25 ex、前夜
お、遅くなりました~(汗
青い透明な硝子の舞台の上、銀髪の青年がくるくると舞っている。
身に纏うのは白地に群青を基調とした丈の長い衣装、藍色のパンツに黒の軍靴。
長身の彼が軽やかなステップを踏み、くるり回る度に、衣装の袂は風を孕み上掛けと共に宙へ舞い上がる。青い花びらが彼に倣いふわりと揺れて、彼の身につけた銀の装飾品は青い反射光を連れて細やかなきらめきを放った。
たった一人の観客のいない舞台。硬い足音や衣擦れの音が木霊して、静謐を際立たせる。
円上の舞台を一回りして、やがて彼は中央へと戻ってきた。
その場で見えない誰かへと跪き、頭を垂れる。淀みなく流れるような動作で立ち上がると、腰に携えた剣を取り出して、切っ先を垂直に立てた。
小さくて長い息を吐いた後、眠りから醒めるように青年の双眸がゆっくりと開かれる。
――片手に持った銀の細剣をふと前方に据え、空を切り捨て払えば、その場が一変した。
さっきと同様のステップを繰り返し、むき身の剣と回れば、風圧で花が散り、取り巻く川の水面はさざめき、光の粒は散り散りに舞い飛ぶ。
身を捩り大ぶりに旋回を繰り出し、地面に切っ先を叩き付ければ、勢いを殺さないまま切り上げて舞台に深い傷を刻む。
足を遠く踏み込み、それを軸にしてもう片方の足先と剣先を擦らせ、半月の軌跡を描き出す。
荒く、柔く――甲高い音を響かせて――折り返し、繰り返し。
何重もの幾何学模様を作り上げていく。
しかし、全ては夢であったように、刻まれたその場から消えていった。
彼は舞台一面を切りつけた後、傷一つないその中央にしずしずと立った。口元に手を当てて荒くなっていた呼吸のペースを整える。
青い舞台に薄らと映る自分の姿を何の気なしに眺め、上部から足音の響きに顔を上げた。
赤く長い髪、金色の瞳、白と黒の給仕服をラフに着こなし、何故か笑顔を浮かべている男。ウィルは彼の登場に大した感想を抱くこともなく、観察の目を向けていた。
「こんなところで練習ですか」
階段を下りて舞台袖に立った男は作り一瞬にして笑いを消し、憮然とした面持ちで相対した。
「……フラックスは、警備? それとも監視?」
「両方っすね。
…………全く、いくら囲いの中だとしても、この舞台はあなたにとって毒でしかない。
わざわざ自分の身を危険に曝さないで欲しいっすね」
「相変わらず真面目。式も近いのだし、もう少し自由に動かして欲しいな」
「そんなこと言うの、今にも先にもあんたぐらいっすわ」
フラックスの呆れ声にウィルは小さく笑い、剣を鞘に戻した。壇上から降りて素直に来た道を戻ると、フラックスはその後に続いた。
彼らを導くように、らせん状の青い階段が一段一段光りを放って、
引き返せないよう通り過ぎれば消えていく。
「騎士側の状況はどうでしたか」
「警備は重々。参列者は日取りさえ伝えればいつでも」
「外は、」
「“ならず者”が登山を始め、隣国も動きを見せていますね。他国に渡っていた同志も今は麓に配置済み。
――あとは、式を終えた後客人を故国に帰すまで、手配は完了しております」
感情の起伏も見えない平坦な会話に合わせて、硬質で乱れのない足音が響く。
ウィルは振り返ることもなく、穏やかな笑みを夜空に向けた。
「そう、最後まで任せる形になってしまってごめんね――ありがとう」
「もとより向こうの都合で、向こうの意向でしょう」
「こちらも僕の都合で僕の意向で動かしてしまっている。人の事をとやかく言えないよ」
ペースを崩すことなく登り切った二人は揃って空を見上げる。と、清涼な風が白銀の神子装束を舞上げた。フラックスは赤い髪をうっとうしそうに掻き上げる。ウィルは神殿裏の傍に誰かが立ってこちらを見ている事に気付き、すっと目を凝らした。
相手はフラックスと同じ白黒の給仕服を着た赤い髪の女性だ。お互いの顔が視認できる距離になると彼女は丁寧な礼を取った。
「アマがここにいるという事は、客人側の準備は終わったのですね」
アマと呼ばれた女性は「はい」と首肯する。ウィルが彼女に頼んでいたのは、客人として庇護の間で過ごしている二名の面倒と、必要ならば彼女らの手伝いをして欲しいということ。その二点。それだけ。
つまり二人の元を離れたのならば、その任の完了を示す。
二人揃って真面目、とウィルはこっそり思う。
「では、こちらも腹を括らないといけませんね」
ウィルが平然とした口調で返せば、前で組まれたアマの手が更に強く握られた。
「……よろしいのですね」
「今更でしょう」
溶けることのない雪の壁面を指で撫でると光の粒がさらさらとこぼれ落ちていく。遠い壁の向こうから獣の遠吠えと、開戦を知らせる笛が響いてきた。
「……それに、もう限界でしょう。現状の維持も、エルドラ様の容態も。そして、僕自身も。二人は気づいていたかもしれませんが」
苦笑交じりの問いかけに二人は返さず、謁見の間へと歩み始めたウィルの背後に連れ添うように歩き始めた。
「毎晩のように悪夢を見た」
唐突に始まる神子の一人語りは、幼い頃からあった。二人は口を挟まず、続きに耳を澄ませた。
「身体中痛くて、痺れて、何も感じなくなった。気づけば全身は冷たくなっていた」
ウィルの吐息は白い雲となって、上空に昇っていく。空一面は曇り星一つ見えない様相を呈していた。
背後の一人が歩みを止め、神子の背中を見据えては溜息を吐く。
「……今まで、色んな神子を見てきた。けれど、10にも満たない内から適正が出るのは異常だった」
アマが咎めるような瞳で隣を見据え、ウィルは暗い海の底を彷彿とさせる、暗く静かな感情を湛え、振り返った。
「……すでに次代に選ばれていたにも関わらず、あんたの身体は脆かった。
器を保つ為エルドラ様の力が必要になれば、あのお方の足の侵食は進み、あんたの侵食も早くなった」
「フラックス」
「――だから許されなかった。今更どんな言葉を並べようと、逃げることは許さない」
「フラックス!」
アマの怒声を浴びたフラックスは仏頂面でそっぽ向いた。更に小言めいたものを言い募ろうと口を開いた彼女を、ウィルが笑みを湛えながら言葉で制する。
「いいよアマ。
……かつての僕は逃げ出し、結果アルマス殿下、そしてエルドラ様は元より、君たちにも多大な負荷をかけたのだから」
今見上げる空は光を遮られ、星一つ浮かばない、暗い闇。けれど逃げた先の花畑の中で、見上げた夜空は星が瞬いていた。
険悪なムードを漂わせる二人の現在を通して、駆け寄って来た蒼白な顔をした二人を思い返すと、端正に整ったウィルの顔は複雑そうに歪んだ。
「始めと終わりが決まっていたとしても、いつだって生き方は自由だったのに」
吐き捨てるよう呟いた言葉に、リネンの双子は揃って神子の少年の姿を見た。
彼は、両手を胸の前で祈るように組み、目を伏せ、静かに息を吐く。
「僕は“まだ”優しい世界で生きていた。だからこそ逃げることは自分が許さない。
……そしてどうせなら、悲劇の主役ではなくて、喜劇を演じたい」
歴代の竜の鎧を倣った銀の色、深い蒼、死人のように白い肌。
けれど、確かに今を生きる青年は、その胸に秘めた決意の灯火を掲げて、不敵な笑みを浮かべた。
「他人がどう思おうが、関係ない。逃げることもしない。諦めるつもりは毛頭無い。
真正面から、この地に眠る神の審判を受けましょう。
誉れ高きエルドラの子は、呪いの祝詞で消滅する器なのか、
激痛に喘ぎながらも、己を保つ異常者なのか」
鮮血の髪、獰猛な金色の瞳を持つ獣。
その上に立つ銀色の怪物は、
厳然としてそこに立つ。
「――さあ、
華劇を始めましょうか」
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