15
※全文ニコライ視点
※腹パンに感銘を受けているあたり、カレンの兄だなぁと(笑
※10にクロエの外見少しだけ追記しました(黒髪黒目、彼の頑丈さ)
※想像力豊かな方へ、またもやグロ注意です
それは滞在してから四日目のこと。前日にひとしきり城下町を探索した俺たちは再び城内を歩き回っていた。
前日まで外を歩いていて驚いたのは、ほぼ農耕で占められているということだった。入り口から城一直線に伸びる大通りから横に逸れれば、すぐ畑。という光景が多く、今周囲にいるような騎士は一人もいなかった。聞けば外に出て傭兵として雇われている者の方が多いそうだ。
学校、図書館、歴史資料館のような施設、飲食店は薬膳のようなものを取り扱っているものが多い。交通手段は麓に降りる以外ほとんど徒歩。羊と馬の中間を取る外見の生物に乗せてもらったが毛が気になって仕様がなかった。
飲み水は外れにある湖からエルドラ様の社の地下を通って下りてくるらしく、
仕組みを聞いた妹が神竜様便利すぎると呟いてウィルは苦笑していたが、そりゃそうだ、これからその任を負うのは自分だからな。だからカレン、そこで爆笑してはいけない。
城内を歩き回る騎士の中には俺たちを、厳密にはウィルを見て明らかに不快を浮かべる者がいる。挨拶の時にはいなかったお散歩組だろう。部外者を受け容れられないのならともかく、身内をそんな目で見るのはいけ好かない。ウィルが拳をめり込ませたあのレベルまでは及ばずとも、剣を振ればひとり残らず反感を抱くその心根ごと砕く自信がある。
……そう、剣を持つことが許されるなら。
俺の愛用していた剣は今クロエに預かってもらっている。
俺はもう何年もそれに触れてすらいない。
かつて父が爵位を得た時代は戦争まっただ中だった。その後他国との衝突の数は減ったが、その残り火を消化するために、自分も何度か戦地に赴くことがあった。もちろんクロエも共に行き幾度となく助けられた。だから、今も剣を預けられている。
そうでなければ、丸腰の俺は領地を出ることさえ許されなかっただろう。
ことの発端は、死んだ母の、その傷を見たことだった。
何も知らないあの頃の俺は、国の剣技大会に出ようと準備をしていた。それまでの実戦経験を思い返せば、遊びに過ぎないそれに向けて鍛錬を積んでいた。どれだけの成果を持って帰れるのか、そればかり考えていた気がする。
母のことがあったため参加を断り、やけに静かになった家で彼女の帰宅を待っていた。
塞ぎ込みそうだった気を紛らわすために剣を振り――ある日。その切っ先を見てふと気づいた。自分が剣を向けたその先に自分と同じ境遇の人間がいると。
知っていて、受け止めていたはずの現実が、母の帰宅と共に、ついに目の前に実体となって現われた。
一つじゃない。執拗に刺されたことを示す複数の穴に、自分の生き方の結果が示されていた気がした。
なにせ、自分がかつて治めに赴いた土地での事件なのだから。
それ以来、振るい震え続けていた剣は、握ることすらできなくなった。
長年の付き合いになるセシリア嬢にも、いつかその責が向けられるのではないかと恐れを抱いた。そして今もなお彼女の手を避け続けている。
「ニコライ様」
クロエの声で思い耽っていたことに気づいた俺は、同時にそこにいる全員に見られていたことに気付く。
その中には初日以降姿を見なかったレーヴァテイン殿下の姿も見えた。
……? はて、いつからだったか。
しかも俺より年上でその分鍛え抜かれた身体の男が、その場に蹲って残念な姿を晒している。首を傾げる俺に、下手人であろう彼の弟が心底申し訳なさそうに頭を垂れた。
「申し訳ありません、愚兄の醜態がお気に召さなかったようで」
「い、いやちが……」
俺の打ち消しの言葉の何が気にくわなかったのか、殿下が勢いよくその首を上げて俺を見据えた。
「お前だって兄だろう! 一回ぐらい言われてみたいと思うだろ――ぐあっ!」
「……場所を移しましょうか、この方が絶対立ち寄らない場所に」
相手を全く動けなくさせてしまう技術に感心を抱きながら、心の底から悔しいと呻く男に俺は「すまない」と告げて去った。
……その、本当にすまない、何の話か分からないんだ。
ウィルが絶対来ないと断言した場所は、なんとエルドラ様の神殿の背後から行くらしい。城門から見れば神殿を越えた向こう側に位置するため、一般の人は存在を知っているかすら怪しいとのことだ。
その場所は山の中。山の山頂から下へ一直線に続く穴の先にある。
ウィルが近づけば穴の周囲にらせん階段が展開された。これを伝って降りると言う。
「ある意味ここも聖域だからね、僕以外に立ち寄ろうとする人はいないよ」
「先には何があるんだ」
下からふわりと冷気が漂ってくる。嫌なものではなく、どこか澄んでいる目を醒まさせるようなものだ。これだけで聖域というのも納得できる。どんな役割の施設なのだろうと内心期待感で高揚していると、
「歴代神子の墓場」
俺に冷や水を浴びせるように、ウィルの口から今最も聞きたくない単語が飛び出した。
墓場、人が永遠の眠りにつく場所。
他ならぬ神子本人が言っているのに、一団の中で彼が一番冷静だった。
「僕はこの先の壇上で神初めの儀を行い、自分の中に竜の種を植える。そこで神子として生を終えるから、普段お墓として認識されている。幽霊はいないから大丈夫だよ?」
軽口を叩く口調で全くこいつはとんでもないことを言う。足を留めてみれば、ウィルは俺の顔を窺い見て瞠目した。
「顔色悪いね。庇護の間でお茶を淹れてもらおうか」
そうじゃないだろ、と言いたくなるのを必死に堪える。
「俺は大丈夫だ、一度俺たちに見せておきたいんだろう?」
エルドラ様の言っていた意味が推測通りなら、こいつの傍には誰か付いていてやるべきだ。
ウィルは俺の指摘に「バレたか」と言って階段を下りていき、後続するカレンは心配するようにその背を見つめた後、両手で頬を挟み打ち、笑顔を作って駆け下りていった。
「全く。ウィルも……カレンもだ、お前らはもっと自分の心を労れ」
「ごもっとも、ですが」
「ニコライ様も、同族だと思われます」
「……」
あー、
そりゃごもっともだ。
穴の底は暗い、と思えばそうではない。丸い氷か硝子でできた壇上を取り囲むのは、白い大理石、どこかで見た四つの白い柱、小さな小川、そして青く光る花が咲いている。光源はもちろん花だけでなく、階段を下りる途中にあったランタンも式の日には点されるのだろうし、そもそも壇上もその設備自体が淡い光を纏っている。よくよく見渡せば、岩の壁面に木の根が走っていた。
ウィルが舞台に立ち、当日は外周の部分に人がいるなどを意気揚々と話す中、カレンは前の壁穴から後ろのへ流れていく川を一心に見つめている。
「これは、もしかしてエルドラ様へ向かう前の水かしら、触ってもいい?」
「えっと、ここも清浄にするための一つだから、触るのは勘弁して」
「そうなのね。見たところ湯気は出ていないし沸騰はさせないのね、不思議だわ」
「とことん科学を無視するな。この国は……」
外周に立って俺も川の流れを見つめていると、銀髪の青年が隣に映った。
「ニコライ様、一つ聞いてもよろしいでしょうか」
囁き声に視線で返す。
背後のカレンは今サミと話しているようで、聞こえているのは男性陣のみ。あの侍女は聞き耳を立てているかもしれないが。
「今、剣は握れますか?」
今更動揺はしない。手紙でもその類の内容を相談したことがある。ウィルも騎士の国という紛れもない武の民だ。
だがそれを何故今問うたのか、理解しかねて俺は慎重に言葉を選んで返した。
「分からない。もう何年も握っていないからな」
「では、」
一旦言葉を切り、水面の青年が俺の方を向いた。
「今日の晩、カレン様が眠った後で、クロエ様と共にここへ来て下さい」
いよいよ彼の意図が解らない。




