第70話 師の帰還
クトゥグアから貰ったアニマという欠片は、何か不思議な感じのする物質だった。
試しに収納してから出してみると……
何も変わらなかった。
コレが最上で、変わらないって事か?
それはともかく、クトゥグアの言う事が正しければ、師父達が出てくるのは明日か。
もうそろそろ夕方だしな……
野営の準備でもしようか、そう考えていると、ん?
異常な魔力を感じる!
近い、敵か?
僕は急いで魔力の発生源に向かう。
そして、そこには……
腕が中に浮かんでいる。
いや、正確には空間から、手が出ている。
更に正確に言うと、師父の手だ。
僕が、その手を引くと、更に空間が裂け、師父と、師母が出てきた!
「シアン、大丈夫?
あのヒバゴンは?
怪我はないの?」
師父の顔は蒼褪め、力無い腕が僕を掴み、それでも師父は僕の心配をしてくれる。
「僕は大丈夫です。
クトゥグア、えっとさっきのヒバゴンはなんとか退けました。
それより、師父達は大丈夫だって聞いてたんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
師父は安心したのか、
「良かった」
と言って倒れてしまう。
すぐさま師母は師父を抱き上げて、所謂お姫様抱っこと言う奴、それで運び始める。
そして、師母は「近い街は?」と聞いてきた。
うーん、一番近いのはアラバ村だが、今は師父を休ませる場所を確保するのが難しいかもしれない。
ならば……
「カンクの町なら僕の全速力で2日程度だと思います。
って僕も行ったことはないんですが、方向はわかります」
すると師母は、「りょ」と言って案内を促した。
師母は、いつもよりはゆっくり歩いている様に見えるが……
しかし、なんで僕の全速力と言っても身体強化魔法無し、と同じくらいの速さなんだろうか?
僕は走りながら並走し、質問する。
「クトゥグアの話では、時空魔法で明日に飛ばされたって聞いたんですが、何があったんですか?」
「シアンいない。
レオン焦った。
時空を引き裂いて。
戻った?
みたいな……」
要約すると、明日に飛ばされた師父達は僕が居ないのに気づき、殺されたと思ったらしい。
まぁ、実際クトゥグアは強敵だったし。
そして、師父が焦りだして、時空魔法の痕跡から無理矢理時空を開いて戻ってきたんだけど……
ええっと、ライフストリーム理論に基づいて、時間の流れを順行するのは、比較的低いエントロピーで越える事ができるけど、逆行にはかなり大きなエントロピーの障壁を越えないといけないため、魔力を大量に消費した挙句、身体や魂に大きなダメージを負ったと。
師母は死神とのハーフだから、生まれつき身体が強く、魂へのダメージは少なかったけれど、師父は普通じゃないけど、純粋な人間だからダメージが大きかった。
特に魂のダメージが大きく、師母と結魂していなければ、消滅していた可能性が高かったくらいヤバかったと言う事らしい。
うん、正直なところ全く意味がわからないんだけど、多分命懸けで戻って来てくれたと言う事だろう。
とにかく、師父を早く休ませる必要がある。
僕と師母は、途中の師父の世話以外休みなく走り続ける。
ちなみに、師父の世話と言っても、意識がないので僕が時々回復魔法をかけてみたり、師母が下の世話をするくらいだ。
下の世話は……
夫婦の務めらしいので僕は見ないようにする。
早く、ちょっとでも早く街に着くように、僕達は進み続ける。
ただ、師母は両手が塞がっているので、露払いは僕が受ける事に。
最初は、ゴブリン5匹だ。
リーダーもボスもいない、ただのゴブリンの集団。
まぁ通り道ではないが、ゴブリンの巣もあるようだけど、今回は無視する。
僕は身体強化魔法を使いながら、全速力で走り、鎧を着ていない3匹は、血抜き君で心臓を1突きで殺す。
次いで、胸当てみたいな鎧をつけた2匹のゴブリンは、血抜き君を仕舞って両手で首を掴み、魔力を吸い取って殺す。
なんか、かなり早く魔力を吸えるようになったなぁ……
まぁ慣れたからだろうけど、なんか微妙に嬉しくない。
ちなみに、今回は時間優先で、戦利品も無視だ。
そして暫くすると、師母が「何かいる」と言った。
魔石は感じないから魔物ではない。
獣か、人か?
なんだ、熊か。
人じゃなく、なんとなくホッとする。
魔物じゃない熊なら食べれるしね。
熊はこちらに気づいていない。
僕は速攻で熊の後ろに回り込み、血抜き君を心臓に突き刺し、熊を殺す。
充分に血抜きして、肉は捌かずに収納する。
しかし、魔物以外は感知できないのが僕の弱点だよな。
まぁ、普通にハンターをやるなら、魔物の感知だけでも充分なんだけどね。
でも、例えばさっきの熊だって、魔力が0のときならば身体強化魔法が使えずに苦戦していただろう。
更に、血抜き君無しの素手では倒せなかったと思う。
同じ状況で、熟練の冒険者や盗賊と戦えば……
そんな事を考えながら進んでいると、次は人の集団に囲まれた。
盗賊だ!
アラバ村は泥棒すら出てこない長閑な田舎だけど、街にはいるって聞いた事はある。
だけど、本当に髭もじゃで、息が臭くて、目が腐った様な盗賊がいるなんて……
「なんでこんな山の中に子供がいるんだ?
まぁいい、小僧、死にたくなければ、有り金を全部置いていきな。
なんなら、その腰の武器でもいいぜ?」
この人、血抜き君が欲しいとか、正気か?
そんな事を考えていると、別の盗賊が話に割ってきた。
「それより兄貴、コイツ意外と可愛い顔してるし、捕まえて遊んでから売っちまいましょうぜ?」
遊んでくれる?
いや、とてもお手玉とか綾取りをやる様な顔には見えない。
きっとゴブリンごっことか、ウサギ狩りごっこなんだろう。
まぁ、そんな遊びは嫌なんだけど。
ちなみに、いつのまにか師母は後ろに下がって隠れている。
なので、盗賊に囲まれているのは僕だけだ。
手前の下っ端っぽい盗賊2人は粗末なナイフ、中堅っぽい2人は短剣、そして兄貴と言われた盗賊は山刀を持っている。
更に、奥に1人、幽鬼みたいな、長身で、細長く顔が髪で隠れて見えない男がいる。
多分、1番強いのはその幽鬼みたいな男だろう。
「なんだい?
怖くて声も出ないのか?
オラ、叫んだって誰も来ないし、可愛い声で泣いてくれてもいいんだぜ?」
「待てよ、ここは兄貴分の俺からだろ?」
そう言って、盗賊は僕の尻に手を回してくる。
ゾクっ、嫌な感触が僕の全身を走る。
どうやって逃すか考えていたのに……
もう面倒になってきた。
僕は、全速力で盗賊達の目を抉る!
油断している盗賊の目を抉るくらい、身体強化魔法をかけている僕なら造作もない。
盗賊達は急に暗闇になった状況に焦り、自らの目が抉られた事にすら気づいていない。
しかし、幽鬼みたいな1人だけは、反応した。
まぁ、奥にいたし、狙えなかったのもあるが、そいつは異変に気付きすぐに構えた。
このままでは、目ん玉は抉れない。
殺すのは嫌だしな……
「っ、テメエ、何者だ?
俺を殺しに来たのか?
いや……
それならとっくに殺しているはず。
それくらいの実力差は理解している。
金か?
それとも、何か目当てがあるのか?」
幽鬼の様な男は、後退りながら僕に聞いてきた。
「んー、カンクの街に急いで行かなきゃいけないんだけど、通してもらえますか?
ちなみに、僕の後ろにいる師母と師父も。
とにかく急いでいますから、できれば仲間とか呼んで追わないで欲しいんですけど?
言う事を聞いてくれるなら、コレをあげます」
そう言って、僕はアイルロポダの頭を取り出す。
「ゲェ、それは……
わかった、お前さん達には絶対手を出さない。
いや、手を出したら殺されるのは理解した。
こう見えても俺はこの辺りの盗賊を仕切っている。
偶々今日はコイツらに用事があって来ただけなんだが、すぐにアジトに戻って伝えておく。
今後アンタには一切手を出さないように、仲間には言い聞かせておくから。
そうだ、今後盗賊に会ったらコレを見せてくれ」
そう言って、幽鬼の様な男は指輪を付けた小指を噛み切り、僕に投げてよこす。
「俺の名はクロッコ、盗賊団ブリガンティの首領だ。
その指輪は絶対に外せない魔法の指輪だから、それをカンクの街周辺の盗賊が見れば手は出さねえはず。
もしくはアンタに手を出す奴らがいたら、俺たちが殺す。
約束する。
ちなみに、カンクの街に行くなら、スラムにある旅館シチリアを訪ねてみてくれ。
あそこなら、アンタの連れも安心して休めると思うぜ」
別に汚い指なんて要らないが、今後面倒が無くなるならいいやと、僕は指輪のついた指を収納する。
「わかりました。
でも、約束を破れば死ぬより辛い事になりますからね?
仲間にもしっかりと伝えて下さいね。
それじゃ、サッサと行って下さい」
僕がそう言うと、男は一目散に逃げ出した。
5人の目が潰れた盗賊を置き去りにして……
この人達は、まぁ運が良ければ生き残るだろう。
なんか、色々喚いているし、泣いているし、五月蝿いが放置しよう。
そして、先に進もうとすると、師母が近づいてきた。
「何故殺さない?」
師母は聞いてくる。
「えっと、あの……
人は、殺すのが嫌なんです。
まぁ、この人達もその内死ぬかもですが、直接手を下すのは嫌っていうか。
できないんです」
と、素直に答えると、師母は、
「そか」
と答えた。
それからは特に何事もなく、カンクの街に辿り着く。
僕達はクロッコさんに言われたスラムの旅館シチリアを探した。
そこは、何故かスラムの中なのに、豪華で立派な旅館だった。
僕達が中に入ると……
「いらっしゃいませ。
おや、アンタ達がクロッコさんの……
こんな子供がねぇ。
まぁウチは普通1日1000ジルだけど、アンタらはクロッコさんの客分だしね。
1日100ジルでどうだい?」
女将さんらしき人が聞いてきた。
「それじゃ、とりあえず800ジルで8日間お願いします」
僕は村を出る前に用意した有り金を全部出して渡す。
まぁ、足らなければ魔石を換金すれば良いしね。
ちなみに、師母は一切お金を持っておらず、師父が起きないとどうにもならないらしい。
それから、師父をベッドに寝かせ、僕と師母は必死に師父の世話をした。
と言っても、僕は流動食を作り、回復魔法をかけただけだけど。
師母は、直接口移しで水を飲ませたり、ご飯を食べさせたり、身体を拭いたり、下の世話をしたり……
甲斐甲斐しく師父の世話をしていた。
これが夫婦の愛なんだな、僕はそう思った。
そして、宿に泊まってから5日目、師父が目覚めた。
「ありがとうアリス。
それにシアンも。
ただ、私はもうそんなに長くはないらしい。
だから、シアンに一子相伝の技を教えたい。
シアン、最後の試験だ。
これから5日以内に、人を1人殺してきなさい」
??!
師父の突然の話に、僕は一瞬、目の前が真っ暗になった。
人を殺せ
師の真意は一体……
少年は困惑しながらも、殺すべき人を探す。
そして、一冊の日記を見つけ出すのだった。
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