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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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17

 五日目は前代未聞の筋肉痛に、私と兄上、クロエのメンバーが倒れ、サミとアマのお世話になっていた。どう考えても儀式場の上下移動のせいだ。


「情けないですね。ストレリチアにお帰りの際は全員、私自ら“しごいて”差し上げますので覚悟してください」

 ストレリチア組で唯一の生き残りは身内に向けてなんとも冷たい視線を浴びせる。

 私と兄上はとても身に覚えのある“しごき”を鮮明に思い出し揃って身体を震わせた。真冬にフルマラソンと帰宅後の筋トレ、何よりサミ特別訓練のフルコンボはご勘弁願いたい!

「そ、それより。お勉強とかしたいなー、なんて」

 と自分なりの妥協案を提示するも、半分言い終える前に、「問答無用です」の一言で突っぱねられる。

 クロエはあの位なら、別に……、とやる前から悟った表情で、以降うんともすんとも言わない。共倒れすることが確定している三人――案外二人かも知れない――がサミの説教を受けながら、アマさんの淹れてくれたお茶の香りだけ楽しむ構図が続いて早二十分ほど。


 救世主の神子様が現われた。

 ……隣の兄上は何故か彼を見て複雑そうな表情を浮かべている。


「あの、サミさん、これは僕が無理に連れて行ったのが原因ですから」

「どこに連れて行かれようと、筋肉痛の原因はその結果を招いた本人にあります」

 うぅ、きついぜ姉さん。

 ウィル神様もどうフォローすべきか眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。

「ところで……」

 と兄上が口を開き、皆の視線が兄上、そして兄上が訝かしんで見ているウィルに集まった。

「その格好はなんだ?」

「いつも通り騎士団服……ですよね」

 そう言って、私も首を傾げた。


 その日の彼は普段の上下かっちりと着込んだ形ではなく、恐らく内側に着ているであろう白シャツと黒のパンツスタイル。いつも瞼にかかる位あった前髪は横に寄せてピンで留められている。

 いつもの室内着のように見えて、よくよく考え直してみると正装をわざわざラフに着る必要はないのではと気付いたのだ。


 兄上に指摘されて暫く自分の姿を検めていたウィルは、悩む頭を掻いてようやく納得がいったとばかりに声を上げた。

「これからエルドラ様のお世話に伺う予定だったのです……そうだ!」

 その仕草はいつかどこかで見た物語のヒロインよろしく。花開いた笑顔で、胸の前で両手を合わせている。その状態を維持したまま固い無表情のサミに向き直り、額に合わせた指先を当て懇願するような姿勢を取った。

「その、“しごき”の代わりとして、明日エルドラ様のお世話を皆で一緒にやるのはどうでしょうか」

「なるほど……」

 ……む、エルドラ様のお世話……ちょっとやってみたいかも!

 しかし、首肯しかけたサミに待ったをかけた人物がいた。

「ま、待ってくれ。俺やクロエはともかく、カレンをウィルの基準に合わせるのはまずい!」

 ――え? どういうこと?

「それなら尚更やらせてみたくなりますね」

 ――――待って、どういうこと?!


***


 筋肉痛の違和感が残る六日目。私達は昨日のウィルと同様、白シャツに黒のパンツスタイルでエルドラ様の前に来た。ウィル、私、兄上、クロエが並ぶ背後では、フラックスがたくさんの布きれと、水を湛えた状態の、これまたたくさんの木の桶を準備してやりきった顔をしている。

 アマとサミは庇護の間キッチンでなにやら大量の食物と格闘していたので今はいない。


 これは、言われなくても解る。

 やばい。

 袖と裾をまくりやる気満点の左右に挟まれた私はうわごとのように呟いた。

「何で私は男性側にいるのでしょうか。どうしましょう、エルドラ様に乗るとかないですよね」

「一つ目はお前はお茶を淹れる以上に料理はからっきしだから、」

「二つ目は、まあ無理はしなくてもいいですよ。でも乗るのは楽しいです――まあ、下手すると、あれですけど、フラックスがいれば案外大丈夫」

 あれってなに? あれってなに?! 今君が指さした先にはひびしかないよ?!

 戸惑う私を落ち着かせるように二つの優しい手が頭を撫でる。しかしここで君は見ているだけでいいんだよ、とか言ってくれる紳士は存在しない。


 ……今確信したわ。皆私を深窓の伯爵令嬢だと思っていないでしょ、

 ――そうだとも。

 サミがキッチンで腕を振るう姿より、兄上が庭で剣を振るう姿に憧れを抱く人種です。

 ちなみに特技は植物園の大木の上でお昼寝までこなせることです!


「……さて、大掃除の前に、注意点とかはあるのか?」

「ある限りの全力で、半ば鱗を剥ぐつもりで拭くのがコツです。拭く向きは気をつけて。力が足りなかったり向きを間違えて力をかけると飛ばされますから」

 少しわくわくしている調子の兄上と、元より皆と一緒にできて嬉しいと公言していたウィルに挟まれた私は、エルドラ様を越えたその先にある空に思いを馳せた。

 ああなんて美味しそうな綿雲、あなたを抱きしめて眠りたい。

 ……もちろん白昼夢である。

「他には?」

「目の近くやしっぽ、後ろ足は危険なので僕が担当します。それぐらいですね」

 目にゴミが入ればNG、しっぽは拭き方に“くすぐり”判定が入った際飛ばされやすい、後ろ足は単純に加減が難しい。

 説明の中に時折出てくる「飛ばされる」のワードに恐怖を抱きながら、ついに私も濡らされた布を握り占めた。

 刻限はサミたちがお供えものを作り持ってくるまで。それまで死なないようにすればいい!


 眠るエルドラ様に我先に登っていった兄上とクロエに、幼い頃に見た彼らの面影が重なる。

少し、子供っぽいとも思うけれど、彼らはここへ来て変わった。


「これこそリフレッシュ休暇ね」


 私も息を吐き、神殿に立ちこめる清涼な空気を取り込んで、頬を叩いて気合いを入れる。

 令嬢らしくないとは思うけれど、この作業をすること自体を嫌だとは思わない。

 静かに眠り、単調な呼吸を繰り返すエルドラ様がおわしますこの空間が、私欲にまみれた私の心を雪ぎ清めてくれる。それに少しでも報いたいのだ。

「大丈夫? 嫌だったらフリでいいんだよ」

「大丈夫」

 私達とサミを引き剥がしたのには、きっと誰かが無理だと言ったら休ませよう、という魂胆があったのだろう。証拠にエルドラ様の鱗は拭く前から一定の光度を保っている。毎日の仕事ではないのに昨日ウィルは一人で済ませて庇護の間に戻って来た。

 陰の優しさが、単純に嬉しい。


 果たして今私はどんな表情をしていたのだろうか。

 顔をのぞき込んだウィルが仄かな笑みを漏らす。無言で彼が手の平を向ける先は、エルドラ様の前足とその先端を守る尖った爪。

「昇ることが不得意でしたら爪をお願いできますか? 力加減や向きに決まりはありませんので」

「謹んでお受けいたします」

 布を絞りエルドラ様の前に勢いよく広げる。

 さて、私もリフレッシュ休暇を満喫しようじゃないか。



 爪を磨き始めて何分か。一心に擦って、頭上で取り組む声を聞きながらふと気づいたことがある。

 それは、この爪という部位は特に磨きがいがあるということ。

 上で鱗磨きの作業に徹している兄たちの仕事量は範囲こそ膨大だが軽く埃を拭き取るだけで済んでいるようだった。一部汚れが溜まってる箇所を見つけては喜ぶ声が上がっている。


 対してこちらは一拭きで磨きがかかる点同じだが、光り方が違う。

 鏡のように自分が映る綺麗さの鱗に対して、表面を覆う固く薄い乳白色の膜の内側には液体が満たされていて、揺蕩う気泡がぽんぽんと表面に浮かび上がっては光を散らして消えるのだ。この現象に私は強く心惹かれていた。

 耳をくっつけると脈動に似た音がする。とても温かい音、このまま眠りにつけそうだった。


 うとうとと舟を漕ぐ私を、温度を持った何かが無雑作に押した。

 薄らと目を開けば巨大なエルドラ様のお顔が目と鼻の先にあった。

「すみません、心地よくて、つい」

「構わん」

 低く穏やかな声で許されれば、私の睡眠欲は加速度的に増した。おぼろげな視界が、ゆっくりとエルドラ様の首で覆われる。眠る私を取り囲む神竜様の体温は心地よい。


『私もひとつ、頼みたいことがある』

 エルドラ様の声が、脳裏に響いた。夢見心地で現実との境を彷徨う私はそれに違和感を覚えることもなく、脳裏の余韻に向かって何ですかと問う。

『私の喉の下、逆さの鱗の内側にあるものを託したい』

 ……あるもの?

 逆さの鱗って触れば怒りを買うという「逆鱗」ではなかろうか。その内側って、取っていいものなのだろうか。本人が言うならいいのか?

『そしてそなたらの誰でもよい。外の血をそれに与えてはくれまいか』

 ……外の血、ですか?

 頭がぼんやりとしていて、思考が定まらない。けれど重要なお役目をいただいた。

 そんな感触が心に染み込んでいく。


『……私がこの座を継いだ頃、この地は方々から忌み嫌われていた。神竜自身は前代との対話ができない。何も知らぬまま、私はこの地に根を張り、彼らを守ることを願った』

 ……。話しが、飛んだぞ? 

 どこに着地するんだろう。と不時着しそうなエルドラ様の姿を脳裏に浮かべれば、盛大な笑い声が返ってきた。

 そしてまた、静かな語り口調に戻る。

『守り、そして忌み嫌われると見限り、見捨てた結果がこの有様だ。

彼らは私を恐れ、やがて自らこの地を去る者も表われた。土地を守る神として、この上ない屈辱だった』

 寂しさと怒りと、傷ついた哀しみが、私にも浸透して苦しくなる。

『だがらこそ、私の跡を継ぐ者が、縛り付けられる筋合いはない』

 窒息しそうだった胸が力強い声にほっとなで下ろされる。


 ……血を混ぜれば、神竜は外へ出られるの?

『解らん、盟約を結んだ奴らはすでに歴史の中、解ればすでに這ってでも出ている』

 ……確かに。この一族は世界規模で逃げだそうとしたり、中々行動力があるからなぁ。


 にしても、今の少し拗ねた言い方は神様らしくなくて可笑しい。同時に、少しの人間味を感じる。

 それを言ったら本格的に怒られそうだ。

『聞こえているぞ、愚か者。

罰としてお前には、我が子が迎える始まりと終わりを、その最期を見届ける任を授けよう』


 ……重要なお役目ですね、それは。


 ですけど、人が、別の生に取り込まれる恐ろしい儀式。私がそれを見届けられる自信は、五分五分でしょう。

『だから、その任を与えると言っている。お前の為、我が子の為だ』



「……? どういうことですか」

 眠りの泉からやっと浮上してきた私の眼と、じっとこちらを見つめる青い瞳が重なった。

 吹き込んだ澄んだ空気に視界は醒めて、首を持ち上げるエルドラの喉元に異物を見つける。


 しかし先程の私の問いかけに対し、彼の竜はもう返す気がないようで、一切目を合わせず天井の光を見つめるばかりだった。

 仕方なくなり私は状態をさっと見回す。掃除の手を止めた他の面子が一定の、風が吹く方向を凝視しているようだったので、同様に出入り口を振り返った。


 そこには、

 エルドラ様へのお供物と、笑みを浮かべたサミ、頭を下げたままのアマの姿があった。


 これにより頭が醒めた、というか、冷めた。

 硬直した私の前で必死の弁明を口にするウィル神様に、今度別口でお供物を捧げた方がいいのかもしれない。合掌してそう思った。


***


 そして、翌日。

 エルドラ様が危篤に陥った報告が、国中に流れた。



ここまでお読み下さり、ありがとうございます。

段々と、一つ目の佳境に入っていきます、もう少しだけおつきあいください。


そして明日(今日扱い?)の更新も遅くなる+1回になると思います。

すみません(><)


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