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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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思っていた以上に難産でした。

王様にもっと話をさせたかったー。

「サミー、私はやっぱりこういう場所がダメなんだよ-、ダメな子なんだー」

「落ち着いて下さいお嬢様。今のは相手の空気が漏れただけです」

 シャムシエル陛下は私達の会話に不快感を露わにする、のではなく、アルマス殿下を窘め更には私達に向かって頭を垂れた。


「すまんな。うちの倅が迷惑をかける」

「いえいえいえいえ、滅相もない!」

「そうです、顔を上げてください、シャムシエル陛下」

「この国の王子はどこぞの領主一族、いえそれ以上に奔放に動きますね」


 首を左右に激しく振る私と、隣で同じように焦りが見えている兄上、何故か一番堂々としているサミ、と背後で無言を貫いているクロエ。

 陛下は顔を上げてその顔ぶれを順繰りに見て、少しだけ笑って見せた。


「申し遅れました、私はニコライ・ストレリチアと申します」

「あ、私は! カレン・ストレリチアと申します」

 慌てて淑女の礼を取って、相手の反応をこっそり窺う。何故か陛下のこちらを見る目は温かく、背後は「まあ及第点ですね」と厳しい。

「私はサミ、家名はありません。カレン様の侍女を務めております」

「私はクロエ、同じく家名はありません。ニコライ様の侍従を務めております」

 陛下が鷹揚に頷き玉座から立ち上がると、その姿は背後から射す日差しで神々しい。黄金のたてがみを持つ獣のような騎士の王。父上とは違い多くを語らずそこに立つだけで相手を服従させてしまう気迫に足が竦む。だが、


「私はシャムシエル・「え、なんで家名がないのー?」…………この者はアルマス・「なんでなんでー?」……すまない」


 先程の長男といい、苦労が悪目立ちして威厳など跡形もない。

「お二人の名は存じ上げております。その、お疲れ様です」

 これには兄上と全く同意見だわ。お疲れ様です。

 先程から流れを妨げてばかりのこのアルマス第二王子は、長い青みがかった銀髪に病的に白い肌、深い青の瞳という、ほぼウィルと同じ要素を持つくせに、中身は彼と間反対に位置するみたい。しかもこの自分の意図通りに物事を進めようとするところ、自国にもいた気がするから嫌悪感が半端ない。

 繰り返しサミたちの家名を聞いてきたのに今は目的は果たしたとばかりに静まっている。こちらと視線を合わせたと思えば、王座に座り頭を抱えている王様を置いて――手を振りながら玉座の壇上から降りてきた。


「何故、こんなにも自由なの、あの人」

「分からん」

「陛下ちょっと怖かったでしょごめんねー。

でも、そうそう。皆には一同感謝しているんだよ。グランドツアー帰りのウィルはしっかりと、神子として帰ってきたから」

 憮然とする私達に構いもせず、アルマスはいきなり話題を振ってきた。今更だけど、この人が変人呼ばわりされていた意味が分かった気がした。

 考えていないようでちゃんと見ている、見られている。

 もしや欠伸もあれか、私の緊張が伝わって……話しがつまらないっていう意思表示だって? このやろー。


「……神子として、とはどういうことですか?」

 私と違い色んな人と接したことのあるだろう兄上が、取り敢えず会話を繋げている。にも関わらずアルマス王子は私達の背後をちらりと見た後、気だるそうに頭を掻いた。もはや隠す意思も感じられない。

 先程のウィルの早業が繰り出せたら、一瞬で沈めてやるのに!

「……そもそも、あなたたちが、どこまで神子と神竜について知っているかによるけど」

「おま、答えになってないz」

 ――抑えないでください兄様。こいつには一遍言って聞かせた方がいいのですよ!

「神竜はこの国の命を守る者、そして神子は言わば神竜の依り代。神初めの儀で先代からその役目を引き継ぐ」

「それが王家の血で選出されるのも、知っているかなぁ」

「王家の血、ですか」

「やっぱ話してないか。あいつ、格好付けたがりだからなー」

 ウィルが、格好付けたがり? 優しくて、ちょっと泣き虫なウィルが?

 私が兄上に口を塞がれたまま記憶を手繰っていると、にっこり笑顔のアルマスと目が合った。

「ここの王家はこの騎士団側と神子側に分かれていてさ、謁見の間も二つあってややこしいだろ。俺たちは見ての通り騎士側、主に政を行う。

そして、ウィルは神子側、実質この国を守っている存在、神竜様の役を引き継いでいる。

遠い遠いご先祖様繋がりの従兄弟。あの脳天気は本物の弟だと言い張っているけど」

「でも、ウィルは第三王子、ですよね」

「……便宜上は。あいつ今親がいないから。昔神子役の引き継ぎで一悶着あったんだよ」

 物騒な言葉を彩る満面の笑みに釣られて、私もいびつな笑みを浮かべると、相手はもっと楽しそうにふふと声に出して笑った。

「簡単に言えば、逃げた」

 ……は?

「親子三人国外逃亡だよ。彼らは自分の子を生け贄にさせたくなかったんだ」

「でも、見つかったんですね」

「ウィルの傍に、赤い髪の双子がいるだろう。あれは神竜様の近衛兵みたいなもの、あいつらが連れ帰ってきた」


 ――「神様から隠していたんだ」と、かつてウィルは話していた。その当時の話しだと思えば、もはや私も作り笑いすら浮かべられない。


「発見時、ウィルの母親と父親そしてウィルも、全員が死ぬところだったらしい。神子の血は異形の者たちを集めてしまうからね」

「い、いぎょうのもの、って?」

「人ならざる者のことです、カレン様」

「なるほど」

 分からん。

 わざわざ前に出て囁いてくれたサミが冷たい視線を送ってきていることだけは経験で分かるけど。取り敢えず、真面目な顔だけは作っておこう。

 兄上はアルマスに相対したまま私の頭を小突いた。

 ……わ、私だって、知りたい気概だけはあるの!

「つまり、その異形の者の手によってウィルの両親は――」

「ああ。すでに息絶えていた。

発見当時、ウィルは自分を庇った親の血を浴びた状態だった。通常、ある特定のハーブで血の臭いはごまかせるはずなんだけど、それを全身に浴びた状態なら別。あの子は当時10に満たなかったし、心身共に消耗していた。刃向かう術もなく、逃げるだけで精一杯だったらしい。

……当然、神の近衛の二人がそれに気づかない訳がない」


 ……魔除けの花。自分を守る術。

 ……人は、誰も守ってはくれない状況。


「そんで、話しはここで終わりじゃない。

あいつは親の死や追われたことがトラウマになって、今まで以上に“神子”に強い忌避感を覚えるようになった。ほとんど面会謝絶で庇護の間に篭もりっきり、当然と言えば当然。

あの頃俺たちは支えてやることもできなかった。あの阿呆は扉を蹴り破って押し入って、返り討ちにあってたけど」

「……ずっと、一人にしてたの?」

「双子が傍にいた」

「もっと酷いわ! どう考えても監視じゃない!」

「だが、国からすれば、逃げたウィルたちの方が悪人だ」

「――っ!」

 ひどい、とは言えなかった。悪人と言う目の前のアルマスは、皮肉めいた笑みを作り、

 蚊の泣くような声で「ごめんな」と漏らしていたから。

「神子になるのは王家の血。ウィルたちが上手く逃げ切っていたなら、尚且つエルドラ様が最期の時を迎えたのなら、神子の役目は俺たちの側に回ってくる。

何かあってからでは遅いと、周囲が引き離した。

唯一帰ってきたときに聞いたのがこれだよ――どうして僕は許されないの?って。返す言葉が浮かばなかった。あいつは、恨み言一つ許されないのかと」

 俯きかけた姿勢を正して長髪を耳にかける仕草は優美で、そこにウィルとアルマスの温かい血の流れを感じた。勘違い、かもしれないけど。


「ツアーから帰って来てからエルドラ様との交流が増えたって聞いた時は驚いた。しかも外国に友達作ったっていうし。こっち側は逃げるんじゃないかって冷や冷やしてたのに」

「本当は逃げて欲しかったのか?」


 兄上の問いにアルマスは曖昧に笑う。答える気はないようだ。


「……とにかく。帰ってきたとき一度話をして、あいつが前を向こうとしているのが分かった。でも騎士側には謀反だとして許せていない者もいる。今日は母上と一緒にお散歩に行ってもらっているがな」

 ふん、とふんぞり返りそうな、得意げな顔はさっき退出した長男の気に近い。不思議な感じだ。一と三の間にこの人はちゃんといる。

「うちは他人の為に自己中を発揮する人が多いからな。あの阿呆も一緒に行かせたかったけど、ウィルがいるとなると頑なだから」

「一つ、聞いていいですか」

「なに?」

「ウィルが逃げ切っていたら、神子になるのは誰だったのでしょう」

「……神子候補は俺だった。色がウィルと同じでしょ。国外逃亡が発覚した辺りで徐々に変わったんだ」

「――地毛じゃないんだ」

 やべ、口がすべった。

 兄上とサミが呆れているのが言わずとも見ずとも伝わってきますわ。

 アルマスはと言えば、悪戯を思いついた子供のように嫌な笑みを浮かべ私の頭をぐりぐりと掴んで回してきた。

「ウィルが気に入った理由が分かった。和む」

「やめろーぅ」

「僕らの色は、銀の神子と金の騎士。分かりやすいでしょ。

あの阿呆を弁護する気はないけどあいつは神子に選ばれた“弟”をあいつなりに守ろうとしている。俺もやられた、暑苦しくてうざったかったな。


……はて、神子のための騎士なら、どうして竜を生け贄にしたのか。それともこれは差し出したことへの償いの呪いなのか……。本当うざったいよね。しきたりとか、規則法律規律……ね?」

「いや、ね? と言われても」


「なんか、俺ばっかしゃべっちゃった。ウィルの友達だと思うと。つい、ねー?」

 終始この人のペースに巻き込まれていただけで、名称し難い徒労感が襲ってきた。ウィルでもなく、レーヴァテインでもなく、アルマスという名の王子はまた飄々とした雰囲気の人物に戻った。

「まあ、ほんとあと少しだから、ウィルと最後まで一緒にいてくれないかなー。あいつ割と恐がりで泣き虫だから」

「分かりました。あと……一年ですよね」

「ああ、それも言ってないのか」

「え?」

 ……待って。そこは、はぐらかさないで。

 アルマスは私の動きを見切ったとばかりに身を翻し、彼を掴もうとした手は空を切った。一切こちらを振り返ることもなく、群青と金の王の元に戻り、彼の隣で王に手を振る。それ、見えているか確認するときの動作じゃん。そろそろ陛下は怒っていい。

「お父さんは何か言いたいことあるー?」

「ウィルのこと、よろしく頼む」

「もっと言えばいいのに。

 ……じゃあ、あいつもそこで待っていることだし、今日はこの辺で」


 アルマスに半ば追い出されるように退出すると、その扉のすぐ傍にウィルが立っていた。

 泣くことも笑うこともなく、ただじっと何かに耐えるよう唇を噛んでいた。



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