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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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 隠している物がある立場として、

 考え事をする場所の確保は重要である。


 私の場合、実は庇護の間の二階が一番安全だったりする。

 王城にある一室と言うよりは、カントリーハウスに近い様相を持つかわいらしい部屋。元の用途は判らないけれど、花柄の壁紙に木製の華奢な調度品が並ぶところを見ると、恐らく女性が住んでいたのではないかと思わずにはいられない。

 そんな自分に与えられたフロアに鍵を掛けて、私は据え置きのソファに座りサミはいつも通りその横に立っていた。


 保留の答えに傷ついた様子もなく、歌詞の写しを渡したウィルたちは儀式の剣舞についての最終確認を行いに舞台へ向かったため、現在建屋にいない。私が歌を練習する為の環境も時間も揃っていた。

 明るい橙色の絨毯を踏んでテンポを取る。軽く教えてもらった音階を鼻歌で反芻。そして羊皮紙一枚に収められた文字の羅列に目を通して、冷静に務めていた表情は簡単に崩れた。

「やっぱり、嫌だわこの歌詞」

「やっぱりですか」


 高くて、明るくて、口も軽すぎて、ちょっと黙ってくれないかしらって主にサミから好評を得ている私の声。雑踏の中にいても聞き取れる明瞭な響きを持つそれを、今回ばかりは恨んで仕方ない。

 当日は恐らくバスが中心の編成、テノール少数。低音は力がある故に、私がソプラノで混じれば浮き彫りになることこの上なし。

 ふくれっ面をサミに矯正させられながら、我慢ならない不満を口にした。


「誰が、喜び勇んで、呪いなんて掛けるのよ。

しかも、ウィルによ? 今も苦しんでいる人間にする仕打ちではないわ」


 ソファの背もたれに体重を掛けて天井を見上げると、無表情のサミが割り込んできた。

「祝詞を呪いと仰いますが……本人の希望でもあるのですよ?」

「……そうなんだよねー」


 だから断れないのよねー。

 目を閉じて、溜息を吐く。それからサミが運んできたクッキーを片手で囓り、もう片方の手で羊皮紙を掴んでは窘められた。仕方なく近くの猫足丸テーブルに羊皮紙の方を置き、「あー」「うー」など言葉にならない鳴き声を発しながら、そしてクッキーを貪りながら時間をかけて悩んだ挙句、


 もう一つの問題を考えることにした。


「時に、サミ」

「なんでしょう」

「こんなところに、神竜様の種があります」

「あら、不思議ですわ。神初めの儀に使うと聞き及んでおりましたが」

「本当、不思議ですわー」


 わざとらしく口元に手を添えて笑う二人の視線の先にあるのは、白いハンカチに包まれた一口大の平べったい黒い光沢のある種。儀式の際“祝福の祈り”によって発芽させると言われる物であり、本来なら神子やリネンの双子が保管しなければならない物である。

 数日前エルドラ様から預かった後、ウィルに渡すタイミングは掴めないし、リネンの双子は所在が判ればいいと言う始末で。

 いやもう仕方なく、さりげなくポケットに忍ばせていたんですが、先程タイミングをまた逸してしまった。ちなみに、血はまだ吸わせていない。


 ……どうやればいいのかも判らないけれど、多分そのまま浸ければ吸ってくれるような、

 気がしないでもない。

「痛みなく出血ってできるかしら」

 種を見つめてぼそりと呟くと、私以外の誰かから意図せず漏れた「え」の声が聞こえた。

「…………お嬢様は、無理です」

「無理か。やるしかないのか」

「……本気ですか?」

 サミが猜疑の目を向けている。その目に、私は痛みで怯むような腰抜けじゃないぞ! と主張しようかと思ったが、どうにも違うようだった。

「いちお嬢様がなさることでは、」

「いやいや、私がやりたいの」

 彼女の言葉に被せるように意思表明してみせれば、サミは痛みを堪えるように押し黙った。

 いつもの呆れ混じりの返答がくると思っていたのに、拍子抜けだ。


「――もしや。これに血を分けた末に、私も神子関連に巻き込まれる、とか?」

「そういう訳ではございません。ただ……何故、そこまで関わろうとするのか、疑問に思っただけです」


 開かれたクリーム色のカーテンから差し込む日差しがサミを照らし出す。歯切れの悪い物言いにしては、相変わらずの冷静、且つ無表情。

 だからこそ、感情を押し込んでいるように見えるのだけれど、単純に聞いてもはぐらかされるのが私達の定石だった。


 ……どう答えたら正解だろう。

 じっと考えても答えにきっかけも掴めない。席を立ち、窓を勢いよく開く。カーテンが舞い上がり、清涼な空気が部屋中を一変させた。故郷のような花の香りではなく、雨水を含んだ土の香りが鼻孔をくすぐった。

「私が何故協力的なのか、その理由を家訓の一言で終えてもいいのだろうけど。

――相手、サミだしなぁ」

 全部言って良い相手、というより、全部言わないと納得しない相手。深呼吸をして、普段積極的に働かない脳の部分をかき回す。さっきから実はフル活動で疲弊していた故、仕方ない全部吐露してしまおう、という結論になってしまう落ちでしたが。


「一言で言うと、私にも判らない部分が多いの」

 そう前置きしてから、次の言葉をまた探し出す。面倒くさいけれど、結局これが一番良かった。

「1年前、私は彼からの手紙を読んで、背負っていたものを知って、助けたいと思った。

でも一度会ってみれば、それが杞憂だと判った。

彼は、私が進んで守らないといけないほど、状況を悲観していた訳ではなかった」

 訥々と話す私にサミは口出ししない。吹き込む風だけが、私を背突いた。


「その時点で、居残る必要性はなくなった。私は来た理由について考えることすらしていなくて、ただ純粋にここの日々を楽しんでいた。互いの目的なんて無視してた。

エルドラ様の種のことも、引き伸ばす良いきっかけ位に思っていた、気がする」

 凜と静まる部屋で、話せば話すほど不思議と考えがまとまってくる。


 ……兄上のように、ウィルとの会話を続ける術はある。今生の別れには、まだ早い。

 ……ウィルの傍にいるとほっとするけれど、それを求めて残ったわけでもない。

 なら今ここにいて、式を見届けようとする自分は、何を求めているのだろうと。


 やがて、ぽんと答えに引っかかる単語が思い浮かんだ。


「意地だったんだと思う」


 放った言葉は、そのまま心の中のあるべき場所にすっぽり入り込んだ。

「ウィルたちの過去話やら今の話ばかり聞かされて、でも自分が解決できるものはほとんどないから。

……だから、彼らが私に望み託したものは、やり遂げたいと思った、んだと思う?」

 こんな答えでどうでしょう。と、

 外の景色から振り返って見ると、割と頻繁に見る呆れ顔のサミと目が合った。

「最後くらい、断言して下さい」

「あはは……」

 曖昧に笑う私に、押し殺した無表情が再び問いかける。その背後に片鱗を見せるのは、いつかどこかで、笑わない私に見せたモノ。

 それが、会話はまだ終わりではないと告げていて、私は無意識に息を呑んでいた。


「私は、今回の事を止めようと思ってはおりません。ただ聞いておきたかったのです。

……本当に、人が人としての生を終える儀式を、その目で見るつもりですかと」


 神初めの儀は、生け贄の身体を神の依り代として差し出す儀式。人ではなくなるその瞬間を見るつもりかと、耐えられるのかと彼女は言いたいのだろう。

 本人たちの説明からは、具体的にどんな光景を目の当たりにするのかは、省かれていた。

 けれど、サミの言葉に触発されて、収まった感情もまた形を変えた気がした。


「誰かが望むから。そのような考えならば、私は賛同いたしかねます」

「それは、違う。……正確には今、変わった、と思う」


 私はサミの言葉へ首を横に振って答えた。

 瞬間的に甦った数分前のウィルの言葉に、そんなたった一言で意見を変えてしまう自分に、笑いたくなった。

「彼は生け贄に捧げられた程度で死なないし、それなら儀式は悲観的に見るものでもないでしょ。それなら私は彼の言う先を見てみたい」

 これも、正しく自分の答えだと示すように、心の内ぽっかりと空いていた空洞にまた言葉が収まった。


「――でも、あの歌は勘弁してほしい」

「あなたは、また最後で……」

 言いながら溜息を吐く彼女は、今度はほんのり笑いを堪えていた。少し強い風が吹いて、テーブルに置かれたままだった羊皮紙が宙を舞う。サミはそれに手を伸ばし、

 それを小さく折りたたんだ。

「出血の手当はしますので、覚悟ができましたら声をおかけください。あと、」

 サミがソファを叩き私に座るように指示をする。そしてドレッサーの引き出しから新しい紙を持ってきて、着席した私の前に置いた。

「これはアマから聞いた、歴史の抜け道のようなものなのですが、

――歌詞は、自由に創作して良いそうです」

「自由に……」


 両手で掴んだ真っ白い羊皮紙は、

 今までで一番難解な問題用紙に見えた。



明日は多分恐らくきっと上げられません!

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