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生け贄の神子と華劇を  作者: 犀島慧一
第一章 神初めの儀
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 彼を見て初めて抱いた感想は、異国の王子だった。

 明朗快活な花市場の一角で、

 雪のように白い花束を慈しむように抱え、芳香に瞳を薫らせていた姿がとても印象的だった。


 地元民の金髪が闊歩する中で薄い青みがかった銀の髪、短く切り揃えられたそれから覗くのは雨上がりの空に似た澄んだ青の瞳。陽光に慣れていないような純粋な白さを持つ肌は、抱えた花束と相まって儚さを演出する。

 はつらつとした花市場の背景に対して、仕立てのいい黒地のフロックコートで身を包む華奢な体躯や、落ち着き佇むその風貌が彼の姿をより浮き彫りにする。

 辛うじて幼さを残す輪郭から、年齢はまだぎりぎり十四・五ではなかろうかと推測。

保護者よろしく背後に佇む屈強そうな従者の二人がいるので、まあ防犯面は大丈夫であろう。


 地元色代表の仄かに赤みがかった金髪、比較的橙色に近い肌色、褐色の瞳を持つ地元民の雑踏に飲み込まれることもなく、ただそこにいるだけで絵になる存在。物語の一遍に遭遇したような、やけにふわふわした心地の中私は小さく息を吐いた。


 私ことカレンは、数刻前から彼が立ち寄る露天の隣に陣取り、一般の野次馬に紛れて彼を凝視していた。

 赤金色のストレートロングに血色のよい肌色、褐色の瞳、動きやすさを重視した簡素な服装で、今の私は完全に地元の群れに溶け込んでいる自信がある。

 一応地元貴族の私は、一応侍女と共にいるのだが、彼女も擬態が上手く周囲からは「町娘の姉妹」が初めて貴族を見て興奮しているように捉えられている感がする。事前に接触が無い限り誰も私を「伯爵令嬢」とは思うまい。

 それ以前に社交会に出られる年齢ですらない、ちんちくりんであるが。


 家族を除く親族曰く、可も無く不可も無い外見の私と、彼が纏う空気感を再認識して、これから彼のような人種の群れの中に放り込まれるのかと戦慄を余儀なくされる。好奇心により引き返すこともせずじっと見ていると、我ら野次馬勢が思わず目を剥く事態が起こった。


 彼が突然ぽろぽろと涙を流し始めたのだ。雨上がりの青空の瞳にまさかのお天気雨の襲来。

 何の前触れもなく、顔を歪めることもない様は、恐らく彼自身気付いていないのだろう。静かに涙をこぼしてそれを拭うこともなく、ただ白い花束を濡らしている。


 事前に起きていた事と言えば、店の女性がその花の説明をしていたくらい。

 一体どこに泣く要素があったというのだ。と野次馬含む一行は思った。


 泣いていると気付いた店員は慌て、背後の従者らは驚きと怒りを示し、従者らが怒っていることに驚いた彼が従者を宥めており、

 野次馬は固まり、行き交う人はそれに不躾な視線を送っては去って行くだけで仲介も見込めない。


 私はいても立ってもいられなくなり、一旦露天裏に回り彼らの視認できる範囲から逃れ、付いて来た侍女にとても遠回しに意見を求めた。


「ねえサミ、あちらの方々は都市部の方々かしら」

 侍女のサミが私の言葉を受け、更に収まりそうで収まらない件の事態に耳を澄ませ、問いから二つ三つ飛んだ返事を小声で寄越した。

「下手に名乗れば大事に繋がる危険性もあります。相手の素性が知れるまで、せめて近隣の少し頭が緩いお嬢様くらいがよろしいかと」

 ふむふむと鷹揚に頷いてから、輪に加わるべく居住まいを正す。自慢じゃないがサミは賢い。私が三つの時から傍にいた姉のような存在で、私の考えていることは大体言葉にしなくても悟ってしまうのだ。私が分かりやすい人種であるだけとも言われるが、それだけではない、絶対。

 今だって私が明言しなくても、間に入りたい旨を理解してくれる。それ以外に失礼な発言をされた気もするけど。


 ま、まあ。としかく彼女が止めないのならいいの。

 私は一団へ向かい混雑でも良く通ると評判の――ただし家族の色目が多分に含まれている――ソプラノで声を掛けた。

「もし、」

 一団が揃って私を見た。思わぬ闖入者に従者二人が揃って間抜けな顔をしているのが、面白い。

 店員のお姉さんも目をまん丸に開いてこちらを見ていた。

「何かお困りごとがあるようなので声を掛けたのですけど――っ!」

 あまり実践経験のない丁寧語を脳内検索して言葉を紡ぎ、最近習得した微笑み技術を駆使して話しを続けようとした矢先、渦中の王子様(仮)と目が合いうっかり叫び声をあげそうになった。サミが両手で口を塞ぎ免れはしたが。


 少し遅れてこちらを見た彼の瞳は涙で煙り、呆けて無防備を晒している儚げな風貌。実は幻で触れれば消えてしまうと言われても納得してしまいそう。間近で見ることによりその非現実味が増しているのだろう。

 つまり何が言いたいかと言えば、涙に濡れている美男子やばし。である。

 こうした言葉遣いをすると後々サミに説教されるはめになるので絶対言わないが。


 同様の感想を抱いたであろう花屋のお姉さんが惚けている……が、いやいや、あなたは気を抜いちゃだめでしょう。

 取り敢えず、その魔性の泣き顔を止めてはくれまいか。という意思を持ち私は彼と相対した。

「と、ところでどうしてあなたは泣いているのかしら」

「――え、あれ? ほんとだ」

 私の指摘により自分が泣いていることにようやっと気付いた風で、彼は片手で目元を軽く拭った。声変わり前なのかその音は高い。バランスを崩した花束を落としかけ慌てて抱え直す。

 この人も、緩い仲間ではないかしら。と失礼なことを考えているとサミに「カレン様」と窘められてしまった。彼女はついに心まで読むようになっていたらしい。

 以心伝心、これが盟友という奴か。え、違う?


 私とサミが小声でくだらないやり取りをする間に――いまいち美少年と美青年、むしろ美少女? のどれかに当てはまるか分からない――彼は、その魅惑の涙をしっかりと拭い去り私より完璧な微笑で店員さんと従者の方々に「すみません」と謝っていた。

「恐らく、嬉し涙です。驚かせてしまって、申し訳ありません」

 答えの内容はともかく。私達を含む全員に礼をする彼の姿には洗練された貴族の風格がある。一瞬あどけないと思わせる笑顔でも、そこには見る者の心を絆す何かが潜んでいた。サミと密かに小突き合っていた私は思わず唾を飲み込む。

 サミは割と平然としている。


 全員の目を奪い、緊張の空気を一変させた彼は、トドメとばかりに晴れやかな笑みで頭を垂れた。

「皆様の温かいお心遣いに、感謝いたします」

「……は、はぁ」


 私はこのときに直感した。


 何を隠そう私は、未だ社交会にも出たことがないちんちくりんだけれども。

 実はこの地の領主の末子だけれども。

 この人はきっと、この街にいる誰よりも、

 ずっと高貴な方なのではなかろうかと。


 そして、

「あの、迷惑ついでに“植物園”の場所をお教えていただけませんか。花に釣られて現在地が分からなくなってしまって」

「……はい?」


 ……そしてやはり。誰よりも、抜けているのではないかと。



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