4年後の7月26日(8)
「理解してもらえたかな?」
「ああ、まんまと映月にハメられたわけだ」
「何強がってるのよ。親バカのクセに」
生まれる前の映月は例のクスクス笑いをした。
今裕介の腕の中にある幸せは彼女のおかげである。感謝しなければなるまい。
「ありがとう」
「ちょっと、今度は何よ。急に態度変えられるとこっちが照れるじゃない。パパの方こそ、ママと結婚して、私を産んでくれてありがとう。これからも私のことを大切に育ててね」
「当たり前だろ。溺愛してやるよ」
「うふふ。私を大切にするのもそうだけど、ママとも仲良くね。これを伝えるために今日は出てきたの」
「もちろん仲良くするよ。俺は瑞季のことが大好きだから、世界一の夫婦を目指すさ」
自分で言っておきながらも、恥ずかしさのあまりそのまま砂場の砂に生まれ変わりたい気分だったが、生まれる前の映月は満足したらしく、うんうんと頷いた。
「パパはママのこと大好きだもんね。思わず電車で痴漢しちゃうくらいに。あれはさすがに驚いたなあ。天界で見ながら、飲んでた麦茶吹き出したよね」
「それは忘れてくれ!闇に葬った黒歴史だから!」
生まれる前の映月は、裕介が顔を紅潮させて慌てふためく姿を見て楽しんでいるようだった。
「まあ、ママは可愛いもんね。街中でスカウトされることもたくさんあったみたいだよ。全部ギャル雑誌だけど……あ、そういえば、もう一つやらなきゃいけないことがあったんだ!パパ、スマホ貸して!」
「え?」
「良いから早く!」
裕介は生まれる前の映月の言われるままにポケットからスマホを取り出し、手渡した。映月の小さな手でスマホが握れるかどうかは心配だったが、まだ未発達の指を器用に使ってちゃんと掴めている。スワイプ等の操作もお手のものである。
「よし!できた!」
生まれる前の映月のスマホ捌きに見とれている内に、作業が終わったようだ。
「一体何をしたんだ?」
「莉奈ちゃんの連絡先を消去した」
「……は?」
裕介は慌ててスマホを取り返す。
時すでに遅く、莉奈ちゃんの連絡先はどこにもなかった。
「何よ。そんな怖い顔しないでよね。当たり前でしょ。パパはママのことだけ見てればいいの」
「いや、別に莉奈ちゃんとは怪しい関係ではないから!彼女がキャバクラを辞めて以来会ってないし!」
「じゃあ、どうしてそんなに取り乱してるの?大体、4年近く会ってないのに連絡はちゃっかり取り合ってるのとか怪しさしかないからね?夫婦不和の芽は早めに摘まなきゃね」
「いやいや、本当に疚しいことはないんだって!」
裕介の最後の弁解は生まれる前の映月には届かなかった。どうやら彼女はやることだけやって逃げたらしい。
元に戻った映月は、裕介が自分に対して大声を出しているのが怖かったらしく、ワンワン泣き始めた。
「ごめんごめん」と言いながらあやすものの、なかなか泣き止まない。すっかり2歳児らしくなってしまったものだ。
正直、先ほどまで裕介と話していた「映月」が言っていることが真実かどうかは検証の余地がないし、そもそもあれが本当に生まれる前の映月かどうかも分からない。
ただ、一つだけたしかなことがある。
映月が生まれて初めて発した言葉は、間違いなく「パパ」だった。
(了)
読者の皆様、拙作「タイムループは終わらせない」を最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。
「ライバルは昨日の自分」ということで、今作の目標を、過去のどの作品よりも、多いブックマーク数をいただき、高い評価をいただく、と設定していたのですが、見事、全てクリアすることができました。
これも偏に筆者の成長、ではなく、皆様のTwitterでの拡散等のご支援のおかげです。本当に感謝しております。
ただ、もう一つだけ差し出がましいお願いをさせていただけるならば、まだまだポイントに飢えている筆者のために、ブックマークや評価をいただけると嬉しいです。それが励みになり、明日からも作家として生きていけます。
あと、是非とも感想欄に名前を残していって欲しいです。感想は一言でもいいです。名前を残していただければその方のページに飛べ、作品をチェックすることができます。感想を入れてくださった方の作品は必ず読み、感想でお返しします。
さて、ここからは今作の背景について簡単に書かせていただきます。
今作を着想したきっかけですが、去年の夏、妹と2人で、トムヨークやマニックスといった洋楽バンドを見るためにサマソニに行ったときの帰り道での妹の発言でした。
「楽しかったなあ。毎日が今日だった良いのに」
注意深い読者の方はお気付きかもしれませんが、作品の中でも「愚妹」こと弥生が同様の発言をしています。僕の妹は弥生みたいな馬鹿ではなければ、突如として兄妹心中を図るような心の闇も抱えていないのですが、自信作である「衝撃の7月26日」は、去年の夏の実妹を意識して書きました。
もっと言えば、ストリートミュージシャンのうさ美を登場させたのもサマソニからの連想です。
主人公の裕介、誠人や莉奈ちゃんについても僕の身の回りの人をモデルにしています。ただ、瑞季と映月は僕の身の回りにはいないです。ギャルの友達と幼女の友達はいないんです。いたら困りますが(苦笑)
とにかく、小説というのは筆者の実体験からはあまり離れては書けないな、ということを再認識しました。だからこそ、このサイトに上がっている小説も、それぞれに筆者の方の人生経験が詰まっていて魅力的なんですよね。
あと、最後に、オチについても少し触れさせてもらいます。
自画自賛ですが、最後の1話、美しくないですか?(笑)
生まれる前の映月が莉奈ちゃんの連絡先を消すシーンなんて、自分で書いている最中もホッコリが止まらなかったです。
きっと筆者の愛に満ちた人生経験が反映されているんでしょうね。嘘です。調子乗りました。ごめんなさい。
次回作の予告ですが、「殺人遺伝子」のタイトルでシリアスな恋愛ミステリーを書こうと考えています。まだ構想が出来上がっただけなので、というか、これからリアルの方でしばし大事な試験期間に入りますので、少々お待ち下さい。
ただし、前作のあとがきでは、やれ民俗学者をテーマにユーモア系推理小説を書くだとか、妹萌えのスピンオフを書くだとか予告していたにもかかわらず、全然関係のない本作が生まれてしまったわけなので、この次回作予告はあてにしないでください(ちなみに前者は3万字くらい書いたところで放置、後者はストーリーの大枠だけ考えたところで放置)。
長文あとがき失礼しました。今後とも菱川あいずをよろしくお願いします。
あ、阿佐ヶ谷の方からのクレームは随時受け付けております←




