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第102話 苦行

「じゃあ、行くよ」


シアンさんに促され、僕は立ち上がる。

シアンさんは、隠し部屋の扉の前の岩を一瞬で消し……

あれが収納魔法なんだろうか?

僕は魔導士ではないから、知らないだけかもしれないけど、物を仕舞う魔法なんて聞いたことがない。

ただ、伝説の勇者とかは、色々な武器やアイテムを駆使しているのに、何故か荷物持ちはいない。

いや、危険地域に非戦闘員は連れて行けないとか、実は荷物持ちがいるけど、伝説にはなっていないとかの可能性もあるけど、この辺の上級パーティなら普通は荷物持ちを連れている。

だから、勇者達はそういう魔法が使えたのだとわかれば、納得できる。


シアンさんは、僕を連れ、ゆっくりと扉を開ける。

その先には……

刀を持った3匹のゴブリン?!

思わず僕が声を上げそうになると、シアンさんは僕の口を手で塞ぎ、「シッ、黙って」、と言った。


僕が頷くと、シアンさんは手を離す。


「クロロさんはここで暫く待ってね。

大丈夫だとは思うけど、いきなり死んでも困るから」


そう言って、ほとんど音を立てずに、かなりの速度で刀を持った3匹のゴブリンに近づき……

真ん中のゴブリンには背中から蹴りを喰らわせ、左右のゴブリンは一閃で斬り伏せる。

ほぼ一瞬……

僕なら、ミニゴブリン相手でも無理な芸当だ。

そして、3匹のゴブリンから刀を奪い、収納魔法に仕舞う。

更に、蹴り倒したゴブリンを数発殴り、シアンさんはこちらに向かってくる。


「コイツらが真ゴブリンスピリッツだよ。

まぁ、刀を持っているだけで、強さは普通のゴブリンと同じ程度だからそんなに強くはないよん。

一応、少しは痛めつけておいたから、クロロさんでも余裕かな。

さぁ、早速試し斬りしてみようか?」


いや、確かにシアンさんから見たら余裕かもしれないが……

僕から見たらかなりの強敵だ。

いや、でも、ひょっとして……

僕は、生き残った1匹の真ゴブリンスピリッツを、しっかりと観察する。

両腕は折れ、目の上が腫れて前はほとんど見えていない。

足取りも、若干フラついている。

それでも、その鋭い爪で引っ掻かかれれば、僕は大怪我をするだろう。

怖い?

いやいや、1度死にかけたあの時に比べれば……

いや更に、シアンさんに失望され、あの目を向けられたら……

その方が、100倍怖い。

それだけは絶対に嫌だ!


僕は、意を決して、真ゴブリンスピリッツに近づいていく。

それに気付いた真ゴブリンスピリッツは、折れた右腕を振り上げ、僕に襲いかかる!

僕は、咄嗟に剣で、アイスブランドで受けるのだが……

攻撃したはずの、真ゴブリンスピリッツの腕がスルリと切れ、切り口から腕の付け根までが凍る。

僕と真ゴブリンスピリッツ、お互いに何が起きたか分からず、互いを見つめ合う。

そして、暫くの沈黙を破ったのは真ゴブリンスピリッツだった。

真ゴブリンスピリッツは、痛みで絶叫し、のたうち回る。

僕は、転がる真ゴブリンスピリッツに、容赦無くアイスブランドの透明な刃を突き立てる。

あまりにも軽い手応え……

一瞬で絶命する真ゴブリンスピリッツに、今までの戦いが何だったのかと、虚しさを感じる。


「やっぱりね。

クロロさんは、1度死にかけたでしょ?

だから、多分前よりも強くなっていると思うよ。

えっと、今までは、魔物と相対すと恐怖を感じる事ってなかった?

その恐怖は、魔物が発するオーラというか、まぁそんな感じを纏っているというか、とにかく人間が魔物を見ると、根源的な恐怖を感じるって言われているんだ。

実はその恐怖は、死の恐怖と同じって言われていてね。

1度死にかけた者は、魔物への恐怖が薄れるらしいんだよね。

だから、魔物を前にしても、恐怖を感じない。

まぁ、実際に力が強くなるわけじゃないけど、恐怖に震えて戦うよりも、冷静に確実な戦いが出来るようになる。

それだけで、戦いはかなり有利になる。

いや、元々は魔物に有利な戦いが、イーブンになる、そんな感じ、わかるかな?」


「ハイ!

何となくですが、いつもみたいな恐怖は感じませんでした。

あの恐怖に比べれば、大した事はありませんし……

いえ、何でもないです。


ただ、シアンさんが弱らせてくれなければ、僕1人ならどうなったかはわかりませんが……

それに、この剣……

本当に僕のアイスブランドなんですよね。

斬れ味が違いすぎますし、相手が凍るとか異常じゃないですか?」


本当に強すぎる。

まるで別物の様に感じる。

それ故に、異質……

手に全く馴染まない。


「うーん、師父のファイアブランドも似た様な感じだったけど?

まぁ、そのうち慣れるよ、きっと。

それより、1度死にかけた時に、河を見たかな?

後、ネムティのお兄さんに会ってれば完璧なんだけど?」


河?

確かあの時は……


「いえ、残念ながら河は見ていません。

テネシンと、弟のフルオロが見えた気もしますが……

あと、故郷の童謡のプルトニウムの唄が聞こえた様な……

核分裂の青い空、β崩壊乗り越えて、破壊の限りだゴーゴゴーって唄なんですけど。

それ以外は目の前が真っ赤だったくらいしか、覚えていません。

ごめんなさい」


「いや、見てないなら全然いいから。

それじゃ、次に行こうか。

クロロさん1人じゃ真ゴブリンスピリッツは無理だとしても、第9階層なら大丈夫だと思うから。

早速行こうか?」


「えっ?

いきなり第9階層ですか。

いや、まぁ、ここは第10階層ですけど……」


「大丈夫、大丈夫。

第9階層のフェイクゴブリンは弱いし。

僕も一緒に行くから大丈夫だよ。

信用できないかい?」


信用……

試されている様な、その言葉には逆らえない。

というか、多分僕には拒否権なんてない。


「疑うなんて、そんな事は全くありません。

それに、シアンさんに忠誠を誓うって、言ったばかりですし。

例えそこが死地だとしても、ついて行きます!

よろしくお願いします」


「うーん、僕としては死んで欲しくないから、修行するんだけどね。

まぁ、良いや。

行ってみればわかるしね」


僕は、不安な気持ちを隠したまま、シアンさんについて行く。

フェイクゴブリン……

真ゴブリンスピリッツよりは弱いだろうが、僕達が全く敵わなかったイヌゴブリンやデミゴブリンよりは強いだろう。

それでも、シアンさんに救ってもらった命は無駄にはできないし、この新生アイスブランドの力なら……


階段を1階層分上り、シアンさんの後をついて行くと、そこにはゴブリンが居た。

やはり……

上層階のゴブリン類よりは強い。

だが、不思議と恐怖は湧いてこない。


「シアンさん。

コイツがフェイクゴブリンですか?」


「そだよ〜

ただ、見た目はゴブリンだけど、実はゴブリンじゃなくドヴェルガーの近縁種だから。

まぁ、普通の剣なら硬くて斬れないかな。

ただ、クロロさんのアイスブランドなら、今なら余裕で斬れると思うよ。

さぁ、行ってみよう!」


そう言って、シアンさんは、僕を前に出す。

僕は、アイスブランドを構え、フェイクゴブリンに対する。

敵もこちらに気づいている。

だが、間合いはこちらの方が広い。

さっきは真ゴブリンスピリッツの攻撃を受けたが……

今度はこちらから仕掛ける!


僕はフェイクゴブリンに向かって、アイスブランドで斬り下ろす。

残念ながら、フェイクゴブリンには避けられてしまったのだが、剣閃でフェイクゴブリンの目の前の空間が凍りつき、雪が舞う。

雪月花……

剣の声に従う様に、僕は下から弧を描く様な斬り上げ、次いで横薙ぎに斬り払う。

異常な程、見事に決まった僕の剣撃は、フェイクゴブリンを難なく斬り裂き、四当分した。

今のが、僕の力なのか……

違う、これはきっと、この剣の凄さ……

僕は、それでも喜びを噛み締めて、シアンさんを見る。


「や、やりましたシアンさん!

僕が、僕がフェイクゴブリンを倒すなんて。

夢みたいです」


しかし、シアンさんから出た言葉は……


「うーん、クロロさん、最初の一撃は無意識に腰が引けていたよね?

踏み込みが甘いし、筋力が足りてないかな。

さっきの雪月花って剣の形も、月までで殺してるのに、花まで出しているから、ほとんど無駄だよね最後の攻撃は。

って事で、罰として筋トレをやってもらいます。

とりあえず、腕立て50回とスクワット50回ね?」


とても厳しい答えだった。

そして、何故筋トレ?!

しかし、逆らう事はできずに僕は、ダンジョンなのに、何故か筋トレをやる事になり、必死に腕立てとスクワットをやった。

それが終わると、次のフェイクゴブリンに。

腕も脚もかなり疲れているのだが……

必死に剣を構え、冷静に一撃で倒す様に斬りかかる!

それでも、動きが遅いせいか、当たらない。

ただ、先程同様に空振りでも雪が出たので目くらましになり、次の大払いにより、フェイクゴブリンを真っ二つに斬り裂く。


「2撃目が雑。

もっとちゃんと斬らないと。

って事で、罰として腕立て50回とスクワット50回ね?」


こうして、僕はフェイクゴブリンを倒す度に筋トレをやらされた。

フェイクゴブリン5匹目を一撃で倒すまで。

なんだろう……

想像していた苦行とは全く違うが、かなり辛い。

正直、もう歩けない。


「シアンさん……

すみません、もう歩けません。

ちょっと、休憩させてもらえませんか?」


そう僕が提案すると、シアンさんは僕の額に指を当て、「疲れを感じなくなる」、と言った。

すると、不思議な事に、僕は疲れを感じなくなったのだが……

おかしい、疲れは感じないが身体はかなり重い。


「ひょっとして……

疲れを感じないだけですか?」


そう僕が聞くと。


「そうだよ?

感じないだけで、確実に疲労は溜まっていくよ。

とりあえず限界を超えてもらわないとね。

限界を超えたその先に、真の強さがある。

僕なんて、死ぬほど、いや、何回も死んだしね、実際に。

まぁ、クロロさんにそこまではやらせないけどさ、この程度は序の口だよ。

頑張って!」


シアンさんに真顔で、そう言われた。

そして、斬撃の次は魔法攻撃の訓練に。

アイスブランドを構え、「世界よ凍てつけ!」、と唱えると、氷の刃が飛び出し、フェイクゴブリンを凍らせる。

この攻撃ならば、遠距離で安全に敵を倒せる。

倒せるのだが……

一回撃つだけで、精神力がごっそり持っていかれる。

まるで、サナさんが風魔法を放った後の様に。

気絶しそうになるのを、無理矢理に魔法で覚醒させられ、強制的に3匹のフェイクゴブリンと戦わされた。

その後の記憶は……

僕にはなかった。










そして、気付くとベッドの上だった。

ここは……

それに全身が痛い。

ヨグソトースJr.に斬られ、シアンさんに助けられた後と同じ……


いや、実は今回が現実で、あれば夢だったのだろうか?

僕が最下層で戦えるわけがないし。

それにしても、凄い夢だった。

アイスブランドの真の姿とか、フェイクゴブリンとか……

シアンさん、いやあれが夢ならシアン君って言った方がいいのか?

そして、僕はこのまま死ぬのだろうか……


「おはよう、クロロさん。

あの程度で倒れるとか、情けないよ?

今日はもっとバリバリ行くからね!」


シアンさんが、そう話しかけてくる。

どうやら夢ではなかったらしい。

また、あの辛い修行があると思うと……

表層意識は嫌がっているが、多分僕の深層心理は更なる修行を求めている。

ふふふ、シアンさんの命令じゃ、断れないしなぁ。


「おはようございます、シアンさん。

今日もよろしくお願い致します!」


僕は、笑顔でそう答えるのだった。



攻略組に荒らされ、若者達は生きる希望を無くしてしまう。

ただ、自分達が土に還る日を待ちわびて……


第103話 無気力

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