第82話 閑話 カンピロバクター大司教
僕は、聖十字教団の小さな教会で神父とシスターの夫婦に育てられた。
まぁ、所謂捨て子だったらしいのだが、神父とシスターは、本当の父母以上に優しく、そして時には厳しく僕を育ててくれた。
それこそ、15歳の誕生日が来るまでは本当に知らなかったくらいに。
だから僕は、小さな頃から聖職者になる事に憧れた。
毎日必死に教典を読み込み、欠かさず神への祈りを捧げた。
将来は聖魔法を習得し、無辜の民を救済する、それが僕の夢だった。
ちなみに、僕には魔法の素質があるらしく、18歳になったら王都に行き、聖魔法の修行をする事を予定していた。
「ウェルシュ、神はいつでもお前を見守っているから、真面目に信心深く、いつでも神に恥じない行いをしなさい」
それが父さん、つまり25代目カンピロバクターの口癖だった。
そして、その隣で黙って微笑む母さんを見るのが、僕は大好きだった。
しかし、僕が17歳の時、その事件が起きた。
小さな田舎の村に何故か国軍がやってきた。
滅多にない事なので、村長以下村民は皆で歓迎し、歓待した。
宴は盛り上がり、国軍の意図はわからないまま、夜は更けていく。
ちなみに僕達は、信教上の理由から、宴には参加しなかった。
いや、村の人と仲が悪くて村八分にされているわけじゃないよ?
単に、お酒がのめないし、戦争とかの争い事には与しないのが正しい教えだから、という理由に基づいているだけだ。
村の人も信心深く、これまでにトラブルは一切起きていない。
とても平和な村だった。
でも、その夜は違った。
深夜に突然、国軍が村人を襲い出したのだ!
逃げ惑う人々、しかし、国軍の精兵達に只の村人が立ち向かう事など出来ず、次々と死んでいった。
父さんと母さんは、異変に気付き、僕を地下室に匿った。
そして、暫く隠れていると、逃げた村人を招き入れる音がして、すぐに村人の悲鳴が……
そして、馬の嘶きと共に教会のドアが大きな音で開かれわ父さんの断末魔と、母さんの絶叫が聞こえた。
僕は、ブルブル震えながら、地下室に隠れている事しか出来なかった。
神様、お願いします!
皆んなを、父さんを、母さんを助けて!
神様、罪もない人達を助けて下さい!
お願い、助けて!
助けて、助けてよ!
僕は、ずっと神に祈りを捧げ続ける。
そう言えば……
この地下室は、絶対に近寄ってはいけないと、父さんに言われていたのだが……
僕はふとそんな事を思い出す。
そして、背中に当たる小さな箱に気づく。
僕は、何か異様な気配を感じたが、神様に祈りが届いたのではないかと思い、箱を開けようとする。
「開かない……」
力をいくら込めてもビクともしない。
薄暗い地下室の中、小さな蝋燭の灯りだけを頼りに、必死に開け方を探す。
そして、ふと物理的な力じゃない、なんとなくの力を込めると、黒い炎が出て、箱の封印を破ってしまった。
中には……
手甲が入っていた。
手甲には、教典にアナグラムで書かれた秘蹟と同じマークが刻まれている。
やはり、コレは神様が僕に与えた奇跡なんだ!
そう思った瞬間、地下室の扉が開け放たれる。
そして、ニヤニヤした顔の兵士が僕に近づいてくる。
だから、僕は迷わずに手甲を左手にはめた。
すると、意識はあるが、身体の自由が利かなくなり……
手甲をはめた僕が、僕の意思とは関係なく、国軍の精兵に襲いかかり、手甲の裏拳で打ちのめし、倒した。
どうやら、この手甲の甲で頭を叩くと、相手は意識を失い、倒れるらしい。
その後は、僕は、いや、僕を操る何かは次々と国軍兵士を倒していった。
そして、40人はいた国軍兵士を全て倒してしまった。
ここまでは良い。
僕は村を守ったのだから……
いや違う、兵士が全て倒れた後、逃げ延びた数人の村人が戻ってきたが、その全員を、僕は手甲で倒し、意識を失わせた。
何故?
神様なんでですか?
何故に罪の無い人達まで倒す必要があるのですか?
止めてください、お願いします!
僕は必死に叫んだが、それは声にならず、ただただ皆が意識を奪われ、倒れていった。
そして無力な僕は、ただそれを見ている事しか出来なかった。
それからは更に、地獄の日々が続いた。
身体を乗っ取られた僕は、いくつかの村や町を襲っていくが、僕が何を言っても、僕の身体は止まらない。
恐らく僕の身体を乗っ取ったのは、この左手の手甲だろう。
ちなみに、後日譚だが、国軍が僕達の村に来たのは偶然ではなかった。
王家の占い師が、僕達の村から邪悪な何かが産まれると占い、その邪悪を殺しに来たのだった。
そして、その邪悪である僕が生き残り、手甲を手に入れ人々を襲って意識を奪っていく。
それならば、僕だけを殺せば良かったのに!
神様は何故、僕だけを生かし、罪の無い人々を殺させるのか?
神様がいるなら何故止めない?
どんなに祈っても、叫ぼうとしても、僕の身体は自由にならない。
いや、自由を奪われ続けている。
なんで、神様は僕にこんな試練を与えるのか?
いや、そもそも神なんているのか?
神がいるのに、何故救ってくれないんだ!
僕は、いや、私は神を呪う。
神め!
神め!
神め!
神め!
神め……
お願いだよ、誰でもいいからさ、助けてよ……
私は、神に、人に、悪魔にすら助けを求めた。
それでも、私は身体を乗っ取られたまま、3年が過ぎた。
飲まず食わずでだぞ?
空腹と罪悪感と怨嗟が私を支配し、いつしかそれが当たり前になっていた頃だった。
今日も見知らぬ村を襲う。
しかし、その日はいつもとは違っていた。
偶々、近くの森に狩に来ていた、腕利きの冒険者達がいたのだ。
1人は大型のナイフを使う男、もう1人は火魔法使いの女。
私は、紅蓮の炎に焼かれ、大型のナイフで引き裂かれ、間違いなく死んだ。
そのはずだった。
だがしかし、気づくと私は無傷で倒れていた。
ただ、私の左手には手甲がはまったまま……
このままでは、再び身体の自由を奪われ、人を襲いながら徘徊するだけのモノになってしまう。
私は咄嗟に左手に力を込める。
そう、あの時の闇の力だ。
闇の力が私の左手を包むと、不思議と身体が普通に動くようになった。
いや、本来は普通に動くのが普通か……
私は立ち上がり、辺りを見渡す。
あの冒険者2人はもういない。
そして、他には……
先程私が、いや私を乗っ取った何かが意識を失わせた、木こりらしき人が倒れている。
そう言えば、何も食べていなかったな……
私は無性に腹が減り、その木こりが何か食べ物を持っていないか、漁って探す。
何も持っていない……
腹が減った、もう無性に我慢ができない。
あれ?
そうか、こんなところにフレッシュミートがあるじゃないか!
私は空腹で正常な判断ができないまま……
※自主規制
空腹を満たした私は、血塗れの姿でその場を立ち去った。
アレは人では無い。
だから食べても大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、だよねぇ?
そう、人としての意識は無かった。
だから、人では無い。
私は、自分に言い聞かせる。
それからの私は、人気を避け、夜の闇に紛れながら、獣や野草を食べ、ひたすらにあの村を目指した。
それから、長い間を1人で過ごし、1度死んだあの日から半年、私はついにあの村へとたどり着いた。
そして、村は……
人気の無い廃墟と化していた。
もう此処には、私を育ててくれた父さんも母さんも、優しくしてくれた村人達もいない。
盗賊が襲ったのか、兵士の死骸は武器も防具も剥ぎ取られ、村の民家も皆荒らされて、破壊されていた。
また、野犬がきたのか、村人の遺体は骨すらもほとんど残っていなかった。
私の育った教会は……
火を放たれたのか、焼け焦げ、灰塵と化していた。
せめて、父さんと母さんの遺体位は埋葬したかったのに……
それすら叶わぬまま、私はその場に立ち尽くした。
どうして人生はままならないのか?
私は、つい習慣の祈りを捧げながら思った。
この世に神などいないのだと。
ならば……
私が神になる!
そう心に誓った。
それから私は、近隣の盗賊を襲い、金を得た。
その金で身なりを整え、馬車に乗り、旅をした。
そして、聖十字教団の総本山がある、セントレイアの街にたどり着く。
そこで、カンピロバクターを名乗り、闇魔法の力を隠して、聖職者の地位を得た。
まぁ、金で買ったと言うのが正解なんだがな。
聖職者になった私は、裏の仕事を引き受けたり、聖職者同士の醜い権力争いを煽る事で、着実に地盤を固めていった。
特に、人形は良く売れた。
街に無数にいる孤児を拾い、意識をなくして人形にする。
奴らは高々パン一切れでもホイホイとついてくる。
馬鹿共が、本当に笑いが止まらない。
こうして私は助祭になり、更に出世して司祭になった。
加えて、多くの聖職者の秘密を握り、ついには司教になった。
そして、私は司教としてカンクの街に派遣された。
父さん、母さん、私はきっと頂上を目指します。
そして、いつしか神になり、この世を平和に導いてみせます。
私は、そう願ったのだった。
第2章 修行編 完
第3章ダンジョン編は2019年2月1日から再開予定です。
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