第97話 恐怖
シアン君の感知能力なんて、大した事はない。
結局最後は魔物との1対1の戦いなのだから……
確かに、有れば便利な力だとは思うけど、無くたって既に攻略済みの第2階層なら余裕だろう。
むしろ、僕達から外れて、少し恐怖を味わった方がいい。
その方がシアン君のためだろ?
それより彼等……
僕が指示したとか言ってないだろうな?
僕達4人は、第2階層へと向かう。
人数はいつもと同じ4人だ。
だが、今回は手斧使いのボロンがいる。
アタッカーが3人に増えた計算だ。
これって逆に……
非戦闘員のシアン君がいない方が、楽に戦えるんじゃないか?
というか、ボロンも余剰戦力なら、3人でもいいのかもしれない。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、クロロが不安そうに聞いてくる。
「ジャンさん、今回はシアン君の感知能力無しですから、慎重にいきましょう。
とりあえず、僕とボロンが索敵しながら進むので、ジャンさんはサナさんの護衛をしながらゆっくりきてもらえませんか?」
「はぁ?
魔物が出てくる場所なんて、大体一緒だろ?
勇者の僕が先頭で、指示を出す。
それが普通だろう。
クロロさぁ、シアン君に続いて君まで勝手な事を言い出すつもりか?
僕がリーダーだって事をちゃんと理解してくれ、頼むから戦い以外に余計な手間を増やさないで欲しいんだけど?」
どいつもこいつも使えない。
なんで、僕の指示を聞けばいいってわからないんだ?
馬鹿なのか?
サナはそこの所、ちゃんと理解してついてきてくれている。
最悪、サナ以外は見捨てるしかないのかもしれない。
もちろん、当面は面倒を見てやるけどさ、ここを攻略するまでの間だけだろうな。
僕の説教が効いたせいか、第2階層までの間、皆無言だった。
そして、僕を先頭にして、右の道に入る。
本当は第3階層を試してみたいんだけど、ボロンを含めた新構成だし、とりあえずは様子見しよう。
暫く進むと、曲がり角があり、ここは慎重に、クロロに指示して偵察させる。
曲がり角が一番危険だからな。
「かなり遠くに、ニセゴブリンが1匹います!
他は敵影はありません」
「なら……
遠距離はサナに頼む。
全力の1発をボロンにも見せてやってくれ」
「ほいほいほほほーい。
んー、全力はアレだから、ちょっとだけ力を抜いて……
行くぜ!
貫けマイサン!」
そう言って、サナは強烈な弓矢の1撃をニセゴブリンに喰らわす。
ニセゴブリンは当然、1撃で死亡する。
流石、サナだ。
僕の幼馴染なだけはある。
「さぁ、魔石を回収するよ!
みんな早く」
そう言って、僕は先頭を早足で歩く。
早くしないと、魔石がなくなってしまうからね。
皆を置き去りにし、先へと向かう。
しかし、通路の半分に到達した時、僕は何かとぶつかった!?
大きさは腰のあたりの小さな物、だが……
「グキャー!」
というか怒声に、敵だとわかる。
見えなかったが、どこかに隠れていたのか??
どうやら岩陰に隠れていたニセゴブリンとぶつかったらしい。
こちらは油断していたので無手、だがニセゴブリンは鋭い爪を持っている。
「ジャンさん!」
というクロロの声と、
「キシャー」
というニセゴブリンの声が重なる。
そして、ニセゴブリンの爪が僕の胴を斬り裂き……
いや、幸いニセゴブリンの爪の一撃では、僕の皮の鎧は貫けなかったようだが、何度も喰らえばわからない。
それに、鎧の無い部分、特に顔を狙われたらかなりヤバイ。
僕は余りにもの恐怖に……
尻を付いて倒れ……
股間から熱い液が出て、地面を濡らす……
えっ?
僕は……
死ぬのか?
嫌だ!
嫌だ!
嫌だ!
咄嗟にいつもの動作で剣を抜こうとするも、この態勢では……
抜けない!
何で?
どうしてだ?
死にたくない!
助けて!
母さん!
父さん!
師匠!
そんな僕の望みも虚しく、ニセゴブリンの爪は、僕を狙って振り下ろされ……
その前に、サナの放った矢が、僕を掠めニセゴブリンに突き刺さる。
魔法は無しみたいだから、ギリギリ刺さるレベルだけど、一瞬の隙が生まれた。
すぐに立ち上がって、斬りつければ?
そう思うが、腰が抜けて、立てない。
座ったままで、何とか後退するが、すぐに壁にぶち当たる。
どうにもできない!
死を覚悟した瞬間、楽しかった思い出が、辛かった修行が、ここまでの旅が……
頭の中を過ぎる。
僕は結局、勇者じゃなかったのか……
そんな寂寞の想いを抱え、せめて楽になりたいと思った矢先に、何故か……
ゴキっという音がして、ニセゴブリンが僕の方に倒れてきた。
どうやら、クロロが間に合ったらしい。
ただ、クロロの剣だけでは1撃では倒せないはずなのに……
しかも、鈍器の様なあの音は?
そう思ってクロロの方を見ると、クロロは手にニセゴブリンの血が大量に着いた石を持っていた。
なるほど、身長差を活かして石で殴ったのか……
やはり、僕よりもこのダンジョンに長くいるだけの事はある。
とにかく、助かった事が嬉しい、僕はクロロへの感謝の気持ちでいっぱいになった。
その時は……
「ジャンさん、大丈夫ですか?
怪我はありませんか?
ああ、本当に間に合って良かった……
僕達も最初頃は岩陰の敵に気付かなくって、何度もピンチになった事があるんです。
シアン君と一緒の時はそんな必要なかったから、シアン君の感知能力は凄いですからね。
やっぱり、これからは僕とボロンが索敵しながら進みましょう。
それと、この石攻撃もシアン君が教えてくれたんですよ。
咄嗟だったから、ぶっつけ本番だったけど、何とか上手くいきました。
ジャンさんも試してみてはどうですか、剣も痛まなくなるし」
シアン、シアン、シアン、シアン……
なんでみんな、あのガキばかり……
確かに、あの感知能力が桁外れなのは認めよう。
さっきのだって、シアンがいれば間違いなく避けられただろう。
敵の位置がわかるアドバンテージは、僕だって理解している。
だけど、シアンは所詮子供だ。
さっきみたいな1撃を喰らったら、僕みたいに生き残る事はできない。
間違いなく死ぬ。
そんないつ死ぬかわからない子供を、アテにして良いわけがないだろ?
なのに、なのに……
そんな想いが、怒りに変わり、思わず僕はクロロに怒鳴ってしまう。
「最初に敵影が無いって言ったのはクロロだろ!
僕はそれを信用して進んだんだぞ。
それに、僕の鎧だから防げただけで、普通なら死んでいたんだぞ!
なんでちゃんと索敵しなかったんだ。
この役立たずが!
それに、シアンなんてアテにしているからこんな事になるんだよ!
だからお前らはダメなんだ。
わかっているのか?」
言ってしまった……
激情に駆られて、僕はクロロに八つ当たりをしてしまう。
本当は、助けてくれて感謝しているのに……
とはいえ、既に振り上げた手は自分では下げれない。
クロロが折れてくれないと……
「えっ?
だから、僕とボロンで索敵するって言ったのに……
ジャンさんが勝手に先に行っちゃうから……」
クロロの言う事は正しい。
でも、もう理屈じゃなくて、プライドの問題でしかない。
僕は悪くない、そう思わないと、生きていけない!
敵がいなくなったせいか、怒りが止まらないせいかはわからないが、抜けていた腰は元に戻り、僕は立ち上がる。
そして、長剣を抜き放ち、クロロを睨め付ける。
「うるさい!
リーダーは僕だって言っているだろ。
僕の言う事が、正義なんだ!
なんで理解しようとしないんだ?
僕は悲しい。
ただ、苦しんでいる皆を救いたいだけなのに……
いいな、次からは僕の指示に従う様に!
勝手な事をするなら、僕は斬るからね。
わかった?」
「まあまあ、ジャンさん、クロロも悪気は無いんだ。
剣を収めてよ。
オイラは、シアンについてはよく分からないけど、ジャンさんに救ってもらった事は感謝しているぜ?
だから、ジャンさんは勇者だと思っているし、リーダーとして認めている。
でもさ、ちょーっと焦り過ぎじゃね?
まぁ、こんな所だし仕方ないけどさ、あんたみたいな大物はさ、もうちょっと冷静にならなきゃ。
剣の勇者だってそうだろ?
ニールス平原で、闇の識者ミルを斬らなかったから、その後の魔の森を切り抜けた。
勇者は如何なる罠にも動じない。
だろ?
この仲違いだって、シアンの奸計かもしれないぜ?
まぁ違うかもしれないけどさ。
とにかく、アンタは強いんだから、落ち着けって事ですよ。
クロロだってさ、ジャンさんを信じているから色々言うんだぜ?
コイツ本当にいい奴だからなぁ。
まぁ、元はいいとこのお坊ちゃんだから、仕方ないかもしれないけどね。
だからさ、剣は仕舞ってくれるかい?」
ボロンの説明は、僕の中にスゥーっと入ってくるものだった。
確かに、まぁそう言う理由なら、納得できるな。
僕は、とりあえず剣を収める。
「ボロン、君の言う通りだよ。
シアンは僕達を仲違いさせて、パーティーが崩壊するのを楽しんでいるのかもしれない。
だけど、僕は勇者だから、そんな奸計に動じる訳にはいかない。
全く君の言う通りだ。
それに、クロロ、ごめん。
さっきのは、ちょっと焦っただけなんだ。
僕も、悪気はなかったから、許してくれ。
ま、お互い様って事でね。
ただ、次からはちゃんと注意してくれよ。
いいかい?」
「あ、はい……
注意……
します。
ごめんなさい」
僕の言葉に納得したのか、クロロも謝罪してくれたから、良しとしよう。
しかし、この後はどうしようか?
そう考えていると、ボロンが僕に提案してくれる。
「ジャンさん。
流石に魔石1個じゃ、まずいですよね。
さっきのサナさんの倒したやつは、消えちまいましたし。
どうしましょうかね?」
確かに……
だけど、サナは1発しか風魔法を撃てないし、クロロの索敵は信用できない。
「少なくとも……
サナは大分疲れてるみたいだし。
休ませてあげたいから、上に帰そうと思うんだけど」
「だったら、クロロがサナさんを送ってオイラとジャンさんで狩を続けましょうかね。
それでどうですかい?」
「わかりました、僕はサナさんを上まで送ります。
でも、本当に2人で大丈夫ですか……
いえ、なんでもありません。
ご武運を」
「ごめんに〜
ちょっと私もフラフラだでよ。
力を使い過ぎちゃって、右手が疼くぜ!」
という会話の後、サナとクロロは第1階層へと戻っていく。
そして、残されたのは僕とボロンの2人。
本当は、ちょっと2人だと不安なのだが……
「オイラが先頭で索敵しますから。
敵を見つけたらこの手斧、まぁ刃先は錆びちまって斬れ味は悪いですが、殴るくらいはできるんで。
オイラが殴っている間に、ジャンさんが斬って下さいな。
ちなみに、2匹いたら逃げましょう。
この作戦でどうですかい?」
「うん、完璧な作戦だね。
僕も同じ事を考えていたんだ。
僕の長剣、それにバトラーズ流剣術は威力が高い代わりに、モーションが大きいからね。
本来、大型の魔物相手の剣術だから仕方ないのだけど。
ボロンなら、僕と息が合いそうだし、よろしく頼むよ」
「わかりやした。
こちらこそよろしくお願いします」
こうして、僕とボロンは先に進む。
暫くすると、ボロンがニセゴブリンを見つけ、手斧をスイングして頭を弾く!
ニセゴブリンはもんどりうって転がり、僕の足下に。
僕は、憎しみを込めて、ニセゴブリンに長剣を突き刺す。
何度も、何度も……
明らかに絶命したところで、ボロンが解体を始め、魔石を取り出す。
なんだ……
やっぱり、ニセゴブリンなんて弱いじゃないか。
最初から、僕とボロンの2人で良かったのだ。
そうか、クロロが足手まといだっただけなんだ……
そう思うと、僕はスーッと気が楽になった。
その次の戦いも、かなり余裕だった。
やはり、僕とボロンの相性は良いみたいだ。
「流石ジャンさんですね。
オイラも合わせるのが楽ですわ。
やっぱり長剣は良いなぁ。
まぁ、これで3個ですし、深追いは危険ですから、そろそろ帰りますかい?」
「ああ、シアン達じゃどうせミニゴブリン数匹が限度だろうし、2人で3個なら上出来だろ。
食料との交換交渉も必要だしね。
ここくらいなら、迷う事もないからな。
帰ろうか」
そう言って、僕はボロンと第1階層へと戻るのだった。
少年は、次第に仲間の輪から外され、独りになっていく。
そんな中、新たな冒険者に出会う事に……
そして、運命の歯車は更に狂っていくのだった。
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