かう先に華が咲く』


 全ては、悠久の誓い果たすため

「全ては、君の誓いを支えるため」

『全ての祈りは悲しむ者の下に咲く』


 蒼き光の空に手を伸ばす

「永久に輝かんとする君の名の標に」

『あまねく照らす光さす』


 続く苦しみの果て、

  過ちが許されるのなら


 生け贄の神子に

 「――誇り高き人の子に」

   『誇り高き神の子に』


 今、大いなる祈りを捧げよう――――。



 この場におわす全員が声を合わせ、伸びやかな音と共に天を仰ぐ。


 余韻の最中、地面を這う植物は一斉に花開き、一面咲き誇ったのはランタナの花。

 この国には咲かない、けれど国の名を冠する花。

 花言葉は協力、別名は七変化。

 赤、黄色、紫、白、瞬く間に色を変え、その花弁は舞い踊る。

 その中心で一頭の竜は猛り、静かにつかの間の眠りに落ちた。



 この先に何があるのか、いよいよ未来は判らない。

 けれど、未来を行く私が、今この瞬間を忘れることは永久にないだろう。


 溢れた涙で歪んだ視界の端で

 誰かがこちらを見て微笑んでいる気がした。



こういうものは、夜中に書いて、朝見直す前に投稿するに限る

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