第8話 憤り
翌日からは、いつもの日常が始まり、朝は座学、と言っても質問すると追い出されるし、質問しないと、質問すらできないクズとか、馬鹿だとか罵倒される。
しかも、大半はヤーフルさんがいかにしてゴブリンを倒したかの話で、ゴブリン以外の話は一切ない……
一応カウントしてみたんだけど、今までに30体くらいのゴブリンを倒した事があるようだった。
ヤーフルさんの話は、同じ話が多いしね。
ゴブリン30体か……
僕もはぐれだけどゴブリンを2体倒しているので、ヤーフルさんの倒した数が多いのか少ないのかわからない。
でもまぁ……
そんな事言ったら激怒して追い出されるんだろうなぁ……
退屈な午前の授業を終え、僕は1人筋トレに励む。
その後は、3人衆に頼んで模擬戦をしてもらった。
やはり、1人1人の動きは大したことはないのだが、昨日より連携が取れている。
具体的には、リッツが指揮して動きを制御している。
まぁ、声に出してるから、ある程度読めるんだけどね。
結局、1時間位の模擬戦だったが、5、6発を腕と足に喰らってしまった。
昨日よりも善戦したのにな……
そして、3人衆に1ジルを払い、今日の模擬戦は終わった。
翌翌日も、その後も、僕は3人衆に模擬戦を頼んだ。
もちろん、この修行で僕は全方位からの攻撃を受け流すことができるようになり、日に日に強くなる事ができた。
まぁ、リッツ達も僕の成長に合わせるように強くなってきている。
お互いが強くなれるので、理想的な修行だと、僕は思った。
攻撃が当たると痛いのは嫌なんだけどね。
最近では、ビスコが投石をしたり、カールはフェイントを織り交ぜてきている。
もちろん、リッツは隙が少なくなり、力も徐々に増えてきた。
だが、このままでは問題がある。
それは、修行料の事で、実はリッツ達が強くなるたび、修行料の値上げがあった。
そのため、2カ月もすると僕は修行料が払えなくなってきた。
実際、既に合計100ジル位支払っており、お年玉などをコツコツ貯めた貯金が底をついてしまっている。
これ以上払うには……
手持ちの武器か魔石を売らないといけなくなる。
流石にそれはやだなぁ。
そう思い、アレコレと考えていたら、3人衆の所に行くのが遅れてしまった。
遅れたのを怒られるかも?
と、若干ビビりながら、僕は3人衆の所に向かった。
すると、リッツ達が話しているのが聞こえる。
僕は思わず木の陰に隠れる。
「しかし、あのガキも馬鹿だよな。
模擬戦って言う名目で、ボコられているだけなのにな。
しかも、金まで払うとか……
アイツ頭おかしいんじゃないか?」
そうリッツが言うと、カールが答える。
「でもまあ、俺たちの修行にもなるしな。
金も入って、ストレス解消になって、練習にもなる。
これって最高じゃねーか?」
「でもさ……
最近ブルーが、かなり強くなってきてると思わない?
最初は何回か喰らっていたのに、最近は滅多に当たらないよ。
そろそろ止めた方がいいんじゃないかな……」
ビスコはちょっと僕を怖がっている?
「まだ大丈夫だろ?
所詮は9歳のガキだぜ。
ビスコはビビり過ぎだよ。
それより、馬鹿と言えばあの孤児2人だよな。
俺たちに手も足も出ないのに、まぁ孤児だし俺たちが甚振ってやる事で快感を覚えてたりして。
シシシ」
リッツが笑うと、カールも笑う。
「プフッ、確かに本当に馬鹿だよな。
俺たちがグルでやってる事に未だに気づいてねーし。
ジャルは盾しか使えないから防御しかしないし、アナは弱いしな」
「まぁ、僕らもジャンケンを合わせたり、あの2人を囲む時以外は手抜きしてるしね。
ヤーフルさんも、何も言わないし……
孤児だし、弱いし、仕方ないよね?」
どう言う事だ?
僕は一瞬、3人衆の言っている意味がわからなかった。
恐らく、あの3人で取り囲む模擬戦は、ヤーフルさんに教わって、実際にやっているのだろう。
確かに、集団で1体の敵を倒したり、集団に囲まれた時の対応は必要だし。
ただ、アナかジャルが囲まれた時は、3人衆で全力で叩き、3人衆の誰かが囲まれた時は、残りの2人は手抜きする。
実質1対1、いや、結局最終的には3対1になる。
つまり、ジャルとアナはずっと不利な戦いを強いられていた事になる!
それって……
僕は木の陰から飛び出し、3人衆に言う。
「なんでなんだよ!
なんでそんな酷い事が出来るんだ?
僕らはみんなで冒険者を目指す仲間じゃないのかよ?」
僕の問いに、リッツが答える。
「なんだ、聞いていたのかよ。
ふん、まぁ騙される奴が悪いんだよ。
って言うか、ちゃんとヤーフルさんに教わった通りの模擬戦で、お前に相手してやってるんだぜ。
何が悪いんだ?」
「それについては……
別にいい。
それよりも、ジャルとアナを騙して、虐めてるのは止めろ!
かわいそうだろ!」
「はぁ?
あいつら孤児なんだし、どうせ最後は冒険者にならずに盗賊や犯罪者になるんだよ。
だから、仲間なんて思ってないし、それに英雄になる俺たちの礎となるんだ。
奴らも本望じゃねーか」
「孤児が何かは知らないけど……
ジャルとアナはいい人だよ!
それに、人を虐めてる奴らが英雄だとか、僕は認めない!」
「なんだ、孤児の意味を知らなかったのか……
孤児ってのは、親に捨てられた、親無しの子供の事を言うんだよ。
親がいないから、悪事に手を染める、だからそうなる前に英雄たる俺たちが叩きのめして何が悪い?」
「2人とも父さんも母さんもいない……
お前らその事が、どんなに辛い事かわかっているのか?
それでも一生懸命な2人を騙しているお前らを僕は許せない!」
「許せないならどうするんだ?
まぁそろそろ潮時だしな、カール、ビスコ、このガキを囲んで半殺しにするぞ!」
「いいぜリッツ、本気でやってやろうぜ」
「僕も……
やってやる」
そうカールとビスコもリッツに答え、3人衆は武器を構える。
僕も、木のナイフを構える。
大丈夫、大分怒りはあるけど……
冷静さは残っている。
3人衆のフォーメーションは、リッツとカールが木刀を構えており前衛、ビスコは後衛で投石準備をしている。
この中で1番厄介なのは……
後衛のビスコだな。
僕は、最速で駆け抜け、リッツとカールの間をすり抜け、その勢いのまま、ビスコの土手っ腹に飛び蹴りを喰らわす!
ビスコは不意打ちを喰らって、もんどりうって倒れる。
飛び蹴りで態勢が若干崩れたが、すぐに回転して振り向くと、カールが上段から木刀を振りかざし襲ってくる。
反応が早いなと一瞬思うも、僕は腰を深く落とし、あえてカールの懐に飛び込む。
3人衆はこれまで、敵を動けないようにした戦いしか習っていないので、間合いに飛び込まれると非常に弱い。
カールも僕が後ろに下がることを予想していたらしく、懐に突っ込んで来るのに驚き、振り下ろしが少し遅れる。
そして僕は、カールが木刀を振り下ろした勢いを利用し、腕を取って背負い投げる。
この時、サイドに回って僕を狙って、横薙ぎを放ったリッツの攻撃が、投げられたカールの背中にクリーンヒットする!
カールは「グェッ」と、ゴブリンみたいな鳴き声を出し、地面を転がってから、気絶する。
それを見た、ビスコは逃げ出し、僕はリッツと1対1で対峙する。
「リッツ、僕らは仲間だろ?
今ならまだ、あの2人に騙した事を謝るなら許してやってもいいよ?」
僕がそう聞くと、リッツは顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんでお前は!
いつもいつも、なんで上から目線で俺に言うんだ……
どうしてなんだよ、正しいのは年上の俺だろ?
お前みたいなガキは大人しく従えばいいんだよ!
年上に逆らうなよ!
ウチの村ではそれが当たり前なんだよ!
お前みたいな奴がいるから秩序が乱れるんだよ!
ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく……
もう、前みたいなイカサマは効かないからな。
徹底的に俺が正しい事を教えてやる!」
そう言って、リッツは僕に襲いかかってくる。
改心はしてくれないだろうな……
リッツの初撃は右斜め上からの袈裟斬りで、それなりに練習したのか、綺麗な手本通りのような純粋な一撃。
それ故に、軌道は読みやすく、余裕を持って避ける。
リッツは一瞬、避けられた事に焦った顔をするが、すぐさま2撃、3撃と繰り出してくる。
やはり、怒りがこもっているせいか、一撃一撃はかなり力強い。
しかし、その分身体が固く、柔軟性のない攻撃になっている。
5撃くらい避けた後で、ワザとナイフで攻撃を受け、態勢を崩したフリをすると、リッツはイヤラシイ笑みを浮かべ、「死ね!」と言って渾身の力で木刀を振り下ろす!
僕は地面を前転するように、サッと転がり、リッツの後ろを取る。
そして……
リッツの尻の穴にナイフを渾身の力を込め、ぶち込む!
リッツは悶絶しながら前屈みに倒れる。
僕はリッツを仰向けになるよう蹴飛ばし、馬乗りになって顔を殴り続ける。
「これはジャルの痛みだ!
今度はアナの痛みだ!
そして、ジャルの怒りだ!
続いて、アナの怒りだ!
更に、ジャルの苦しみだ!
これはアナの悲しみだ!」
僕はリッツの歯が折れても、自分の拳から血が出ても、殴り続ける。
暫く殴り続けていると、誰かに横腹を蹴られる。
「ブルー止めろ!」
そこに居たのは……
ヤーフルさんだった。
リッツ達を倒した僕は、ヤーフルさんに直接修行をつけて貰える事になった。
そして、僕はまた、ジャルとアナと話し合い、次第に打ち解けていく。
次回 第9話 好転