第87話 何も無かった
キラーマンティスは低空飛行で羽ばたく。
ちなみに、カマキリの羽は長距離飛行に耐えるものではなく、主に威嚇に使用されるらしい。
ただ、このキラーマンティスは、風魔法を併用して浮かんでいるから必ずしも遠くに飛べないかはわからないけど。
風圧が強く、近づけない。
それに、僕は飛べないし。
一方で、相手も地に足をつけないと攻撃ができないらしい。
こういう時、近接攻撃しかできないと不利なんだよな……
とりあえず、お互いに手詰まりだが、このまま逃げられると非常に困る。
万が一、ジャンとサナの居る時に出会ったら、僕は本気を出さざるを得ない。
それでも、あの2人を守りきれるかは微妙だし。
せめて、自分の身くらいは守ってくれれば……
なんて、無理だよな。
鋼鉄すら切り裂く見えない斬撃なんて、普通は避けれないし、受けたら確実に死ぬ。
それと、本気の僕を見せたら……
ジャンは僕を許さないだろうな。
許すとか、許さないとか関係なしに、怖がられるのかもしれないけどね〜。
どっちにしても、パーティは解散だろうな。
それは嫌だなぁ……
ならば、僕は収納魔法から石を取り出し、右手の身体強化魔法を最大限にして、思いっきり投げる!
思えば最初に魔物を狩ったのも投石だったっけ?
もし、あの時出会ったのがキラーマンティスなら、僕は確実に死んでいただろうな。
それはともかく、キラーマンティスは片羽に穴を開けられ、半回転しながら地面に激突する。
まぁ、頭や動体なら無理だろうけど、薄いカマキリの羽根ならどうってことはない。
ちなみに、収納魔法で良化した石は硬く、ついでに魔法無効化の術式も込められているから、あの程度は余裕っち、って事で。
キラーマンティスは、流石に瀕死の状態になっており、僕は両手の鎌を付け根で斬り落とし、頭を数発ブン殴り、完全に意識を失わさせる。
って言うか、どうやら血抜き君は虫汁は吸収しないらしく、僕はカマキリ汁塗れになってしまう。
後は魔石を回収するだけだからいいけどさ……
しかし、そんな僕の油断を嘲笑うかの様に、嫌な予感がする。
咄嗟にバックステップで下がった瞬間、目の前に黒い何かが通り過ぎる。
キラーマンティスの腹から、何かが出ている!?
あれは、線鋼蟲か?
昔に小さなカマキリを捕まえた時に、腹からこの虫が出てくるのを見た事がある。
別名ハリガネムシ。
カマキリやバッタ、コオロギ等に住み着く寄生虫だ。
コイツはそれの魔物版だ。
やはり、カマキリやバッタの魔物の体内に寄生する。
まぁそれ以外にも、大型の魔物には寄生できるって話もあるけど。
確か、ランドタートルとか言う、巨大な亀から出てきたって話もあるのだけど。
ちなみに、キラーマンティスをなんとか倒し、パーティ全員がぼろぼろになった状態でこの線鋼蟲が出てきて、結局は冒険者が全滅するってケースも多いらしい。
漆黒のボディに、ぬらぬらとしたクラチラで覆われており、蛇の様でいて、なんだか生理的に嫌悪する様な、そんな気持ち悪い蟲が、死んだ虫の腹から出ている。
しかも……
「我が住処を殺すとは、小さきものよ、貴様何モノだ?」
喋った?
「僕はシアン、冒険者だ。
だから、この村を襲ったキラーマンティスを倒しただけだ。
でも、人を襲わないなら戦わなくてもいいよ?」
この威圧感、そして強力な魔石を持ち、かなりの魔力を保有している。
それに見た目が気持ち悪い。
だから、戦わなくても済むなら、戦いたくはない。
「はっはっはー。
我が名はボルナポポボルヤールなり。
数多の魔獣共に寄生し、1000年の時を生きた高貴なる魔翁蟲なるぞ。
小さきモノよ、人如き矮小な生き物なぞ、我が息を吐くだけで死ぬではないか。
そんなゴミを我に気にして生きろと?
ナメるなよ、そんな事が出来るわけがあるまいて。
それに我が住居になる魔獣は勝手に動くからのぅ。
知った事ではないわ!
そして、この後すぐに死ぬ貴様には、そんな事を気にする必要あるまいて。
ぬ、貴様……
魔力機関を持っておらぬのか?
それではまるで、我等魔物と同じ……
いや、魔石を身体に内包はしておらぬな。
確か、古の一族に魔力を奪って戦う者がいたな。
貴様はその末裔、隔世遺伝といったところかな?
そして、その異様な武器と手甲……
貴様は何モノだ?
たかだか100歳のキラーマンティスとは言え、我が住居を倒せるだけの、実力があるだけの事はあると言う事か。
まぁ良い、さりとてドラゴンさえ巣喰った事がある、魔翁蟲と呼ばれし我が力の前では無力だ。
安心して死ぬが良い!」
魔翁蟲……
人語を話すし、強力な力を持っている。
多分、さっきのキラーマンティスよりも更に強い。
少なくとも、モンスタークラスの化け物だ。
ちなみに、線鋼蟲は乾燥に弱いから、一般的には火魔法、それも豪炎クラスの強力な炎が必要だが、僕には使えない。
しかも、この魔翁蟲は常に水魔法のバリアを張っており、生半可な魔法は効かないだろう。
そして、鋼鉄よりも硬い上に、ぬらぬらしたクラチラは、刃を滑らせる。
それでも師父ならば、強大な魔力で押しつぶせるだろうけど、母さんの魔法では手も足も出ないくらいだろうな……
魔翁蟲の、ポ、ポル……
なんか長くて忘れたが、ポルポルは酸のブレスを吐いてきた!
魔法のブレスではない!
いや、魔法で位置などはコントロールしてはいるが、多分酸自体はポルポルの腹の中でできたものだと思う。
つまり、魔法を吸収しても、酸のブレスは僕を溶かすだろう。
全速力で背後に走り、酸のブレスを避ける。
かなり後退するまでに、数十発のブレスが放たれ、地面は無残にもえぐれていた。
ヤバイな、全然近づけない。
まぁ、相手はキラーマンティスからは離れれないみたいだし……
逃げるか?
しかし、あのポルポルが別の冒険者に僕の事を話すかもしれない。
それは嫌だなぁ……
まぁ、ポルポルに勝てる冒険者なんて、それこそ師父や師母の様な凄腕クラスじゃないと無理だけど。
とりあえず、エントラの街にはそんな人はいなかったから、多分無理だと思う。
「ふむ、我がブレスを避けるだけの力と知能はあるか……
その小さき身体でなければ、我が住居として生かしてやったものを……
惜しいのう。
しかし、これも運命だ、諦めるが良い。
それに、我が攻撃はブレスだけではないぞ、覚悟せよ!」
そう言って、ポルポルは身体を鎌首を持ち上げるかの様に立ち上がり、って脚はないんだけどね、そしてその身体を伸ばして、こちらに一直線に向かってきた!
疾い!
まるで黒い弓矢の様に、ポルポルの攻撃は一瞬で僕に迫る!
僕は、辛うじて血抜き君の斬撃を食らわせ、反動で距離を取る。
でも……
ポルポルは全く傷ついていない。
ヌルっとしたクラチラを引き裂いても、すぐにくっ付いてしまうし。
本体には届かない。
しかも、こちらに届いた後は、柔軟に方向を変え、僕に巻き付こうと襲ってくる。
線の攻撃は効かない……
恐らく、範囲の広い面での攻撃が必要だ。
ならば、アレしかない……
失敗すれば、巻きつかれて死ぬ。
一か八かの勝負だが、やるしかない!
僕は、息を整え、身体強化魔法を限界までかける。
それから、拳を握り、無手の構えをとる。
そして、ポルポルが僕に巻き付こうとする瞬間を狙い、例の感覚を思い出しながら、連撃を放つ。
「チャー」
で正拳突きを。
「シュー」
で蹴り上げる。
「メン」
で蹴り落とし、ポルポルを地面に叩きつける!
右脚の骨は折れたが、多分すぐにくっ付く。
一方のポルポルは、頭が潰れて、千切れている。
雷蕾拳……
やはり凄い技だ。
まぁ、偶々出たから良いものの、発動が難しいって難点さえ無ければ、かなり使えるのだが。
そして、ポルポルは死んだか?
いや、まだ生きてる。
というか、この手の生物は、千切れても死なないし、殺すのは難しい。
仕方がない……
とっておきの奥の手だ。
僕は、両手でポルポルのヌメッとした身体を掴み、左手で魔力を一気に吸う。
このままでは、魔力がすぐに飽和してしまうが、右手から魔力をポルポルに流し込み、身体強化魔法をかける。
すると、ポルポルが強化される?
訳もなく、波長の合わない魔力の身体強化をかけられたポルポルは、内部から身体を破壊され、身体の虫汁が沸騰したかの様に弾け飛んでいく。
チッ、途中で切り離したか……
まぁ、半分はやったから良いか。
いや、再生する可能性もあるし、油断はできない。
さっきの技は、相手が動くとできないし、また再びブレスで攻撃されると、厄介だ。
ここはあえて、逃げるという手もあるけど……
「こ、この、ビチグソ野郎が!
ファックでビッチなガキめ、このボルナポポボルヤールを傷つけるなど、許される事ではないぞ!
逃さぬ、逃さぬぞ、確実に殺してやる。
全身を引き裂いて、酸で跡形もなく溶かしてやる」
あー、やっぱり怒っているよね〜
逃してくれる訳ないか。
やはり、戦うしかない。
ちなみに、魔力を吸う過程で、ある程度解析したんだけど、酸のブレスは使い切って残っていないらしい。
多分、次を撃つのに3日はかかるだろう。
そして、重要な神経節の位置も把握した。
多分、雷蕾拳がなくても、ギリ戦えるはず。
僕は、再び身体強化を限界までかけ、ポルポルの神経節を正確に狙い、血抜き君で突き刺していく。
神経節を切断されれば、複雑な動きはできない。
もちろん油断はできないけど、1つ1つ潰していく。
ちなみに、さっきポルポルを爆破させた時に、気づかれない程度の回復魔法、リジェネレーションを混ぜておいた。
普通、回復魔法は人を癒す。
だけど、人以外にかけるとかえって毒になる事がある。
身体の構造が違うからとかなんとからしいが、地味な嫌がらせには凄く使える。
もちろん、直接ダメージを与える様な強さはないけど、神経節の再生位は阻害する事が出来るだろう。
ある程度、神経節を切断すると、ポルポルは先端が動けなくなり、ドシンと派手な音をたてて落ち、地面に横たわる。
「貴様、な、何をした?
我が身体に……
何!
我が身体に魔力を寄生させたと言うのか?
再生を邪魔する魔力をねじ込まれていたとは……
道理でクラチラの分泌が弱まっていたのか。
しかも、神経節を正確に切断してくるとは……
産まれてこのかた約1000年、我をここまで追い詰めたのは貴様が初めてだ。
しかし、我はまだ負けておらぬぞ!」
ポルポルはそう言うと、一旦収縮して、キラーマンティスの鎌や脚を自らの身体を使って繋いだ。
更に、先端を剣の様に硬質化し、魔力でキラーマンティスを無理矢理操り、口に咥えさせる。
そして、キラーマンティスを跳躍させ、上から斬りかかってきた。
なんとか最初の一撃は避けたが、超重量の斬撃の風圧と地面の揺れは物凄く、立っているのがやっとだった。
それを知ってか、知らないでか、キラーマンティスは横薙ぎでポルポルを僕にぶつけようとしてくる。
このままでは斬られる!
しかし、そんな不安定な状態がむしろ……
「パイ!」
で、ポルポルの刀身を蹴り上げ。
「コー!」
で、キラーマンティスの頭を回し蹴り、頭を引き千切る。
「ハン!」
で、強烈な右の一撃で、キラーマンティスの腹を超振動波を加味して爆砕させる。
これで、もうキラーマンティスは利用できないはず。
ポルポルは、その姿を完全に外界にさらけ出し、衝撃でのたくり回っている。
「そんな、我が……」
と言う科白を聞かずに、僕は先程同様に一気に魔力を吸い取り、身体強化魔法をねじ込んで、ポルポルを爆砕していく。
深部の魔石まで身体強化魔法が到達し、肉が弾けて魔石が地面に転がった瞬間、ポルポルは魔力を失い、死んだ。
正直、非常にヤバい敵だった。
って、余韻に浸っている場合ではない。
もうすぐ夜が明ける。
僕は急いでポルポルとキラーマンティスの魔石を回収し、ダッシュで村を後にする。
途中の川で身体を洗い、さっぱりするとお腹が空いてきた。
そういえば、全部吐いたし、夜も食べなかったな……
僕は、パンとスープを収納魔法から取り出して、ゆっくりと朝ごはんを食べる。
夜明けまではあと僅かだが、ジャン達が起きるまでにはまだちょっとあるはず。
それでも、ご飯を食べたら全速ダッシュで幌馬車へと向かう。
そして、馬車につき、全員が無事に寝ているのを確認してから、睡眠魔法を解く。
「ふあー、よく寝た。
あれ?
シアン君、もう起きてたの?」
寝ぼけ眼でサナが聞いてくる。
「いや、昼にいっぱい寝たからさ。
夜寝れなくて……
だからね、ウサギを取ってきたんだ。
朝ごはんに皆んなで食べない?」
「へー、シアン君は狩ができるんだね。
まぁでも、夜中は魔物も出るから、1人じゃ危ないよ?
せめて、僕かサナを連れて行かないと……」
ジャンは心配そうに、僕をたしなめる。
「大丈夫、僕は魔物の気配が読めるから、それにちゃんと魔物がいないのは確認したよ」
まぁ、ある意味本当で、ある意味嘘だが。
「それでも、僕らはパーティなんだからさ。
もっと頼っていいんだよ?
あとさ、昨晩何かあった?
シアン君が1人で魔物と戦う夢を見たんだけど」
「いや、何も無かったよ?」
これも嘘だけど。
「そんな事より、肉だ、久しぶりの肉だぜ!
サッサと食いましょうよ、旦那。
せっかくシアン君が取ってきてくれたんだし。
このウサギ、凄くしっかり血抜きしてあるし、多分美味いぜ?」
最終的にはサナが割り込んで、ジャンの質問は有耶無耶になったのだった。
少年達は、1番歳下の少年に守られている事を知らずに、旅を楽しむ。
そして、その先にあるものは……
第88話 安全な旅




