第101話 選択
目が醒めると、僕はベッドの上で寝ていた。
身体中が痛い。
いや、多分斬られた場所が痛いのか?
傷口は……
斬られた跡はあるが、塞がっている。
僕は……
死んだはずでは?
周りを見渡すと、狭い部屋、そして……
シアン君が居た。
「おはよう、クロロさん、気分はどうかな?」
「ここは?
冥界なのかい?
シアン君は死の天使様だったとか?」
「いや、クロロさんは死んでないし。
一応、生きているよ?
一応っていうか、確実っていうか、ちゃんと傷は塞がっているでしょ?
まぁ、死にかけていたのは間違いないんだけど、今は大丈夫だよ。
ちなみに、ここは第10階層の隠し部屋だよ」
「第10階層?
えっ?
どうやって来たの?」
「ん?
歩いて来たよ。
クロロさんを背負って」
「いやいやいや、そんな簡単には来れないよね?
途中に、ゴブリンもどきや、真ゴブリンスピリッツとかの強敵が居たはずじゃ……
というか、ここ最下層だよね。
なんでこんなに安全な場所があるの?」
「正確には最下層じゃないんだけどね。
まぁ、ゴブリンの亜種なんて、ゴブリンリーダーよりも弱いし、正直なところ、ここの魔物程度なら余裕で殺せるから。
でも、クロロさんはその扉を勝手に開けない方が良いよ?
外には真ゴブリンスピリッツが3匹いるし」
もう、意味がわからない。
シアン君は実は相当強く、既にこのダンジョンを攻略済みって事なのか?
それなら外に出る方法も……
いや、まずは助けてもらったお礼をしないと。
「とりあえず、シアン君、助けてくれてありがとう。
僕は、ヨグソトースJr.に斬られて、もう死んだと思っていたんだけど。
生きていて良かったと思う、本当にありがとう。
それに僕は君に、あんなに酷いことを言ったのに……
あの時は本当にごめん!
しかし、シアン君はどうやって僕の傷を治してくれたのかな。
こんなに深い傷を治す事ができるのかい?」
「まぁ、クロロさんには話しても大丈夫か。
えっと、このダンジョンで怪我をしたり、魔物の肉をそのまま食べると魔素に侵される。
魔素に侵されると、身体が動かなくなっていき、死に向かう。
ここまでは理解できるかな?」
まそ?
メソではない何か?
言葉の雰囲気から、何か悪いものだと思うが、魔の素って意味だろうか?
確かに、僕達はジャンやシアン君が来る前に、ミニゴブリンの肉を食べた。
凄く不味く、臭かったが、空腹には耐えきれなかったから。
そして、1番多く食べたのはフルオロだった……
そうか、だからフルオロは……
「フルオロは、魔素を1番多く取り込んだ。
だから、死んだ……
って事?」
「うん、そうだね。
多分だけど、一定量の魔素を取り込むと、一気に魔素に侵される様になるみたいだよ。
まぁ、実際はクロロさん達もかなりギリギリだったしね。
あとちょっと僕達が来るのが遅れていたら、死んでたと思うよ?
それでね、クロロさんが斬られた後、僕がクロロさんの所に着いた時は、魔素にかなり侵されて、クロロさんは死にかけていた。
まぁ、出血多量という意味でも死にかけだったけど。
幸い臓器は無事だったし、僕はクロロさんから魔素を吸収して回復薬をかけた。
最初は痛みがなかったけど、急に痛み出したという記憶はない?
多分、その時が魔素がなくなったタイミングだと思う」
そういえば……
急に痛みがあった様な気もする?
ほとんど気絶していたんだけど。
でも待てよ?
そうすると……
「あ、あのさ。
シアン君は魔素を吸収することができるんだよね?
という事は、フルオロの時も、助ける事が出来たんじゃないの?」
「うん、能力的には出来なくはなかったよ?
実際に、助ける事は出来たけど、見殺しにしたし」
衝撃の事実に、僕の頭は真っ白になる。
いや、もう既に色々あり過ぎて、ついて行けないんだが。
暫くフリーズした後、とにかく理由が聴きたくなり、シアン君を問い詰める。
「な、何で!
何でフルオロを、たった1人の弟なのに、何で助けてくれなかったんだ!」
「だって……
あの時はジャンがいたよね?
だから、僕はあまり能力を見せる訳にはいかなかった。
ジャンは僕の事をただの子供だと思っていたし、多分だけどあまり僕が力を大っぴらに使えば、ジャンはいい気はしなかっただろうしね。
まぁ、それでもこうなってしまったから、本当はもっと抑えるべきだったのかもしれないけど」
「つまり……
ジャンが居たから、フルオロは助からなかった。
そういう事なのかい?」
「いや?
ジャンが居なかったら、僕は誰も助けなかったと思うよ。
だって、君ら最初は僕達を襲って食料を奪うつもりだっただろ。
だから、僕1人なら全員今頃死んでいただろうね。
まぁ、そういう意味では、ジャンは君達の救世主になるんだけどね。
ジャンは全然気づかなかったし、食料を分けるとか言い出すし。
僕は正気か疑ったんだよ、本当は。
そういう意味で、どちらにしてもフルオロさんは助からなかった。
これはもう、運命だと諦めるしかないんじゃないかな。
その代わり、魂は冥界に送ってあげたから、このダンジョンで永遠に彷徨う事はなくなったよ?」
「いや、そんな簡単には割り切れないよ……
まぁ、でも、確かに僕達はジャンさんが提案してくれなければ、シアン君達を襲っていたかもしれない。
だから、助けてくれなかったって言うのは、逆恨みにしかならないよね。
うん、確かにジャンさんには、感謝しなければだね。
実際、色々あり過ぎて……
正直なところ、よくわからないんだけどね。
今は茫洋としていて、ジャンさんを恨む気持ちは、あまりないんだよね。
ただ、フルオロには生きていて欲しかった……
それだけだよ」
「良かった。
いや、ジャンへの恨みがあると困るなぁって考えてたんだよね。
うん、もしサナに危害を加えるなら、この場で死んでもらうしかなかったし。
せっかく、生き延びたんだから、こんな所で死んだら勿体無いしね」
一瞬、サナさんの話が出た時の、シアン君の顔はマジだった。
……ヤバイ、本当のシアン君は、こんなに強かったのか。
ジャンさんやヨグソトースJr.、それにこのダンジョンの魔物なんて、シアン君、いやシアン様に比べたらカスでしかない程の圧倒的な強さを感じる。
僕は、こんな人に暴言を吐いたのかと思うと、背筋が凍り、死にそうになる。
いや、ヨグソトースJr.に斬られ、死にそうになったあの時の方がマシな気がする。
「あ、ハイ!
サナさんを傷つける事なんて、絶対にしません!
命をかけて誓います。
いや、命の恩人であるシアン様に、絶対の忠誠を誓います。
何なりと御命令下さい」
あまりの恐怖に、僕の口から自然に出た言葉は、忠誠を誓う事だった。
「やだなぁ、今まで通り、シアン君でいいよ?
様とか付けるのはやめてよ。
それよりも、クロロさん、お腹すいてない?
今から食事を用意するね」
そう言って、シアンさんは僕にスープとパンを用意してくれた。
後に、このスープを飲んだ事を、僕は一生後悔するのだが、それは別の話として、見た目は単なる普通のスープだった。
僕はその、何処から出てきたかもわからないスープを、木の器に口を付けそのまま啜る。
!!!!
美味い!
味はただの野菜汁なんだが、異常に美味い。
実家が裕福だった頃の、特別な料理よりも遥かに凌駕して美味い。
いや、これは異常だ。
特別な調味料、違う、味覚を狂わせる様な魔法みたいな、中毒性のある味だった。
しかし、僕はスープを飲むのをやめられない。
空腹に、この味は毒だとわかっているのに……
だが、身体は温まり、気力も湧いてくるから、少なくとも本当の毒ではないと思うんだが。
そして、このパンも異常に美味い。
見た目は、そこいらの普通のパン屋が焼いた様な、普通の雑なパンのはずなんだが……
一流のシェフが焼いたパンよりも、遥かに美味い。
いや、比較する事すら出来ない。
1口噛むだけで、芳醇な香りと絶妙な甘みや旨みが口の中に広がり……
例えるなら、この後すぐに死んでも後悔しない、そんな気分にさせる程の美味さだ。
いや、できれば、この美味さを味わい終わった瞬間に殺して欲しい。
そんな衝動が僕を襲うくらいに……
「シアンさん、この料理は一体どこから……」
「ん?
ああ、実はね、空間魔法に収納できるんだ。
しかもね、良化作用があって美味しくなるみたいなんだよね。
不思議でしょ?」
「だから、レーション無しでも大丈夫だったんですね。
いや、でもシアンさん、魔力が生まれつき無いんじゃなかったでしたっけ?」
「うん、そうだよ。
僕自身には魔力は一切無いんだよね。
でもね、魔力の吸収と蓄積ができるから、魔法は実は使えるよ。
まぁ、ファイアーボールとか遠距離攻撃の魔法を出すのは苦手だけど、身体強化とか回復魔法は結構使えるよ」
魔力が無いけれど、魔法を使えるようにしたって事だろうか?
普通ではあり得ない事だが、恐らく何か特別な修行をしたのだろう。
どんな内容かは想像もつかないけど……
「後は、このポーションを飲めば、多分回復するはずだよ。
ちなみに、これからクロロさんはどうしたい?」
僕は、差し出されたポーションを一気に飲み干す。
凄い効果だ、痛みや怠さがスゥーっと無くなっていく。
これなら、戦える。
「僕は……
シアン様に、いえ、シアンさんについて行きたいです。
例えそこが、地獄でも、明日死ぬとしても。
シアンさんにとっては、足手まといかもしれませんが、このダンジョンを出るその時までは、配下に加えて頂けないでしょうか?
どんな事でもしますので、お願い致します」
僕は、ベッドを降り、土下座して頼み込む。
正直なところ、ここで斬られても構わない。
それでも、シアンさんについて行きたいと、本気で思った。
もう、フルオロの事や、ジャンさんの事は関係ない。
シアンさんについて行き、その強さを間近で見たいと思った。
「クロロさん、頭を上げて。
まぁ、これも何かの縁だし、出来るだけ面倒は見るから安心して。
そうそう、これを返すね」
そう言って、渡されたのは1本の刀身が透き通る青色の長剣だった。
これは……
「これはアイスブランド、ですか?
いや、でも、何かが違う。
オーラというか、何というか……」
「なんか、その剣は魔力が抜けてたから、足しておいたよ?
だから、今持っているのは本来の姿なんだと思うよ。
ちなみに、斬れば相手が凍るし、魔法も使えるはずだよ」
これがアイスブランドの本来の姿……
美しい、思わず魅入られてしまいそうな程に。
僕はただ、そう思った。
少し大きくなったが、重さは相変わらず軽い。
多分、僕でも振れるだろう。
「ありがとうございます、シアンさん。
こんな素晴らしい剣にして頂いて。
より一層の忠誠を誓います!
そうだ……
僕の実家は、実は元貴族だったんです。
クロロ ハイドロゲンこれが僕の本名です。
落ちぶれた貴族名なんて、何の価値もないかもしれませんが、ハイドロゲン家の家名を、御礼として献上させて頂けませんか?」
「別に大した事してないからね。
だから、忠誠とか御礼なんて要らないんだけど?
って言うか、家名って何か使えるのかな。
シアン ハイドロゲン……
読みにくいし、ハイドロゲン シアノイドならまだいいかもしれないけど……
まあ、とりあえず一応は貰っておくよ。
それよりも、ちょっとは戦える様になってもらわないと困るから、当分はクロロさんの修行をする事になるけどいいかな?」
「ハイ!
どんな修行でも耐えてみせます。
よろしくお願いします」
この時僕は、気楽に考えていた。
しかし、その修行は、僕の想像を遥かに超えるものだったのだ……
若者は、少年の強さを実際に見せつけられる。
あまりにもの実力差に、そして地獄の修行の始まりに、戦慄を覚えるのだった。
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