14 謁見の間後編
最近、一話分が長くなってきているような…。
※突然の解説、”番”とは、夫婦のことです。
王座がある間から絨毯の敷かれた階段を降りて向かって右方の廊下へ進む。退出してから終始無言のウィルは、適度に振り返り私達を置いて行ってないか確認している。
アルマス王子のようなふてぶてしさ皆無、目が合って微笑めばあら不思議、実家のような温かさ。謁見の間で見た彼の姿はない。
一直線に進んだ先にある地下通路用の階段を降りると、カーブを描く道が続いている。日が射さないため取り付けられたランタンが照らす道。壁面には花の文様が描かれた壁紙とその前に白い柱が一定間隔で並んでいる。今は多分積雪地帯の下を通っているのだろう。
ウィルが自然と足を止めて振り返った。
「今回無理言ってこんな寒い時期に呼んだのはね、エルドラ様と会って欲しかったんだ」
「ついに本丸ですか」
「さっきのも一応本丸だよ、人間側の」
「……やけに緩いし、挨拶の名目で人の過去を暴露してましたけど」
「うん、アルマス義兄さんがあそこまで話すとは思ってなかったから、僕も驚いた」
あそこまで、と強調する言い方に嫌悪感はない。
……聞いても、いいだろうか。
私はスカートの裾を握り占めた。汗が滲む感触が嫌で場所を何度か変えた。それを見据えたウィルが目をすっと細める。
「聞けばいい。僕はあなたたちに嘘を吐いていたのだから、詰問する権利がある」
――私、間違えた? そう思わせてしまうほどの圧がある、吐き捨てる言い方にどきりとした。
いつも穏やかな姿勢を崩さないウィルが、凜とした態度でもない冷淡さを纏うと、恐怖よりも混乱に陥る。
私達の見るウィルと、騎士側の人たちが見てきたウィルに相違がある、とは薄々感じ取っていたけれど、これもその見てこなかった一面なのだろう。
そしてたったそれだけで動揺する自分は、これから貴族社会で上手くやっていけるとも思えない。つくづく、弱いと思い知らされる。
逆に彼は、強いと心の底から思う。
「ごめん、今のは言い方が悪かった」
「三年は嘘だったんだな」
「いつから知っていたの。もう一年もないのなら、式はいつ?」
三年後と言うのが嘘だったのなら。つまりあなたが、儀式の舞台に立つ日までの、制限時間が一年を切っているということ。
「保ってひと月。それ以上はない。早まることはあっても、伸びることはあり得ない。エルドラ様が眠るまでの間隔が短くなってきているのが、なによりその証拠になる」
喉の奥に何かが詰まって声が出なくなる。
「手紙、どうするつもりだったんだ」
「……痛いところ突くね。手紙はリネンの二人に代筆を頼むつもりだった。式から一年は人の意識がまだ残っているから。
別れ間際に姿を見せるつもりは最初からなかった。文通を承諾したのは、もちろん二人ともっと話したいと思ったから。でも、消える間際まで外の夢が見れると思ったからという理由もあった。僕は、君たちを利用していたことになる」
「……リネンの二人とは?」
「アマとフラックスのこと。どちらも同じ花を指す言葉だよ。眠りについた神の子を包むリネンの材料になる。いつの日からか彼ら自身がそう名乗り始めたんだ」
――意味は、分かるよね? と感情のない声がウィルの口から響いてくる。背筋が凍る思いだった。
「……エルドラ様は、僕よりもっと早くから最期の準備に取りかかっている。せめて、夢を見せてあげたいんだ」
……お願い、とか細い声で祈るように望まれて、頷かない訳がない。私達は粛々と通路を通り抜けて謁見の間その二の扉の前に立った。
遠目からは白い柱だらけだったそれは、想像通り外周ずらりと柱だらけ。背の高い円柱が前後に密接に並び壁を形成している。唯一の出入り口だけは長方形の板状になっていて、他とは違う光沢感があった。城壁の門と同様にウィルが手をかざすと内向きに開く。
もしも、血が奇跡を起こすのなら、もはや口を開けて阿呆面をさらすはずがない。
先頭の人物が腰を折り一礼したのに倣い、私達も同じ礼を取ってから中に踏み込んだ。
建物はまさかの一面構成で、奥にエルドラ様らしき巨大な白銀の竜が眠りについている。建物の半分をその巨体で埋め尽くし、ずんぐりとした岩のような身体から伸びる長い首の余分は左右に置かれ、畳まれた尾と同化している。
銀の鱗に包まれた御身でも唯一後ろ足だけはその銀の様相が剥がれ落ち枯れた木のように変色しており、又天井に空けられた小さめの穴から光が差し込み静寂の空間を演出しているが、照らし出された壁面の怒りを打ち付けたようなひびは、あまり穏やかではない。
それ以外は、草木は生えず、雪も積もっていない。本当に、神竜のためだけの社。
あまり刺激しないように慎重に歩いて触れられる距離まで近づくと、彼は臭いで気づいてしまったよう。顔が丸々入る大きな青の瞳がこちらを向いた。
「この土地ではない香りがするな」
体臭――じゃないと思いたい――を香りと表現する辺り優しさを感じます神竜様。
次に晒されたままだった首を持ち上げ、確認するように鼻先を私達の頭部に近づけてきた。
「初めて利く香り。遠い地からやって来たもの、名はなんと申す」
「カレン・ストレリチアです」
「ニコライ・ストレリチアと申します」
頭上の低く唸るような振動に、竜の鼻息という初めての経験に、微動だにしない兄上がすごい。私、内心がくがくぶるぶるなのですよ。変な汗かいてない? 大丈夫?
未だ成長期を迎えたとは言い難いサイズ感の私なら、一飲みにできそうな口が開かれて戦いた。
「あまり聞き慣れない土地の名だな」
「私が旅に出たときにお世話になった方々です。帰ってきたときお話ししたでしょう? 華の都と呼ばれている土地のことを」
ウィルがエルドラ様のお鼻の前に手をかざせばエルドラも頭を引き、今度はウィルに戯れるように鼻先をくっつけた。額をゆっくりと撫でられれば心地よい眠りに包まれ瞼を閉じる。
再び目を開き、天井高くまで垂直に長い首を伸ばし頭をもたげた。
「不思議なものだな、銅色も黒色もこの土地にはいないというのに、懐かしいと感じる」
私達四人が揃って首を傾げるとくつくつと笑い声を漏らした。
「雨上がりの土の香りだ、神子が眠る土地と同じ香りがする」
その御身をぶるりと振るわせれば犇めき合う体躯の鱗がこすれ激しい音を立てた。エルドラの青い双眸が五人の姿を映し、伏せられた。
「懐かしいな。昔、飛べないことを嘆いた者がいた」
見ればエルドラの背には翼らしきものが一つとしてない。動く前足で巨体を支えて立ち上がるが、後ろ足は依然として動かない。
「鳥は羽ばたいて国を渡るのに、花の種は飛び立った先に根を張るのに、何故“我ら”は地に根を張り空を眺めるのみなのかと」
御身の足下ばかりを見ていたせいか、エルドラが踏み出しその顔が再び私の眼前で開かれた。
「女子の方。遠き地に生きる者から見て、我らはどう映る」
「――え。別に、どうも思わないわ」
「そうか」
前足がまた一歩前進する。周囲の纏う空気が変わったのは理解しているけれど、一切を確認できる状態ではない。
「其方達はこの地に足を下ろした。しかしこの地は古き盟約により縛り付けられた命で成り立っている――」
「エ、エルドラ様!」
静かな口調で私に問いかけようとする口に、ウィルがしがみついた。彼はとても慌てているようだけど、神様の言葉は難しすぎて渦中の私が事態が読めていない。
どうしよう、ほとんど脊髄反射でモノを言っていたから、今問われた意味すら理解できてない。あれかな、この二人にとって嬉しい言葉をかければいいのかな。
私が何か発言しなければいけないようなこの状況、それなら、言いたかったことを言ってやろうか。
「それでも、あなたを怖いとは思わないし、神子様を可哀相とも思ったことはないわ」
ふんぞり返る私に、呆気にとられて手を離すウィル。エルドラはゆっくりと顔を上げて、隣の兄上は何故か片手で顔を覆いながら私の肩を叩いた。背後からは溜息が聞こえている
な、なに? どっちなの。その反応は、ダメだったら今すぐ逃げなきゃいけないんだけど。
静まり返る神殿の中、エルドラは尾を振り上げ、片手も上げ、天井で大口を開けて、
笑い出した。
「……っぶわっはっはっはっは!」
「声でか!」
その巨体で大爆笑なんて、おかげで堂内中反響して耳が利かない。この部屋音響効果ばっちりじゃない! 尾が当たって壁面のひびが更に広がる。
「ああもう、補修はこっちの手間なのに、分かっています?!」
――あれ、爆笑の痕かい!
「話し通り、言うではないか! 次期“番”候補は!」
「は? なに?! 聞こえない!」
爆音に耳を塞いで地鳴りが続くこの状況下、私達は蹲って耐えるしかないが、恐らく日常茶飯事のウィルはエルドラ様の発言に顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ち、ちがっ、違うから! 彼女は友人であって、決してそのような、ちょ、暴れないで、暴れないでこれ以上は崩れる!」
「知っておる、からかっただけだ。番は神竜の方が選ぶもの。
……その頃にはお主はおらぬ」
狂ったように笑っていたエルドラが押し黙り、次の瞬間ウィルの天井へと沿うように伸びた首の先で喰い殺さんばかりに口を開いた。
おののく姿を期待する両目が彼の頭部を捉えた。
急な変化に私達の反応が遅れた。顔を上げてみれば、標的はウィルに切り替わり一触即発の事態だ。
さっきまで、あんなに仲が良かったのに?
「……お主が、我らの侵食にいつまで抗えるのか、見物だな」
「――っ!」
「呪いを持たない血と交われば、この連鎖が終わると思ったか。浅はかな奴め」
侮辱が含まれた言の葉には試すような視線が添えられている。目を据えて身じろぎ一つないウィルは引き結んだ口からようやく返事を紡ぎ出した。
「……そんなつもりはありません。私はあなたの次を生きる」
「生きる? この場から逃げたお前が、この尾を振り落とせば生きていられない、矮小な命が、侵食に敵うとでも申すつもりか」
「違う……」
「違う? お前が私の後継だから振るうことはあり得ないと? なら今この場にいる者たちを潰せば、言を翻すのか?」
「違う!」
涙の色を見せた切実な叫びに、見ているだけのこちらの身が震えた。
「私は、生きて、またその先に繋げていく。あなたが呪いだと語るものは、私とあなたを繋ぐもの。あなたが築き守ってきたものは、私の誇りの礎。
……それを、先に繋いでいく」
段々と力が失せていくウィルの声、しかし視線はエルドラに向けられたまま。
無言を貫く竜に「……ですぎたことを言い……申し訳ありません」と謝罪を口にして、締めくくろうとしたその時だった。
「誇りか、お前には似合わない言葉だと思っていたのだがな」
エルドラの呟きと、内の激しさを押しとどめた深い溜息が聞こえた。
「傍に人がいなければ貫けない言葉なら、言う資格はない」
「はい」
神竜の青い瞳が私達を見やり、すまなそうに伏せられる。それから一転して慈愛に満ちた笑みをウィルに向けていた。
神様の言葉は分かり辛い、加えて感情の動きも速すぎて困る。だからきっと、今の掛け合いに安堵するのは、彼が紛れもない神子の親だからかもしれない。
「外は、もう長いこと出ていない。語り合うはずだった相手は先にいった」
進み出ていた前足をひっそりと収めて幼子に言い聞かせ、時に問いかけるように、丁寧に言葉を紡ぎ始めた。
「外に出て、幸せだったか」
「はい」
「外に出て、傷ついたか」
「はい」
「ウィルヘルム、お前は、心を守ることを、やめなさい」
「……はい」
「歩まなければ足は腐る。檻の戸は一度閉めれば出られない、そう思いなさい」
「――! ……はい」
いつから動かなくなったのか、変色したエルドラの後ろ足。彼以外の住人がいない、この社。
エルドラの忠告にウィルは目を見開き、頭を垂れた。
「次の代が私と同じことはあり得ない、すでに去る運命の私は手を貸せない。我らにとって捧げられた“生け贄”に加護も慈悲も容赦も必要ない。我らが得るものは縛られることへの怒り、生の神は死に救済の幻影を常に見ている」
エルドラが俯いた顔を覗き込み、鼻の先でそれを持ち上げるように彼の身体を軽く押した。
「私の大切な大切な子。近い未来、お前はどんな花を咲かせるのだろうな。空へ帰る前にしかと見せてもらおうか」
甘く囁いて首を引き、全身を震わせて。最後に私達も含めて見やる彼は声高に吼える。
「気にくわなければ、この場にいる全員を喰ってやろう。お前はこの座に納まる器ではなかったとな」
***
こうして私の海外謁見デビューは幕を閉じた。帰り道は、同じ雪の中、道の上。儀式の日を迎えれば雪は全て溶け、花が咲き誇るらしい。夕暮れの中に五つの影が浮かんで雪の上を行進している。
「ごめん、あんな言い合いになるとは思ってなくて。怖かったでしょ」
最後尾が一つ前の小柄な人物に笑いかけた。
「大丈夫だよ、人って実はそんな簡単に死なないから」
最後にとんでもない呪いをかけられたものだ。と少女は笑いかけ、その責を負い続けている青年に振り返る。
彼女の視線の先には2年前と同じ、幻想的で儚げ、神子としての仮面を被り続ける人がいる。
……いや、違うか。君が、怖かったのか。
手を伸ばして、その手に触れればきつく閉められていた拳がゆっくりと開かれていった。細い指の先を掬ってしっかりと握る。
「なんで、ばれるかな。上手く隠していたつもりだったのに」
ウィルは小さく笑って私の手を握り返した。
「上手く隠しているからばればれなのよ」
堪えた泣き顔も、嘘の笑い顔も、私にはお見通しなのよ。
三回目の帰り道は、君と手を繋いで歩いた。
ナンバリング間違えてて焦った…




