第95話 勇者の戦い
ニセゴブリンの腕でガードされ、呆然とするジャンを見て、クロロさんは咄嗟に後ろからニセゴブリンを刺し、何度も刺して、殺す。
「大丈夫ですか、ジャンさん!」
クロロさんが、慌てて声をかける。
ちなみに、サナは眠そうにボーっとしており、僕もただ見守っているだけだった。
ジャンは、暫く無言だったが、急にキレ始めた。
「おかしいだろ?
バトラーズ流剣術が、こんな魔物に負けるなんて……
僕は勇者なんだぞ、負けてはいけないんだ!
くそッ、くそッ、くそッ、くそッ……」
そう言いながら、ニセゴブリンの死骸に蹴りを入れ、八つ当たりを始めた。
まぁ、魔物を憎む気持ちを思うと、別に普通と言えば普通なんだけどね、実際に魔物の死骸を痛めつける冒険者も多いらしいし。
ただ、今までジャンは、魔物の死骸に興味のなかった事を考えると、異常な行動にも見える。
ちなみに、ジャンの剣は、長剣で斬れ味がかなりいい鋼鉄製である。
ただし、重さを抑えたやや細身の剣のため、斬れ味が落ちると威力は激減する。
これが大剣ならば、斬れ味よりも打撃力が有利に働くのだが、ジャンの剣は打撃力が余りないので常に斬れ味をキープする必要があるのだろう。
だけど、最初のミニゴブリンを斬った後で、ジャンは剣の手入れをしなかった。
その後のもう1匹を倒した後も、刃についた魔物の血を拭く事すらせずに、鞘に納めていた。
ちなみに、魔物の血には鉄を腐らせる成分が多く入っており、本来は専用の薬液で拭く事が望ましいと言われている。
まぁ、血抜き君は血を吸うから全く必要ないし、手斧もなんだか錆びない材質みたいで、手入れなんてした事ないけどね。
とにかく、ジャンの剣は手入れが必要だった。
でも、このダンジョンでは、鍛冶屋に持って行くのも難しい。
手入れ道具も持ってないみたいだし……
「ジャン兄、ちょっと長剣を見せてもらってもいいかな?」
僕はジャンに聞いてみる。
「今はそんな事どうでも……
シアン君は見ればわかるのか?」
「父さんが剣を使っていたから多少は……
うん、魔物を斬った後に着いた血が、剣の刃を犯しているみたい。
ちょっと、錆だけなら取ってみるね?」
そう言って、僕は血抜き君を抜き、慎重に錆だけを削り取る。
失敗すると、刃ごと切ってしまうから慎重に、慎重に削っていく。
「そんな事をしたら、シアン君のナイフまで痛まないのかな?」
クロロさんが聞いてくる。
「このナイフは汎用だから、斬れ味は元々そんなにないみたいな?
それに、錆なら余り硬くないからね。
僕の鉄のナイフでも大丈夫だよ」
まぁ嘘だけどね。
このナイフが特別だと知ったら、ジャンはいい気がしないだろう。
「よいしょ、よいしょ……
フゥ、できたよ。
一応、錆は落としたから全く斬れなくはないけど、錆がなかった部分よりは斬れ味が落ちると思う。
できれば、錆がなかった場所を意識して斬った方がいいかなぁ。
もしくは、剣先は綺麗だから、突きはできると思うよ?
あと、鞘の中も掃除するね。
……
うん、これで大丈夫、まぁ本当は水で洗って乾かしたいところだけどね。
それと、この布を。
魔物を斬った後には、必ず血を拭いてね。
そうしないと、また錆てしまうから」
「ん、わかった。
しかし、この剣は鋼鉄製で錆難いはずなのに……
なんでだろう?
やはり……
魔法の剣じゃないとダメなのか。
少なくとも、錆なんてでない剣があれば……
いや、それよりも……
ガードされるなんて……」
「せめて、掛け声を無くすのはできないの?
さっきのタイミングなら、黙って斬れば気付かれないはずなんだけど?」
「シアン君は、魔物の怖さを知らないからそんな事が言えるんだろ!
あの姿を前に、全身が恐怖に包まれるんだぞ?
君は死を感じない位置にいるからわからないかもけど、僕もクロロも大変な思いをしているんだよ。
掛け声くらい、仕方ないじゃないか!
それに、バトラーズ流剣術は正々堂々がモットーになんだよ。
真正面から立ち向かう、それが勇者の戦いなんだよ。
勝手な事を言わないでくれ!」
魔物の怖さ、それに死の恐怖……か。
そんなもの、とっくに……
多分それは、遠い日に無くした何か、みたいなものなんだろう。
でも、まぁ、気持ちはわからないけど、理解はできる。
ただ、あの程度で恐怖を感じるのか……
「ごめん、ジャン兄。
でもね、ジャン兄は武器が万全じゃないし、下層に行けば敵はもっと強くなる。
だから、無理は禁物だと思うんだ。
だから今は、仕方ないと思う……
なんなら僕も戦闘に参加するし……」
「そんな事できるわけないだろ!
シアン君は魔物の探索だけしてればいいんだ。
それに、こんな小さな子供に戦わせる?
そんなの勇者じゃない!
僕は認めないよ。
シアンは、黙ってついてくれば良いんだ!」
まぁ、実際は僕が戦えば全部終わる。
皆を外に出す事も余裕だろう。
だけど、それではジャンとサナが育たない。
だけど……
このままで、ジャンは成長するのだろうか?
なんだか不安になってきた。
でも、今更どうにもできないし……
そんな事を考え、黙っていると、クロロさんが助け船を出してくれる。
「ジャンさん、リーダーとして責任を感じるのは仕方ありませんが、今はダンジョンの第2階層です。
いつまた次の魔物が現れるかはわかりませんし……
例え剣が万全じゃなくても、ジャンさんが一番の戦力である事に変わりはありません。
だから、落ち着いて。
それに、シアン君の御両親は冒険者だったみたいだし。
小さい頃から色々と知識を学んだんじゃないかと思います。
なので、ジャンさんがリーダーとして、シアン君の知識を使いこなせばきっと、更なる道が開けるんじゃないかと……
そ、それが勇者の戦い方だと、僕も思います!」
「まぁ……
そうだよな……
すまないクロロ、心配かけて。
それに、サナも。
シアン君は、まぁ、お互い様って事で、許すから。
今まで通りで、頼む。
うん、まあ、これで一件落着だね。
僕も大人だしね、でもシアン君もあまり僕達を困らせない様に気をつけてよ?
子供だからって、何を言っても良い訳じゃないからね」
なんか……
腑に落ちないが、仕方がない。
まあ、別にいいか。
そして、僕は……
「うん、気をつけるね、ジャン兄。
ごめんなさい」
と、謝るのだった。
その後……
僕達は先に進み、また1匹のニセゴブリンを見つける。
先手はクロロさん。
ギリギリまで近づいてから、一気に駆け抜け、一撃を喰らわす。
そして、ジャンは無言で後ろからニセゴブリンを、上段から斬る。
ただ、やはり斬れ味は悪く、ニセゴブリンの脳天をギリギリ割れる程度だった。
それでも、一撃でニセゴブリンを仕留めた。
その事に、ジャンは自信を取り戻す。
「なんだ……
剣さえ使えれば、大した事ないじゃないか。
これなら、あと1匹位は狩れるな。
さあ、行こうぜ!
僕についておいで」
そう言って、ジャンは先に進みだす。
いや、魔石を回収してないし。
僕は、即座に血抜き君でニセゴブリンの胸を開き、魔石だけを回収する。
そして、ジャンに追いつき、渡す。
「ジャン兄、魔石!
これを持っていかないと。
それと、この先にニセゴブリンが2匹いるから気をつけて。
2匹とも位置が近いし、しっかりと間合いを取った方がいいと思う」
「ジャンさん、ミニゴブリンならともかく、ニセゴブリン2匹はちょっと危ないかもしれません。
どうします?
引きますか?」
「いや、あと2匹は倒したいし……
そうだ!
シアン君なら魔石の感知ができるし、囮をやって1匹を引きつけれないかな?」
ちなみにそれは、戦闘せずに1匹だけを引きつけて、ジャン達が1匹倒すまで間を保たせ、その後にまた連れて行くと言う意味だろうか?
普通に1匹倒す方が何倍も楽なんだけど……
かなりの無理ゲー、と言いたいところだがしかし、僕ならできなくもない事案でもある。
「ジャンさん!
流石にそれは危険すぎます。
囮は僕がやりますから」
「ダメだ!
クロロは僕のサポートって役目がある。
それに、ちょっと逃げ回るくらいだろ?
それくらいできなきゃ、冒険者にはなれないから。
シアン君、やってくれるよな?」
「……うん。
やってみるよジャン兄。
じゃ、行くよ?」
そう言って、僕は先頭を歩き、ニセゴブリン2匹が見える位置に来ると、ダッシュで、いやノロ走りでニセゴブリンに近づく。
そして、手前の1匹は足を引っ掛け、転ばさせる。
まぁ、軽く足が捻れているが、ジャンは気づかないだろう。
一方、もう1匹は、僕を見ると、「キシャー」と、威嚇してきた。
そして、飛びかかってくる攻撃を、1つずつ丁寧に避けて行く。
まぁ、これだけ鈍い攻撃なんて、当たらないよ?
僕がニセゴブリン1匹を引きつけとている間に、ジャンとクロロさんは、転んでいた1匹のニセゴブリンにトドメを刺す。
さて、これをどう渡すかだけど……
ニセゴブリンの一撃が迫る瞬間を避けて、背中を軽く押してやる。
態勢を崩したニセゴブリンは、クルリと前転しながら転び、こちらに向かっていたジャンとクロロさんの丁度目の前へ。
ジャンは誤って踏んでしまい、ニセゴブリンの「グヘッ」と言う声に驚く。
クロロさんは、冷静にニセゴブリンの頭を蹴り飛ばし、心臓にアイスブランドを突き刺して、ニセゴブリンを即死させる。
「シアン君、まぁ最初にしてはやるじゃないか。
でも、もう少しタイミングは上手く合わせてくれないとダメだよ。
次はしっかりとね」
何故だかジャンには駄目出しをくらう。
でも、言い返すのも面倒だし……
「わかったよ。
次は頑張るね?」
と、返しておいた。
これで……
魔石は5個。
ただ、ジャン達が疲れたのと、他の人達が気になるという事で戻る事に。
まぁ、僕は全員でミニゴブリン7匹を狩ったのを知っているけどね。
帰り道の階段で、ベルゼさんとすれ違う。
ベルゼさんは、1人だし……
やはり苦労しているようだ。
まぁ、剣はちゃんと手入れしてるみたいだけどね。
「あんたら……
そうか、第2階層に先を越されていたのか……
まぁ、でも俺も魔物には慣れてきたしな。
負けないぜ」
「ベルゼさん、そんな事を言わずに、僕達と一緒に来ませんか?
1人だと、大変じゃないですか?」
正直言えば、ジャンが頼りないのでベルゼさんを引き込みたい。
そう思って、僕はベルゼさんを誘う。
「悪いが……
俺はあんたらのやり方には賛同できない。
一緒に行く事は出来ない。
断らせてもらうよ」
ベルゼさんは、僕の誘いを断った。
でも僕は、なんとか引き止めようとする……その前にジャンからストップがかかってしまう。
「シアン君!
ベルゼさんは、確かに一緒の旅をした仲間だったけど、今はもうライバルなんだよ!
だから、勝手に誘うとかしないでくれ。
僕はベルゼさんが加入する事は認めないよ」
余計な事を……
でも、これでベルゼさんを引き止める事は不可能だ。
そして、ベルゼさんは、第2階層へと向かって行くのだった。
一方、僕達は上に戻る。
その途中……
「シアン君!
リーダーは僕なんだからね。
ちょっと囮が上手く行ったからって、調子に乗らないでよね。
そういう勝手な行動が、チームの輪を乱し、危険に曝すんだからね?
それに、ベルゼさんの、彼のレベルでは僕達にはついてこれないんだから、足手まといはこれ以上要らないからね」
その足手まといの1人が僕って意味だろうか?
実際はお前が一番の足手まといなんだよ!
って言ったら、ジャンはどんな顔をするだろうか?
まぁ、言わないし、僕はそんな感じをおくびにも出さない。
「僕はそんなつもりじゃ……
ベルゼさんは1人でミニゴブリン3匹も狩ったみたいだし、これからの戦いで戦力になると思うよ?」
「うるさいな!
口答えするんじゃない。
僕だって、1人でミニゴブリン5匹と、ニセゴブリン5匹を狩ったんだ。
たかが3匹くらいで調子に乗られても困るだろ!」
そう言って、怒って先に行ってしまった。
そして……
広場に着くと、1人で寝てしまった。
暫くすると、第1階層に向かっていた6人も帰ってくる。
すると、ジャンは起き上がり、6人を迎える。
「久しぶりの狩だとは思うけど、みんな頑張ったな。
無事に生きて帰ってくれて、良かったと思うよ!
ちなみに、戦果はどうだったかな?」
「ハイ!
みんなで7匹のミニゴブリンを倒しました。
やっぱり、身体が動くと違いますね。
ジャンさん達はどうでしたか?」
「僕達も、ニセゴブリン5匹を倒したよ。
1階層分下がるだけで敵は大分強くなるんだな。
僕もびっくりしたよ。
まぁ、僕達ならなんとでもなるレベルだけどね。
でも、今回はなんと!
シアン君が無様に逃げ惑って、囮をしてくれました。
勇敢なシアン君に拍手〜」
ジャンの言葉に、みんなまばらに拍手する。
サナは訳がわからず、首を傾げている。
クロロさんは、申し訳なさそうな顔をしている。
そして、ジャンは第1階層組の魔石を回収し、クロロさんを連れて扉の方へ。
魔石と食料を交換しに行くのだった。
少年が良かれと思う事は全て否定され、負の連鎖へとつながっていく。
それでも、友の事を助けたいと言う気持ちは……
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