第77話 捨て身
師父の魔法が発動したって事は、あの宿屋に何かあったのだろう。
領主軍か聖騎士のどちらかがスラムに侵攻した、そんなところだろうか?
まぁ師父の事だから、100%無事だろうが、恐らく街の人は……
サビィさんの情報屋は宿と反対だし、問題ないと思うけど、ボルツマンさん達がどうなったかはわからない。
詰所には戻らないように言っておいたけど……
それはともかく、目の前の敵を倒さなければ!
「今の揺れ、彼女の家の方向ジャン!
ヤバイ、ヤバイよヘリコ!
どうしよう?」
「焦るなアシネト。
小僧、貴様何か知っているのか?」
「知らない……
事は無いですけど、僕じゃありません。
誰かが僕の師匠の宿を襲ったんじゃないかと思うんですけど。
正確にはわかりません。
でも、僕の師匠以外にあんな大規模な魔法を使える人は知りませんので。
ただまぁ、早く終わらせないと……」
「ならば、こちらも早く終わらせて、カンピロバクター大司教様を逃さねばなるまい。
アシネト、本気で行くぞ!」
「わかったヘリコ、俺っちも頑張ってみるよ!」
そう言うと、ヘリコバクターは盾を捨て、防御魔法投げに専念する。
そして、エンテロバクターも少しずつ前に出てきて、ヘリコバクターとアシネトバクターが僕との距離を詰めてくる。
この3人の本気に、僕が普通に戦っただけでは、多分倒せない。
まぁ逃げる事はできるけど。
ならば……
僕はヘリコバクターに集中して、再度特攻をかける!
と言っても、攻撃はせずに正確無比な白刃を避ける事だけに専念する。
アシネトバクターの遠距離攻撃は、避けずに身体で受け止める、致命傷は避けながら。
もちろん、刺さった場所は痛い、普通に肉が裂け、血が出ている。
それでも、痛みで動きが鈍らないように踏ん張り、我慢する。
そして、身体に刺さった防御魔法が6個になった段階で、僕はそれを抜いて投げつける。
ただ、防御魔法をかけている3人に防御魔法の破片を投げても、当たった部分の防御魔法が一部消えるだけ。
何かが当たったかな?くらいのダメージしかなく。
しかも、すぐにエンテロバクターから防御魔法が補充され、元に戻る。
だが、僕の狙いはそこじゃない!
一応ランダムには投げた風に見せかけてはいるが、狙いはエンテロバクターとヘリコバクターとアシネトバクターを繋ぐ魔力の線だ。
ヨシ、切れた!
しかし、その瞬間に、防御魔法を投げた態勢の無防備さを突かれ、僕はヘリコバクターに斬られてしまう。
辛うじて左腕で庇ったが、骨が半分まで切られている。
動くだけで痛い!
でも、痛みに耐えてなんとか踏ん張る。
一方、ヘリコバクターも急に魔力のリンクが切れたせいか、身体強化魔法が無くなり、急激な反動の影響で態勢を崩す。
恐らく全身にあり得ない様な負荷がかかったのだろう、ヘリコバクターは四つん這いになり、呻いている。
確か、ヘリコバクターとアシネトバクターが魔法を唱えてからリンクする必要があったはず。
そんな隙は与えない。
僕は、即座に左腕に血抜き君を当て、光魔法で腕ごと固定し、痛みを我慢しながらヘリコバクターに接近する。
そして、ヘリコバクターの右手で頭を掴み
「眠りやがれー!」
と、叫んで催眠魔法を直接脳天に打ち込みながら、地面に叩きつける!
ヘリコバクターの頭は地面にめり込み、沈黙する。
まぁ、着地寸前で少しだけ引き戻しておいたから、多分死んではいないと思うけど……
しかし、さっきは危なかった。
魔力のリンクが切れてなかったら、もう少しで腕を斬り落とされていたかもしれない。
いや、下手すると死んでいたかもしれない。
まぁ、それ以外に方法はなかったから仕方ないのだが。
とにかく、この人が起きたらヤバイので、僕は刀を奪って収納魔法に仕舞う。
さて、残りは2人!
僕は腕の傷を回復魔法で治す。
アシネトバクターは、後ろに戻り、盾を拾っている。
エンテロバクターは、何かの球に火をつけている?
魔力は感じないが、アレは一体……
そして、エンテロバクターはその球を僕の方に投げてくる。
嫌な予感がする……
僕は咄嗟に防御魔法を張り、身を守る。
目が焼けるのではないかと思う程の閃光と、ドーン!という轟音が鳴り響き、僕は爆風で吹き飛ばされる。
防御魔法を張っていなければ、かなりヤバかった。
ちなみに、僕の近くに居たヘリコバクターは……
火達磨になり、爆風であらぬ姿になっている。
多分、死んでいるだろう。
「な、なんで?
なんで仲間を殺すんだよ!」
僕はエンテロバクターに問いかける。
「チッ、火薬もダメか。
えっ、なんでって?
だってヘリコはとっくに死んでいて……
殺したのはアンタだろ?」
どうやら……
エンテロバクターはヘリコバクターが生きていた事を知らなかったらしい。
「違うよ!
眠らせただけだよ。
せめて確認してくれたら、ヘリコバクターさんも死ななくて済んだのに……」
うん、僕は殺していない。
だから濡れ衣は困るんだけど。
「そんな!
嘘!
嘘、嘘、嘘、嘘……
嘘だよね、アシネト?」
「エンテロ……
ヘリコの生存を確認しなかったの?
俺っちは盾を構えていたから、わからなかったんだけど」
「そんな事言ったって……
だって普通殺し屋なら殺すって思うじゃない」
「えっと……
僕は殺し屋じゃないんですけど?
ただの冒険者のハンターで……
今まで直接に人を殺した事はありませんよ。
今回は、故あってカンピロバクター大司教を殺しに来ましたけど、その他の人を殺す気はありません。
だから、ここを通してくれるなら、もう戦う必要はありませんよ?」
まぁ、直接じゃなければ、何人も死なせてしまったけど、嘘は言っていない。
うん、大丈夫。
「……そう。
まぁいいわ。
どの道、ここは通せない。
愛するカンピロバクター大司教様は殺させない!
ヘリコもきっとわかってくれるはず。
それに、アンタさえ来なければヘリコは死ななかった。
この厄病神!
アシネト、この悪魔みたいな子供を殺すよ!
あの技を出しな!」
「えー、アレをやるの?
本気?
俺っちも命懸けかよ……
まぁ、どの道カンピロバクター大司教様を守るためには仕方ないか。
天使様、天使様、おいで下さいませ。
纏えよ光、神の御名のもとに。
エンジェロイダーポゼッション!」
アシネトバクターがそう叫ぶと、彼の服が弾け飛び、一瞬全裸になる。
そして……
光が身体を包み、白鷺の様な白い羽を持った、大きな鳥人の姿になった。
エンジェロイダー、天使を模したモノってところか?
まぁ、実際の気配は光属性の魔物って感じで、神々しさとかは感じない。
天使なんてみた事無いけどね。
強さは……
アイルロポダよりちょい強いくらいか?
エンジェロイダーを纏ったアシネトバクター、長いから偽天使って呼ぶか。
偽天使はその拳や蹴りで襲いかかってきた。
風圧がかすり傷になる程の強烈な攻撃を、僕は血抜き君で受け流し、避けて反撃する。
なんか楽しい!
やはり、僕は人相手より、魔物相手の方が向いているらしい。
ヘリコバクターとの戦いよりも、力も漲っている。
それに、偽天使の力は強いが、技は大した事がないのもポイントが高い。
どちらかというと、素人に近いくらい。
コンビネーションや、フェイントが全くないので攻撃の軌道が読みやすい。
暫くは近接戦の殴り合いみたいな戦いが続く。
偽天使の誤算は、長身のアシネトバクターが憑依して更に大きくなり、小さい僕を狙いにくい事だろう。
一方、血抜き君の攻撃は当たるが、血が出る中身まで到達しないので、あまりダメージが与えられない。
魔力を奪っても良いのだけど、なんとなく今はこの戦いを楽しみたいので、無粋な事はしない。
とにかく、攻撃を避け、斬り返す。
斬っては避け、避けては斬り……
互いの全力で打ち合う。
しかし、師父ほどではないが、これだけの魔力をどうやって維持しているのだろうか?
変身前のアシネトバクターの魔力は、これ程強くはなかった。
実力を隠していたわけじゃなさそうだし……
そんな事を考えていると、エンテロバクターは焦った声で偽天使に叫ぶ。
「アシネト!
早く片付けないとアンタの命が!
急いで!」
ひょっとして……
あの偽天使は、生命力を魔力に変換して?
なんだか、中の人が弱くなってきたとは思っていたのだけど……
僕が戦わずに、偽天使の魔力を奪っていたら、中の人は生命力を消費して……
僕が原因で死んでいたかもしれない。
つまり、僕が殺した事になってしまう。
くどい様だが、僕は出来るだけ直接人を殺したくはない。
まぁ、直接でなければ、相手が勝手に死んでいくのは別に構わないのだけど。
エンテロバクターの声が届いたかどうかは不明だが、偽天使は突然羽を羽ばたかせ、宙に浮いた。
そして、空から先程よりも激しい攻撃を繰り出してきた。
流石に僕も空は飛べないし、空を飛んでいる偽天使に手も足も出ない。
ただ、ひたすらに避ける。
そんな状況が暫く続くと、急に偽天使の光が無くなり、老人の様な顔をした、ガリガリの裸の男が堕ちてきた。
多分、アシネトバクターだろう。
そして、落下のショックでアシネトバクターの身体はあらぬ方向に折れ曲り、死んだ。
「そんな、アシネトまで……」
エンテロバクターはアシネトバクターの死に驚き、呆然としている。
「後は貴女だけですよ。
もう一度言うけど、無駄な戦いは止めませんか?
僕が殺したいのは、カンピロバクター大司教ただ1人だけだし。
見逃してはもらえませんか?」
「ダメよ!
カンピロバクター大司教様は、孤児だった私達を拾って、育ててくれた大恩のあるお方。
そして、バクターの名まで与えてくれた。
だから、絶対に殺させない」
「貴方達は魔力が高いから……
他の子達は人形にされ、悲惨な末路になっているのを知っているでしょ?
多分利用されてるだけじゃないんですか?」
「そんなわけ……
いや、例えそうだとしても。
私達、孤児にとってはそんな事はどうでも良い事。
食べ物をくれた、優しくしてくれた、寝る場所をくれた、魔法を教えてくれた、生きる力をくれた……
それが全て、それ以外はどうでも良い!
私は、カンピロバクター大司教様を守る!」
そう言うと、エンテロバクターは呪文を唱え始める。
これは……
さっきのアシネトバクターに、似ている。
生命力を魔力に変えて……
「喰らえ!
乱れ散華!」
エンテロバクターはそう叫ぶと、魔力が溢れ出し……
魔法攻撃、いやこれは自爆だ!
逃げられない。
咄嗟に魔法を防御したものの、僕は赤い閃光に包まれた。
少年は、仇敵の下に辿り着く。
そして、世界の深淵を垣間見るのだった。
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