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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
18/71

18

 いつか、どこか、呪われた祈りの大地で

 竜と人は契りを交わした。


 互いに生きる希望を見いだせず、

 居場所を追われた人々は安住の地を求めて、

 息絶えた竜は依り代を求めて。


 己の築いた土地で、

 いつかの願いが呪詛に変わり、

 子孫を脅かす枷になるとも知らずに――。


***


 ランタナの街に降る雪は溶けない。

 雨も降らない曇天が続き、作物の実りにも変化が訪れ、いよいよ住人たちは祈りを捧げるようになる。

 今代の神竜エルドラが眠りについたことは、すなわち神の交代が迫っていることを示す。

 逃れられない彼らが、せめて希望を抱いて発てるようにと。彼らは神殿に向かい、手を組んだ。


 神殿の中央では眠るエルドラとそれに寄り添う神子の姿があった。大量の献上物が彼らを守るように取り囲んでいる。

 花を中心に、手紙、謎めいた骨董品、今こそ必要であろう食料。絹織物はエルドラの御身が冷えないよう既にかけられている。

 主が眠り時間が止まったように錯覚する広大な空間を、一人の神子の歌声が振るわせていた。


 背後の足音に気づいた彼は、その呪詛に似た祝詞を上げるのを止めて振り返る。

「変な歌詞ね」

 背後にいた私が吐き捨てれば、苦笑が返ってきた。

「そして、実は本物を知らない」

「うそ、」

「ほんと。僕は当日歌わないものだから。

……儀式の第二部で、見送る人が歌うものなんだ」


 ウィルはエルドラの頭部から離れ私の前に立ち、ゆっくりと周囲の献上物を見渡した。

「これを見て、何を今更って思った?」

「当たり前じゃない」

 私も彼の視線を追い、即答した。


 私達が滞在していた一週間、彼らは遠巻きに見るばかりで自ら接触することはなかった。エルドラ様に対してもそう。

 謁見の間はいつだって誰だって歓迎してくれるのに、訪れる人は一人もおらず、閑散としていた。

 故に、自分たちに直接的な害が及んだから贈った。その可能性を否定することができない。


 ただ、当事者のウィルは私に同意を示さなかった。


「……彼らは、この地から逃げることができる。切り替わりの時期なら、関わりを絶っていた相手なら尚更……僕らと縁を切るいい機会だ」

 ウィルは献上物から大きな果実をすくい上げ、天にかざした。赤くつやつやとした歪な球体は、彼の手の上で禍々しくも甘い芳香を漂わせている。

「それなのに、何故彼らはここから出ようとしないで、生きる糧を捧げてまで春の到来を祈っているのだろう。

――僕はそれを、どう受け留めるのが正解なんだろうね」

 かつてどこかで“りんご”と名付けられた果実を囓り、彼は嬉しそうに顔を綻ばせるけれど、その感情はすぐに温度を失った。

「とても美味しくできている。

これは元々どんな土地で育つ物なのかって、……今更知っても意味ないね」


 神殿の扉を開き、外に待機していたアマに果実を預け、ウィルは雪と曇り空の世界に目を細めた。私はその背を追い、彼の隣で小さく固唾を呑んだ。

 数日前まで私達が遊びながら通っていた道には、忙しなく行き交う騎士の姿が見える。

 たった一晩で、この場所が変わってしまった、と思う。


 ……同時に、この場所に残る意味が、重くなってしまった、と。


 兄上は予定通り本日付で領地に帰る。既に帰り支度も済ませており、今は城門前で待機している。

 対して、私はこの場に残ると告げた。

 兄上はただ一言「家のことは任せろ」と了承の意を示してくれたけれど、反対したのはウィルの方だった。儀式までいたいと募れば、更に強く頑なに拒むようになった。

 彼にだけは、エルドラ様から預かった種のことも隠したままだ。つい躊躇うほどに、彼は私が儀式に関与することを拒んでいる。


 本当は、私が今ここにいることを快く思ってはいないはずだ。

「ねえ、本当に帰らないの?」

「当たり前でしょ」

 何度もこの問答を繰り返しては、重苦しい沈黙が流れた。

 一言で神子の仮面を剥げば、苦しそうに顔を歪める人間が顔を出す。それが私を引き留めている一因となっている事に、思い至らないのだろう。

 のど元につっかえたものを吐き出すように、思い切り息を出すと、それが白い靄となり空中に霧散した。エルドラ様の加護が生きている、そして、外は寒い世界だと、現象は雄弁に語る。

「ほら、兄上たちを見送りに行きましょう」

 私が震えている背を力強く押せば、彼は渋々歩き出した。



「何故、俺は一週間でここを離れなければならないのだろうか」

「ニコライ、冗談はやめて」

 城下町も下り、一週間前に馬車から降りた場所で、五人は笑い合っていた。

 ただし、客車に乗るのは兄上とクロエだけ、二人はこれからの寒風対策に尋常じゃない着込みようだった。

 御者台に座るのは以前と同じ鬼畜紳士、けれど彼は前回と同じ薄い外套一枚ではなく分厚いものを二枚重ねている。それでも私達からすれば足りない判定だが。


 城門をくぐるまで表情を曇らせていたウィルは、兄上の冗談を呆れ顔で返していた。震えがあったことも嘘のように彼は姿勢を正して立っている。

「むしろ妹さんを連れ帰ってください。準備は手伝うから」

「それこそ冗談だろ」

 ウィルの肩を叩いて笑い飛ばせば、

 一転して兄上はその冷たいとも取られがちな厳粛さを湛えた姿に切り替えた。

「本当に、世話になった」

 ウィルに握手を求め、彼も応えて、二人はしっかりと手を繋いだ。

「まあ、植物収集は半分趣味になっているけどな」

「じゃあ、それは止めない。でも剣は練習しないと。せっかく素養があるのに」

「言っておくけど、お前の基準は異常だからな」

 二人はお互いの手を握ったまま、その力を上げていく。剣の話なんていつしたんだろう。手紙かな……まあ、それよりも。

「ウィルの手が折れそう」と

 私が、本心から呟いたら、二人同時に吹き出して手を放した。


 それ以降は割と二人とも冷めたものである。

「手紙なら読めるし返せるんだったな」

「うん、手間と時間はこれまで以上にかかるけど」

「じゃあ、“続き”の話はその時にまとめて送る」

 一度客車に乗る直前で兄上はそれを振り返らずに問うくらいで、

 淡々と返された言葉にウィルは瞠目し、瞳が堪えた涙で揺らめいていたくせに、


 けれど互いにそれ以上の会話はなく。

 彼は早々とこの場を去って行った。



 ……。

 帰り道。城下町を歩く私達に話しかける人はいない。


 この国に、神子やその客人を直接脅かす人間はいないとこの一週間で学んだサミは、勝手に別行動を始め、今私はウィルと二人で歩いている。


 気まずいはずなのに、彼の隣は不思議と落ち着く。

 でも彼は、気まずいだけだろうか。


 私は手軽な話題をちょっと振ってみることにした。

「兄上、どれくらい分厚い手紙を送るつもりなのでしょうか」

「今までは家族のこと、婚約者のこと、植物のこと、剣のこと、毎回それぞれ二枚分は入っていたね」

「うわ……」

 なんとも想像以上に重いものが返ってきたものである。それ毎回八枚以上ということですか。読む側の立場への同情に似た感情が表に出る。

 自分の兄が、二週間の内にそれだけ苦悩して生活していた、とは思えなかったけど一度見方を改めた方が良さそうだ。せめて家族カテゴリの枚数が減るといい。

 私が口元を両手で覆いながら言葉のない呻き声を放っていると、ウィルは私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「カレンは、一生懸命勉強のこと書いていた」

「うああ、黒歴史」

 先生陣への愚痴をたくさん書き連ねた記憶が甦り、両手は前面を覆うけれど、

「でも、僕は、それで助けられた」

 期待した反応の真逆を行く、小さく堪えた声に私は顔をすぐさま上げることとなった。


 隣には無表情を被ったウィルがいる。前を見て、歩いてもいるけれど、何も見えていないし聞こえていない。そんな雰囲気を醸し出していた。

 無意識に手を掴んで引き留めると、その顔に驚きが表われ、

 次いで穏やかな笑みが私に向けられた。

「湿っぽくしてごめんね。大丈夫だから」

 ――違う。

 手を掴む力を強くすると、ウィルの手が離れようとあがいた。

 小さいけれど、神殿の出入り口の時と同様に、確かに震えている。

「ねえ、どうし――「あ、みこさまだー」」

 心配になった私の言葉を振って、

 繋いでいた手をふりほどいて、彼は突如現われた少女に手を伸ばした。


「あのね、今日はみこさまたちに沢山おくり物をしていい日だからね」

「ありがたく、頂戴致しますね」

 ぼんやりと成り行きを見守る私の前で、ウィルはあどけない笑みを浮かべる少女の視線に合わせてしゃがみ込み、彼女の手から小さな花を受け取っていた。

 少女が神子とはどんな役割を持った人なのか知っているのかいないのか、いまいち判らないけれど。今日一番の微笑を浮かべたウィルに頬を染めている彼女は、純粋でかわいらしい。

 なのに、何故か心が痛んだ。

 ……うわ、なんだこれ。むかむかする。

 私が胸に手を当てて深呼吸すると、ウィルがこちらをちらりと見た、気がした。

「では、私はもうお仕事に戻らないといけないので、」

 それを聞いて今度はほっとした。

「あ、じゃあ、さいご、さいごにいっこだけ」

 少女がウィルの手を握り興奮して飛び跳ねる。彼がその小さな手を握り、支えている場面を見て、また痛くなった。

 ……なんなのよ。忙しいなあ、もう。

 自分に振り回されることに腹立たしさを覚えながらも、二人には悟られないよう必死に外面を繕った。


 その時だった。

「お仕事頑張ってね!」と、

 彼女は軽く口にした。


 彼女が意味を理解しているとは思わないし、彼女は純粋に好意的にその言葉を使った。それは言うに及ばず。

 けれど、その言葉の意味は捉える側に委ねられている。加えて、ウィルがどのように捉えたかは、

 ――他ならぬ彼を見れば一目瞭然だった。


 私は気づいたら手を上げていた。


 恐らく一年前にも同じような光景であったと思う。

 今私は怒りにまかせて手を上げていて、

 相手は驚き固まってしまって、

 そして、

 その間に立つ人物に止められてしまうまで違えることなく。


「だめだよ」


 と、静かで落ち着いた声は、私の身体は全ての機能を停止させる力を持っていた。

 ウィルは私の手首を掴んで放さぬまま、けれどこちらを見ることはなく、少女に振り返った。


「大丈夫、この神子様に任せておいて」


 私の勢いがなくなったと感じ取った彼はその手を放し、もう片方の手で少女の頭を撫でた。

 それにより、驚いていた少女の表情は泣きそうなものから笑みに変わり、小さな背中は自分の足で帰って行く。


「ごめんなさい」

 私が手を出す場面ではなかった。


 言い訳したい衝動が生み出した言葉は、大分みっともない響きになる。

 本当情けない、何も成長していない上、今度はただ知らないだけの幼女に手を上げた。

 ……私、最低だ。

 スカートの裾を握り占めて耐えようとしているのに、ウィルは私の手を掬って握りしめた。


「……懐かしいね」

 強いわけでもなく、弱いわけでもなく、その手は私を優しく包み込んだ。

「1年前、確か君は自分の家族がけなされたから、怒ったよね」

 強制力もないのに、その手は私を前へ前へと引っ張っていく。彼は前を向いていて、その表情は見えない。暗いのか、明るいのか、全く読めない。


「なんで忘れていたんだろうな。


……僕は儀式に参加して欲しくて君を呼んだのに」


 呟く彼の表情は、その握り占めた手が雄弁に語っていた。


ε= (´∞` )

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