第7話 かけちがい
翌日から、本格的に授業ということで、朝練をしっかり行い、母さんにお弁当を作ってもらい、余裕を持って養成所に向かった。
母さんのお弁当は、鬼斬という、三角形の米のごはんだ。
ほんのり塩味で、美味しいんだよね。
ちなみに、この辺りは岩塩が取れるため、塩には困っていないらしいが、普通は海のそばじゃないと、塩の入手には苦労するらしい。
それはともかく、今日から授業が始まる。
くどいようだが、今日から授業が始まる。
大事な事なので、もう一回言うけど、今日から授業が始まる。
楽しみで仕方ない。
ウキウキで、ヤーフルさんの養成所に向かう。
「血に染まる、血に染まる〜♪
ゴブリン倒して血に染まる〜♪
ピッチピッチチャップチャップランランラン〜♪
満月の夜は気をつけろよ?
ヌッコロせ〜ゴブリン!
ヌッコロせ〜ゴブリン!
巨人も倒せ〜オー!」
思わず、村に伝わる民謡を歌ってしまった。
昔の勇者が口ずさんでいたらしいんだけど……
物騒だが癖になるフレーズが病みつきになるとの評価らしい。
そんなこんなで、養成所に着くとジャルとアナが既に居た。
「おはよう!
相変わらず、早いね。
今日から授業が楽しみだね」
「おはよう、ブルー。
朝から集会所に人っていうか、主にお年寄りが集まってくるから居づらくてね。
あんまり孤児院出身は良くは見られない……
まぁ、それはともかく、ブルーの家は近いの?」
「近いっていえば近いかな?
ゆっくり歩いて2時間くらいだけど、全力で走れば30分くらいだよ?」
「結構遠いね……
まぁでも、あんまり朝から頑張り過ぎると疲れるから気をつけてね?」
「大丈夫だよ。
普段なら、朝練の後に畑仕事して、終わったらウサギを狩りに行って、素振りをした後に父さんか兄さんと模擬戦をして、筋トレしてるから。
全然余裕?
だよ」
「いや、それって……
普通じゃないよね?
まぁ苦労してるんだね。
なんか相談があれば、遠慮なく言ってね。
あんまり力にはなれないかもだけど……
話くらいは聞けるから」
?気軽に話して、って意味かな?
よくわからないけど、僕は「ありがとう」って答えておいた。
それから暫く雑談していると、カシ村3人衆が来て、更にもう暫くしてヤーフルさんが来た。
「おーし、みんな来たな。
んじゃ、まず朝は座学で魔物達の生態や対応方について説明してやる。
どんな冒険者でも、必ず魔物と対峙しなければならないから、ちゃんと聞いておけよ。
今日はまず、最弱の魔物、ゴブリンについてだ。
ゴブリンは緑色の肌をした、そうだな……
この小僧位の身長の魔物だ」
そう言ってヤーフルさんは嘲笑しながら僕を指差した。
「性格は獰猛で、知能は限りなく低い。
だが、最弱でも、その力は案外強く、油断すると熟練の冒険者でも殺される。
実際、この辺りのハンターの死因の大半は、ゴブリンに不意打ちや、集団攻撃を喰らった事が原因だからな。
武器は大抵ナイフとか、短い得物を使う。
だから、長い剣や槍に弱い。
ここまでで質問はあるか?」
僕は「ハイ!」と手を挙げ質問する。
「父さんは弓や魔法を使うゴブリンもいるって言ってました。
あと、かなり素早いから槍は間合いに入られると危ないんじゃないかな?」
「うるさいな。
弓ゴブリンなんて滅多にいないから、俺でも一回位しか見た事ないし、そこまで心配する必要はない。
ゴブリンの魔法は根も葉もない噂だ。
それと、俺の知ってる冒険者で、サキって槍使いの奴なんだが、1人で10体のゴブリンを瞬殺してたからな。
あれは今思い出しても身震いするぐらい凄かったからな……
まぁだから、ゴブリンは槍に弱いんだよ。
わかったか」
その後も、ゴブリンは上からの振り下ろしに弱いとか、罠を察知する能力があるとか、土ウサギと交配して子供を作るとか、聞いたこともない話を教えてくれたので、父さんから聞いた話を元に色々質問を続けた。
すると、
「うるさい!
授業の邪魔だから廊下で立っていろ!」
とヤーフルさんに怒られてしまった。
結局、昼まで廊下に立たされてしまい……
午前の授業は半分くらいしか聞けなかった。
まぁ後半はヤーフルさんの自慢話みたいなものだったらしいけど……
そして、お昼休みになったので、ジャルとアナに声をかけると、2人はお弁当がないらしい。
そこで、丁度鬼斬を3個持っていたので、2人に分けて一緒に食べた。
2人とも、「美味しいね」って言ってくれたので、「母さんの自慢の鬼斬なんだ!」って嬉しそうに答えたら、ジャルとアナは顔を見合わせて微妙な笑みを浮かべた。
そして、食べ終わると、2人で何処かに行ってしまった。
足らなかったのだろうか?
明日は母さんに多めに鬼斬を作ってもらうか、ウサギでも狩って持ってこようかなぁ……
午後は剣術の実技!
と、思ったら、僕は身体ができていないから、基礎体力作りからだと言われた。
腕立て伏せ、腹筋、背筋を外でやってから、村一周のマラソンをやるように言われた。
せっかく父さんに、練習用の木のナイフを作ってもらったのにな……
仕方ないので、腕立て伏せ100回、腹筋50回、背筋50回を2セットやり、村をマラソンで3周する。
その後、少し休憩していつもの突きの練習をしてから、またマラソンで2周ほどしてくると、みんなが実技を終え小屋から出て来た。
しかし、カシ村の3人衆は楽しそうだったけど……
ジャルとアナは、腕などに青痣ができていた。
僕が「大丈夫?」って声をかけると、暗い声で「大丈夫だから気にしないで……」と2人は答え、その後無言で帰ってしまった。
2人とも初めての訓練で疲れたのだろうな……
僕も父さんと修行し始めた頃は、あれくらい痣だらけになってたし。
最初は仕方ないんだろう。
でも慣れれば大丈夫だし、うん明日には元気になってるんじゃないかな。
みんなが帰って仕方ないので、僕もヤーフルさんに
「今日はありがとうございました。
明日もよろしくお願いします!」
と、声をかけて帰った。
しかし、次の日も、その翌日も……
僕は筋トレとマラソンのみだった。
それと、日に日にジャルとアナは表情が暗くなり、数日経つと、僕と話してくれなくなってしまった。
一体2人に何が起きているのだろうか……
でも、2人とも何も話してくれないので、仕方なく、僕は帰り際にリッツに声をかけてみた。
「リッツ、あのさ……
実技の授業ってどんなことしているの?」
「そりゃ、もう厳しい修行だぜ。
素振りと模擬戦がメインだな。
まぁお前みたいに、楽な筋トレが羨ましいぜ」
「そうなんだ!
いいな〜
僕も模擬戦とかやってみたいな……」
「生意気な奴だな。
そうだな、いいぜ、俺がちょっと軽く相手してやるよ。
かかってきな?」
そう言ってリッツは木刀を正中に構える。
あれ?
リッツの構えは脇が甘く、少し空いている。
腰もピンと伸びており、少し木刀が重いのか切っ先が揺れている。
油断を誘っているのか?
というのも、父さんも時々こういう隙をワザと作って、こちらの狙いを誘導してくる事があるから、僕はリッツがかなり格上なんだと思った。
こういう時は……
僕は一瞬構える振りをし、すぐさまトップスピードで突撃する!
狙いはこちらから見て左側。
リッツは右に重心をかけているので、即座に死角の右には対応できない。
そして、僕はリッツの懐に入り込み、喉元に木のナイフを突き立てる。
あれ?
手答えがなさ過ぎる。
リッツを見ると、驚愕で顔が引きつっている。
僕が呆気に取られていると、リッツは後ろに下がって、僕に言った。
「ひ、卑怯だぞ、不意打ちなんて!
というか、さっきのはちょっと疲れて油断しただけだ。
まだ本気出してないからな!」
「まあまあリッツ、さっきのはたまたまだろうから、いつものアレにしようぜ」
カールがそう言うと、リッツは不敵な笑みを浮かべ、地面に丸を描いた。
「この円に入って、俺たち3人の攻撃を避けるんだ。
これは、手負で敵に囲まれた時を想定した訓練だからな。
この円からは出るなよ。
俺たちはいつも、この訓練をやっているからな。
お前にも特別にやってやるよ」
僕は、言われるままに円に入り、木のナイフを構える。
正面にリッツ、右後ろにカール、左後ろにビスコが来て、それぞれが木刀を構える。
「行くぞ!」
という、リッツの掛け声と共に、3人が連携して僕に襲いかかってくる。
まずはリッツの上段攻撃をかわすと、側面の死角からカールの横薙ぎが迫り来る。
辛うじて木のナイフで軌道を変えて避けるも、ビスコの突きが脇腹を掠める。
痛い!
そう思うも、休む間も無く3人衆は連続で攻撃してくるため、防戦一方で押しきられてしまう。
正直なところ、1人1人はあまり強くないし、3人衆の連携もそれ程取れていないので、致命傷を喰らう程ではないが……
腕や足を打たれ、徐々に痛みで動きが鈍くなる。
体力も消耗していくし、このままではジリ貧だ……
そう思った頃に、3人衆は攻撃を止め、リッツが話しかけてきた。
「今日はここまでだ。
俺たちも疲れてるからな」
「そっか……
残念だな。
でも、この修行はゴブリンとかの相手にかなり有効だよね!
また時間がある時は、相手してくれるかな?」
僕がそう答えると、カールが返答した。
「うーん、そうだな……
これは授業だからな。
そうだな、一回1ジルなら時々相手してやる、っていうのはどうだ?
リッツ」
「いいぜ、カール。
ビスコもいいよな?」
「僕は構わないよ」
「それじゃ、週に2回くらい。
俺たちが相手になってやるから、ちゃんと金を持ってこいよ。
そうそう、これは秘密特訓だからな、親とかヤーフルさんとかには言うなよ?」
「うん!
わかったよ、またよろしくね」
こうして、僕はやっと模擬戦をやる事が出来るようになった。
閉鎖的な村の出身の少年達にとって、弱いものが虐げられるのは当たり前の事だった。
もちろん、虐げられる本人にとっても。
でも、それが当たり前で良いのか?
そんなのは嫌だ!
次回 第8話 憤り