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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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 ウィルが私の手の異変に気づき、庇護の間へ強制送還されてから何時間か経った。

 そこまで激しい流血ではなかったのに、今私の右手には厳重に包帯が巻かれている。

 あまり出歩く気にもならなかったので、サミに夜食と飲み物を部屋まで運んでもらって、ここ数日と同じように、私は机に向かい筆記用具を前に唸っていた。

 雲に覆われ星の見えない空は不気味だ。

 こんな時分でも、ウィルとフラックスは戻って来ていない。


「何ふてくされているのですか」

「ふてくされてはいないわよ」

 背後の人物に指摘されて、溜め込んだ息を吐き出した。羊皮紙の上に無雑作に置いたままの利き手、それに纏う包帯を見れば、簡単に手が止まる。力が入るのに、入らない。ペンをペンスタンドに戻してむしゃくしゃする頭を掻き回した。


 自分がこんな状態に陥る原因は、一点。

「好きだと言うな、ってどういうことよ」

 下の階に響くことも構わず、私はその場で地団駄を踏んだ。


「誰に言われたのですか」

「神子様よ」

 ――何か、腹立つ。

 別に歌詞に入れようとか思っていた訳ではない。何らかの事情があるのだろうから、自意識過剰とか思ってもいない。

 よく分からないけれど、その言葉を禁止されたことに、無性に腹が立っているのだ。

 サミは筆記用具をどけて、軽食を配置すると、そう言えばと口を挟んだ。

「神子に向けた愛情や恋慕を示す単語は禁句らしいですね」

「何で」

「さぁ? 本人に確認すればよろしいのでは?」

 ほくそ笑むサミに言葉を返す気は湧かず、準備された夜食を当てつけのように頬張った。


 カリッと焼いたバゲットにマッシュポテトとローストビーフに似たお肉を乗せ、甘酸っぱいソースを掛けた贅沢なオープンサンド。一口でいけそうだけれど勿体ないので、静々と二、三口に分けて堪能する。

お洒落に折りたたまれた薄切りの肉は噛めば噛むほど肉汁が染みだし、それを包括する口溶け滑らかなマッシュポテトにはチーズが混ぜ込まれていてコクがある。彼らの足下をバゲットがしっかり支え、甘酸っぱいソースが全体をとりまとめ一つの作品に仕上げていた。

 そこに温かい紅茶が加われば、後はすっきりとした余韻だけが残るのだ。

「……おいしい」

「最近アマが凝り出したようで」

「ほんと、あの人だけは、良い意味で期待を裏切ってくれるわ」

 おかげで苛々も程よく解消されてしまったではないか。


 三つ全てを一気に平らげた私は仕上げの紅茶で口の中を引き締め、ほっと息を吐く。サミが振り返り、戸を開けると男性陣二名の声が聞こえた。

「どうやら神子様が戻って来たようですけど、伺わなくてよろしいのですか?」

 サミめー、このタイミングで痛いところを的確に突いてきやがってー。

 ぷくっと頬を膨らませて彼女から羊皮紙を取り上げ机に向かうと、言わずとも通じる私の侍女は、無言で戸を閉め背後に付いた。


「それにしても“サミにしては”ウィルの事を結構気に掛けているわよね」

 彼女は私の姉のような存在だけど、決して自ら物事に首を突っ込む質ではない。それなのに歴史の事まで調べちゃったりして、不思議。

 すぐに返答が帰って来ないので、恐る恐る様子を窺うと、苦笑しているサミと目が合った。

「……そうですね。昔の私を見るようで落ち着かないのです」

「サミの、昔?」

 白いヘッドドレスを外し、サミの純黒の髪が露わになる。黒髪、黒目、遠い国のある戦闘部族の血筋を彷彿とさせる配色。

 彼女は私がまだ五つにも満たない頃、母上が連れ帰って来た。


 けれど、思い返せば我が家に招かれる以前の話は、したことがない。私は彼女の行動の意味が読めず首を傾げた。

「……奥様とまだ出会う前の話です。頼る者がいなくて、孤独感に苛まれた。愛情を真正面から与える人はとんといない。そんな環境でした」

 感情に乏しい表情で話す彼女は、いつもの無表情とは違っていて、少し不安になる。これはこれでモヤモヤしてしまう。

「与えてくれるのは、自分が純粋に向き合えない相手だけ。

しかもその存在を実感してからは、人に囲まれれば囲まれるほど、一人であることを求められ続けている状況が苦しいと感じられる。孤独を感じてしまう。

――まあ、一部彼と私は違いましたけど」

「サミは、寂しいの?」

「いいえ。領の皆様のおかげで、自由に生きていられます。――それに、今更私のことは気にしなくてよろしいでしょう」

 サミは不敵に笑み、私の頬を軽く抓った。

「これは推測でしかないのですが。

ニコライ様のことも、カレン様を儀式に呼んだことも、自分と関わりを持った人への、不器用なりの恩返しなのだと私は思います」


 彼女が私から手を放し、話しながら食器を片付けていく。私はその姿をぼんやり見つめながら、ここにいない人物へ「横暴だわ」と吐き捨てた。

 いつも苦言を申し立てるばかりの厳しい姉は、聞くや否や耐えきれないとばかりに笑い声を上げた。

「自分の都合に巻き込んでおいて、干渉しようとすれば危険だからと遠ざける」

「そうですね」

 一度言葉を出してしかも肯定されてしまえば、私の中で治まっていた苛々がまた火を噴いた。

「話にならないわ。そっちがその気なら、私も自分の都合で禁忌に両足突っ込んでやる」

「そうですか」

「サミ、元の詩とペン持ってきて」

「はいはい。――――元の方ですか?」

 疑問を呈しながらも、サミは何回も折り畳まれた紙を机に広げた。気の向くままに作業を始めれば、ペンは自然と走り出す。書き込まれた単語を見たサミが目を丸くした。

「もしや、輪唱、みたいなものですか」

「そうよ」

「……これは中々、カレン様らしいですね」

 ちょっと笑いを含んだ声音に私の筆記ペースは加速する。

 私は元の歌詞の後ろに、思いつくツッコミの言葉を書き連ねていた。

 その作業をじっと見つめていたサミが思わず笑い出してしまうほどに。


「ここ、表現が乱暴です」


「ここ、そんなに詰め込んだら大切な部分が歌声に被ります」


「ここは――「頭から単語が抜けていくからちょっと待って!」」


 いつも以上に騒がしい二階の客室。

 階下のあの人たちは、今どんな思いで日々を過ごしているのか、それは分からないけれど、


 どんな物語も、落ち次第でイメージが変わる。主役に呼ばれたゲストなら、それぐらいの大役を任せてもらっても構わないじゃない。



「よし。できたわ」


 小一時間の格闘の末、私はインクまみれになった羊皮紙を眼前に広げ、晴れやかな心地で一息ついた。


「カレン様がこれで良いのなら、止めはしませんが」

「仕方ないでしょう。結局私には作詞の才能はなかったの。そういうことよ」


 事務仕事を終えた直後の父や兄のように、凝り固まった背を反らせ、首と肩を回してほぐす。

 服を替えるのも億劫で、私は倦怠感に満たされた身体をベッドに横たえた。

 サミはいつもの呆れ顔だが、咎めることもなく、できあがった詩を一読して穏やかな姉の笑みを浮かべた。


 ――これでは、まるで、告白ですね。


 その問いかけに応えることなく、私は布団に潜り込んだ。


おかしい、、プロットではすでに話が終わっているのに。

予定ではあと三話ぐらいですけど、どうなるのやら。


閲覧ありがとうございます(。・ω・。)


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