第78話 深い闇
気づいたら、僕はクレーターの中で倒れていた。
どれくらい倒れていたのだろうか?
太陽の位置から、それ程長い時間では無いとは思うが……
一瞬と言う訳ではなさそうだ。
僕は、足を上げ、振り下ろす反動で立ち上がる。
はずだったのだが?
思わず勢いをつけ過ぎて、つんのめって顔から地面に突っ込んでしまう。
なんか……
手脚に違和感を感じる?
よく見ると、両手両足の肘と膝より先は、日焼けの跡がなく、薄っすらと色が違う。
そうか、あの爆破の最中に身体を丸め、頭や胴体を手脚で守ったから……
一旦手脚を失ったが、再生したのだろう。
多分だが、爆発の際に身を守るために吸収した、膨大な魔力を利用して、手脚の欠損まで復元した……
いや、以前よりも強い肉体にして、生やし直したといったところだろう。
ひょっとすると、生命力を変換した魔力と言うのにも関連しているのかもしれない。
まぁ、あくまで推測だけどね。
ちなみに、魔力を大量に吸収したせいで、体内の魔力が飽和していて気持ちが悪い。
……吐きそうだ。
でもなぁ、この先を考えると魔力は沢山保持しておきたい。
それに、新たに生えた手足はなんか、魔力の保持量が多い気がする。
僕は手脚に魔力を移し、体内の魔力のバランスを整える。
ふぅ。
なんとか吐き気は治まった。
しかし、あれだけの爆発でよく生きられたなと思うと、師父達の修行がいかに凄かったかを改めて実感させられる。
なにせ、見渡すと教練場が全て灰燼と化しているのだから……
当然、バクター3兄妹の遺体は残っていない。
それでも、カンピロバクター大司教の居城、ホーリーグラン神殿は無傷でそびえ立っている。
うーん、結界でもあるのだろうか?
ただ、建物自体に魔力は感じないから、単に丈夫なだけか、エンテロバクターが爆発の範囲を制御したかじゃ無いかと思う。
実際、僕が近づいても弾かれないし。
僕は、神殿の扉を開け、中に這入る。
神殿の中は暗く、燈は灯されていない。
僕は、指をパチリと鳴らし、小さな光、ライトの魔法を付け、辺りを見渡す。
エントランスは、ただ無機質な何も無い場所だった。
しかし、少し進むとそこにあるのは牢、牢、牢、牢……
しかも、僕が領主の館で入れられた牢屋の様に、ベッドやトイレは設置されていない。
ただ格子があるだけの、何も無い部屋。
そして、その中には、虚ろな目で涎を垂らしながら、ただひたすらに天井を見つめる女性達。
歳の頃は15〜20歳くらいだろうか?
少なくとも、僕よりは年上に見えるが……
ちなみに、意識は無いのか、糞尿を垂れ流している。
その割に臭わないのは、格子に消臭の魔法がかけられているからだろう。
生き人形……
神父の日記にあった、カンピロバクター大司教が使う秘術で作られた、意識の無い生きた人形。
カンピロバクター大司教はこの女性達を利用して、地位と名誉を手に入れた。
そして、その為に色々な人を利用し、結果的にアナやジャルを苦しめた。
まぁ、正直なところ、この女性達がどうなろうと僕の知った事ではないのだが……
とても気持ち悪い!
この女性達を生き人形にしたカンピロバクター大司教も、それを買って楽しむらしい聖職者達も、恐らくこうなる事を知って女性達をカンピロバクター大司教に渡す大人達も……
みんな死ねばいいのに。
まぁ、カンピロバクター大司教は殺すけどね。
多分、この生き人形達はもう元には戻らない。
だったら助ける必要はないし、僕は先に進む。
螺旋階段を上り、2階に辿り着いても、そこは全て牢だった。
この階の女性達は、アーとか、ウーとか譫言を言いながら牢の中を徘徊している。
頭を壁に打ち付けたり、立ったまま排尿したり、ブツブツなにかを唱えていたり……
1階よりは人間らしい個性がある?
いや、生きているのか死んでいるのか、人の心の虚ろな響きが聞こえそうな……
なんだか、ここにずっといると、気が触れてきそうな、そんな雰囲気が嫌でそそくさと先に進む。
突き当たりには再び螺旋階段があり、上ったその先もやはり牢だった。
今度もやはり、女性ばかりだが、奇声を発する者、泣き続ける者、自傷行為をする者……
色々壊れた人達が、そこに居た。
そして……
1番奥の牢には、意識のある女性が閉じ込められて居た。
「お願い、助けて!
突然こんな所に連れて来られて、閉じ込められてしまったの。
なんかここは暗いし、変な声とか聞こえるし、怖いわ。
お願いよ、早く孤児院に帰りたいの!
ここから出して!」
女性は必死になって、僕に助けを求めてきた。
正直なところ、今助けても足手まといになる可能性が高い。
しかし、こんな所に長く居させるのは流石に可哀想だしなぁ……
まぁ、逃げてくれれば良いか。
「今から開けますから、格子から少し離れて下さい」
そう言って、僕は血抜き君を一閃して格子を斬り裂く。
女性は、脱出出来たことに感極まったのか、泣きながら僕に抱きついて来た。
そして、グサッという音がして、僕から離れる。
僕の胸の辺りには……
ナイフが刺さっている。
「なんじゃこりゃー!」
思わず僕は叫んでしまう。
油断していた。
助けた相手に刺されるなんて、想像もしていなかった。
だから、油断して……
身体強化や防御魔法を全くかけていなかった。
まぁ、幸い肺に刺さっただけで、心臓は無事だったからいいのだが。
片肺なら、呼吸し辛くはあるけど、支障はない。
それに、ナイフを抜けば自動で回復するだろうし。
僕は、即座にナイフを抜き、血抜き君を構える。
「何故だ!
なんで助けたのに、僕を殺そうとするんだ!」
「だって、坊やはカンピロバクター大司教様を殺しに来た暗殺者でしょ?
そうね、死出の旅路の前に教えてあげる。
私の名前はクロノバクター。
カンピロバクター大司教様の忠実なる下僕。
まぁ、坊やも暗殺者なら毒殺テロリスト クロノの噂くらい聞いた事があるんじゃない?
カンピロバクター大司教様に不都合な聖職者を殺すのが、私の役目よ」
「いや、僕は暗殺者じゃないし!
毒殺テロリストなんて聞いた事ないよ。
まぁカンピロバクター大司教を殺しに来たのは間違いないけど……
というか、毒殺って事はさっきのナイフには毒が?!」
毒と言うと、パキポディウムの根の毒を思い出す。
あの時は腕だったから、血抜き君で毒抜きできたが……
今回は肺だし、身体の内部に血抜き君を入れるのは流石に怖い。
ただ、パキポディウム程の速攻性ではなさそうだから、全部終わったら師父に解毒してもらった方が早いかも?
そんな事を考えていたのだが、僕の考えは甘かったらしい。
最初に指先が痺れ、目眩がした。
次に吐き気や、歩行が困難になり、次第に全身が動かなくなってきて、僕は倒れてしまう。
意識ははっきりとしているのに、身体が動かない。
……こんな所で僕は死ぬのか?
戦って負けたわけでもなく、ただ不意打ちの毒で?
「私が使ったのは、巨大な魔獣ですら動けなくなる神経毒よ。
大人でも1日、坊やなら半日で死に至るわ。
坊や、貴方は決して手を出していけない人に手を出してしまった。
その事を後悔して死になさい」
そう言って、クロノバクターは高笑いしている。
嫌だ!
死にたくない。
少なくともこんな所で死んだら、父さんに、母さんに、アルフ兄さん、ラーナに申し訳ない。
そして、レオン師父に、アリス師母に顔向けが出来ない。
それに、死んでいった人達、アナ、ジャル、ミル兄さんになんて言い訳すれば良いのだろう……
ダメだ!
死ねない、死ねない、死ねない、し、ね、な、い……
ふぅ。
時々、僕には狼狽えたくなる癖がある様だが、とりあえず満足したので冷静に考える。
やはりまだ、僕は甘いらしい。
普通なら、決戦前に人助けなんてしない。
囚われていたからって、油断して良いなんて言い訳にもならない。
まぁ、それでも僕は次も同じ事をしてしまうかもしれないけどね。
一応、全身のダメージは回復魔法でカバーできているが、いかんせん身体が動かないのが難点だ。
しかも、肺は治ったはずなのに息苦しい。
とにかく、風魔法で空気を吸い込み、呼吸は維持する。
神経毒って言っていたな……
神経は全身を廻る、身体の動きを制御する細い糸の様なものだろう。
ならばと僕は、全身の神経に魔力を走らせ、身体を制御してみる。
そう、ゴブリンやその他の魔物の様に、魔力を使って生命を維持してみる。
最初は指、そして足、それに各種臓器の神経を1つ1つ魔力で制御する。
それは、想像を絶する複雑な作業。
膨大な情報に頭が痛くなる。
それでも、身体が動くなら安いものだ。
まぁ、更に回復魔法と身体強化と、防御魔法を展開しているから、魔力も精神力もガリガリ削られているけどね……
なんとか僕が立ち上がると、クロノバクターは驚いた顔をしている。
「なんで……
なんで立ち上がれるわけ?
まさか、解毒魔法?
いや、この神経毒は魔法では解毒できないはず。
解毒剤も魔法も効かないはずなのに?」
「ゲレゲレ、ヴォー、オデは……
テステス、アー、アー。
ふぅ、喋るのって、案外難しいんだね。
ちなみに、解毒魔法は使っていないよ?
身体は麻痺してるけど、魔力で動かしているだけだよ。
まだ死ねないしね」
僕はそう言って、クロノバクターに駆け寄り、血抜き君で斬りつける。
と言っても、十全に身体が動く訳では無いので、まるで人形劇の様にぎこちない動きで、それでいて身体強化の影響で高速に動くので、不気味な挙動で攻撃を繰り出す。
まぁ、当然狙いなんて適当になってしまうが、当たれば構わない。
適当に狙って、適当に斬る。
クロノバクターは、僕が立ち上がるなんて想定していなかったみたいで、茫然と立ち尽くしている。
左手に一撃、肘から先を斬り落とす。
次いで右脚に一閃、太腿を半分くらい引き裂く。
クロノバクターは倒れ、頭を強打して気絶する。
さて、どうするか……
コイツは危険だしなぁ。
僕は、右手首と、両足のくるぶしから下を斬り落とす。
そして、一応回復魔法で止血っと。
こんな相手でも死なれたら嫌だしね。
……やっぱりなんかムカつくな。
僕は目を潰し、鼻を切り取り、耳をそぎ落として指を突っ込んで鼓膜を破る。
喉を斬り裂き、回復魔法で無理矢理つなげる。
これで、何もできないはず。
さて、次は……
やはり、魔力で身体を動かすのは無理があったらしい。
ちょっと疲れたよ。
結局、数歩だけ歩いたところで、僕は再び倒れ込んでしまったのだった。
⌘
私の名前はクロノ。
最初はただのクロノだった。
暗殺者になったのは、単に朝が弱かったから。
朝起きれないので、夜の仕事を選ぶしかなかったのだ。
それに、私には毒に強いと言う特徴があった。
だから、様々な毒を使い、数多の要人を暗殺してきた。
そのため、ついたあだ名は毒殺テロリスト。
略すと毒テロ。
依頼の達成率は100%、狙った獲物は必ず殺す、それが私の信条だった。
しかし、その日は別だった。
カンピロバクター大司教様……
あのお方には毒は効かなかった。
一度は殺したと思ったのに……
私は、その輝く御姿に畏怖し、絶対の忠誠を誓う。
そして、クロノバクターの名を与えられ、カンピロバクター大司教様の忠実なる僕として、敵対する聖職者達を毒殺していくのだった。
少年は、やっとの思いで仇敵の元に辿り着く。
その内に秘めた決意のもとに……
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