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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第1章ー無理強いするタイムループ
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束縛の7月26日

 裕介にはこのタイムループの原因が分からない。ゆえに終わらせる術など皆目見当もつかない。

 ただ、終わらせるためには233回継続した行動パターンのどこかを大幅に変えなければならないということだけは明らかだった。



 233回揺られたこの電車。ルーティーンを崩すことは怖いものの、まず変えるべきなのはこの電車での振る舞いだろう。

 いつもは到着駅の改札口に近いという理由から、4号車に乗ることにしている。しかし、今回は最後尾の10号車に乗った。当然だが4号車で233回顔を合わせた乗客はそこにはいない。タイムループに陥るまでは考えたこともなかったが、顔も素性も知らない人と一緒に密室に閉じ込められるだなんて、電車とはなんて恐ろしい場所なのだ。


 時間の巻き戻しは必ず自宅の最寄駅で電車から降りた瞬間に起きる。とすれば、そこに何かがあるに違いない、と考えるのが普通だ。きっと電車とホームの間の隙間に時空のゆがみがあるに違いない。

時空のゆがみに捕まらないないためには、そこへ自ら足を踏み入れてはならないことは言うまでもない。念のため、時空の歪みからなるべく遠ざかるべく4号車からもっとも遠い10号車に乗った。さらに念のため、扉の開く進行方向左側の対面にある席に座り、両腕を絡めるようにして手すりに思いっきりしがみついた。時空の歪みがバキュームみたいに裕介を吸い込もうとしてもこらえられるように。


 しかし、裕介の対策は功を奏さなかった。

 最寄駅で扉がスライドした次の瞬間、裕介は真っ暗の中にいて、いつも通りピ、ピ、ピ……という乾いた電子音を聴いていた。駅のホームの方へと引っ張られたような感覚はなかった。




 次の日(とはいえまた7月26日なのだが)、裕介はもっと大きく行動パターンを変えた。


 市役所を退勤した裕介は、駅とは真逆の方向に歩き出した。

 帰り道に寄り道など久しぶりである。しかも、行く当てもなくブラブラした記憶は過去に一つもない。

 いや、行く当てはある。

 どこか遠く、なるべく遠くである。


 そのためには徒歩は決して賢明な手段ではないだろう。裕介は挙手し、目の前を過ぎ去ろうとしていた白タクを引き留めた。


 「お客さん、どちらまでですか?」

 「なるべく遠くへ」

 「ちゃんと目的地を指定してもらわないと困ります」

 「じゃあ、ブラジル」

 運転席のミラー越しに、中年の運転手が面倒臭そうに舌打ちをしたのが見えた。


 「お客さん、日本国内でお願いします」

 「じゃあ、択捉島えとろふとう

 「ロシア人が疑義を挟まない日本国内でお願いしますよ?」


 この後しばらく交渉した結果、目的地は九州付近ということで落ち着いた。


 タクシーが発車すると裕介はシートベルトを思いっきり引き伸ばし、自らの身体をできる限りグルグル巻きにした。

 我ながら言ってることややってることがめちゃくちゃである。しかし、敵は不条理そのものだ。だから、それに立ち向かう裕介の言動も不条理になることもやむをえない。運転席からミラー越しに中年の運転手の痛い視線が飛んでいることも致し方ない。



 高速道路の入り口で車が渋滞し始めたところで、裕介は腕時計に目を遣る。19時32分。普段ならば電車で自宅の最寄駅に到着している時間だ。今回は逃げ切れたか。


 祐介がホッとため息をつこうとしたところで、視界は暗転した。そして、嘲笑代わりにピ、ピ、ピ……という電子音が耳を突き刺した。


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