スカイ・ハーリー
諸君はスカイ・ハーリーと言う競技をご存知だろうか。地球の沖縄にはハーリーまたはハーレーと呼ばれる伝統競技がある。
ハーリーは中国大陸から伝わったものである。屈原という政治家が世を儚んで川に飛び込んだのを、人々が船を漕いで救助に向かったという伝説が基になった。
船を龍の形に飾りつけ、十人から三十人程の漕ぎ手を載せて、川や海で競漕を行う。
人類が火星に移住を開始してから大分経つ。沖縄人は、地理や気候が沖縄に似ている場所を選んで、『沖縄コロニー』を作った。
沖縄コロニーでは、船よりも小型飛行機を使った貨物の運搬が盛んなので、ハーリーを飛行機で行おうという話になった。第一回に競技名を募集して、『スカイ・ハーリー』が採用された。
爬龍船の場合は人力で漕ぐので、漕ぎ手を大勢載せる必要があるが、飛行機の場合はプロペラにせよジェットにせよ動力はエンジンが担うので、乗員は少なくても良いと言う結論になった。スカイ・ハーリーの競技では二名まで飛行機に乗れる。人間二人あるいは人間とロボット1体づつである。ロボット2体での参加は認められていない。ロボットは人間なら気絶してしまうような無茶な操縦でも出来てしまうからである。
スカイ・ハーリーで最も人気のある競技は、『玉取勝負』である。ロボットアームを付けた飛行機が一対一で往復のレースを行う。折り返し地点にある色の着いた玉を持ち帰って得点を競うものである。
スカイ・ハーリーは、飛行気乗りにとって大切な競技である。優勝すれば大変な名誉が得られるのだ。
飛行機学校を卒業した一人の青年が、青空配送サーヴィスの面接を受けに来た。青年の名はヒロと言った。
「どうしてうちを受けようと思ったの?」
と所長が聞いた。
「この地域で一番古くからやっていると聞いたので、ここを受けようと思いました。自分は母に育てられました。飛行機学校を卒業する前に母は亡くなりました。その時に、それまで死んだと聞かされた父が、実は生きているかも知れないと言われました。父親の写真が一枚も無いから、おかしいなと思ってたんですよね。父はパイロットでした。母と別れてこの地域に来たそうです。何かご存知の事は無いでしょうか。」
「君のお父さんはここに勤めていたの?」
「そこまで詳しくは分かりません。」
「分かれたのはいつごろ?」
「五年前です。」
火星の一年は地球の1.8倍程である。
「君のお父さんが勤めていた記録、君のお父さんと仕事をした記録は、うちにはないねえ。」
「ここで働きながら、父の情報を探したいと思います。」
「実技試験を見てから、採用を考えようね。」
ヒロは合格して、働き始めた。
「ヒロ君、君の相棒だ。名前は、カタカシラ。」
とロボットを紹介された。
「かたかしら、ヤイビン。」
「カタカシラとは、変わった名前ですね。」
「こいつは元は果樹園で警備ロボットとして働いていたんだ。ある時果物の窃盗団を見つけて、格闘の末、引っ捕えた。その時頭の右側を凹ましたんだ。それ以来こいつの名は『カタカシラ』になった。」
「名誉ノ負傷デービル。」
「警備ロボットの新製品が出て、型番遅れになったこいつをうちが引き取ったんだ。カタカシラ、今日から彼が君の相棒だ。」
「ユタシクウニゲーサビラ。」
「何で沖縄口でしゃべるんですか?」
「前のオーナーが沖縄口で答えるように設定をいじったんだ。それ以来誰も変えてない。お客様にもウケがいいので。」
「カタカシラ、業務について色々教えてくれ。」
「ウー。」
初仕事が終わった後、所長に誘われてバーに行った。所長の妹のアキコも一緒である。
バーには片方の目に眼帯を掛けたバーテンダーがいた。右腕は義手であった。
「いらっしゃいませ。」
バーテンダーは髭もじゃの顔に笑みを浮かべて、客を出迎えた。
「このバーテンさんは、ここの沖で貨物船の座礁があった時に、岸に漂着した人なんだ。困ったことに記憶を失くしていてね。」
所長が紹介した。
「このバーの先代のオーナーに拾ってもらって、バーテンとして働いた。先代が引退してからはここのオーナーになったんだ。髭もじゃのバーテンは珍しいが、顔の傷を隠すためだよ。」
「所長さんには、いつも贔屓にしていただいてます。こちらは初めてのご来店ですね?」
とヒロの方を見た。
[うちに入ったばかりだよ。働きながら、行方不明の父親を探しているんだ。」
「そうですか。お父様が行方不明になったのはいつ頃ですか?」
「五年ほど前だ……貨物船の転覆と、同じ頃かな?」
「さあて、一年は長いですからね。」
バーテンダーはヒロの方を向いた。
「何になさいますか。」
「ビールを」
バーテンダーは冷蔵庫を見た。ビールを切らしている。」
「すみません、ビールを倉庫から持ってまいります。」
バーテンダーは店の奥の扉をあけて出て行った。
「ビールを切らす事もあるのね。何時見てもすいてる感じだけど。」
アキコが呟いた。
「巡り合わせでしょうかね。」
「もしかして、あいつらが飲みまくったかも知れない。」
「あいつら?」
バーテンダーが倉庫からビールケースを抱えて戻ってきた。ビール瓶の栓を開けてヒロに渡した。
「妹さんは何になさいますか。」
「さんぴん茶を」
アキコはヒロに聞いた。
「ねえヒロ君、お父さんが見つかった後はどうするの?」
「生きているか死んでいるかも分からないですけれど。もし生きていたら、母が死んだことを伝えます。一緒にお墓参りをしたいですね。もし死んでいたなら、一度母の所に報告に行きます。」
「その後どうするの?」
「その後のことは、その時に考えますよ。気になりますか?」
「別にぃ。」
「さんぴん茶でございます。」
ドアを開けて、男たちが5,6人入ってきた。
「いつも空いてるなあ。」
「いらっしゃいませ。」
最も恰幅のいい男が、バーテンダーの挨拶にも顔を向けることなく、バーの一番奥に腰掛けた。他の男達がそれに続いた。
「ビール。それからいつものやつ」
恰幅のいい男が言った。バーテンダーは頷き、ビールの小瓶を人数分栓を開けた。それからウィスキーの水割りの準備を始めた。
「一番奥にいるのが、フェニックスサーヴィスの社長のジンよ。」
アキコがヒロに囁いた。
「そうですか。フェニックスさんは書類選考で落とされたから、社長さんの顔は初めて見ました。」
フェニックスサーヴィスはこの地域で最大手の配送産業である。ジン社長が一代で大きくした会社である。
「ヒロのお父さんはフェニックスさんと仕事をした事があるかも知れないよ。」
と所長が言った。
「でもあのジン社長が素直に答えてくれるかなあ。」
ヒロはアキコが気まずい顔をしているのに気がついた。
「アキコさん、どうしたんですか?」
「うん…やな奴が来たなあと思って。」
やがてジン社長はヒロ達の方に気づき、一人でヒロ達の方にやって来た。
「よお青空さん。元気ですか?」
「まあね。」
「空元気じゃないの。大して儲かっていないみたいだけど。」
「余計なお世話だよ。」
「おいアキコ、あの話考えてくれたか? 俺と一緒になれば、お兄さんの会社のバックアップするって言ってんだぜ。」
「酒臭い息で言わないで。」
「ここは酒場だぜ。」
「バーテンさん、水を一杯ちょうだい。」
アキコは水の入ったグラスを受け取ると、ジン社長の顔に水を引っ掛けた。
「顔を洗って出直してきて!」
「ははは、気の強い女も好きだぜ。」
ジン社長はニヤリと笑った。
「すみません。アキコ、失礼な事をしてはいけないよ。バーテンさん、今日はもう出ます。お勘定を。」
「こっちがおごろうか?」
「まだいたの!」
「いや、今日はヒロ君の初仕事のお祝いだから、他社におごってもらういわれはありません。」
「へえ? ふうん、彼がそう?」
ジン社長はヒロの方を見た。
「こんな青二才を一人雇った所で、どうにかなるとは思わないけどね。アキコ、よくよく考えてくれよ。」
「うるさい!」
アキコは叫びながら、真っ先に店を飛び出した。
「結婚を申し込まれてたんですか。」
帰りのタクシーの中でヒロはアキコに聞いた。
「あのジンってやつ、どうも虫が好かないの。愛人を作って、奥さんに逃げられて、家に引き入れた愛人が他に男を作って逃げ出して、残った子供の面倒を見させようとしているのよ。真っ平御免だから。」
「アキコは未婚だからなあ。納得の行く結婚をさせてあげたいよ。」
「兄貴こそ、さっさと結婚しなさいよ。新しい彼女はまだ出来ないの?」
「せかされたら出来るってもんじゃないよ。」
所長が呟いた。
「うちの会社はこの地域で一番古い伝統を持つ配達業者だ。何とか守りたい。」
「実際の所、業績は悪いんですか。」
「週末毎に台風が来たことがあったよね。あれでいくつものイベントが中止になって、配達の仕事が大分キャンセルになったんだよ。キツイなあ。」
「それは大変ですね。」
「まあ仕事を取るのは所長や営業のする事だから、ヒロ君はそれよりもお客様の所へ迅速、丁寧に荷物を届けることを心がけてくれ。お客様の笑顔が何よりの報酬だよ。」
「はい!」
治療室のサインが消えた。ドアを開けて、医者が出てきた。
アキコが駆け寄った。
「先生、兄の具合はどうですか?」
「命に別状はありません。」
医者は顔や首の汗を拭きながら答えた。
「ですが、両足骨折により、全治三ヶ月と言った所でしょう。しばらく飛行機の操縦は出来ませんね。」
「そんな…そうですか。治療を有難う御座いました。」
アキコは医者に頭を下げた。
従業員一同が待っている所へアキコが来て、兄の怪我が全治三ヶ月であることを話した。
「兄は配送会社の間で腕を競うスカイ・ハーリーに出場するつもりでしたが、練習中に怪我をしてしまいました。皆さんの中でどなたか、兄の代りに出ていただけないでしょうか。」
従業員一同は押し黙っていた。やがて一番年上の従業員が口を開いた。
「副所長、ここにいるパイロットは全員妻子持ちだ。所長以外はスカイ・ハーリーの練習をした事がある訳でもない。所長の事故を見て、皆ブルっているのだ。配達の飛び方とレースの飛び方は違う。会社のために命を賭けられる人間は、そうはいないものです。」
一日の仕事を終えたヒロが病院に駆けつけた。
「若くて独身で、どうせ経験の無いヒロ君なら、無謀な挑戦をしてくれるかも。」
ヒロは翌日から、配達の仕事は回されず、スカイ・ハーリーの練習に専念することになった。
所長が着地に失敗して壊した実機が直るまでは、体力づくり中心のメニューをこなした。やがて実機が修復されてきた。無事飛べるようになってはいたものの、右腕を動かすことが出来なかった。
「右腕を動かせるようにするには、修復費が倍掛かるみたい。」
バーでさんぴん茶を飲みながらアキコはヒロに言った。
「片腕で優勝できるかなあ。何だか不安で。」
「母はよく、『不安になるのは、暇だから。その時できる事を全部やっていれば、不安になる暇はない』と言ってました。」
「そうか。なるほど。いいアドバイスだね。」
「お父さんの印象って何か残ってる?」
「父の操縦する飛行機に、乗せてもらったことがあるような気がします。父は出発前に、秘密の儀式を行いました。」
「秘密?」
「『深く集中してリラックスする方法だ』と言ってました。両方の親指を立てて、左右に並べたのを見つめるんです。」
「何でそれでリラックスできるの?」
「ステレオグラムです。物心ついてから調べたらステレオグラムと言うものでした。立体視ともいうんですけど。人間の目は左右についています。一つの物体でも左右の目にはそれぞれ違う角度で映ります。しかし自分たちは一つの物体を二つの物として見ることはありません。一つの物として見ます。
これは左右の目に映った角度の違う画像を、脳の中で合成して一つの物体として捉えるからです。この能力を利用して異なる角度がついた絵を右目に右目用、左目に左目用の絵だけ見せれば、立体感を伴った画像が見えます。
立体視を行っているとき、人間の脳波はアルファ波を出しています。深く集中してリラックスしている時に出る脳波です。人間は緊張しているときは体がうまく動かせなくなります。人並み以上の成果を挙げたいなら、深い集中とリラックスが必要です。
両方の親指を立ててその間を見つめると、左右の目に左右それぞれの親指が映って、その結果空中に『第三の親指』が出現します。第三の親指は左右の親指の画像が脳内で合成されたもので、左右の親指より立体感があります。この親指を見ているとき、深い集中とリラックスが得られます。
立体視の画像を持ち歩くのは、嵩張るし手間が掛かるけど、自分の親指なら携帯し忘れるという事は無いですからね。」
「いい方法だけど、なぜ秘密にしたのかな。」
「本人が生きていたら、聞いてみたいですね。」
「腕のいいパイロットだったら、スカイ・ハーリーに出てくるかも知れない。ヒロ君、離陸前に相手のコックピットを覗いてみて、もし親指を見つめている人がいたら、その人がお父さんかも知れないよ。」
「そうか、そんな探し方があったんですね。アキコさん、有難う御座います。」
「お礼はいいよ。まだ見つかった訳じゃ無いし。」
ドアを開けて、ジン社長が首を突っ込んで店内を覗き込んだ。
「やっぱり空いてるなあ。」
バーテンダーは急いでドアの前に行った。
「お客様、申し訳ありません。札を表に掲げるのを忘れておりました。本日は貸切になっておりますので、他のお客様はご遠慮いただきます。」
「店は空いてるじゃねえか。」
「店内まるごとの貸切で御座います。この静かな時間と空間を望まれての事です。」
バーテンダーの落ち着いた物腰に、それ以上粘るのを諦め、舌打ちしながら店を後にした。
バーテンダーは店の奥から『本日貸切』の札を持ってきて外のドアノブに掛けた。
ドアを閉めて、ヒロ達の方を振り返った。
「トラブルは未然に防ぎたいものです。」
「オーナー、流石ですね。」
「お二人は作戦会議をどうぞ。」
レースまで、一週間となった。ヒロはフライトシミュレータでの飛行訓練を行うことにした。カタカシラは飛行機を調べて、どこからか部品を調達してきて右腕を動かせるようにした。
所長はヒロに、レース会場の島の上を飛んで3D写真を撮影するように指示した。
「あの島はうんと昔は大陸の一部だったようで、結構高い山や深い谷が並んでいる。乱気流が発生しやすくて難しいコースだ。フライトシミュレータに最新の地形を入れておこう。」
島の地形の最新情報をフライトシミュレータに入れて、飛んでみた。気流の影響の殆ど無い上空のコースはすんなり飛べたが、山に沿うような飛び方では機体をうまく制御できず、仮想の機体は地面に思い切り叩きつけられた。初日は結局、スタート地点からゴール地点まで飛び切る事はできなかった。
「まあ、あせらずやっていこう。」
「はい。」
レースまで後三日となった。最も難しいコースは、まだ二回に一回しか成功しない。
「いやあ、あのコースきついなあ。」
ヒロはフライトシミュレータに乗って新たに出来た傷を手当てしながら呟いた。
時にはフライトシミュレータから椅子ごと放り出されてしまう。これが実機だったら機体はバラバラ、命が危ないところである。
「ヒロ君、お疲れ様。大丈夫?」
「こんなのかすり傷ですよ、アキコさん。」
「傷よりもレースの事が心配。」
「本番よりも難しい練習をしてますから。」
ヒロは笑って答えた。
「やれる事を全部やって、当日は平常心で挑むこと、それが『ナンクルナイサ』という事だと母に教わりました。
「素敵なお母さんだね。」
「飛行機にのっていると、母が上から見ているような気がします。地上だとそんな事感じませんが。」
「空の上の方が、天に近いものね。」
「母に『一人前の飛行気乗りに成れたよ』って報告したくて、スカイ・ハーリーに出る決心をしました。」
「頼りにしてもいい?」
「勿論ですよ。」
練習場に従業員一同がやってきた。
「ヒロ君、お疲れ様。」
「皆さんもお疲れ様です。」
もうすぐ本番だけど、自分たちにも何か出来ることは無いかと思ったわけ。」
「はい。」
「それでさ、カタカシラが機体をメンテナンスしているついでに、自分たちで機体の塗装をやったわけ。」
「カラーリングを。」
「どこのチームよりもチュラカーギーになったわけ。」
「皆さん、有難うございます。」
レースの前日となった。スカイ・ハーリーの『玉取勝負』に出場するチームの組分けが行われた。参加チームは全部で八団体、一対一の対戦によるトーナメント方式である。抽選の結果、フェニックスサーヴィスはトーナメントの反対側で、決勝まで顔を合わせることが無い。
抽選会場でジン社長がヒロ達を見つけて近づいてきた。
「明日は風が強いそうだが、あんた達の飛行機で大丈夫かい?」
「ご心配には及びません。」
ジン社長はニヤニヤ笑った。
「君がパイロットか。配達の飛び方とレースの飛び方は全然違うぞ。お宅の所長も練習で怪我をして、動けなくなったぞ。」
「リハビリの途中です。」
「ここの出身でも無いのに、なぜスカイ・ハーリーに出ようとした?」
「一人前の飛行気乗りとして認めてもらうためだ。」
「所長さんにか。」
「あんたにだ。」
ジン社長は驚いて、まじまじとヒロを見つめた。
「どういうことだ。」
「スカイ・ハーリーで優勝すれば、優勝賞金で会社も潤う。知名度も上がるから、大口の仕事も入ってくる。会社は自分が守る。そしてアキコさんは渡さないぞ。」
「フン…まあ、せいぜい頑張りな。」
ジン社長は立ち去った。
「ヒロ君…」
「言っちゃったあ。」
「何オロオロしてんのよ。」
二人とも顔を赤らめながら見つめ合った。
「…ありがとう。」
アキコは肩かけバッグの中からハンカチを取り出した。
「明日のレース、汗を拭くのに使ってね。」
「いや、いいですよ。わざわざ」
アキコはヒロの手をつかむとハンカチを握らせて、両手で包み込んだ。
「明日のレース、頑張ってね。」
「はい。」
レースの当日を迎えた。遠く水平線上に雲が沸き立っているが、レース会場となる島までは来そうに無い。風は強めで、南から北に吹いている。レースは、島の南端からスタートして島の上空を通り、北端を過ぎた所にある海の上の折り返し点に浮かんでいるカラーボールを掴んで、南端に戻ってゴールする。
カラーボールは水に浮く軽量プラスチックで出来ていて、直径一メートル、金銀銅に色が着いている。銅が10点、銀が20点、金が30点である。先にゴールしたほうに10点のボーナスが与えられる。しかし、ボールを一個も掴まずにゴールすると失格となる。また島から左右、高度ともに500メートル以上離れると失格となる。
規定の中でなるべく加速の大きいエンジンを使いたい所である。しかしながらカラーボールを掴みに行く『玉取勝負』においては、加速が大きいだけでは狙った玉を取り損ねてしまう。加速・減速が素早い事、小回りが利く事も重要である。
青空配送サーヴィスの青空号は予選を無事通過して、決勝に駒を進めた。
「ヒロ君、いよいよ決勝だね!」
「楽な試合じゃ無かったけど、とうとう来ました。」
「ねえ、例の儀式をしてる人はいた?」
「自分が見た限りでは、誰もやっていませんでした。」
「決勝の相手はやっぱりフェニックスになったね。」
「ジン社長自ら乗り込んでいるし、向こうも本気ですね。」
「カタカシラ、青空号の調子はどんな?」
「カリユシデービル。」
「絶好調ってことだね。」
「ヒロ君は、アキコから何かもらっただろ。」
所長がヒロに聞いた。
「汗拭き用として、ハンカチを…」
「うないパワーシールド」
「何だって?」
「ははは、ロボットの癖に洒落た事を言う。」
「所長、カタカシラは何を言ったんですか。」
「沖縄には、女が男を守るという考えがあるんだ。ヲナリ神というんだが、沖縄風に訛るとウナイだな。姉妹が、男兄弟が旅に出るときなどに、霊力を込めた手巾を渡して、道中の無事を祈るのさ。アキコ、有難うな。」
「レースはまだ終わってないよ。」
「決勝戦を始めます。選手は自機に乗り込んで用意してください。」
場内アナウンスが響いた。
「それでは行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「行くぞカタカシラ。」
「ウー。」
ヒロとカタカシラは青空号に乗り込んで、機体をスタートラインまで動かした。ジェットエンジンの出力を徐々に上げていく。
「三、ニ、一!」
合図とともに、旗が振り下ろされ、二機は動き出した。
飛行機が滑走路の端に達する前に二機は地面を離れた。ヒロの操縦席から左側にフェニックスサーヴィスのフェニックス号が見える。直線での加速はフェニックス号の方が上のようだ。お互いの飛行機が水平状態に成ろうとした瞬間、フェニックス号は大きく機体を傾け、青空号に近づいてきた。空中でフェニックス号の後方と青空号の前方がぶつかった。
レース会場から一斉に悲鳴が上がった。
二機はしばらく激しく期待を揺らしていたが、どうやら安定を取り戻した。
「ヒロ君、大丈夫!」
スピーカーからアキコの声がする。
「大丈夫です。」
「あいつ、許せない! わざとぶつけてくるなんて。」
「わざとかどうかは分かりません。離陸のときは一番飛行機が不安定だし、接触の仕方次第では互いに墜落する可能性もありました。」
「フェニックス号は尾翼に付いていた飾りが取れただけ。絶対おかしいよ。」
「お互い墜落しなかったんだから、運が良かったですよ。カタカシラ、機体に異常は無いか。」
「左腕ヤ壊リトーイビーン。」
「何だって。」
ヒロは翼に取り付けてあるモニタカメラを操作してみだり腕の状態を見た。左腕が折れて今にも千切れそうにブラブラしている。
「左腕がやられたか…カタカシラ、どうした。」
後部座席に座っていたカタカシラがシートベルトを外していた。
「修理ンカイ出ジュン。」
「やめろ、危険だ。」
「何ン有イビラン。」
ヒロの静止も聞かず、カタカシラは後部座席の窓を開け、素早く外に出た。両手両足に付いた吸盤を使って機体の壁を伝いながら、左腕の所まで移動していった。
「やれやれ…どうだカタカシラ、近くで見たら、直せそうか。」
「繋ギユン。」
カタカシラが折れた左腕を直そうと抱えた瞬間だった。山の近くを飛んでいた青空号は、不意に下の方から突風に吹き上げられ、左腕はカタカシラごと千切れて飛んでいった。
「カタカシラアアア!」
「何ヤイビーガ。」
「カタカシラ、無事か! どこにいる?」
「後方30めーとるヤイビーン。」
ヒロがモニタカメラで後ろを見ると、カタカシラは青空号の左腕を抱えたまま、背中からジェットを噴射して飛んでいた。
「何だ、ジェットが付いてたのか。」
カタカシラは青空号に追いつき、左腕のあった場所に辿り着いた。
「カタカシラ、そのままそこにしがみついていろ。無理して戻ろうとするな。」
「ウー。」
「フェニックスより先に折り返し地点に着きたいな。それにはあの一番難しいコースを通らなければ。」
「ヒロ君。」
「何ですか、アキコさん。」
「汗かいてない?」
「汗ぐらい…そうか、うないパワーですね。」
「意味ないかもしれないけど。」
「いや絶対効果ありますよ。」
ヒロはハンカチをボケットから出して首に巻きつけた。深呼吸をした後、両方の親指を立ててじっと見つめた。数秒後。
「よし、見えた! カタカシラ、振り落とされないよう、しっかり捕まっていろ。」
「ヒロ君…」
アキコは手を合わせて目をつぶり、無事を祈った。
フェニックス号は接触事故の後、高度を上げ、山からの気流の影響の少ない位置を真っ直ぐ北に進んだ。島の北端に差し掛かった所で高度を下げていった。
「尻をぶつけるのはうまく行ったなあ」
ジン社長はニヤニヤした。
「向こうが折り返し地点に来る前に、金の玉を取っておかないと。」
折り返し地点に来て見ると、そこで信じられないものを見た。青空号がとっくに折り返し地点に来ている!どうやら玉を取り終わったらしく、南端に向かっているようだ。
海に浮かんでいるカラーボールを見回すと、金色のカラーボールが見つからない。
「おかしい。あいつらはどうやって先回りしたんだ。」
不思議に思いながらも銀の玉を二つ掴んで南端に向かった。
「あいつらは左腕が使えないはずだ。こちらのエンジンの出力が上だから、銀の玉二つあれば金の玉一つに勝てる。勝てるはずだ。」
フェニックス号が島の半分まで飛んだ所で、青空号を見つけた。フェニックス号はジリジリと差を縮め、ゴールまで残り百メートルの所で上から追い越した。そのままゴールポストを潜り抜けた。
「一着、フェニックス号。ボーナスポイント10点。銀の玉二つ、合計50点。」
青空号がゴールポストを潜った。
「二着、青空号。ボーナスポイント無し。金の玉二つ、合計60ポイント、逆転優勝。」
下馬評をっひっくり返して青空号が優勝したので会場全体がどよめいた。
「そんなはずは…左腕が使えないはずなのに。」
青空号の方を見ると、左腕の残った部分に足で捕まっていたカタカシラが、金色のカラーボールを抱えていた。
「審判員、あれはいいのか。」
ジン社長は本部席に抗議した。
「カラーボールはロボットアームで取ることになっている。ロボットはロボットアームを持っているから当然、有効だ。もしあれがおかしいと言うなら、あんたはレースの最初の方で青空号に突っ込んで進路妨害をしたよねえ。あれを採用して、あんたを失格にしないといけなくなるが、どうする。」
ジン社長は抗議を諦める他なかった。
青空号から降りたヒロとカタカシラの本へアキコと、車椅子に乗った所長が駆け寄った。
「ヒロ君、おめでとう!」
「ヒロ君、お疲れ様。カタカシラも大活躍したな。」
「ニフェーデービル。」
「皆さんの応援のおかげです。」
「それだけじゃ無いはずだ。」
ジン社長がすぐ近くまで来ていた事に皆は気がつかなかった。不意に声を掛けられて驚いた。
「直線距離だと、うちのエンジンの方が速いのに、どうやって先回りした。」
「ああ、それは、島の真ん中に深い谷が出来ているでしょう。あの中を通りました。」
「谷の中を?」
「谷の中を吹く風が、強い追い風になって青空号を後押ししてくれました。経験したことの無い速い速度で飛ぶから、練習でも確実には通れなかったけど、本番で上手く行きました。」
「そんなコースがあったのか。しかし、すごい度胸だな。」
「度胸だけじゃない。皆の思いもかかっていたんで。」
「コースに挑む前に、儀式をやったのが良かったね。」
「儀式?」
ジン社長はアキコの方を見た。
アキコはヒロの方に顔を向けた。
「社長さんは知らないですかね。深く集中してリラックスする儀式なんですけど。コックピットでこの儀式をする人。」
ヒロは両方の親指を立てて顔の前に置いた。
「その儀式をする人が、何なんだ。」
「自分の父親です。コックピットでやってました。」
「ステレオグラムか…」
ジン社長は自分の両手を見た。
「いつの間にかやらなくなっていたな。コックピットに乗せたことあったかな。ヒロか…大きくなったなあ。」
「えっ、何!」
「あんたが、父親だって? でも名前が違う。」
「この土地に来たときに、名前を変えて心機一転、商売に励んだんだ。」
「お母さんと別れたのは何故。浮気がばれたから?」
「俺は浮気をした事なんか無い。一度も無い。いつも本気だった。」
「それは余計悪いよ。」
「悪いか。」
「この土地に来ても、女癖悪いんだね。」
ジン社長はシュンとなった。
「息子にそう言われるときつい。」
「一つ聞いていい?」
「何だ。」
「この儀式、何で秘密にしていたの。」
「人に見られると恥ずかしいからだよ。」
「なあんだ。」
「なんだじゃねえよ…俺が負けたのは、その儀式を遣らなかったせいだな。」
ジン社長は立ち去ろうとしてヒロ達に背中を向けたが、再び振り返った。
「なあヒロ、うちの会社に来ないか?」
ヒロは少し考えてから言った。
「自分は青空配送に入ることを選んだ。この会社で働くよ。フェニックスとは、いいライバル関係でありたい。」
「そうか。」
「あの、ジン社長。」
「ん?」
「まだ実感がなくて、『親父』とは呼べないんだ。ごめんね。」
「構わんよ。」
「一つお願いしていいかな。」
「何だ。」
「母の、墓参りをしてくれないか。」
「何、死んだのか!」
「あんたにとっちゃ数ある女の一人に過ぎないかも知れないが。」
「どの女性も、大事な人さ。墓参りに行くよ。」
「後もう一つ。」
「何?」
「腹違いの兄弟の顔を、一度見に行ってもいい?」
「ああ、いいよ。」
ジン社長は笑顔で、両方の親指を立てた。
「ねえヒロ君。ずっとうちの会社で働くの?」
「父親も見つかったことだし、ここに根を下ろして働くのがいいと思います。その…アキコさんと一緒に。」
アキコはヒロに抱きついた。
「あたしも。」
北極で氷山の一部が割れて、海に雪崩れ込んだ。
「あいつの方が、先に結婚しそうだな。」
「暑サイビーン。」
諸君、この様にして私の父はレースに勝ち、妻を娶ったのであります。そしてスカイ・ハーリーの競技者は皆、両方の親指を立てて写真に納まるようになりました。