第3話 黒いナイフ
冬が来ると男性陣は特にすることがないため、僕は兄さんにたっぷりと相手をしてもらうことが出来る……
そう思っていたら、母さんから冬の間に文字を習う様に言われた。
この国の言葉、マルクト語はヒラガナとカタカナと一部がハンジで構成されているが、基本的にはヒラガナだけ覚えればいいらしい。
ということで、午前中は母さんに教わりながらヒラガナを書く練習をする。
黒板という黒い板に手製のチョークを使い、文字を書いては消して行く。
い、ろ、は、に、ほ、へ、と、ち、り、ぬ、る、を‥
まぁ、依頼を受けるときに文字を読む必要があるので仕方ないが、結構苦手なんだよな‥
どちらかと言うと、僕は計算の方が好きなんだよね。
それでも、母さんを怒らせると怖いし、一生懸命書き取りを行なった。
そして、午後は兄さんとの訓練や、父さん達とウサギやハトを狩に行く。
ちなみに、狩の時に父さんはストーカー時代に使用していた、刃渡り30cmくらいの鋼鉄製のアーミーナイフを使用し、兄さんは刃渡り40cmくらいの鉄製の柴刈り用の鉈を使用する。
僕は……鍬だ。
流石に鍬ではナイフの修行にならないため、ナイフを調達する必要がある。
ということで、父さんは僕に50ジルを渡し、買い物に行って来いと言われた。
ちなみに、お金の価値については1ジル3菜と言うことわざがあり、ピーマンとか小さな野菜が3つ買えるくらいの価値になる。
この辺りの農家だと、月収は1カ月あたり1000 ジルくらいと言ったところである。
つまり、子供の僕にはそこそこの大金だ。
小さな野菜なら150個買えるし。
ということで、若干緊張しながら村唯一の店屋、マルコさんの何でも屋に向かう。
「よう、ブルー、今日はお使いかい?」
マルコさんに声をかけられる。
今日は他にお客さんはいないらしい。
「違うよ、今日は僕の狩猟用のナイフを買いに来たんだ。
50ジルで買えるナイフってあるかな?」
「50ジルか……
その予算じゃ、この辺かな?」
そう言ってマルコさんが出して来たのは‥
石の包丁と刃渡り10cmくらいのナイフだった。
うーん、ゴブリンが持っていたナイフと比べると微妙だな。
「マルコさん、このナイフを売ったらもう少し良いの買えない?」
「こりゃ、ゴブリンのナイフだな。
ってブルーがゴブリンを狩ったのか?」
「いや、落ちてたのを拾ったんだよ。
ゴブリンには会ってないよ」
と、いう事にしておく。
「そうか、ゴブリンを狩ったなら魔石を持ってるかと思ってな。
最近、魔石不足だから見つけたら教えてくれよな。
そうそう、このナイフなら150ジルくらいだな。
200ジルなら、この鉄製ナイフが買えるが……
ゴブリンのナイフの方が性能は上だぞ?」
「でもな……
そのナイフ斬れ味はいいけど、曲刀だから使いにくいんだよね。
ちなみに、さっきから気になってるんだけど、この古いナイフは高いの?」
そう言って、僕は古びたナイフを持ち上げる。
「それか、いやどっかの貴族の蔵から見つかったナイフらしいんだけど……
誰も抜けないらしい。
それで、抜ける人が現れたら売ってくれって頼まれてるんだよ。
多分錆びてるんだと思うけど、抜いて研げばかなりの業物になるだろうな。
そうだ、それが抜けたらゴブリンナイフと50ジルで売ってやるよ」
そう言われたので、僕は恐る恐る手にしたナイフをゆっくり抜こうとした。
すると‥
スルリとナイフが抜け、中からは真っ黒な刀身の刃渡り30cmくらいのナイフが出て来た。
どこまでも光が吸い込まれそうな漆黒の刀身に、魂が吸い込まれた様に魅入ってしまう。
ちなみに、刃こぼれや、傷は無く、磨きたての様にツヤツヤしているので何故抜けなかったのかはわからない。
ナイフに選ばれた?
そんな訳はないだろう……
「あれま!
誰も抜けなかったそのナイフが抜けるとは……
まぁ冗談のつもりだったが抜けたなら仕方ない。
本当は2000ジルはする高級品だが、約束だしな、ゴブリンナイフと50ジルで売ってやるよ」
「マルコさんありがとう!
このナイフ買います」
こうして、僕は自分用のナイフを手に入れた。
「そうそう、マルコさん魔石って見つけたらいくらくらいで売れるの?」
「ゴブリンなら一個500ジルくらいだな。
ただ、ハンターなら討伐報酬も出るから1000ジルくらいになるぞ?」
500ジル!
独り暮らしなら1カ月は生活できる金額だ。
ハンターなら更に倍に‥
やはり、命懸けの分実入りはいい様だ。
「ありがとうございます。
んじゃ、僕がハンターになったら沢山買い取って下さいね」
「ああ、沢山持ってきておくれ。
ただ、まぁ命は大切にな?」
そう言われて、僕はマルコさんの何でも屋を後にする。
その帰り道……
やはり、試し斬りをしてみたくなるよな。
ということで、少しだけ森に入ってみる。
まずは木の枝を切ってみるが……
切れにくい。
ハッキリ言って切れないレベルの斬れ味だ。
こんなに綺麗な刀身なのに……
これじゃ、動物なんて狩れないぞ?
とはいえ、大金で買った訳だし、使えないという訳にもいかない。
試しに、ウサギを見つけ突き刺してみると、サクッと刺さる。
ちなみに、不思議なことに、切り口から血が出ない。
というか、通常はウサギを殺したらすぐに頭を落とし、逆さに吊って血抜きする。
こうする事で、血生臭さが消えて美味しくなる。
しかし、このナイフで刺すと、良い感じに血が抜けて、血抜きが不要になる。
これは凄いぞ!
僕はこのナイフを血抜き君と名付けることにした。
新たな武器、血抜き君を手に入れた少年は、再びはぐれに出遭う。
今度のゴブリンは‥
村の人を守るため、少年は立ち向かう。
次回 第4話 隻眼のゴブリン