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タイムループは終わらせない  作者: 菱川あいず
第1章ー無理強いするタイムループ
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予定調和の7月26日(1)

 繰り返されているのは夢ではない。現実だ。


 裕介がこの奇々怪々な現象とようやく向き合う気になったのは、金太郎飴のように繰り返される7月26日が全く同じ顔で7度現れ、その顔のまま7度去ったときだった。


 裕介は非科学的なことは一切信じていないし、SF作品も好まないのだが、現在身に降りかかっている出来事を説明するためにはオカルトに知恵を借りるしかないようだ。


 裕介は当初、予知夢を疑った。しかし、最初から夢など見ていなかったのだ。たまたまスタート地点が自宅のベッドに設定されているだけで、ベッドから起き上がる前に体験していることも、ベッドから起き上がった後に体験することも全て現実だ。夢のように色彩が欠けていたり、因果律が欠けていたりはしない。夢ではなく現実。ただ、通常の現実と違い、それは繰り返されている。欠けているのは時間の不可逆性だけだ。



 繰り返されているのが現実である以上は、予知夢という線はない。



 裕介が体験しているのはもっと別のオカルト現象—タイムループ。


 タイムループは怪奇現象の中ではありふれた部類に入ると言っていいだろう。SF小説や漫画でもよく採り上げられている。こうした創作物からみ取れるところによれば、タイムループでは同じ日が延々と繰り返される。カレンダーの同じ日付が繰り返すだけでなく、その日の出来事も繰り返される。登場人物、物理現象が一筋に定まったラインに沿って動く。アドリブのない劇が同一キャストのままで複数回公演されるかの如くである。

 もっとも、大抵の創作物では特別にアドリブを許された人物が用意されている。


 物語の主人公だ。


 みんながみんなタイムループの渦に呑まれてしまえばストーリーが一切進まないという都合もあるだろうが、優れた創作には主人公だけに自由が与えられていることに合理的な理由がある。それはタイムループに巻き込まれた経緯にかかわるものであることもある。タイムループの中で主人公にしかできない一定の作為が要求されていることもある。



 裕介の身に現実に降りかかっているタイムループでは、裕介だけが自由に行動できたり思考できたりしている。ということは、裕介は「主人公」のポジションにある。

もっとも、裕介にだけ自由が与えられている理由にはこれっぽちも心当たりがない。


 7月25日、つまり時間がループする前日、裕介は何事もない日常を過ごした。これから不思議なことが起こる前触れなどなかった。嵐の前の静けさ、ということもない。その前日もその前日もどこまで遡っても何事もなかったのだから。裕介にとって何事もない平坦な日々こそが至福なのであり、その至福を味わうために余計なことに巻き込まれるリスクは最大限切り捨ててきた。その結果、裕介の日常は裕介の想定した範囲内にスッポリ収まるようになっていた。当然、不思議なことが裕介の日常に入り込む余地はない。


 そして、ループしている7月26日についても、何事もない日常の延長線上にあるように見える。

 たしかにめちゃくちゃストレスフルな一日ではある。課長が突然性癖をカミングアウトしてくることは想定外ではあったし、意味不明なくらいに「阿佐ヶ谷」という単語も聞いた。とはいえ、取るに足るようなことは一つも起きていない。時間を巻き戻してまで変えなければならないほどのことは一つもない。

 裕介を縛る縄だけを解いてもらったところで、何をすることが期待されているのか全く分からない。


 しかし、裕介がSFの主人公にはなれないのは、時間が繰り返される意味を理解していないから、というだけではない。タイムループ系SFの主人公に最低限共有される「欲求」が裕介には欠けているからである。


 それは、タイムループから抜け出したい、という欲求である。


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