第64話 死線
翌朝の朝食は、朝からいきなりステーキだった。
「とっておきの、魔神牛のステーキだよ。
なんとA5ランクのね!
選び抜かれた血統の牛で、草の魔物を食べて育つから、肉厚な赤身が特徴的で、それでいて適度に脂身が入っているから、噛むたびに肉汁が溢れ出すとても美味しい肉なんだよ。
ちなみに、王都で食べれば一切れ10000ジルはする高級品だから、味わって食べてね」
「師父、朝からステーキですか?
しかも、とんでもない高級食材じゃないですか!
僕はそんなにお金を持っていないですよ?」
「まあまあ、お金には困ってないから。
って言うか、シアンからお金を取るわけ無いから。
それよりも、アリスの修行の前に食べておかないと……
って思ったわけなんだよ。
うん、頑張って生き延びようね!」
「なんか……
嫌な予感しかしないんですが。
まぁでも、美味しそうだし、いただきます。
うわぁ、美味しすぎる!
こんなに美味しい肉を食べたら、他の肉は食べられなくなるくらい」
僕は、朝なのに食欲が止まらず、一気に平らげる。
しかし、昔から母さんが美味しい物を作る時は必ず裏があった。
結構無茶な、レア素材を取って来いとか、掃除をさせられるとか……
師父に限ってそんな事はないと思うが、なんとなく不安になる。
そして、師母との修行が始まる。
師母は、動きにくそうな黒のドレス、ゴシックロリータとか言う服だったかを着て、手には普通のナイフを一本持っている。
一見すればただの可愛らしい少女なんだが……
身長も僕よりちょっと高いくらいだし。
でも、あの悪霊との戦いを見て、只者ではない事を僕は知っている。
というか、師母の動きはほとんど読めなかったし、力もスピードも技も、僕を遥かに凌駕している。
まともに戦っても、間違いなく勝てない。
それは師母も知っているだろうし、何か修行になる方法を考えているのだろう。
そして、僕が構えると……
「死んでくれる?」
そう師母の声が聞こえたと同時に、師母のナイフが、僕の心臓を貫いた。
あ、あれ?
僕は、ここで、死ぬの?
即座に心臓からナイフが引き抜かれ、大量の血が出て、僕は、意識を失った。
あー、なんだが頭がボーっとする。
ここは、川か?
とても大きな川だ。
向こう岸には彼岸花が咲き乱れ、誰かいる。
あ、アナとジャルだ。
隣には僕に良く似た男の人……
ひょっとすると、ミル兄さんかもしれない。
3人は、僕に手を振っている。
僕も行かなきゃ。
川を渡ろう、そう決めた瞬間、誰かに蹴り飛ばされる。
驚いて、周りを見渡すと、気怠げな妙齢の綺麗なお姉さんがいた。
「全く、アンタに川を渡られると面倒な事になるんだから。
サッサと帰りな」
「いや、でも、あっちにはアナとジャルとミル兄さんがいるんだけど?
というか、お姉さんは誰なんですか?」
「あたし?
ネムティだよ。
この川の渡し守さね。
あー、めんどくさいねぇ。
サッサと帰りな!」
どうやらこの綺麗なお姉さんは、眠たいらしい。
なんか、僕が川を渡るのを阻止したいらしいのだが……
どうやって帰るのだろう?
僕は思案にくれていると、ってシアンとかけたわけじゃないよ?自然と意識がスーッと途切れ……
目を覚ますと、心配そうに師父が僕の顔を覗き込んでいる。
「シアン、大丈夫かい?
いや、君の自動回復と、私の魔法が無ければヤバかったんだから!
あと少しで死ぬとこだったんだよ。
まぁアリスのせいだけど」
「川が、アナとジャルとミル兄さんが見えました。
アレは死後の世界?
それはともかく、これはなんの修行なんですか?」
「死ぬと強くなる。
僕の様になる」
師母はそう答える。
何故か師母は、僕っ娘なんだよな……
ってそんな事よりも、死ぬと強くなる?
うーん、果たして僕は強くなったのか?
まだ死に足りないのだろうか?
「えっと、まだ強くなってないみたいです。
なので、もう一回お願いします!」
「正気かシアン?!
まだ、意識が朦朧としてないかい?
アリスとは話が違うんだから、もう止めよう」
「死神の力手に入れる。
死なないとダメ」
止める師父と、やる気の師母、僕は……
「やります!」
そう答えると、
師父はやれやれって顔をし、
「本当にヤバければ命懸けで止めるからね」
そう言った。
そして、師母がナイフを構え、僕も構えを取る。
刹那、僕の心臓にはナイフが生えており、僕は再び意識を失った。
「ちょっとアンタ、何回コッチに来るつもりなわけ?」
気づくと、目の前に眠いらしいお姉さんがいた。
「すいません、また来ちゃいました。
テヘヘ」
「笑って誤魔化したってダメだよ。
サッサと帰りな」
「ちょ、待ってください。
お姉さんは死神なんですか?」
僕がそう聞くと、お姉さんは凄い顔をして怒りだす。
「ああん?
死神だぁ?
あんな気持ち悪いのと一緒にするんじゃねぇ!
あたしはここの渡し守さね。
それに、あたしはこれでも男神だよ」
えっ?
男の人?
いや人じゃないかもだけど……
「すいませんでした。
てっきり、眠いお姉さんかと……」
僕は上半身を直角に曲げ、平謝りする。
「って言うか、あたしの名前がネムティだよ!
眠いわけじゃねーんだよ」
えっ?
名前だったの?
ヤバイ……
僕は血の気が引き、サーっと蒼ざめる。
「すいませんでした!
以後気をつけます」
そう言って、僕はネムティのお兄さんに土下座する。
「って言うか、サッサと帰れって。
もう2度戻ってくんなよ」
ネムティのお兄さんは、僕を蹴り飛ばし、僕は再び……
「シアン、大丈夫かい?
本当にヤバイし、もう止めよう。
これ以上はやっても意味がないよ」
師父はやはり心配してくれている。
「さっきより、反応は上がった。
意味はなく無い」
師母は効果があると主張する。
血が減って、少しボーっとしている僕の前で、師父と師母が夫婦喧嘩を始める。
夫婦喧嘩は犬も食わない、そんなことわざがあるが、この2人の喧嘩は犬も食わないレベルでは無い。
多分、ドラゴンも食わないだろう。
目にも止まらぬ早業で、紫電が走るかのような打ち合いが続く。
正直、僕の動体視力では目で追う事すら出来ない。
だが、それを見れるようにしなければ、師母に一瞬で刺されて終わる。
それでは意味がない。
考えろ……
どうすれば良い?
魔法で目を良くする?
確か遠くを見る事は出来るが動体視力は上がらない。
ならば、思考を加速する?
師父と師母の紫電の様な動きを、頭の中にイメージして魔法で思考を加速してみる。
確かに、思考は加速され、少しは動きが見えてきた。
だが、全然足らない上に、頭が割れる様に痛い!
多分、実用的ではない。
そしたら、魔法で時間を遅くする?
……ダメだ、ちょっとイメージしただけで魔力をごっそり持って行かれる。
多分、すぐに魔力が切れて、使えなくなる。
何か……
何か良い方法はないのか?
いや、待てよ?
全部を見ようとするからダメなのかもしれない。
僕は少しだけ思考を加速し、断片的な魔力の揺らぎを感知してみる。
どうやら視力より、魔力感知能力の方が高いみたいだしね。
その断片情報を繋ぎ合わせ、思考回路で演算し、複数パターンを導き出して最適解を見出す。
自分で考えてて良くわからないが、まぁつまるところ全てを理解するのは無視して、断片情報を繋ぎ合わせてその動きとその先を予測する。
ただそれだけの事だ。
それでも、普通だったら絶対に読めない師父と師母の動きが、今ならなんとなくわかる。
そして、僕は血抜き君と手斧を構え、身体強化魔法をかけてから、喧嘩している2人の間に割り込む!
予想通りのタイミングで、右手の血抜き君で師父の剣を、左手の手斧で師母のナイフを受け止める……
つもりだったんだけどなぁ。
2人の力が強すぎて、結局弾かれて僕は錐揉みしながら宙を舞い、地面に落ちた。
「だーかーらー、何度も来るなって言ってるし!
しかも、今回は死んでないよね?」
ネムティのお兄さんが、再び目の前にいた。
「いやー、きちゃった。
まさか本当に来れるとは思わなかったけどね」
「わざとかよ!
いや、狙って来れるとかアンタ何者だ?」
「何者って、ただのハンターだけど?
それよりも、ネムティのお兄さん、神さまなんだしせっかくだから何か力を授けてくれませんか?」
「いきなり何を言いだすんだよ!
そんなこと……
いや、何故か上から許可が出た。
やっぱりアンタ何者だ?
まぁ、詮索するのはよそう。
さて、とは言え渡し守のアタイが授けられる力なんて、限られているんだがなぁ。
死者を冥界に帰す能力と、口撃能力を授けてやる。
ありがたく思いな」
そう言って、ネムティのお兄さんは不思議な力を授けてくれた。
「でも、これってなんかの役に立つんですか?」
「うーん、死者を冥界に帰す能力は、死者自身が帰りたいって思わないと使えないからなぁ。
大抵の死者は地上に未練があるか、冥界が嫌いだから、帰りたい奴なんてレアケースだろうなぁ。
あと、口撃能力は、文字通り言葉で相手の精神にダメージを与える感じかな。
まぁ、言葉次第では回復も出来るが」
「それって……
戦闘に役に立つんですか?」
「いや?
普通は役に立たないけど?
使い方次第だけどな」
「ちなみに、どうやって使えば良いんですか?」
「死者を冥界に帰す能力は、死者が帰りたいって言えば勝手に発動するよ。
口撃能力は……
会話をする事で発動する。
効果は内容次第だけど、まぁ例えば相手をディスって言葉の刃を突き刺せば、精神的なダメージを与えられるよ」
「それって……
ただ単に、悪口を言って凹ませるだけですよね?
別に能力とかじゃないんじゃないですか?」
「まぁ、端的にはそうなんだけど。
なら、試してみるかい。
ちびガキ!
無能!
役立たず!」
まぁ、確かにそうなんだけど……
僕はまだ子供だし。
別に凹む程酷い事を言われたわけじゃないんだけど……
あれ?
涙が止まらないし、身体が動かない。
なんで???
「と言うのは冗談で、アンタは大した子供だよ。
まぁアタシの能力を受け取ったんだからね」
ネムティのお兄さんがそう言うと、涙が止まり、身体が動くようになった。
というか……
むしろ元気に?
「と言う風に、言葉の影響力が精神に強く与えられる、って能力だよ。
わかったかい?」
「ハイ、わかりました!」
僕は身に染みて理解したので、反射的に思いっきり返事してしまう。
「まぁ、実際の使い方は、使いながらおいおい覚えればいいけど、最初はオンオフができないかもしれないから注意しなよ?」
「ハイ!
頑張ってみます。
それじゃ、帰りますね。
ってその前に……」
僕は向こう岸にいるアナとジャル、そして多分ミル兄さんに手を振る。
「僕は大丈夫だから!
まだまだ先になるかもしれないけど、そのうちそっちに行くから心配しないで待っていてね〜」
その言葉を聞くと、3人は何処かに消えて行った。
「ネムティのお兄さん、ありがとうございます。
僕は帰りますね!」
「って言うか、当分は二度とくんなよ」
そう言うネムティのお兄さんの言葉を聞くと、僕の意識はスーっと消えて……
死線を越え、少年は新たな力を手に入れた。
そして、これからが本格的なハンターの修行になるのだった。
次回 第65話 覚醒?




