第85話 フォーマルハウトを目指して
馬車が動き始めてすぐに、僕は幌越しに冒険者のオジさんに聞いた。
「ちなみに、フォーマルハウトの街まではどれくらいかかるのですか?」
「うーん、何もなければ3日ってところか?
まぁ、ゴブリンくらいなら俺が退治するからよ、安心しな。
これまでも何人も送っているが、街道を襲われた事なんて一度もないか、大丈夫だろう。
こう見えてもオジさんも中々強かったんだぜ?
まぁ、寄る年波には勝てないがなぁ……
って事で、小僧達は馬車の中でゆっくり休んでな。
まぁ時々野営するし、飯はその時出してやるからよ」
「あ、はい、わかりました。
ではよろしくお願いします」
オジさんと少し話した後は、僕はゆっくりと走る幌馬車の後ろ側で、流れる景色を見ていた。
多分、僕が本気で走れば1日で着くんだろうな、フォーマルハウト。
なんて気軽に考えていたのもつかの間、鈍いくせに激しく揺れる馬車に、僕は乗り物酔いをしてしまった。
幌馬車の後ろで、ゲーゲー吐いている僕の背中をサナは優しく摩ってくれた。
ジャンは心配そうに声をかけてくれたが、ベルゼさんはやれやれと言う顔で見ていた。
ちなみに、今は魔力がほとんどないので、只のゲロしか出ない。
魔力が沢山あって、強酸性のアシッドブレスだったら……
馬車が壊れたかもしれないので助かった。
僕は、ひとしきり吐いた後、サナの膝枕で休ませてもらい、少し寝てしまった。
目が覚めると、サナの温もりが感じられ、あの頃を思い出させ思わず泣いてしまった。
まぁ、気持ち悪いせいもあったかもしれないけどね。
正直、会話のテンションにはついていけないけど、サナはなんとしても守りたい、僕はそう思った。
もちろん、サナはジャンが好き……
そんな事はわかっている。
別にサナが幸せなら、ジャンと結ばれて平和な暮らしをしてくれれば良い。
なんなら、今すぐエントラの街に帰ってくれた方が安心できるくらいだ。
その反面、サナと別れたくない気持ちもないわけではない。
このままずっと、永遠に時が止まれば……
だけど、僕に時空魔法は使えない。
それに、僕と一緒だとサナは不幸になる、そんな気がして口には出せないのだけどね……
暫く街道を走っていると、人の気配がした。
あー、気持ち悪い。
そうは思いつつも、なんとか立ち上がり?
いや、ほぼ這いずって外を見る。
あー、やっぱ、盗賊か……
今は、あんまり相手したくないんだけど。
と思ったら、何か合図を出している。
そして、こちらを襲う事なく、立ち去っていった。
珍しいな……
普通なら、馬車を見れば襲って来るのが盗賊なのに……
いや、違うな。
多分、オジさんは盗賊の関係者なのだろう。
だから、合図で確認し、襲わなかった。
そう言う事なんだろうな……
まぁ、ある意味オジさんがヤバい人だとわかったが、だからといってどうするつもりも無い。
何故なら、絶対に盗賊に襲われないで安全に旅ができるのだから、何か問題あるだろうか?
その後の事は、その後で考えればいい。
それよりも問題は……
ゴブリンとかの小者の魔物は、街道沿いにほとんどいない。
でも、ちょっと大きな魔石の気配が、進行方向の街道に向かって来ている。
雰囲気が虫っぽいし、カマキリ型、多分キラーマンティスじゃないかと……
このままだと、明日にはこの馬車と遭遇する可能性が高い。
どうすっかなぁ……
気持ち悪いからこの状態では相手できないし、そもそも今は1人で抜けれない。
まぁ、夜になれば野営するって言うし、ちょっと待つか。
僕は、その後すぐに自分に魔法をかけて眠りにつく。
魔法名はスリープモード、条件のトリガーが発動するまで、一切起きない魔法だ。
今回は日が暮れるまでを設定した。
ちなみに、どんなピンチでもトリガーが発動するまで起きないため、絶対に起きたくない時以外は使わないけどね。
まぁ、最悪の時は血抜き君か、ペスがなんとかするだろう。
「ふあー、よく寝た!」
僕が目覚めると、周りは真っ暗で、馬車の中には誰もいなかった。
「やっと起きたなりか?
シアン君は寝坊助ねぇ。
まぁ、それはともかく、みんなご飯を食べているよ。
早く起きておいで〜」
サナに呼ばれ、急いで馬車を降りると、皆が焚き火を囲んでご飯を食べていた。
まぁ、ご飯って言ってもくそマズイレーションだけどね。
「これが食べれる様になって、始めて1人前の冒険者を名乗れるんだ」って、オジさんは得意げに言っていたけど……
僕は今更そんな食事を取る必要がない。
収納魔法があるしね。
とりあえず、気分が悪いって理由でレーションは食べないでおいた。
その後は、オジさんが少し哨戒に出て、僕達は自主トレに。
近くに魔物はいないが、盗賊らしき気配はあるので、話でもしに行ったのだろう。
「シアン君は初級コースまでだろ?
それなら剣の型は習ってないよね。
だったら、僕が教えてあげようか?」
食後、と言っても僕は食べてないけど、ジャンが剣の型を教えようかと尋ねてきた。
確かに……
ヤーフルさんは剣の型とか、僕には教えてくれなかった。
あと、ジャルとアナにも。
今更と言えば今更だが、剣の型を教わるのも良いのかもしれない。
「あ、是非お願いします!
僕は短剣か、拳術しか使った事がないので」
「それなら、私は弓を教えてあげるにょ?
ビンビン引いて、行く行くパックンな入れ食いに育てて進ぜようぞ?」
うん、意味はわからないが、まぁ教わってみよう。
まずはジャンから。
「この木の棒を、両手で持って。
実際には剣はもっと重いから、落とさないつもりでしっかりとね。
もちろん、軽い剣や、力が充分あれば、右手でしっかり持って、左手は添えるだけで良いんだけど、いきなり上級者の真似をするよりは、出来ることをやった方がいいからね?
足は、右足を半歩斜め後ろへ、左足を半歩前に、カタカナのレを描く様に、腰は少しだけ落として、重心は前後左右どちらにも即座に反応できるように構えて。
そして、剣を上段に構えて、右足を一歩半踏み込んで、間合いを詰めながら思いっきり振り下ろす!
これがバトラーズ流剣術の基本の上段斬りね。
さあ、試してみて」
とりあえず、僕は見様見真似でやってみる。
と言っても、あくまで初心者冒険者と言う設定なのだから、全力で振る訳にはいかない。
ゆっくりと、慎重に木の棒を振り上げ、途中途中止めながら、スローに振り下ろす。
ちなみに、ゆっくりやる方が、自然な動きよりも難しく、かなりぎこちない素振りになってしまった。
「まぁ、最初はブレても仕方ないさ。
シアン君は初級だしね。
何度も何度も繰り返しやる事、それが重要だからね。
さあ、やってみて」
どうやらぎこちない動きが、ちょうど良く初心者っぽく見えたらしい。
……良かった。
僕は暫くの間、素振りを続ける。
これまでの僕は、ナイフとか手斧とかの片手武器しか使用していないから、長剣の扱いは慣れていない。
だから、ちゃんとした剣の修行は新鮮だし、何かの役に立てばいいかなって思う。
まぁ、この先長剣を使うかって言ったら……
無いな。
正直なところ、血抜き君以上の武器があるとは思えないので、使わないって結論になる。
それに、この剣術は対魔物戦には使えない。
どちらかといえば、対人戦用、もっと言えば1対1の試合形式では有効かもしれない。
何故なら、決まった型は攻守共に優れ、じっくりと見合う戦いには向いているが、乱戦には不向きだからだ。
特に、魔物相手に全力での一撃は不要。
オーバーキルする必要はない。
むしろ、丁度殺せるか、動きを止める位で丁度良い。
そうしないと、避けられた時の隙が大きく、反撃を食らってしまう。
相手が1匹とは限らないしね。
だから、出来るだけ速攻で、出来るだけモーションは小さくが理想的だ。
そう言う意味でも、長剣でも刺突の方が現実的では無いかと思う。
まぁ、そんな事、一生懸命に教えてくれるジャンには言わないけどね。
とりあえず、素振りが100回を超えた辺りで、剣の修行は終わりとなった。
理由は、いきなりあんまりやりすぎても、筋肉が未発達のうちは良くないから……
らしい。
実際は全然余裕なんだけど、まぁいいや。
明日からは、違う型も加えてくれるらしいし、ゆっくりやれば良いのだから楽しみにしておこう。
そして、次はサナの番で、弓を教えてもらう。
サナの弓は樫の木でできた長弓で、弦は動物の皮でできた普通の弓だ。
ちなみに、サナはやや小柄で、僕より頭一つ分背が高いだけだ。
でも、こんな大きな弓を使うのか……
僕の身長ほど、と言うと大袈裟だが、サナの体格に比べて大き過ぎる弓だ。
もちろん、弓は大きい程、遠距離での威力が増す。
草原で戦うなら、遠くの敵がこちらに近づく前に殺す事もできる。
でも、連射が難しく、引く力が結構いるのでどちらかと言うと、体格の良い男性向き。
それに、遠距離になる程、狙いは難しくなる。
しかも……
ダンジョン向きではない気がする。
狭い場所では射る事すら出来ない可能性がある。
「さあ、サナちんのビックリドッキリ、弓矢ショー。
ジャンの頭の上の的を狙って……
当てて見せます!」
「いや、絶対外すだろ!
殺す気か?!」
サナの提案に、ジャンが断る。
「仕方ないなぁ……
なら、あの木を狙うね」
そう言って指差したのは、ちょっとだけ離れた大木だった。
いや、アレなら当たるだろう、と思ったら、サナはかなり無理な態勢で弓を引き、長弓には短すぎる矢を番え、あんまり狙いを定めずに矢を射た。
そして……
あ、当たった。
緩やかに放物線を描き、ギリギリな気もしないでもないが、サナの射た矢は大木に当たった。
ただ、威力は弱く、刺さってはいないけど。
まぁ、牽制位にはなるか?
案外、狙いが正確なら、威力だけ上げれば使えるのかもしれない。
「サナは、いや、サナ姉は狙いは正確な感じなのかな?
ねぇ、ジャン兄」
「あぁ、弓はいつもへろっへろなんだけど、狙いは割合正確、かなぁ……?
いや、何度か的にされて、一応全部生きてたけど……
まぁ、あの弓が合ってないからだろうけどさ。
あれは、死んだ親父さんの弓らしいし、色々と仕方ないんだよ」
「そっか……
なら仕方ないか。
ありがとうジャン兄。
おーい、サナ姉、こっちきて」
「シアン君、ちゃんと見てた?
私の勇姿をさ。
スゲーだろ?」
「あ、えーっと、はい、そうですねー」
「なんだかなぁ……
その微妙な反応はさ。
まぁ、良いよ、わかってるからさ〜」
「いやいや、そんな事ないよ!
ただ、知り合いの弓使いの人が凄かっただけで、ちょっと比較しただけ、みたいな?
それよりも、矢に威力が付けば、サナ姉は戦える。
ちょっと手を貸してくれる?」
僕がそう言うと、サナは両手を差し出す。
僕はサナの右手を、両手で握る。
目の前には、サナが至近距離で僕を見ている……
僕は恥ずかしさを誤魔化す様に、説明を続ける。
「僕は確かに魔力が全然ないんだけど、実は魔力を読む能力はあるんだ。
だから、魔物なんかの気配を見つける事もできるんだけど、それ以外にも人の魔力を把握して操る事ができる。
こうやってね」
僕はサナの手が傷つかない様に注意して、サナの魔力を使い、サナの手のひらの上に小さな風の渦を作ってみた。
小さな風の渦が発生し、僕とサナの前髪を揺らす。
「「おー!」」
サナとジャンの声が重なる。
「凄い!
凄いよシアン君!
私が魔法を使えるなんて、思ってもみなかったよ。
しかも、風魔法なら弓と相性が良いし。
なんとなく感覚はわかったから、ちょっと練習してみるね〜
いいぞ、私の魂が萌えているぞ!」
「最初は、あんまり魔力を入れすぎない様にね!
失敗しない程度に、徐々に力を入れて、制御をしっかりやってね」
「了解のリョウカイダーだぜ、こんちきしょうめ。
うん、ちょっと真面目にやってみるよ、ありがとうねシアン君」
そう言うと、サナは黙々と魔法の練習を始めた。
うん、大丈夫そうだな……
「シアン君、ちなみに、僕は魔法が使えるのかな?
できれば聖魔法が使いたいのだけど……」
ジャンが聞いてきた。
「えーっと、残念だけど、ジャン兄は水属性みたいで、しかも……
魔力が低いから厳しいかも?
頑張れば汗程度の水は出せるんだけどね」
「そ、そんな……
ま、まぁでも僕は剣士だし。
そのうちダンジョンで、魔法剣を見つけてみせるさ。
あ、あははは……」
ジャンは強がっていたが、かなり気落ちして、肩を落としていた。
そして……
「なぁ、俺はどうなんだ?」
今まで無関心そうに離れて座っていた、ベルゼさんが突然聞いてきた。
「え、えっと……
弟のベルベさんは、聖魔法の使い手でしたよね。
魔力で言えば、ベルゼさん、貴方の方が上です」
「本当か?
俺は弟の様に魔法剣士になれるのか?」
「えーっと……
魔力は上なのは間違いありません。
でも、属性は闇なんです。
闇魔法は、毒とか呪いは使えるのですが、魔物相手にはちょっと弱いというか……
それに、闇魔法って色々あるじゃないですか。
だから、暗殺者になるならともかく、おススメはできないって言うか」
「なんだよ!
それじゃ使えないのと一緒じゃねーか!
ふざけんじゃねー!」
ベルゼさんは、逆上し、僕の服を掴むが……
その程度の力では、ビクともしないよ?
その様子にベルゼさんは、何かを感じたのかフリーズしてしまうが、すぐにジャンが、「子供相手に何するんだ!」と、止めに来たら手を離した。
そして、暫く考えてから謝罪してくれた。
「あ、いや、すまん。
じゃなくて、申し訳ない。
思わず、というか、うん、本当にすまなかった」
「うん、大丈夫だから。
でも、魔力はあるから、多少は効率が落ちるけど、火魔法とかは使えるかもしれないからさ。
少なくとも、ジャンよりは可能性あるから」
「あぁ、ありがとう。
しかし、あんた……
いや、なんでもない。
俺は俺で頑張ってみるよ」
そんな話をしていると、オジさんが戻ってきた。
「さて、明日も早いからな、さっさと寝ろよ!」
この匂い、魔物避けかな?
多分この周囲に撒いてきたのだろう。
まぁ、この周囲に魔物はいないけどね。
オジさんの掛け声で、皆は寝る準備を始め、初日の疲れからかすぐに寝てしまうのだった。
少年は、1人暗がりへと向かう。
ひっそりと、気付かれない様に……
第86話 夜の散歩




