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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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説明回、ですね。このタイミングで。

「エルドラ様は、私の前代神子に宿る神竜様の呼び名です。現役の神様ですよ」

 にこにこと柔らかく微笑む彼に

「そいつのせいで死にかけた」

 ――なんて言いつける芸当が出来る訳もなく、私は怒りの刃を心の墓場にしっかりと埋めた。


 深く積もった雪に何度か足を取られつつ、馬車で滑走していた低木帯を徒歩で抜ける。門も囲いもない住宅地帯に入ると、行き交う人が足を止めて「神子様」と囁く声が聞こえた。


 さすが、大人気。

 かと思えば、ちょっと違う。


 彼らはウィルの姿を認めると、途端に金縛りにあったかのようにその場から動かなくなる。畏れ多いのではなく、何かを恐れ近づけない、そんな感じ。

 私と目が合った女性はその場で小さく会釈だけくれた。

 ……な、なんか、見覚えがある光景だな。とっても嫌なデジャヴなんですけど。


 前を行くウィルを見ればこちらを振り向いて苦笑していた。

「これが、いつも通りです。驚きましたか?」

 口の前に人差し指を立てて囁く、彼は表面上笑っているけれど、私は全く笑えなかった。


「……急に気温が変わったようだが、何が起きたんだ?」

 兄上に質問されて、ウィルはまた前を向いた。

「そうですね。まず、神初めの儀で神子はその依り代となり、その身体はこの地に文字通り根を下ろします。

……現在の神竜様、エルドラ様は日々のお役目として、ご自身が持つ莫大な生命力を根に注ぎ、その根が届く範囲内の土地に生きるあらゆる命を守っているのです。温かいと感じているのは、エルドラ様から歓迎され、守られている証拠です。


一度体験したかもしれませんが、実際の温度は、それはもう極寒ですよ。ある意味で神域ですから。エルドラ様の怒りを買った日には……覚悟してください」

「――ひぃ」

「ふふふ。冗談です。そんなこと私もお爺さまも許しません」

「全く冗談に聞こえないのですけど」

 入国してわずか30分弱で、ストレリチア伯爵邸より何倍も大きい白く荘厳な建物を囲う門の前。街はこの城らしき建造物群を中心にして扇形に展開されているけれど、城下町以外は自然物で覆われている。

これでは、国と言うより、

「狭い国でしょう? それはそれは国と呼ぶのも躊躇うほどに。

でも、この国の歴史の中には山を丸々領地にしていた時代もあったのですよ」

 私の心の問いに答えるように、ウィルは自分から話し始めた。


 彼が、門番のいない鉄の門に触れれば、それは鈍い音を立ててゆっくりと、自ら招き入れるように開いていく。磨き抜かれた門に映った私と兄上は揃ってぽかんと口を開けていた。

「この国の歴史を学びにいらっしゃった方々は、およそ他の国の常識通りが起こらない“神秘の国”やら。神に忠誠を誓い信頼に重きを置く“騎士の国”やら。最終的な結論は大体何一つ踏襲できないって。

……良くも悪くも言いたい放題な“国”なのです」


 開いた門の先に見えるのは真っ白い雪に埋もれた庭園に、最低限の雪かきが施された三つの道。選択肢の少ない新手の雪の迷路だが、ウィルはさも当然のように踏み込んでいった。

「城下町も気になるでしょうけど、まずは庇護の間、それから二つの謁見の間にご案内します」


「庇護の間? …………ま?」

 その単語って普通大きな建物の中で使いませんか?


 彼の案内に従い向かって左の道を進む。身長格差により私だけが雪越しの景色が見られない。その不服が顔に出ていたらしく兄上がおんぶを申し出てくれた。


 15才の私が21を迎えた兄の背から見える広大な景色。雪原の中に立つ青の旗がたなびく白い城、シンプルな柱がいくつも並ぶ建造物、そして今自分が向かう先、それらを一通り見て満足気な息を吐くと、下方から三者三様の溜息が返ってきた。


「思っていたより……重いな」


 ……ちょっと兄上、色々言いたいけど、なんでそれを口に出来たの。

「そのお年で親族におぶられるなんて、15と21……いえ、何も」

 うん。勘ですけど、その先はやめてもらいましょうか。サミ。

「ニコライ様、セシリア様の方にももう少し――いえ、なんでもありません」

 あなたは発言なさい。そのセシリア様とやらについて、詳しく。今すぐに、さあ。


「……」

 ――で、

 唯一この光景に発言しなかった四人目の美青年。さっきから何か言いたげに私と兄上を見ているのだけど、それだけだ。口を開いて閉じてを繰り返している。

「ナ、ナニカシラ?」

「あの……」

 促せば口は動きかける、が、彼はその卑怯なほど白すぎる頬を赤く染めてそっぽ向いてしまった。

「やっぱり何でもないです。すみません、忘れて下さい」

 その止め方一番気になるんですけどー!


 恥を上塗りしながらもやっとたどり着いた「庇護の間」

 彼が指さす先には百年単位の年輪を重ねたような大木……に見える建物がそびえていた。周囲は不自然に雪が溶けていて地表がむき出しになるどころか、草木まで生えている。蝶が飛んでいてもおかしくない草原の小道を通ると、建物の前で赤い髪の男女に騎士の礼に迎えられた。

 どこかで見たことがあると思えば、女性の方は二年前の夕餉でウィルの背後にいた人である。隣のそっくりさんは、双子の兄弟だろう。

 女性はアマ、男性はフラックスと言うらしい。


 「庇護の間」内部はまさに樹の中。樹皮に囲まれた円筒形の部屋が幾重も重なっている構成のようだ。エントランスはなく、扉を開けば小さなキッチンと応接室が合体している間に繋がっていた。アマがお茶の準備をする間、一台のローテーブルを囲んで、私達はそれぞれの位置に腰を下ろした。


「改めまして、我がランタナ国へようこそお越し下さいました。

……街中で聞けなかったことも、この場なら大丈夫だよ」

 フラックスが硝子のカップを並べ、アマが爽やかな香りを漂わせたハーブティーを淹れていく。

 ふわり、

 樹の温かみ溢れるこの部屋に、2年前の光景が浮かぶようだった。ベースはかつてのサミのお茶と同じ、淡い檸檬色。

 更に、その中に柑橘の実を混ぜた蜜を注ぐとカップの中で白い花びらが舞い上がった。私とサミにはそれがお茶の席を彷彿とさせ、ニコライ兄上には植物園に花が咲き乱れているように見える。

 そしてクロエのカップには、全く別の蜜が注がれていた。

「これは、身体が温まりますね」

「馬車の中では、失礼しました」

 そのやり取りに危うく私が吹き出しかけた。彼にも楽しい思い出がすでに出来ていたようである。

「わがままを言ってでも取り寄せた甲斐がありました。おかわりもできますからね」

 私達の様子を一通り確認してから、ウィルもお茶を口に運んだ。

 なお、彼のカップに蜜は要らないようだ。


 一滴口に含めば、彼の中の優しい思い出に浸っているような感触。できればこのまま穏やかに過ごせればいい。

 でもあの日々の真相を知っている今、過去の話しを繰り返すのは、無神経に思える。あれから二年、儀式の刻まではもう一年しかないのだ。

 ――今、あなたはどんな気持ちでいるのですか。

 そう言いかけて、止めた。


 私が神妙な面持ちでお茶を啜るのみで、一向に切り出さないのを見かねて。隣の兄上が頭を軽く叩きながら、言葉を紡いだ。

 彼は儀式の内容を出会う前から知っている、ただその差だけ。

「街の人の反応を、ウィルは知っているんだよな」

「……うん」

 カップに浮かぶ柑橘の房を眺めながら、兄上も気づいていたんだなとだけ思う。目の前でウィルが小さく溜息を吐く音を聞いた。

「皆影で僕のことを可哀相と言う。まるでそう言うことが正しいみたいに。失礼しちゃうよ全く」

 軽い口調で今まで見てきた現実を口にする彼は美しい苦笑を浮かべている。

「神様には善悪がない。だから善にも悪にもなる。悲しいかな、それは僕も理解できてしまうからなんとも言えない」

「そうか」

「……僕らを守る神竜様はその命を保証するけれど、彼が心の底から何を望み、何に怒りを覚えるのか理解できないから、民は触れることそのものを恐れてきた。


特に今代のエルドラ様は、足が腐り、謁見の間に閉じこもったきりだったことも災いして。変な噂が立っても払拭できないわ、噂を呼ぶ噂が悪循環を起こしているわ、でさ。

まあそこら辺は、言うより会って見た方が早いかもね」


 ウィルが言葉を切り、その少しばかり重い沈黙に耐えかねて私は顔を上げた。――白状すれば、話しの内容の半分以上をまるで理解できていなかったことからの所行だったのだが――見上げた先に、よく泣いていた少年はいなくて、それが無性に気がかりだった。


 けれどそれで良かったと、この時は思える。

「ねえ、君たちから見て、僕たちは“可哀相”?」

 その複雑でいて、単純な問いに、無意識に震えていた声に、


「そんなこと、一度も思ったことはないわ。これからもずっと」


 誰よりも速く答えられたのだから。


ブクマ、評価ありがとうございます!

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