第92話 初陣の味
曲り角からは、ひ弱で、脆弱で、踏み潰したら死ぬんじゃないかと思うくらい、いやまあ僕の身長の半分くらいだけど、そんな小さなゴブリン、ミニゴブリンが出てきた。
とは言え、鋭い爪と牙、醜悪な顔付きは普通のゴブリンと同じ。
武器は持っていない。
ただ、脚が短いので、歩きは非常に遅い。
「ここは、僕が行く!」
そう言って、ジャンがミニゴブリンに向かっていく。
ジャンは、ミニゴブリンの前に立ち、長剣を抜き放って、バトラーズ流剣術の構えを取る。
「僕は、バトラーズ流剣術門弟のジャンクロードだ!
醜悪な魔物め!
この僕が剣士として退治してやる!」
多分ミニゴブリンに人語を理解する知能はないと思うんだけど……
ジャンは何故か名乗りを上げた。
ちなみにミニゴブリンは、「グギャ?」と、首を傾げている。
こういう場合は、相手に構えを取らせる前に、サクッと殺すのがセオリーなんだけど……
ああそうか……
ジャンの膝が僅かに震えている。
本当はきっと、怖いのを誤魔化しているのだろう。
でも、それは誰だってそうだし、仕方がない事だ。
魔物には、人間に根源的な恐怖を感じさせる力がある、と言われている。
恐らくは、悪い魔素が影響しているんだろうけど、解明はされていないらしい。
ジャンもやはり、ミニゴブリンとは言え、相手は魔物だから、恐怖を感じるのだろう。
それ故に、声を出して恐怖を振り払おうとしている。
その姿を見て、僕は……
頑張れジャン!
と、心の中で応援する。
ちなみに、サナも、クロロも心配そうにジャンを見守っている。
ジャンは、息を呑み、再度長剣を握り直すと、剣を上段に構え……
「喰らえ!
必殺の上段斬り!」
と、叫んでミニゴブリンに斬りかかる。
だが……
腰が完全に引けており、ミニゴブリンは何もしていないにもかかわらず、全く当たらない。
……
……
……
「グギャ?」
ミニゴブリンですら、攻撃だとわからなかったのか、全く反応しない。
まぁ、ジャンの振りに力も入ってなかったし……
暫くの沈黙の後、先に仕掛けたのはミニゴブリンだった。
「グギャグギャ」と、叫びながらジャンを襲いに来る!
ジャンは、錯乱し、剣をやたらめったら振り回す。
って言うか、あんだけデタラメに振っているのに、ミニゴブリンも避けていないのに、ジャンの攻撃はミニゴブリンに掠りもしない。
まるで、ワザと当てていない様に……
いや、ジャンの表情は真剣だし、単に運が悪いだけなんだけど……
このまま待ってもいいが、ジャンの体力が消耗し過ぎても困るしなぁ……
僕は、クロロさんに気付かれない様に、小指くらいの小石を投げ、跳弾でミニゴブリンの背中に当て、ジャンの剣に向かわせる。
そして、ジャンの適当に振った剣が当たり、見事な袈裟斬りになって、ミニゴブリンを一刀両断する。
まぁ、そう当たる様に計算して小石を当てたんだけどさ。
ズシャッっと気味が良い音がして、正にクリーンヒットって感じで斬られたミニゴブリンは、即死した。
「あ、当たった?
や、やったぞ!
ついに僕はゴブリンを倒したんぞ!
やはり、バトラーズ流剣術は実戦でも使えるんだ。
やったぞ、やったぞ!」
ジャンは、嬉しかったのか、大声で叫んでいる。
いやね、近くに他の魔物がいないから良いけどさ、あまり大声で叫ぶと、別の魔物を呼んでしまう。
まぁ、あまりにも嬉しそうだから、注意なんてできないんだけど……
ちょっと不用意過ぎるのに、イラっとしてしまう。
しかも、サナもクロロさんも、凄い凄いと褒めるもんだから……
ジャンは相当調子に乗ったんじゃないかと?
でも、当分は緊張が切れて動けないと思うけどね。
膝がカクカクしてるし。
あ、座り込んだ……
僕達は、ジャンが回復するのを暫く待つ。
「そう言えばクロロさん、魔石を回収すれば良いんだっけ?」
僕はクロロさんに尋ねる。
「魔石は心臓の近くにあるんだけど、シアン君は解体できるの?」
「うん、動物なら狩って解体した事あるから。
魔石の場所はわかるし大丈夫だよ。
ちょっと待ってね」
そう言って、僕はミニゴブリンの切断面に手を突っ込んで、ピンポイントで魔石を取り出して、布でサッと拭く。
やはり……
魔石が小さい。
爪の先程の小さな魔石。
僕は魔石の感知ができるから良いけど、普通の人なら探すのは大変だろう。
下手すると、解体だけでかなりの時間がとられてしまう……
そうか、だからベルゼさんは最初のミニゴブリンを倒した後、暫くその場に留まっていたのか。
「はやっ。
シアン君は魔石を見つけるのが早いね。
僕達なんて、最初は解体すらできなくてさ、全部ぐちゃぐちゃになるまで切り刻んで、半日くらいかかってやっと見つけたのに……」
「まぁ、僕は魔石が感知できるから。
それだけだよ?」
まぁ嘘じゃない嘘だけどね。
そんな話をしていると、ジャンがサナに肩を借りながらこちらに来て、魔石を僕からサッと取っていく。
いや、まぁジャンが魔石を触ろうとしたから、スッと渡したに近いけどね。
「へー、コレが魔石か。
コレが僕が最初に狩った魔物の魔石……
なかなかの大きさじゃない?
いや、魔石なんて初めて見るけどさ。
魔道具の中なんて開けないし、見た事なかったんだよ。
それにしても、綺麗だな……
そう思うだろ、サナ?」
「うーん、私はあんまし興味無いかな?
それよりさ、次行こうぜ次!
私の弓がバビューンと唸るぜ。
サクサク殺そうぜ。
サクッとサクサク、ザックリザクザク、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……
また殺せばいいじゃない?
みたいな?」
「いやいや、魔物狩りはそんなに甘く無いから……
まぁ、今のレーションの残量は4個だから、最低でも残り2匹、合計3匹は狩らないといけないんだけどさ。
でも、僕の剣が、バトラーズ流剣術が魔物に通じる事がわかっただけでも、かなりの収穫だよ。
これで、僕の剣とサナの弓があれば、シアン君やクロロさんは戦う必要ないしね。
とは言え……
もう少し休ませてくれ」
「いやでも、ジャンさんは本当に凄いですよ。
僕達なんて、慣れていない時は、5人で1匹倒すのにかなり時間がかかりましたし。
あの一刀両断は見事でした。
本当に凄いです!
びっくりしました」
と、クロロは少し興奮気味でジャンを褒める。
いや、僕から見たら、時間かかり過ぎでビビったくらいなんだけどさ……
ジャルだったら、きっと余裕だったはず。
思わずそんな風に思ってしまう。
それに、ジャルなら自分だけで戦わず、周りの意見を聞いたはず……
いけない、いけない。
ジャルはもういない。
今目の前にいるのはジャンとサナだ。
ジャルとアナじゃない。
わかってはいるんだけど……
わかってはいるさ……
というか、わからなきゃいけない。
理解しなきゃ、ジャンとサナは死ぬかもしれない。
取り留めの無い考えが、頭の中をぐちゃぐちゃに駆け巡る。
それでも僕は……
「流石ジャン兄。
バトラーズ流剣術の凄さが良くわかったよ。
これからも、よろしくお願いします!」
と、作り笑顔でジャンを褒めるのだった。
ジャンが歩けるようになるまで、暫く休憩してから、僕達は先に進む。
先程ミニゴブリンが出てきた角をまがり、その先は暫く真っ直ぐになっている。
ちなみに、その奥の突き当りが右に曲がっていて、角の付近にミニゴブリンがいる。
だから、直線の半分くらいで僕は皆に声をかける。
「待って、そろそろ次の角からミニゴブリンが出てくるから。
この距離なら、サナの弓が届くんじゃないかな?」
「おっ?
やっと私の出番かい?
待っていたぜぃ。
やっちゃるぜよ〜
ズコバコぶっ刺して、ぬちょぬちょにしてやんよ。
かかって来な、ヘイカモン!」
そう言って、サナは弓を構える。
「もうすぐ出てくるけど、まだこちらには気づいてないから、ゆっくり狙って」
「りょりょりょ、了解!
真っ直ぐ、頭を、狙って……
照準ヨシ!
風魔法を発動して……
撃ち抜くぜ!」
そう言って、サナは全魔力を込め、矢を放つ。
そして、強力な一撃は、ミニゴブリンの頭に正確に当たり、爆砕させた。
まぁ、強力と言っても、本職の魔導士、例えば母さんに比べれば大した事は無いのだけど。
ミニゴブリンには過剰なレベルで、ゴブリンでも余裕で倒せるが、ゴブリンリーダーはギリ、ボスゴブリンは当たりどころ次第って感じか?
アイルロポダやキラーマンティスには、間違いなく効かない。
もちろん、僕にも効かない、例え不意打ちでもね。
まぁ、逆に弓だけの不意打ちで、魔法無しなら危ないかもしれないけど……
「おー、グッチャグチャだー。
ザクロ、ザクロ。
ウヒョー、魔力がなくなって、しんどいぜ!
バタンピュー」
そう言ってサナは倒れたので、サッと僕は受け止める。
柔らかな感触と、ほんのりサナの香りと、サナの魔力が伝わって……
いかんいかん、変な事を考えちゃダメだ。
ちなみに、魔力切れで精神が削られたサナは、僕の腕に支えられながらスピスピ寝ている。
そんなサナの様子に気付かずに、ジャンとクロロさんは驚きのあまり思考停止している。
「これが、魔法の威力……
なんて強さなんだ……
僕にも魔法を使えたら……
魔法剣士にはなれなくとも、ダンジョンなら魔法武器があるかもしれないし……」
と、ジャンは呟いた。
まぁ、魔法武器なら僕が持っているけどね。
と言っても師父から貰った物だけど。
ただ、今のジャンに渡しても危ないだけ、どちらかというと敵より味方を攻撃してしまう可能性の方が高いから、とても渡せない。
でも、もう少し強くなったら……
一方クロロさんは……
「サナさんも凄い。
ジャンさんの剣と、サナさんの弓……
まるで、剣の勇者と弓の聖者の物語の始まりを見ているようだ……」
と、呟いた。
剣の勇者と弓の聖者の物語は、とても有名な物語で、剣神に育てられた勇者のアルフと、教会で育ち弓で魔物を浄化した聖者のラーナの冒険譚である。
ちなみに、アルフ兄さんと、妹のラーナは、この物語の主人公の名前から付けたんだと、父さんが言ってたっけ。
まぁ、アルフ兄さんは農夫だし、ラーナは炎の魔導士だから全然違うんだけど。
兄さんやラーナ、父さん、母さんは元気かなぁ……
それはともかく、剣の勇者アルフと、弓の聖者ラーナは、街道のゴブリン退治から始まり、数々の魔物を倒していく。
中にはアイルロポダやキラーマンティスもいたっけ。
そして、途中で出会った闇の識者や、大地の精霊の力を借り、汚龍トレポネーマを遂に倒し、レプトスピラ王国に平和をもたらした。
そんな物語だ。
だから、ジャンとサナのゴブリン退治が、剣の勇者と弓の聖者と被って見えた、そんなところだろう。
「クロロさん、ちなみに魔石を回収しなくていいの?
ちょっと僕は手が離せないし。
でも放っておくと、ダンジョンに吸収されないかな?」
「えっ?
あっ、ごめん。
うん、ヤバいね。
早くしないと……
あっ、ちなみに、近くにミニゴブリンはいなさそうなのかな?」
「うん、大丈夫だよ。
その角の次の角までは大丈夫。
だから、解体をお願いしていいですか?」
「うん、わかった!
それじゃ解体してくるね」
そう言って、クロロさんはミニゴブリンに向かって走っていった。
ちなみに、悪い魔素はこっそりと抜いておいたので、身体は軽くなっているはず。
僕は、寝ているサナをお姫様抱っこで運びながら、ゆっくりとクロロさんの方に歩いていく。
そして、僕とサナが着くと、やっと魔石が回収できたみたいだった。
「これで2個目ですね、ジャンさん」
クロロさんはそう言って、魔石をジャンに渡す。
「この魔石が沢山あれば……
魔法武器も買えるんじゃ……
でも、これが無いとみんなの食料が……
でも、僕が強くなれば……
そうすれば全部解決するのに……」
ジャンの危ない呟きが……
「それで、これからどうするの?」
僕はジャンに尋ねる。
「あ、いや、ごめん。
なんでもないから。
もちろん、魔石は食料にしてちゃんと分配するから。
ん?
ああ、そうじゃない?
そっか、まだ先に行こうか。
僕ももう回復してきたし」
「ただ、次は2匹が固まっているみたいだけど。
どうする?
サナ姉の弓で牽制してから、ジャン兄の剣で斬った方がいいんじゃないかな……
とは思うんだけどね。
でも、サナ姉が起きるまで、まだ少し時間がかかりそうなんだよね」
「なら、僕がジャンさんをサポートします!」
そう言ったのは、クロロさんだった。
少年達は狩を続け、経験を積んでいく。
少しずつ、少しずつ強くなるために。
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