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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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22

 今日も今日とて歌詞作りに励むため、宛がわれた部屋に篭もって旋律を辿る。

 しかしこの日も私から発せられるのは鼻歌ばかりで、詩を口ずさむ兆しは見えない。サミが私の手元にある紙を覗いて溜息を吐くのも、慣例になってきた。


「あのね。元々自分が決めたことでもあるし、やる気もいつだってあるのよ。

けれど、どうあがいてもフレーズ一つ浮かばないの」


 それなら、他人の作ったものに文句を付けるな、ですって?

 ――ええ。私も、そう思います。


「では、作詞は諦めますか?」

 項垂れた私の心を勝手に読んで、底冷えする視線で淡々と訊ねてくる侍女。彼女は今日も意地が悪いわ。

「それは嫌……というより無理」

 お行儀が悪いと頭の端で思いつつ、ふくれっ面でテーブルに頬杖をつく。

 対してサミは、依然として呆れ顔を崩さない。それが私の鬱屈とした心根を揺さぶった。

「サミも知っているくせに。私がアマさんに作詞の件を進言したら、どうなったか」

 呟き羊皮紙を不躾に眺める私の鼻先を、窓の冷気が掠め去って行った。



 それは私が了承を返し、作詞活動を始めた頃のこと。ランタナ側は依然として儀式の準備で慌ただしいであろう頃。

 例に漏れないウィルとフラックスは、剣舞のリハ、衣装の確認、それらの合間を縫ってはエルドラ様に付き添いに出ていて、私達と庇護の間で会う機会がめっきり減っていた。

 その逆に、アマは間を預かる身として、庇護の間に陣取り、のんべんだらりと篭もる私達とよく話すようになっていたのである。

 歌詞の告げ口をした当人だからと、警戒心無く作詞の件を教えたら、彼女は喜色満面になり是非見せて下さいと、それはそれは食い気味で根掘り葉掘り私達に聞いてきたのだった。

 食事の支度を放ったらかして、いつもキツイ印象を受ける鮮やかな赤い髪の彼女は、獣のような金の瞳を見開いて、はしゃいで、楽しそうで。

 どちらかというと、恋話に燃える肉食の乙女のごとき様相だった。


「あんなに楽しみにして、手配もその日の内に済まされ、完全に逃げ場を失ったこの状況で、どうして諦めると言えるのか」

「自業自得です」

 それは何故か作詞能力を過信していた過去の私に刻むべき言葉ですね。分かっていますから、そろそろその目は止めてください。お願いします。

 サミが眉間のマッサージを始めたのに倣い、私も眉間をつまんで軽く揉んだ。

「取り敢えず、何か作戦を考えましょう」

「作戦ね、苦手だわ」

「でしょうね」

 即答は流石に傷つきます。

「……カレン様。そもそも、何故ご自分が作詞したいと言ったかは、覚えていますか」

「歌いたくなかった。歌詞が気に入らなかった、もっと明るい内容ならよかった」

「分かりやすいですね」

 サミは私が手に持っていたペンを取り、羊皮紙に『○明るい』と記入した。

「私としましてはあの歌の印象は、“暗い”ではなかったのですが。まぁ、きっと読み手によるのでしょう」

 私は彼女が書いた隣に『×犠牲』『×生死』と書き足す。

「“死”はともかく、“生”もバツ印ですか」

「辛気くさい言葉は余計儀式っぽいと思ったのだけれど」

「……先入観も妨げになっていそうですね」

「先入観かぁ」


 ワードに釣られて、そう言えばと、アマの件を再び思い起こす。

 彼女の一件から、私は今になってリネン組のことを、勘違いしていたのではと思うようになっていた。

サミと同じ侍女のようでいて、昔からウィルの監視役を勤めている傍ら、

 彼女の意思で私達を支援している気がする。種のことも、歌のことも、事実今もウィルに明かしてはいないのだ。

 アマと違い、フラックスとはあまり話す機会がないため、彼に関しては知ることからできていないけれど。

「先入観が邪魔なのなら。……そもそも、話さなければ、分からない。考える材料もない」

らしくない溜息と共に転び出た、考えなしに零した言葉にサミが首を傾げた。私も放ってから、

あることにはたと気づいた。


 ……そうだ、話さなければ、状況は分からない。こうして机に座っているだけではウィルに贈る歌詞なんて浮かびようがないわ。

 指を鳴らせない私は、むなしく指を擦らせた。


「私には、才能が、ないわけではなかったのかもしれないでもない」

「ないわけではない、と仰るならば、今ここでワンフレーズでも口ずさんでください」

「――ひらめくにはきっかけが必要という話なの!」

 今だって、うっかり口にしたきっかけが道を切り開いたもの。


 私はインクの染みひとつない羊皮紙を折りたたんで、簡素な作りのドレスのポケットに無雑作に入れた。ペンはテーブルに置いたまま、おもむろに立ち上がると、いよいよサミの眉間に皺が寄った。

「どこに向かうおつもりで?」

「ウィルの所へ。今日もきっとエルドラ様のところでしょう?」

 私が向かう先、それから口に出していた言葉を反芻して、サミは部屋の戸を開けた。「迷惑にならないように」と釘を刺す以外は何も言わず、付いてくる気配もない。

 本当、意地が悪くて察しはいい侍女だわ。

「サミは来ないの?」

「神子様はともかく、一緒にいる男には今、最も会いたくないので」

 ……私情優先。私、あなたの主人だと思うのだけれど。

 ちなみに、いつもこちらからは彼女の内面を察することが、全くできない。


***


 サミに嫌われた(らしい)フラックス青年は神殿の前で雪景色を堪能していた。一面白の世界に鮮血の赤。彼は最近ウィルと行動を共にすることが多い為、神殿の中に目的の人物はいるのだろうと推察できる。

 アマと同じ金の瞳は、彼女と違い血に飢え彷徨い歩く獣じみていて、瞳だけでこちらを向かれると、草食動物似の本能で思わず物陰に隠れたくなる。


 事実今回も神殿の柱から顔を覗かせる形になった私に、しかし彼は気にしないようで、一変してにっこりと笑いかけた。

「昼食にいただいたりしませんから、大丈夫ですよ」

 ……この人も発言から心情が読み取れないー。

 半べそになりながら近寄って行く私を、開いたままの右扉へと誘う。腹の内も読めない男だ。私はあるはずのない罠を用心して、遠目に内部を確認する。

 眠り続けるエルドラに寄り添う人物を認めて安堵の息を漏らす。


 ――と、襟を掴んで左の内側へ押し込まれ、ついでに扉も閉められた。


 んぐっ、とか。ぐえっ、とか。およそ令嬢らしからぬ雑音を鳴らしながら、神殿の床を転がっていく。

 受け身は上手くできなかったけれど、足を捻ることもなく多少の打ち身で済んだ点は幸いだ。

「あの野郎、今度会ったら鳩尾に蹴りを入れてやる」

 お供物の中で力なく寝転がった私の元に、銀髪の青年が駆け寄って来る気配がする。

 私は取り急ぎ、極力さりげない仕草で翻ったスカートと居住まいを正した。

 まあタイミングが悪く、起き上がった私と片膝つけて俯き姿勢の彼は、間近で顔を合わせる形になり、

コントのように二人揃って姿勢を崩して後ろに身を引く羽目になったけれどね。

「フラックスがやったの? ごめん、怪我はない?」

「大丈夫。――お互いに主人を務めるのは大変ね。アマはともかく、フラックスはウィルの従者にしては荒すぎる気がするわ」

 両手を天秤の皿のように上向きに広げて、やれやれと首を振る。同じ主である立場のはずの彼は私の姿をざっと確認した後、苦笑を返してきた。

 ……待って。私の格好、どこか変なの? 転がったから汚れてる?

 恥ずかしくなって、シンプルだけれど触り心地の良い生地を入念に確認していく。わざとらしい咳払いが私達の間で響いた。

「失礼いたしました。怪我がないか一応確認をと思いまして。ご無事ならば良いのです。

……ところで、先の続きなのですが。フラックスは私の従者ではありません。正確にはエルドラ様の従者、近衛、又は眷属とも言います」

 エルドラ様の? 更に主人のイメージから離れていくわ。

「従者に近衛、あと、けんぞく?」

「はい。二人に興味がおありなのですね。眷属は従者、血のつながりを持つ者、そのどちらともの意味を含む単語です。あまり外では耳にしないと思います」

 ち、血の繋がり? 血縁?

 突然の情報量にパンクした私が、一つずつ意味を咀嚼していちいち目を瞬かせていると、ウィルは珍しく声をして大に笑った。

「彼らはエルドラ様の親族ではないですよ。

そうですね、彼らはエルドラ様よりもっと前の神竜の一部から生まれ、竜が代替わりする度に姿形が変わる……場合もある。そんな不可思議な方々です」

「む、難しいわ」

 血が繋がっているのは、神竜の一部由来だからとして。姿形が変わるのに、変わらない場合もあって。詰まるところ、彼らは何者で何歳なの?


 いや待って、ウィルの話をしに来てどうして双子の情報を仕入れているんだ。


 滔々と述べたウィルは混線状態の私の頭にぽんぽんと軽く手を置いて、続けざまに再度痛むところはないか訊いてくる。

 私は今日の目的を果たすべく、双子の話を続けようとする彼の手を掴んでは止めて、見上げた。

「違うの。二人の事じゃなくて、今日はウィルに話があって来たの」

「あれ、そうでしたか。では、ご用件をどうぞ」

 即座に話を切り替えまっすぐに私を見つめ返す青い瞳。どこか話すこと自体を楽しむように、それらは爛々と輝いている。

 いつもと変わらないうらやましい位の色白の肌、くっきりはっきり美人と対照的などこか優しげな面影。相変わらず白シャツに黒パンのラフな格好にも関わらず、どこか別世界の住人に感ぜられる空気感。 異国の王子全開の彼の、見開かれた深い蒼の瞳に私の影が映り込んだ気がして、つい視線が泳ぐ。

 ――しっかりしろ、流されるな。何もせずに帰ったら、サミに何と言われるのか、想像するんだ。


「あの、ですね」

「はい」

 向こうが話す気でいてくれるのなら好都合じゃない。

 私は小さく深呼吸を挟んで、訊きたいことを脳内でピックアップする。

 それからスカートの裾を再び握り占めて、取り敢えず、内容に失礼な部分がないか精査して、相手を窺いながら言葉を紡いだ。

「訊きたいことは、いくつかあるのですが、まずは、私に儀式を見せようと思ったのは、何故ですか?」

「あ、言ってなかった」

 軽い返答に拍子抜けしそうだった。

 けれど、その直後ウィルの瞳は伏せられ、ひっそりと息を呑む音が聞こえた。

 突然舞い降りた沈黙に肩を強ばらせ、私も小さく息を吸い込んだ。


「そうですね。先日お話したかもしれませんが。元々、手紙の約束を取り付けた二年前には、あなた方を招待するつもりはありませんでした」

 ウィルはゆっくりと立ち上がり、私に背を向けて上空の穴から注ぐ光の筋をぼんやりと見つめた。けれどその場から遠ざかることはなく、口元に手を当てて静かに考え込んでいる。

 彼が答えを出すまでの間、エルドラ様の寝息が沈黙を震わせていた。


「“儀式”の日に呼ぼう、もしくはその前に呼ぼう。そう思い至ったのは……確か一年前の最後にいただいた手紙がきっかけでした。

あの日認めた文に、嘘は一切ありません」

「1年前最後の文」

 ――と言うと、私が自国の第二王子とか偉そうな奴に平手打ちしかけた時だろうか。兄上が私達の過去なども詳細に記して送り、二人に返信した、あの時の手紙の話。

 ウィルが振り返り微笑を浮かべて、私の心臓が早鐘を打った。


「そうですね。ときに。カレン・ストレリチア嬢。あなたにとって、人との別れはどのようなものなのでしょう」

「え、なんで?」

 突然の質問の意図が読めず私は首を傾げた。ウィルは同様に首を傾げた後また微笑みを浮かべた。

「儀式を見て欲しいと言った、その理由の話ですよ。答えを話す前に聞いておきたいのです。

人が竜へと成り代わる、概要だけ見れば、これもある種の別れではないですか?」

 早鐘は瞬時に警鐘になる。私が人との別れを経験したのはほんの数回。一番に思い出すのは、やはり母親の葬式だった。


 言葉が上手く発せられなくなって、乾いた忙しない呼吸を繰り返していると、割れ物に触れるような控えめな手が私の頭を撫でた。

「悲劇、不幸、因果、それとも魂の救済か。僕はそんな目で見て欲しくはない。そんな思いで舞台に立つつもりはない」

 ぱくぱくと空回りする口を両手で押さえる。儀式を目前に控えた人に、伝えるべき言葉はワンフレーズも思い浮かばないから、せめて下手な台詞は口にしないようにと。


 私の姿を認めたウィルは撫でるのを止めて、代わりに目の前で人差し指を真上に立てた。

「ですから、私は1年前のあの日、一つの賭けをすることにしました。賭けたのはたった一人の人間の誇り。


来る儀式の日、

この国の住人じゃない、先入観を持たない目で、

――彼の生死の行方を、見定めて欲しいのです」



bkm数が増えてる…? 気づきませんでした、ありがとうございます!


ここまでお読みいただきありがとうございます(*^^*)

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