第109話 閑話 1人のために
俺達が朝起きると、シアンさんはいなかった。
一体何処に……
俺の名前はベルゼ。
元旅商人の父と、剣士の母の間に生まれた、双子の兄だ。
弟の名前はベルベ。
ベルベは小さい頃から共に冒険者を目指したライバル、と言っても弟は10歳の時に聖魔法に目覚め、身体強化魔法や回復魔法を使える魔法剣士に。
俺も兄として、弟には負けない様にと頑張ったが……
やはり、聖魔法がある弟には勝てず、いつしかダメな方と言われるようになってしまった。
だから、俺は中級の冒険者養成所を卒業すると同時に、弟とは違う道に行く事にした。
まぁ、進むべき方向は間違っていたわけだけど、そこでシアンさんに出会った。
シアンさんを最初見た時は、ただの子供にしか見えなかったが、実際は違っていた。
なんか、この辺りの記憶は曖昧ではあるが、一度力比べをした時に、途轍もない力を秘めている事を感じた。
この人には……
絶対勝てないと。
そして、なんやかんやあって、俺はシアンさんに助けられ、刀を与えられて、鍛えてもらう事ができた。
おかげで、今はかなりの強さにはなっているのではないかと思う。
多分、弟のベルベにも負けはしないだろう。
おそらく、弟は今頃、上級の冒険者養成所で剣と魔法の腕を磨いているのだろうが、実戦における恐怖や魔物との戦い方までは教わっていない。
それに、シアンさんの様な苛酷な筋トレはしていないだろうから、例え弟が身体強化魔法を使ったとしても、力やスピードで互角か、それなりに良い勝負になる可能性が高い。
正直、あの短期間でよくここまで鍛えられたと、俺自身も驚いているくらいだし。
それに、今はこの刀がある。
この斬れ味なら、普通の剣や盾くらい余裕で斬り裂く事ができる。
つまり、俺の目的はこのダンジョンで果たされた事になる。
もちろん、俺自身の力ではなく、全てシアンさんに与えて貰ったものなんだけど……
だから、俺はシアンさんに忠誠を誓い、今後の人生全てを捧げるつもりだった。
多分、クロロやヨード達も同じ気持ちなんじゃ無いかと思う。
しかし、そのシアンさんが、いない……
朝起きたらいないし、暫く待っていても帰ってこない。
あのシアンさんに限って、魔物にやられたとかは考えにくいしな……
でも、今の俺達にとって、シアンさんがいない事はかなりの不安を掻き立てる。
「なぁクロロ、寝る前にシアンさんは何か言っていなかったか?」
「すまないベルゼ、僕も何も聞いてなくて……
だけど、シアンさんってたまに1人でフラッと居なくなる事があるしさ……
大丈夫じゃないかな?
それより、シアンさんがいない時にどうするか……
だよ。
このまま待つのか、自主トレか、魔物退治に行くか。
僕達で勝手に決めてもいいのかがわからない。
ベルゼはどう思う?」
「俺は……
シアンさんを探しつつ、魔物退治だと思う。
ただ、1人か2人は残って、自主トレかな。
誰か残っていないと、その間にシアンさんが帰ってきたら困るかもしれないしな。
ブロモとニトロは残ってくれ。
サルファとアスタチン、ヨードは第5階層までを捜索して欲しい。
俺とクロロは第6階層から調べて見るから。
それじゃ行くぜ!」
こうして、俺達はダンジョンを魔物を倒しながら、隈なく探した。
第6、第7、第8、第9階層とシアンさんはいない。
そして、第10階層。
真ゴブリンスピリッツは……
いなかった。
つまり、シアンさんはこの先に行った可能性が高い。
俺達は、隠し部屋に入り、中を見ると……
誰もいなかった。
つまり、シアンさんは1人でこの先に向かった。
そう言う事なんだろう。
「俺達は……
置いて行かれた。
そう言う事なのかな、クロロ」
「そうかもしれないけど……
シアンさんの事だし、何か考えがあるのかもよ?
それに、僕達に言えない理由があるのかもしれないし……
確か、この先の敵はかなり強いって言ってたから、あとアニマが必要とかなんとか言っていた気がする」
「アニマってアレだろ?
物凄く強い魔法生物、シアンさんでもマトモに戦ったら勝てなかったと言う、クトゥグァだっけ。
そんな強い魔物を倒さないと、手に入らない物が必要って事か……
確かに、1人しか入れない可能性もあるけど……」
「やっぱりシアンさんには何か考えか、理由があるんだと僕は思うよ。
それに、シアンさんならアッサリとクリアーして、すぐに帰って来るかもしれないしね」
そう言うクロロの言葉に、俺は自分を納得させ、皆の所に戻る。
そして、シアンさんが先に進んだ事を伝え、シアンさんを待つ事を提案した。
俺的にはみんなもっと反発したり、嘆くかと思ったが、シアンさんなら仕方ないと、納得している様だった。
そして、それから数日は、自分達なりに訓練を行い、筋トレや魔物退治を続けた。
俺とクロロは昨日やっと、真ゴブリンスピリッツ3匹を、2人で倒す事ができた。
まぁ、まだシアンさんみたいに、速攻では殺せないけど……
シアンさんについていくには、まだまだ足りない。
俺はそう誓い、修行を続けた。
他の皆も同じ気持ちみたいで、今までよりも更に真剣に取り組んでいる。
だから、その内ヨード達も俺やクロロに追いついてくるかもしれない。
ちなみに、魔物との戦いで軽い怪我人は出ているが、シアンさんはそれを見越していたのか、大量のポーションを残してくれていた。
だから、致命傷にはなっていないし、全員元気だ。
それから更に、数日経ったがシアンさんは戻らない。
俺達は、全員が真ゴブリンスピリッツ3匹を、1人で倒せる様になっており、上層の雑魚ゴブリンなら素手で倒せる様になっていた。
それでもまだ、シアンさんには程遠いけど。
「シアンさん、戻ってこないな……
ひょっとして、あの隠し部屋の先で……」
クロロが不安そうに言う。
だから、俺は言い返す。
「バカ!
シアンさんがやられる訳がないだろ?
俺は生きていると思う。
まぁ、試しに入ってみたら、出れなかったっていうオチはあるかもしれないけど……」
「ぷっ。
確かに!
シアンさん、強いけど、好奇心多いし、たまに抜けてるからなぁ。
すぐ帰るつもりで出かけたのかもね。
きっと帰ってくる、うんそうだね」
ヨードの言葉につられて、皆笑顔になる。
「とは言え、この先どうするかは考えないとなぁ。
このダンジョンでは、これ以上修行になるかは微妙だし、ダンジョンを出て、外に行った方がいいんじゃないかと思うけど?」
確かに……
だけど、ここを離れれば、シアンさんが……
俺は皆に自分の想いを話す。
「俺も外に出るのは賛成だけど……
ただ、それでもこのフォーマルハウトのダンジョンを、拠点にしたい。
ここにはシアンさんが、帰って来るかもしれないし。
だから、できれば外には行ける様にした上で、このダンジョンに居たいと思う。
俺はさ、今はもうシアンさんの為に生きている様なものだから。
全てはシアンさん1人の為に、忠誠を尽くして生きたいんだ。
もちろん、みんなにそれを強制するつもりはない。
どの道、このダンジョンを出るにはヨグソトース団を倒す必要があるから、そこまでの協力でも構わない。
それから俺は、このダンジョンと街をシアンさんの帰れる場所にしたいと思う。
まぁ、シアンさんが帰って来るかはわかんないけどさ、少なくともそれを目標に頑張りたい。
無茶な話かもしれないけど、今の俺達は金級に匹敵する力があると思う。
だから、ヨグソトース団位なら倒せるだろうし、この街の支配権だって奪えるはず……
みんなはどう思う?」
「へー、ベルゼはそこまで考えていたんだ。
そりゃ勿論、シアンさんの為にってなら、僕が賛成しないわけないだろ?
ハイドロ家の家名にかけて、シアンさんの居場所作りに参加させて貰うよ」
「当主がそう言うなら、僕達も従うしかないよなぁ。
まぁ、クロロが反対しても、シアンさんの為なら賛成するけどね」
ヨードがそう言い、ブロモとアスタチンが頷く。
「ま、それには僕の力も必要だよな。
サルファもいいだろ?」
「勿論、ニトロだけじゃ不安だしね。
僕も参加させて欲しいよ」
「みんな……
ありがとう。
全員参加してくれれば心強いよ。
じゃあ、早速作戦を立てよう。
といっても、正直なところ俺達は入口と、このダンジョンしか知らない。
まぁ、とにかく入口の扉を開けるのが優先なんだけど、それは俺がやってみる。
扉の隙間から、閂だけを斬る。
そうすれば、最小限で斬るだけでいいと思うから。
これまでの修行の技量が試される所だけど。
勿論この刀なら、あの厚さの扉でも斬れるんじゃないかなとも思うんだけどね。
それはともかく、俺が扉を斬ったら、4人くらいで扉を押し開けて欲しい。
その役目は、ブロモ、アスタチン、サルファ、ニトロにお願いできるか?」
俺の言葉に、4人は頷く。
「次いで、クロロとヨードは、扉が開いたら左右に展開して、見張りを倒して欲しい。
まぁできれば生け捕りにしたいんだが、相手の実力がわからないし、無理はしないように。
ヤバかったらすぐに退いて。
そして、俺は中央で前から増援がきたら対応する。
まぁ、増援がいるかどうかもわからないけど、状況を見極めて判断する。
とりあえず、こんなところだけど、質問はあるか?」
「成り行き任せだけど、作戦自体はいいと思う。
ただ、リーダーは決めた方がいいんじゃないかな?
僕は、作戦を立案したベルゼがリーダーに相応しいと思う。
他の人はどうかな?
賛成の人は拍手して」
ん?
俺がリーダー?
確かに提案者は俺だが……
リーダー向きではないと思うのだが。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、クロロの提案にみんな賛成し、拍手している。
俺以外。
「えっと……
本当に俺でいいのか?
俺はあんまり協調性とかないし、勝手な事をするかもしれない。
みんなをまとめられるかもわからない。
それでもいいのか?」
「ベルゼは大丈夫だよ。
一緒に組んできた僕ならわかる。
それに、リーダーに必要なのは、適切な状況判断と、強い意思決定だと思う。
後はそれを伝えるのも、みんなをまとめるのも、僕がサポートするから大丈夫。
ベルゼは、みんなの先頭に立って、率いてくれれば良いから」
クロロの言葉に、皆が賛同する。
あまり自信はないが……
「それなら、シアンさんが戻るまでは、俺が仮のリーダーを務めさせて貰うよ。
まぁ、副リーダーのクロロが参謀役を務めてくれるらしいから、俺は好きなようにやるって事になるけど。
でも、みんなの気持ちは一緒だと信じている。
シアンさんが戻る場所を作る、ただそれだけだ!」
皆が頷くと、オー!と応答する。
そして俺達はダンジョンの入口へ。
まずは、見張りがいるか、クロロが確かめる。
「あの、魔石を交換したいんですけど。
今大丈夫ですか?」
「ああ、いいぜ。
それじゃ、ここに出しな」
見張りの言葉に従い、クロロは魔石の入った袋を取り出す。
上層の屑魔石だが、50個は入っている。
「おい、えらい数が多いな。
ちょっと待ってろ。
おい、ビビロお前も数えるのを手伝え!」
「へい、兄貴」
2人目の声がした。
つまり、扉の先にいるのは、最低でも2人。
ただ、それ以上はわからない。
そして、今なら魔石を数えていて、こちらの動きには気づかないはず。
俺は、扉の前で刀を構え、上段から一気に、無心で振り下ろす。
剣は、扉の隙間に吸い込まれる様に、スルリと通り、小さくカンッという音を立てた。
「今だ行くぞ!」
俺の掛け声と共に、4人が扉を押し、扉はあっさりと開く。
突然の事に驚く、中年のオッさんと、ガラの悪そうな若者。
あまりの驚きに、武器も取らずに硬直している。
その隙に、クロロとヨードが斬り込む!
ズシャッっと言う音がして、相手が倒れる。
俺は、他に敵が居ないかを確認するが、今のところ大丈夫らしい。
ちなみに、扉の向こう側はまだ洞窟だった。
なんか……
扉の手間よりも薄暗く、無機質な感じがする。
そして、後ろの様子を見ると、クロロとヨードが青ざめていた。
その下には……
絶命したオッさんと、半死の若者……
「ど、どうしよう?
僕は、人を……
手加減したつもりだったのに……」
そうか……
俺達は魔物なら沢山殺してきたが、人間相手は初めてだった。
それに、最近では下層の魔物を軽く狩れる様になってきたし、普通の人よりはかなり強くなっている。
だから、ただのゴロツキくらいなら、軽く殺せてしまうのか……
ふふっ、最初だったら死んでいたのは俺達だろう。
改めて、シアンさんへの感謝が湧き上がる。
それはともかく、これは乗り越えなければいけない道の1つだ。
シアンさんも、修行の為に人を殺したらしいし。
ならば、仮でもリーダーとして、俺がやる事は1つ。
俺は、倒れている若者にトドメを刺し、オッさんの首を刎ねる。
流れる血潮、嫌な感触が刀を伝わるが、これは俺の罪だ。
「クロロ、ヨード、気にするな。
殺したのは俺だから、お前らは殺していない。
それに、これは始まりに過ぎない。
強くなれ、シアンさんの為に」
「ベルゼ……
ありがとう。
確かに、僕達は強くならなければならない。
わかったよ、次は躊躇わない。
ベルゼの罪は僕の罪だしね。
僕達はみんなの為に、みんなはシアンさんの為に。
どうせ、コイツらゴロツキだって、人を殺しているだろうし、弟のフルオロの仇でもあるから、悩む必要なんてないかもな。
僕は覚悟を決めた、ヨグソトースを殺す!
ヨードも、大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫だ。
まだちょっと手は震えているけど、次は確実にヤレる。
任してくれ」
こうして、俺達は大きな一歩を踏み始めたのだった。
少年は出会う。
人語を話す魔物に……
そして、その先を目指して……
第110話 深層の入口




